第28話 アルバイト
子供みたいに遊ぶのは、何歳になっても楽しいものらしい。
ゲーセンで久しぶりに遊んだ悠也は、しみじみとそう思っていた。
クレーンゲームや対戦型のゲームで年甲斐もなく騒いだり、女子陣の圧に負けてプリクラを撮ったりなど思っていた以上にゲーセンを楽しんでいた。
これは余談だがパンチングマシーンで雪菜が信じられないハイスコアを出したことは、きっと悠也は生涯忘れないだろう。
とにかく、悠也は久しぶりの遊びを思う存分堪能していた。
初めは精神年齢が25歳の自分が子供と遊んでも楽しくないかもしれないと不安はあったが、思いのほか予想以上に楽しめた。
遊びに関しては子供も大人も大して変わらないのだと、改めて実感してしまう。
咲茉も凛子達と遊んでる最中は終始楽しそうだった。
ずっと友達と遊ぶこともなかったからか、終始咲茉がはしゃいでいたほとだ。楽しかったに違いない。
二人で放課後のデートができなかったのは残念だったが、彼女が楽しんでいるなら悠也も良しとすることにした。
思う存分にゲーセンで遊んだ後、悠也達は近場にあったファミレスで一休みしていた。
「えへへっ……ゲーセン行ったの久々だったから楽しかったよ」
本当に楽しかったと、満面な笑みを浮かべる咲茉がオレンジジュースを飲む。
コップを両手で持ち、刺さっているストローでジュースを飲む彼女の姿は、見ているだけで悠也の心が癒やされていくようだった。
「確かに私達だけの時ってゲーセンとか行かないから久々だったわ」
気怠そうにアイスコーヒーを飲みながら、凛子が咲茉の隣で頷く。
あまりにも自然だった彼女の返事に、反対の席に座っていた啓介が怪訝に訊いていた。
「あれ? 凛子達ってゲーセン行かねぇの?」
「悠也とか啓介いないと行かねぇよ。面倒だから」
「面倒?」
なにげなく啓介が訊き返すと、凛子は失笑しながら答えていた。
「私達だけだと男に声掛けられるんだよ。適当にあしらうのクッソ面倒なんだよ」
「それお前じゃなくて咲茉ちゃんと雪菜ちゃんにだろ?」
「うるせぇな。別に私は可愛くねーよ」
ムッと眉を吊り上げる凛子だったが、すぐにどうでも良いと鼻を鳴らしていた。
そんな凛子に、咲茉が「そんなことない」と首を横に振っていた。
「大丈夫だよ。凛子ちゃんはすっごく可愛いから」
「咲茉……ほんと好き」
「私も凛子ちゃんのこと好きー」
隣同士で座っていた凛子に、咲茉が抱きつく。
その瞬間、凛子の表情が笑顔で満ち溢れるが……なぜかすぐ悲しそうに落ち込んでいた。
「はぁ……なんで私が男に生まれなかったんだろ。そうしたら咲茉と付き合えたのに」
「えっと、私には悠也がいるから……凛子ちゃんが男の子だったら少し困るかも」
「やっぱ私、女で良かったわ」
「ブレブレじゃねぇか」
啓介に突っ込まれるが、凛子は気にもせず、むしろ誇らしそうに胸を張っていた。
「男のお前じゃ咲茉に抱きつくこともできないけど、女の私ならできるんだから良いことしかないから良いんだよ」
「俺だってそれくらい――」
「やったらマジでぶん殴るから覚悟しろよ」
凛子に対抗する啓介だったが、悠也に先読みされてしまい顔を顰める。
悠也が横目で咲茉を見れば、やはり想像したのか心なしか身体を強張らせていた。
「ちょっとくらい、駄目?」
「あ?」
「……なんでもないです。ごめんなさい」
僅かな可能性がないか啓介の期待も、悠也が睨めばないことに気づかされる。
その事実に啓介が肩を落とすと、凛子は満足そうに笑っていた。
「この乃亜ちゃんだってナンパくらい……」
「お前に声掛けるのは色々とまずいだろ」
「……ぐぬ」
負けじと声を上げる乃亜だったが、悠也に事実を突きつけられて言葉を詰まらせる。
その姿に悠也が呆れると、おもむろに彼は雪菜に話し掛けていた。
「俺と啓介がいないと面倒なのか?」
「……そうですね。毎回、結構しつこく言い寄って来られます。ゲーセンなど行くと特に」
以前の記憶を思い返しても、そんな話を雪菜達がしていた覚えが悠也にはなかった。
今更新しい事実を知ることになるとは思えず、単に覚えていないだけなのかと彼が過去を振り返っていると。
「男に言い寄られても雪菜がいれば大丈夫だろ?」
「啓介、少し考えてみろ。喧嘩強いって言っても毎回雪菜に相手させるわけにいかないって。下手に目つけられたら困るのは雪菜だぞ」
凛子にそう言われれば、啓介も反論できなかった。
街には柄の悪い男が多い。不良も多い場所で騒ぎを起こして目をつけられれば、面倒事が多くなる。
それを全て雪菜に押し付けるのは、流石の凛子でも悪いと思っていた。
凛子の話に、雪菜はゆっくりと頷いていた。
「確かに昔みたいになるのは困ります。あの時はよく絡まれてましたから」
「そう言えば雪菜って中学の最初の頃は喧嘩番長みたいになってたっけ?」
「……お恥ずかしい限りです」
啓介がそう言うと、雪菜は恥ずかしそうに苦笑していた。
それはいずれ雪菜が大人になれば黒歴史となる出来事だった。
美人で気品もある雪菜は、中学の頃から告白されていた。
それもなぜか柄の悪い異性から告白されることが多く。断り続けたことで反感を買い、強引に彼女を自分のモノにしようと目論む男達が数多くいたのだが……その全てを薙ぎ払ったことで付けられた異名が番長だった。
あまりにも喧嘩が強く、その噂が一人歩きして喧嘩を売られることもしばしばあったが、自然とその噂も消えていき、今は雪菜も平穏な生活を送っていた。
「それに私一人ならどうにかなりますが、咲茉ちゃん達も一緒だと守るのも難しいので言い寄られない方が何かと都合が良いですね」
「そうしとけ、そういう場所に行く時は俺達も一緒に行く。大して戦力にならないけど、男除けくらいにはなる」
「そう言って頂けるとすごく嬉しいです」
悠也は事実を言ったまでだったのだが、そこまで喜ばれると気恥ずかしくなる。
実際、自分のいない場所で咲茉が男に言い寄られるのを想像しただけで発狂したくなる。そんなことが起きない方が良いに決まっている。
それに今の咲茉のことを考えると、不用意に男と接触するのは控えるべきだった。
「それしても今日は金使ったわ。もう今月厳しいかも」
そう悠也が考えていると、突然啓介が財布を見るなり肩を落としていた。
「高校生になったことだし、バイトでもしてみるか」
何気ない啓介の言葉に、凛子がけらけらと笑っていた。
「お前がバイト? 無理無理、接客とか絶対無理だろ?」
「なにをっ! 俺の対人スキル舐めんなよ!」
また凛子と啓介が口喧嘩を始める。
その喧嘩を聞き流しながら、悠也はバイトという単語に反応していた。
「バイトか……」
「お? 悠也っち、バイトする気?」
乃亜に訊かれると、悠也は唸りながら顔を顰めていた。
「金があって困ることはないからな。でもバイトすると咲茉と一緒にいる時間も減るし、考えものだ」
「しれっと彼氏面〜」
「実際彼氏だし」
どこかムカつく笑みを見せる乃亜に、悠也が苦笑する。
「アルバイトですか〜」
そんな話をしていると、いつの間にかスマホを眺めていた雪菜がポツリと呟いた。
「少し気になって調べたら求人ってたくさんあるんですね」
「そりゃ色々あるだろ?」
世の中には求人が山のようにある。漁れば漁るほど、良いものから悪いものまで。
「おーぷにんぐすたっふ? ってなんですか?」
「書いてるままだ。新しくオープンする店の新規従業員の募集だ」
「……なるほど」
悠也がそう答えると、スマホを見つめたまま雪菜がコクコクと頷いていた。
「このカフェ、ちょっと可愛いです」
「カフェ?」
「新しくオープンするカフェの求人です。アーネンデルって名前のカフェなんですけど――」
雪菜がそう言った瞬間――
突然、彼等のテーブルの上でガラスの割れる音が響き渡った。
「ちょ! 咲茉⁉︎」
「……え?」
「コップ落としてる⁉︎」
慌てる凛子にそう言われて咲茉が少し遅れて見ると、テーブルの上で彼女が持っていたコップが落ちて割れていた。
テーブルから床に、オレンジジュースが滴る。咲茉の制服にも、少し掛かっていた。
「あぁ! もうスカート濡れてる!」
「お客様! 大丈夫ですかっ!」
慌てて咲茉のスカートを凛子が持っていたハンカチで拭くと、更に慌てて従業員が駆け寄る。
それでも、その場で座ったままの咲茉は呆然とした表情を見せていた。
「……咲茉? 大丈夫か?」
「あ……う、うん。大丈夫、なんでもないよ」
なぜか、悠也はその表情から目が離せなかった。
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