第37話 落ち着かないんだよね
疲れ果てたと言えど、ゴールデンウィークは満喫しなければならない。
それは悠也にとって、絶対にしなければならない決定事項だった。
あの辛かった社会人生活で一度は記憶から消え去ってしまった大型連休。もう二度と訪れることはないと思っていた夢の5連休なのである。
それをまた再び、どうしようもなく好きな咲茉と学生時代でやり直せる。
疲れたなど言っている場合ではない。全力で連休を楽しまなければと、密かに悠也は決意を新たにしていた。
今日は午後から家族と用事があるらしい雪菜との武術練習も無事終わり、シャワーを借りて汗を流した後、彼女の誘いで昼食を済ませた悠也と咲茉は、二人で街に足を運んでいた。
休日の午後、恋人と二人で街まで遊びに行く。これは紛れもなくデートである。
もう咲茉とは何度も放課後のデートだってしている。休日のデートだってしている。
しかし咲茉と二人でゴールデンウイークのデートは初めてだった。休日というのは何も変わっていないのに、ゴールデンウイークという言葉だけで不思議と特別な気分になってしまう。
今日は一緒に何をしようか。そんなことを私服の彼女と話しながら街に向かうだけで、悠也は楽しくてしかたなかった。
とりあえずは適当に喫茶店にでも入ろうか。高校生の数少ない小遣いでは手痛い出費になるが、そんなことを悠也が気にするはずもなかった。
高校生で過ごせるゴールデンウイークは3回しかない。なら男らしく盛大に咲茉をエスコートしようと悠也は思っていたのだが――
「……なぁ、咲茉さん」
「ん? どうしたの?」
「なんで俺達、漫画喫茶に来てるんだ?」
なぜか咲茉の提案で、悠也は彼女と一緒に漫画喫茶に入っていた。
「え、だって悠也が喫茶店に行きたいって言うから」
「……それで漫画喫茶が最初に出てくるとは思わなかったなぁ」
まさか予想の斜め上の回答に、悠也は頭を抱えていた。
街に到着してちょっと喫茶店でも行こうと悠也が言った途端、なら行きたいお店があると彼女に連れられて、流れのままに漫画喫茶に入店してしまった。
咲茉に促されるまま会員カードを作り、丁度空いていた手狭な個室で肩を並べて彼女と座っている状況が受け入れられなくて、その場で悠也が苦悩してしまう。
頭を抱える悠也に、咲茉は苦笑していた。
「冗談だよ。単純に私が行きたかっただけだから、やっぱり悠也はこういう場所って来るの嫌だった?」
申し訳なさそうに問い掛けてくる咲茉に、悠也は首を左右に振った。
「嫌じゃない。本当に嫌だったら店入る時に文句言ってるって」
「なら良かったよ。流石にちょっと強引だったかなって思ってたから」
そう言って、誤魔化すように咲茉が苦笑いする。
「でも、やっぱり悠也は普通に喫茶店とか行きたかった?」
そう訊かれれば行きたかったと言いたい悠也だったが、その言葉は飲み込んだ。
「なんというか……折角のデートだったし、デートっぽいところ行った方が咲茉も喜ぶかなって思っただけだ」
改めて言葉にすると、妙に気恥ずかしくなった。
どうしても行きたかった、というわけではない。
ただ単純に、そういう場所に行った方がデートらしいと思っただけだった。
「ふふっ……そういうこと気にしてくれてる悠也、ちょっと可愛いかも」
「うるせ」
クスクスと笑う咲茉の反応に、頬が熱くなる感覚が襲い掛かった悠也がそっぽを向く。
「あ、怒らないでよ~」
「怒ってない」
不貞腐れてると言いたげな彼に、咲茉は困ったと人差し指で頬を搔いていた。
「別に悠也と一緒なら私はどこだって楽しいから良いんだよ。良い雰囲気とか、デートっぽいのも好きだけど、こういうのもやってみたかったの」
そう言うと、咲茉がいつの間にか持っていた漫画を悠也に見せつけていた。
「二人で一緒に漫画読むのも、良いでしょ?」
「それ、お前が読みたがってたやつじゃん」
咲茉が悠也に見せた漫画は、少し前に流行っていた恋愛漫画の第1巻だった。
「一緒に読みたいな? だめ?」
漫画で口元を隠しながら、不安げに咲茉が問う。
そんな可愛い姿を見せられれば、もう悠也が答えることなど決まっていた。
「俺が駄目って言うわけないだろ」
「えへへっ、やった」
悠也が頷くと、嬉しそうに咲茉が微笑む。
ただ一緒に漫画を読むだけでこんなにも喜んでくれるなら、自然と嬉しくなった悠也の口から笑みがこぼれた。
「まぁ、こういうのも良いか」
手狭な個室で、二人で肩の触れ合う距離で漫画を一緒に読む。
思っていたものと少し違ったが、冷静に考えればこういうのも悪くなかった。
これも立派なデートだろう。そう悠也は思っていた。
「漫画喫茶って一度も来たことなかっただけど……鍵付きの個室ってあるんだな」
最初は受付でカードキーを渡された時はよく分からなかったが、借りた部屋が鍵付きだと見れば、その用途はすぐに悠也も分かった。
そして思っていた以上に、部屋の設備が良くて驚いたくらいだ。
靴を脱いで部屋に入れば、手狭だが二人だと大して気にならない。エアコンもあり、くつろげるクッションや小さな座椅子もある。それにパソコンもあれば困ることもない。
「漫画とか飲み物取りに行ってる間に大事なもの盗まれたりするらしいよ。防犯とかも兼ねてるみたい」
「……詳しいじゃん」
妙に漫画喫茶に詳しい咲茉に、悠也が意外だと目を大きくする。
悠也が驚くと、咲茉は苦笑交じりに答えていた。
「実はね。大人だった時ね。一度行ってみたくて色々調べてたの。でも行く前に死んじゃったけどね」
乾いた笑みを漏らす咲茉の話に、悠也は全く笑えなかった。
大人だった頃の咲茉は、部屋から出ることを拒んでいた。
そんな彼女が男性恐怖症を克服する為に外へ出るようになり、アルバイトを始めて、漫画喫茶に行きたくて下調べをしていた。
咲茉の持つ極度の男性恐怖症を知っていれば、そこまでに至る彼女の頑張りを考えるだけで悠也は泣きそうになった。
果たして、その過程にどれだけの苦労があったのか。その努力の源が自分であると知ってるがゆえに、無性に泣きたくなってしまう。
どうにも我慢できず、悠也の手が咲茉の頭を撫でていた。
「んっ? 急にどうしたの?」
「ごめん。なんか撫でたくなった」
「それは全然良いんだけど、私も嬉しいし」
不思議そうに咲茉が首を傾げるが、彼に頭を撫でられば嬉しそうに頬を緩める。
その表情ですら涙腺が緩みそうになった。なんとか気を紛らわそうとして悠也は彼女に声を掛けていた。
「今日以外にも、また一緒に来ような」
「……良いの?」
少し目を大きくして、咲茉が驚く。
その反応に、悠也は小さく頷いていた。
「こういう時に使える学割は偉大だよ。3時間で1,000円は安い。咲茉が行きたくなったらいつでも言ってくれ」
「……うんっ!」
嬉しそうに咲茉が笑ってくれるなら、それだけで十分だった。
だが、悠也は少しの出来心で訊いてしまった。
「でも今度は一緒に喫茶店でお茶したい」
「あ、やっぱり行きたかったんだ」
「ごめんって、ちょっとした出来心だって」
ムッと頬を膨らませる咲茉に、悠也が両手を合わせて謝罪する。
そんな彼に咲茉が「冗談だよ」と言って苦笑すると、
「……ちょっと喫茶店って苦手なんだよね」
そう続けて、言いずらそうに彼女は告げていた。
「……なんか嫌なことでもあったのか?」
「うーん、なんて言うか。ちょっと、落ち着かないんだよ」
妙に歯切れの悪い咲茉の答えに、悠也は怪訝に眉を寄せてしまう。
しかし、それ以上は咲茉から言葉が出てくることはなく。
その反応に妙な違和感を感じる悠也だったが、咲茉に漫画を読もうと促されると気のせいかと考えることをやめていた。
とにかく、今は二人で漫画喫茶を満喫しよう。
そう思うと、更に肩を寄せてきた咲茉と一緒に悠也は二人で漫画を読むことにした。
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