第30話 行きたくない
涼風咲茉さんへ。
この学校に入学してからずっとあなたのことを綺麗で可愛いと思ってました。
こんな手紙を急に渡しても迷惑だと思います。
でも、この気持ちだけは伝えたくて下駄箱に入れました。
今日の放課後。校舎裏で待ってます。
僕の気持ちをどうか聞いてください。
1年E組 赤城雄亮
咲茉に渡されたラブレターの内容は、実にシンプルだった。
昼休みになってから人目につかない場所で内容を確認した悠也が教室に戻ると、待っていた啓介達の元に戻っていた。
「ラブレターの内容は?」
「めっちゃシンプルだった」
悠也がそう答えると、咲茉が小さく頷く。
その反応を見て、啓介達は揃って困った顔をしていた。
「で? どうする?」
「どうするなにも断るに決まってるでしょ?」
啓介の疑問に、凛子が即答する。
全員が頷くが、そこで悠也は眉を寄せていた。
「問題なのはどうやって断るかだ」
「はぁ? そんなの行かないで放っておけば良いだけだろ?」
「凛子、それやると面倒なことになるぞ?」
「はぁ?」
啓介が指摘すると、凛子の首が傾く。
理解できないと困惑する彼女に、悠也は溜息混じりに答えていた。
「この手紙の相手、赤城が女子人気の高い男子なのが問題なんだよ」
「そんなの別に無視しても問題なくない?」
私なら絶対そうすると語る凛子だったが、悠也と啓介は顔を見合わせると揃って首を振っていた。
「無視したら赤城の気持ちを咲茉が無碍にしたってなる。コイツのことが好きな女達からすれば、好きな男子を蔑ろにされたらどう思う?」
悠也から聞かされた話でようやく凛子も察せたのだろう。
ピクリと眉を動かすと、面倒そうに彼女は舌打ちを鳴らしていた。
「マジで女ってダルいな」
「お前も女だって忘れてないか? てか男も似たような話あるからどっちもどっちだからな?」
凛子の様子に、啓介が苦笑いする。
しかしこれで凛子も状況を理解できたと悠也が察すると、話を戻した。
「どちらにせよ、これは咲茉が直接会いに行くしかない」
問題なく済ませるのなら、この手紙の主に会って告白を断るだけで良い。
本来ならそれだけで済む話だったのだが――
「……行きたくない」
朝から咲茉はラブレターの呼び出しに出向くことを頑なに拒んでいた。
すでに彼女から理由を聞いていた悠也達は、揃って頭を抱えたくなった。
「やっぱり、男の人は怖いんですか?」
恐る恐ると雪菜が訊けば、咲茉が小さく頷く。
「なるほど……これは困りました」
先日から話には聞いていたがここまで酷いとは思わず、雪菜は困ったと眉を顰めた。
考え悩む彼女の横で、凛子も以前に聞いていたことがここまでとは思わず肩を竦めていた。
「悠也はともかく、啓介もダメなのか?」
「啓介くんは話すとかは全然大丈夫だよ。私が駄目なのって触れられることと……今更気づいたけど、好意を向けられることみたいなの」
これはラブレターを貰って咲茉本人も改めて気づいたことだが、触れられること以外にも男性から好意を向けられることすら身体が拒否反応を起こしてしまう。
ただ視線や声だけなら何も問題ないのに、こうして形として渡されると鳥肌が止まらなくなる。
自分でも今までに経験したことのない拒否反応に、咲茉自身も驚いているほどだった。
「そこまで男に苦手になるって……どんな夢見たんだよ?」
咲茉から聞かされていた作り話の事情を信じている凛子が怪訝に問う。
悠也以外の全員が凛子の疑問に頷くと、咲茉は目を伏せると首を振っていた。
「言いたくないのは前から聞いてるから無理には聞かないけど、相当な夢見たんだな」
「ごめんね、凛子ちゃん。言いたくないくらいの夢だったよ」
どうにか誤魔化そうとする咲茉だったが、それで素直に頷けるほど凛子達の疑問は軽くなかった。
怪訝に咲茉を見つめる凛子達の視線に、咲茉が目を伏せる。
空気が悪くなると判断した悠也は、仕方ないと考えていた代案を出すことにした。
「なら、もう誰かが一緒に行こう」
「……一人が無理ならそうなりますね」
悠也の提案に、雪菜が頷く。
結局のところ、咲茉が一人で出向かないのなら誰かが付き添うしか方法がなかった。
「でも俺と啓介は行けない」
「……え」
悠也の発言に、咲茉の目が大きく見開かれた。
きっと彼女の中では悠也が付き添うのだと思っていたのだろう。
驚く彼女の表情でそれを察した悠也は、頬を引き攣らせながら続けた。
「正直に言えば俺が行っても良い。でもこの先のことを考えると俺と啓介以外が行くべきだ」
「な、なんで……?」
今にも泣きそうな表情を見せる咲茉に、悠也は限りなく低い可能性だが、決して見過ごせない可能性を口にした。
「それもさっき話したことと同じだ。咲茉に彼氏がいるいない関係なく、今から告白する場所に咲茉が男連れて行ったら相手からどう見える?」
「なんだコイツ、ってなるな」
凛子の呟きに、悠也は頷いた。
「もし付き添うのが彼氏の俺だったら、見ようによっては見せつけるために連れて行ってるとしか思えない。わざわざ来なくても良いのに、彼氏が出向いたら自慢してるって思われてもおかしくない」
「……それは流石にないだろ?」
凛子の疑問も最もな話だった。
そう思われる可能性は限りなくゼロに近い。
「別に赤城って奴が咲茉が俺を連れてきたことを言いふらさなきゃ問題ないさ。でも仮に、言いふらされたら他の女子の敵意が咲茉に向く。わざわざ必要ないのに彼氏を連れてって自慢したなんて噂が経てば、最悪イジメとかになりなねない」
悠也の考える可能性は、全て秘匿されれば問題のないことだった。
赤城という男子が告白して咲茉が断っても、彼が他の誰にも話さなければ問題はない。知られなければ何も起きないのだから。
しかし、もし仮に告白の状況を誰かに話す人間ならば話は大きく変わる。
秘密にしようとしたところで、告白絡みの秘密話など秘密であってないものだ。一人に言えば、自然と周囲に拡散される。
それがキッカケとなり、咲茉が彼氏をわざわざ断るためだけに連れてきて自慢したなんて意味不明な噂が経てば、赤城を好きだった女子が揃って腹を立てる。
「もし赤城が女子から人気がなければ多少話も違ったのかもしれないけど、人気のない男子でも同じことだ」
言ってしまえば女子の人気が高い男子ほど、その可能性があるのだから困る話だった。
そんなくだらないことで咲茉がイジメを受けるのは、悠也も許容できるわけがなかった。
「だから俺と啓介は行かない方が良い。凛子か雪菜が付き添ってくれ」
「え、私は〜?」
「仮に強引なことされても抵抗できる女の子じゃないと駄目だ。もし触られたら咲茉がどうなるか分かったもんじゃない」
何度か咲茉の拒否反応を見てる悠也だからこそ、見知らぬ男に触られた時の反応は想像すらできなかった。
今日までの日々を、咲茉は上手くやり過ごしていた。
普段の私生活でも、学校生活でも、彼女は周りに気づかれないように注意を怠っていない。
不用意にぶつかることもないように曲がり角ですら警戒しているくらいだ。もし不意の事故ではなく、相手の意思で迫られれば……彼女がどうなるか想像もできない。
よって乃亜は、今回の件では戦力にすらならなかった。
「ぶー! ちょっと分かるのがムカつくー!」
不貞腐れる乃亜だったが、事実なのだからどうしようもなかった。
「それなら私が行きましょう」
「なら私も行くわ。なんで私達がいるのかって聞かれても、咲茉が男が怖いからって別に話しても良いよな?」
「なるべく言わない方が良いと思うけど、場合によっては言って良いと思う。こればかりは仕方ない」
雪菜と凛子が一緒にいる理由がなければ、相手からすれば意味不明な行動である。
その理由に正当な理由がなければ、咲茉に対する不信感は増すだけなのだから。
「二人とも……ごめんなさい」
今にも泣きそうな表情で二人を見つめる咲茉に、二人は小さな笑みを浮かべると彼女に歩み寄っていた。
「私達のことは別に気にすんな」
「その通りですよ、咲茉ちゃん」
雪菜に頭を撫でられ、凛子に肩を叩かれる。
その優しさを申し訳ないと思いながら、咲茉は深々と頭を下げていた。
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