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第22話 女ったらし


 最初から分かっていることだったが、入学式は楽しくなかった。


 入学式が始まった時は悠也も懐かしさに浸れて楽しいと感じていたが、式が進行していけば、それもすぐに薄れてしまった。


 形式的に進む入学式は、どうにも退屈で居眠りする生徒が居てもおかしくない。座って船を漕いでいる生徒が周りに起こされている。


 眠りたくなる気持ちも分かるが、悠也は普通に眠ることなく最後まで式を受けていた。


 簡単に言えば良いことを意図して長く話しているのは、きっと大人なり事情なのだろう。彼等の話を聞けば、改めて悠也はそう感じていた。


 入学おめでとう。これから始まる3年間、精一杯頑張ってほしい。


 仮にそう言って校長が簡単に話を終わらせてしまえば、来賓の大人達に面目がないという話だろう。悠也も一度社会人を経験しているので、なんとなくだが学校側の考えも理解できた。


 その事情に付き合わされる生徒達の身もなってほしいところだが、悠也からすれば上司に怒鳴られ続ける会議よりマシだった。ただ退屈な話を聞いてるだけで勝手に式が進んでいくのだから。

 

 校長の式辞や来賓祝辞、そして在校生と新入生代表の挨拶が終わり、校歌斉唱をしてしまえば入学式もすぐに終わってしまう。


 気づけば、あっという間に入学式も終わっていた。


 あと残すのは、教室で行われるホームルームだけだった。


 体育館から教室に戻ると、やはり案の定クラスは騒がしくなっていた。


 仲の良い友達同士や席が近い人同士で気さくに話したりなど、あと少しで担任の先生が来るまでのひと時を好き勝手に過ごしている。


 その教室で、悠也が割り振られた席で大人しく待っている時だった。


「ねみぃ……」


 ふらふらと歩く啓介が眠そうにしながら悠也の席に倒れ込んだ。


 顎を机の上に乗せて、啓介がだらしなく唸る。


 そんな彼に、悠也は呆れたと溜息を吐き出していた。


「ちょっと顔貸してみろ。すぐ起こしてやるから」

「……入学早々保健室に行くのは勘弁してくれ」


 冗談で悠也が拳を見せると、啓介が眠いと唸りながら腕で顔を隠す。


 作った拳を悠也が下ろすと、面倒そうに肩を落とした。


「なら帰るまで寝るな」

「折角なら寝なかったこと褒めてくれよ〜」

「褒めるわけないだろ。寝ないのが普通だ」


 そう言って子供らしい啓介の姿に呆れる悠也だったが、内心では少しだけ彼の努力に感心していた。


 入学式の最中、眠そうに啓介の頭がふらついても意地でも絶対に寝ないと起きていた姿は式中で何度も見ていた。


 啓介の子供なりの真面目な一面を悠也が垣間見た瞬間だった。


「そう言うお前は寝なかったのかよ?」

「寝るわけないだろ」

「嘘だろ……お前、こういう時の堅苦しい行事は大体寝てただろ?」


 痛いところを突かれて、思わず悠也の顔が強張った。


 今の悠也は大人の経験があったから起きていられただけで、当時の自分なら間違いなく寝ていただろう。


 昔は居眠りして先生や咲茉えま達に叩き起こされる、なんてことが日常茶飯事だった。


「俺も高校生になったんだ。いつまでも子供みたいなことしてられるかよ」

「それで人間変われるなら誰も苦労しねぇよ」


 啓介が苦笑すると、悠也の席で頬杖をつく。


 そして啓介は特になにも言うわけでもなく、じっと悠也の顔を眺めていた。


「急に人の顔まじまじと見るな。俺の顔に何か付いてるのか?」


 突然無言で見つめられて、悠也が怪訝に眉を寄せる。


 彼の疑問に、啓介が取り繕うような苦笑すると渋々と口を開いた。


「いや、なんかちょっと悠也と会わなかっただけなのに変わったなって思っただけだ」

「はぁ……?」


 妙に確信を突くことを啓介に言われて、咄嗟に悠也がとぼけた。


 まさかそんなことを彼から言われるとは悠也も思わなかった。


「なんだよ、それ。別に大して変わってないだろ?」

「なんとなくだって。本当になんとなく、上手く言えねぇけど変わってる気がするんだよな」


 言葉にするのが難しいと、啓介の眉間に皺が寄る。


 まだ彼と再会して少ししか話してないはずだったがそこまで言い当てられたことに悠也が密かに驚いていると、おもむろに啓介は深い溜息を吐いていた。


「これもお前に彼女ができたからなのか……親友の成長は俺も嬉しいけど、寂しくなるぜ」

「馬鹿かお前は」

「なんだよ、まさか違うって言うつもりじゃないよな?」


 そして見当違いなことを口走った啓介に、思わず悠也は失笑していた。


 いや、むしろその勘違いは悠也にとって都合が良かったかもしれない。


 タイムリープする前の自分と今の自分が違うことは、きっと時間が経てば嫌でも周りに気づかれるだろう。


 今の悠也は子供の身体だが、中身は大人なのだ。どれだけ気をつけても普段の話し方や何気ないことで些細な変化に気づかれる可能性は十分あり得る。


 それを勝手に彼女ができたからと勘違いしてくれるなら、そのままにしておくのも一つの手だった。


「まぁ……とりあえずは咲茉に捨てられないように頑張りはするさ」


 啓介の勘違いに合わせて、悠也が適当な返事をする。


 するとその瞬間、なぜか啓介が腹を抱えて笑っていた。


「……馬鹿してるなら殴るぞ?」


 まさか笑われるとは思いもせず、無意識に拳を作った悠也の目が吊り上がる。


 しかし悠也が怒ってると見せても、啓介は心底面白いと笑いながら首を振っていた。


「お前が馬鹿なこと言ってるからだよ」

「……あ?」


 その一言で、勝手に悠也の腹の底から低い声が出た。


 咲茉に関することで馬鹿にされれば、たとえ相手が親友でも悠也は容認できなかった。


 それが子供の戯言だろうと、それだけは決して悠也も許せなかった。


「咲茉ちゃんがお前を捨てるわけないだろ」

「なにが言いたいんだよ、お前は」


 思う存分笑った啓介の言葉に、怪訝に悠也が顔を顰める。


 そんな彼に、啓介はわざとらしく肩を竦めていた。


「もう悠也達が付き合ってるから言うけどよ。咲茉ちゃんが昔からお前のこと好きなの丸わかりだったからな?」

「なんでお前にそんなこと分かるんだよ」

「分かるに決まってるだろ。どれだけ俺達が悠也達のこと見てると思ってんだよ」


 思わず悠也がそう訊き返すと、苦笑混じりに啓介は答えていた。


「お前は分かってないみたいだったけど、咲茉ちゃんって昔からお前の一緒にいる時だけはすげー安心しきった顔してたんだからな?」

「別にそんなことないだろ?」

「あるから言ってんだよ」


 悠也の返事に、啓介が失笑する。


「悠也が分かんなくても俺達には分かるんだよ。咲茉ちゃんにとってお前が特別な奴だって。それなのにお前達が二人揃って自覚してないんだから俺達もずっと困ってたんだからな?」


 そこまで言われてしまえば、悠也も渋々と納得するしかなかった。


 そこでふと、悠也は気になったことを訊いていた。


「ちょっと待てよ。俺達ってまさか――」

「全員に決まってるだろ? 雪菜も凛子も、あの乃亜だって分かってたぞ?」

「……冗談だろ?」

「ちなみにお前が咲茉ちゃんに惚れてるのも分かってたから」

「まじかぁ……」


 まさか全員にバレてるとは思わず、悠也は頭を抱えたくなった。


 穴があったら入りたい。そう思ってしまうほど、自分の顔が熱くなるのが嫌でも悠也は分かってしまった。


「そんなに疑うなら振り向いて直接訊いてみろよ」

「は……?」


 後ろを指差す啓介に流されるまま悠也が振り向くと――


 突然、悠也の首に細い腕が巻き付いていた。


「おらっ!」


 そして男勝りな女の声と共に、巻き付いた細い腕が全力で悠也の首を絞める。


 苦しむ悠也の顔を見ながら、その女は楽しそうに笑っていた。


「なーに一丁前に顔赤くしてるだよ、この女ったらしめ」

「ちょっ……まじで首、締まってるっ」


 必死に悠也が首を絞める腕を何度も叩く。


「私の咲茉を取った罰だ! このやろっ!」


 しかしそれでも、彼女は楽しそうに悠也の首を絞めていた。


 彼女もまた、悠也と咲茉と一緒にいることが多かった懐かしい友人の一人だった。

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