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第38話 お前もやるぞ


 久々の登校だというのに、無性にやる気が起きないのはどうしてだろうか。


 おそらくは、ゴールデンウィークを満喫し過ぎた反動かもしれない。


 雪菜から武術を教わり始め、咲茉えまと色んな場所に遊びに行き、そして凛子達と集まって遊んだりと、改めて思い返せば存分に休みを満喫した気がする。


 また今日から退屈な授業が始まると思うと、どうにも憂鬱な気分になってしまう。


 咲茉と過ごす学校生活が楽しいと思っても、やはり授業が面倒だと思うのは大人になっても変わらないらしい。


 登校して早々、教室の席に座った悠也は大きな欠伸を漏らしていた。


「……うるせぇ」


 教室の喧噪に、思わず悠也の口が不満を呟く。


 教室で楽しげに騒いでいるクラスメイト達がうるさくてしかたない。きっとゴールデンウィークの出来事でも話しているのだろう。


 朝くらい静かにしてくれと苛立ってしまうが、そこは学生の子供だからと悠也は渋々と自分を納得させた。


 周りのクラスメイト達は、少し前まで中学生だった子供なのだ。それが大勢集まれば年相応に騒ぐのも当然のこと。そんな彼等に、大人らしい落ち着きを求めたところで無駄なことだろう。


 昔の自分も、そのうるさい子供の一人だった。そう考えると、今の自分と周囲との違いを改めて悠也は実感してしまう。


 それもそうだろう。自分が彼等と同じ子供でも、その中身が25歳の悠也が馴染めるわけもなかった。


 もう一か月も悠也は彼等と共に学校生活をしている。当然、いつも一緒にいる啓介達や他のクラスメイト達と馬鹿騒ぎをすることも数多くあった。


 最初は懐かしさのあまり悠也も騒いでいたが、しかしそれもすぐに飽きてしまった。


 決して彼等と騒ぐのが楽しくないわけではない。ただ、度を越した騒ぎを見ると……ふと頭が冷めてしまうのだ。


 些細なキッカケで授業が必要以上に騒がしくなれば、わずらわしいと思ってしまう。


 休み時間に文房具で野球を始める男子達を馬鹿だと思うこともあれば、多少なら問題ないが掃除もせずに遊んでいる彼等に呆れてしまうこともある。


 スマホでネットに投稿する動画でも撮っているのか、周囲も気にせずギャルみたいな女子達が教室で踊っている姿には辟易してしまう。


「嫌なもんだ……大人になるってのは」


 席で頬杖をついた悠也が、苦笑交じりにぼやく。


 流石に一か月も経てば見慣れたが……この子供の集まる環境に呆れてしまう自分に、悠也は少しだけ嫌気が差した。


 今はタイムリープして子供になったのだから、少しは子供らしくしたい。そうは思っていても、大人になって弁えることを覚えてしまった自分には難しい。


 後先考えずに行動できる彼等を羨ましいと思いながら、無意識に悠也は大きな欠伸を漏らしていた。


「ふぁぁ……ねみぃ」

「なんだ寝不足か? 随分と眠そうじゃねーか?」


 悠也が欠伸をしていると、そう声を掛けた啓介が彼の座る前の席に座っていた。


 彼の席は悠也の前ではない。なにげなく悠也が視線を動かすと、啓介の座った席に本来座るクラスメイトは教室の入口前で他クラスの生徒と話していた。


 ならば特に指摘することもない。そう思った悠也は、気怠そうに口を開いた。


「ちょっとだけな。ちゃんと寝てるのにムカつくわ」

「ふーん? ちなみに昨日は何時間寝たんだ?」


 啓介にそう訊き返されて、悠也が少しだけ眉を寄せる。


 そして昨日、最後に見た時計の時刻を思い出した彼はなにげなく答えていた。


「……5時間くらいだな」

「それで寝てるとか馬鹿だろ?」


 馬鹿と言われるとは思いもせず、思わず悠也の眉間に皺が寄った。


 社会人だった頃は3時間程度の睡眠を繰り返してきた悠也にとって、5時間も寝れるのは十分過ぎた。


「5時間も寝れれば十分だろ」

「前にテレビで見たけど最適な睡眠時間って7時間くらいらしいぞ?」

「あー、なんか聞いたことあるわ」


 けらけらと楽しそうに笑う啓介に、悠也が苦笑してしまう。


 啓介の話は、よく聞く話だった。人それぞれ最適な睡眠時間は違うが、6時間以上は寝てないと日常生活に支障が出ると言われている。


 子供なら尚更のこと睡眠時間が長くなければいけないのは悠也も知っていた。


「大人ならまだしも、子供は8時間くらい寝てるのがベストだってよ」


 そう言われれば、大人だった時は十分過ぎた睡眠時間でも子供の身体だと不十分なのかもしれない。


 しかし必要だと言われても、悠也は8時間も眠る気など起きなかった。 


「……8時間も寝てられるかよ」

「そりゃそうだ。俺も人のこと言えねぇし」


 呆れたと啓介が失笑すると、なぜかすぐに彼は満足げに頷いていた。


「その気持ち、俺には分かるぞ。ゲームとかすると止まんねぇんだよな」

「お前と一緒にすんな」


 そんなことで大事な睡眠時間を削るわけがない。


 悠也がそう答えると、啓介が怪訝に眉を寄せていた。


「なら夜中になにしてんだよ?」

「勉強」

「は……?」


 即答された悠也の返事に、啓介が言葉を失う。


 そして頬を引き攣らせると、苦笑交じりに訊いていた。


「悠也が勉強だって……冗談だろ?」


 あり得ないと驚く啓介の気持ちも、悠也も察することはできた。


 確かに彼の言う通り、子供の頃の自分は勉強など最低限しかしてこなかった。


 当然、大した勉強もしなければ成績も悪くなる。学校の授業も始めから理解できなければ進むにつれて理解できなくなり、そのまま置いていかれる。


 その結果、必然的に定期テストになれば困り果て成績が優秀だった咲茉達を頼ることが大半だった。


「お前が俺を馬鹿にしてるのは分かった。今すぐ表出ろ」


 わざとらしく、その場で悠也が目を吊り上げると指を鳴らしていた。


 そんな過去を経験している悠也だからこそ、タイムリープしてから日常的に自主的な勉強を行っていた。


 高校一年生が学ぶ内容ならば、今の自分なら問題なく理解できる。テストも、ある程度の結果を残せるだろう。


 これでも大学生まで通っていた身だ。ある程度の学力はある。しかしそれに慢心すれば、必ず痛い目を見るだろうと悠也は思っていた。


 二度目の高校生活が始まってから自宅で復習を兼ねて勉強すれば、それがすぐに分かった。


 社会人になって使わなくなった知識は時間が経てば忘れてしまう。数学の公式も、英語の文法など忘れていることが多かった。


 実際、今更ながら勉強するのは悠也も嫌ではなかった。


 もっと学生時代に勉強しておけば良かったという後悔が、彼の学習意欲を高めていた。


 それは大人になってから身に染みて分かる勉学の楽しさを、改めて悠也が実感してしまうほどだった。


「お前が睡眠時間削って勉強ねぇ……勉強って言ってるけど実はゲームとかしてるんじゃねーの?」


 悠也から怒りを向けられても、それでも啓介は怪訝に顔を顰めるばかりだった。


「してねぇよ。前に言っただろ。俺だって高校生からは真面目にやるっての」

「あぁ……確かに、そんなこと言ってたな。本当にやるとは思わなかったわ」


 以前の話を思い出したのか、啓介が渋々と頷く。


 やはり馬鹿にされている。そう悠也が察すると、不快だと鼻を鳴らしていた。


「お前なぁ……そろそろ中間テストだってあるんだぞ?」


 五月に入れば、もう期末テストが近くなる。記憶が正しければ、5月の下旬に定期テストがあることは悠也も覚えていた。


「まだテスト期間にも入ってないのに準備なんてするかよ」

「絶対に早いうちに準備しておいた方が良い。高校で成績悪いと大人になってから後悔するぞ」


 実体験から告げられた彼の言葉には、確かな重みがあった。


 それを感じたのか、啓介は不思議そうに首を傾げていた。


「めっちゃ真剣な顔で親みたいなこと言うじゃん。お前だって子供だろ?」


 まるで親から諭されるような悠也の言葉に、思わず啓介が苦笑してしまう。


 その反応に悠也はハッと気づくと、


「……俺も親に嫌って言うほど怒られたんだ。今のうちに成績良くしておかないと受験とかで絶対に困るって」


 そう誤魔化すように続けていた。


「受験って……もう進学とか考えてるのかよ?」

「別に決めてない。でも成績が良い方が後から決める時に楽になる」

「……ふーん、そんなもんか?」

「絶対にそうなる。悪いことは言わないからお前も勉強しとけ」


 この先の3年間で積み重ねたことは、確実に進路に影響する。


 それは進路を決める時、嫌でも分かる。後から後悔しても、それは取り戻せない。


  3年後の彼が苦労することを悠也は知っている。だからこそ、この親友にも自分と同じ過ちをしてほしくはなかった。


 そんな話を悠也と啓介がしている時だった。


「ゆーやぁ、ちょっと相談あるんだけど良い?」


 おもむろに、とてとてと歩く咲茉が悠也に声を掛けていた。


「咲茉? どうしたんだ?」

「あのね。来週から乃亜ちゃん達と一緒にテスト勉強するって話になったんだけど、悠也も一緒に来てくれる?」


 実に真面目な話だった。


 不安そうに訊いてくる彼女に、悠也が出す答えなど決まっていた。


「咲茉の誘いを断るかよ」

「ほんとっ?」

「良いに決まってる」

「……やった!」


 嬉しそうに咲茉が微笑むと、悠也も自然を頬を緩めていた。


 その程度のことなど、悠也は面倒とすら思わなかった。


 むしろ咲茉とテスト勉強ができると考えるだけで、来週が楽しみになった。


「ほら、啓介。お前もやるぞ」

「……えぇぇ」


 心底嫌そうに顔を強張らせる啓介に、悠也と咲茉は顔を見合わせると、揃って苦笑していた。

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