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第24話 転校しないよ


 その日の夜。悠也と咲茉えまの家族が集まって入学祝いの夕食を外で済ませた後、いつものように咲茉は悠也の家を訪れていた。


 昔から暇な時間があると悠也の部屋を訪れるのが咲茉の日常だった。


 それは彼女にとって子供の頃から続けていた習慣であり、もはや日課とも言える当たり前の行動でもあった。


 別に彼の部屋に行く目的があるわけでもなく、その当時は自室で一人で遊んでいるよりも悠也と一緒にいる方が楽しいからという実に子供らしい咲茉の我儘によって――二人の日々は始まっていた。


 当時、まだ子供だった悠也も一人より咲茉と一緒にいる方が断然楽しく、自然と二人は一緒にいるようになった。


 そんな二人の日常を、彼等の両親は快く受け入れていた。


 むしろ陰で密かに自分の子供達がいつ付き合うのか予想して遊んでいたほどだ。いずれ自分の子供となる咲茉や悠也を彼等が受け入れないはずがなかった。


 咲茉が悠也の家を訪ねれば、悠也の両親はまるで家族同然のように彼女を歓迎する。それは悠也の場合も同じだった。


 そんな日々を昔から過ごしていれば、咲茉が自分の部屋で平然と過ごしているのも悠也からすれば日常のひとつだった。


 一度失ってから気づいてしまった、彼女と過ごすかけがえのない時間。


 それが今、こうして返ってきたことが悠也は嬉しくて堪らなかった。


 こんな当たり前だと思っていた時間がどうしようもなく悠也が愛おしく思えるのは、言うまでもなく咲茉のおかげだろう。


 目の前にある咲茉の後頭部を見つめながら、悠也はそっと彼女の頭を撫でていた。


「……ん? 急にどうしたの?」


 悠也の部屋でテレビを見ていた咲茉が振り向くと、不思議そうに悠也を見つめていた。


 なぜか素直に咲茉が愛おしくなったとは言えず、思わず悠也が苦笑してしまう。


「いや、なんかこの格好……やっぱり恥ずかしいなって」

「私も……でもね、やってみて分かったけど私はこれ好きだよ。なんかすっごく幸せな気分になるもん」


 悠也が誤魔化すようにそう言うと、はにかんだ咲茉がゆっくりと彼に身体を預けていた。


 ベッドを背もたれにして座る悠也の上に、なぜか咲茉は座っていた。


 座る悠也が足を広げて空けているところに腰を下ろし、彼の身体を背もたれにしつつ、彼の両腕を咲茉が自分の腹部に添えている。


 それはまるで、悠也が後ろから彼女に抱きついているような光景だった。


 なぜ二人がこんな姿になっているかというと……単に咲茉が悠也にお願いしたからだった。


「えへへ……これ、一度やってみたかったんだぁ」


 どうやら咲茉が懇願したこの恋人座りは、彼女の昔からの夢だったらしい。漫画やアニメなどでよく見ていたことを自分もやってみたかったと。


 その願望が叶って幸せそうに微笑む咲茉に、悠也の頬が自然と緩んだ。


「まぁ、咲茉が喜ぶなら俺は良いけどさ」


 むしろ咲茉の我儘など可愛いものだ。それで自分も良い思いができているのだから悠也も文句など何もなかった。


「むっ……ゆーやは嫌なの?」

「馬鹿言うな、嫌なわけないだろ」


 むくれる咲茉を後ろから悠也が抱きしめると、少しくすぐったそうにしながらも彼女の表情が嬉しそうに笑う。


 そんな風に咲茉と時折じゃれあいながら、ゆっくりとテレビを眺める時間が悠也は楽しくて仕方なかった。


 男性恐怖症の咲茉は、過度なスキンシップを嫌う傾向がある。だが恋人となれば、当然いつか必ず訪れる行為だってあるだろう。


 当然、悠也も男である以上、そういう行為に決して興味がないわけではない。むしろ興味しかない。


 だがしかし、今の彼女とそんなことをする気には悠也には全くなかった。


 もし強引に迫って彼女が怖がるようなことがあれば、一生後悔することになるだろう。それを自覚しているからこそ、悠也は慌てることなく彼女と距離を縮めていこうと決意していた。


 今後ずっと一緒に過ごしていけば、いつかそういう日が来る。それまでは彼女を大事にしたいという気持ちを悠也は最優先していた。


 こうして咲茉と一緒にいられるだけで、悠也は心の底から嬉しかった。子供みたいなじゃれあいだけでも十分過ぎるほどだった。


 どれだけ疲れがあっても一瞬で消えてしまいそうだと、悠也が何気なく思った時だった。


 今日の出来事が、悠也の頭を過った。


「あぁ……嫌なこと思い出した」

 

 おもむろに、悠也が深い溜息を吐き出していた。


「ゆーや? どうかした?」


 突然聞こえた彼の溜息に咲茉が首を傾げると、悠也から返ってきたのは溜息混じりの失笑だった。


「今日のこと思い出しただけだ」

「……今日?」

「乃亜の所為で酷い目にあった時のアレだよ」

「あぁ〜」


 悠也の返事で咲茉も思い出したのか遠くを見つめる。


 そして肩を落とすと、自然と彼女の口から溜息が漏れた。


「あの時は大変だったね」

「なんで俺が先生に一番怒られないといけなかったんだよ……本当に意味が分からなかったわ」


 今思い返しても、あの時のことは悠也も納得できていなかった。


 乃亜の一言で収拾のつかなくなった教室が騒ぎを聞きつけた担任の先生に鎮圧された時、なぜか悠也が一番怒られていた。


「確かにアレは流石に私もどうかと思ったけど……あの時の騒いでたみんなって悠也に集まってたから、何も知らない先生が見たら勘違いしちゃうのも少し分かるかも」

「説明しても全然分かってくれなかったし」

「むしろ説明したから怒られたんだと思うよ」


 最初は咲茉と悠也に群がっていた生徒達だったが、あの時は悠也の告げた一言で全員の意識が彼に向いてしまっていた。


 咲茉を自分のだと叫べば、全員の興味関心が悠也に向けられるのも当然のことだった。


 更に事情を先生に説明すれば、ことの発端の乃亜に加えて状況を悪くした悠也が怒られるのも当然だった。


「入学早々担任に怒られるなんて悪目立ちし過ぎだって……はぁ、この先の高校生活が思いやられるよ。折角、お前と一緒に人生やり直してるってのに」

「そういうのも一緒に楽しんで行こうよ。同じことを繰り返すだけっていうのもつまらないでしょ?」

「それはそうだけど……」


 咲茉の話に、悠也が渋々と頷く。


 前回、タイムリープする前の時は何も問題なかったはずの入学式が今では問題だらけになってしまった。


 咲茉と交際してるというだけで、こんなにも変わってしまえば先のことも心配になる。


 そう悠也が思った時、ふと頭に浮かんだ疑問を咲茉に訊いていた。


「繰り返すと言えばさ……」

「なぁに?」


 興味津々と咲茉が訊き返す。


 キョトンとする彼女に悠也が一瞬言い淀む。


 しかし意を決すると、その疑問を悠也は訊いていた。


「咲茉……お前、転校しないよな?」

「しないよ」


 食い気味に即答されて、思わず悠也が不意を突かれた。


 驚く悠也が呆然と咲茉を見つめる。


 即答した咲茉は、ただまっすぐテレビを見つめながら身体を悠也に預けていた。


「絶対、私は転校しないよ」


 そう言って、咲茉が腰に添えていた悠也の腕を掴みながら更に深く身体を沈ませる。


 絶対に離れないと、そう言いたげにしがみついてくる咲茉を悠也は怪訝に見つめていた。

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