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第66話 コーヒーの味がする


 朝食の洗い物を済ませた後は、リビングでゆっくりとくつろぐのも悪くなかった。


 リビングのソファに座りながらテレビを眺めて、食後のコーヒーを楽しむ。悠也にとって、この時間もタイムリープする前の社会人だった頃では考えられない時間だ。


 高校生に戻ってから、こうしてのんびりと過ごせる時間が楽しくて仕方ない。上司の叱責や仕事に追われることもなく、だだ流れる時間をゆっくりと過ごせるだけで幸せだと感じる己の今も抜けきっていない社畜精神に、コーヒーを飲む悠也が無意識に呆れた笑みを漏らしてしまう。


 こんな時間を過ごせるだけで幸せを感じてしまうのに、隣を見れば好きな人がいる。咲茉と一緒に過ごせる時間は、やはりどれだけあっても足りない。


 そう思う悠也がなにげなく隣に座る咲茉を見つめていると、ふと彼女と目が合った。


「ん~? ゆーやぁ? どしたの?」


 ミルクと砂糖をたくさん入れたコーヒーを飲んでいた咲茉が、悠也の視線に気づいて不思議そうに首を傾げる。


 両手にカップを持ってコーヒーを飲んでいるだけなのに、その姿が可愛いとしか思えなくて。ずっと見ても飽きる気がしない。


「なんか咲茉の顔、見たくなった」

「え〜? 急にどうしたの〜?」

「本当に俺のお嫁さんは、今日も滅茶苦茶可愛いなって思ったら見るに決まってるよ」


 悠也が正直に答えると、はにかんでいた咲茉の頬がほんのりと赤くなった。


「もぉ~、またそういうこと言って~」


 満更でもない咲茉が恥ずかしそうに視線を僅かに逸らすが、それに構うことなく悠也が見つめる。


 その視線に気づくと、更に咲茉の頬が赤みを増していった。


「じゃあ私も……悠也のこと見ちゃうから」


 そう言って悠也に負けじと、咲茉が見つめ返す。


 自分だけ悠也に見つめられて恥ずかしがるのは、どこか負けた気がする。


 だからきっと自分が見つめれば、悠也も恥ずかしがってくれるに違いない。


 そう思う咲茉がジッと悠也を見つめるが、


「先に言っておくけど、咲茉の可愛い顔なら一生見ても飽きないからな?」


 唐突に悠也から出てきた言葉に、思わず咲茉の頬が緩みそうになる。


 いつも悠也は嬉しいことばかり言ってくれる。我慢できなくて悠也に抱きついてしまいたい衝動に駆られるが、それも咲茉がグッと堪える。


 なぜなら今日は悠也の誕生日。つまり、悠也を甘やかせる日なのだ。


 ならば、悠也がもっと喜んでくれることを自分も言わなければ――


「わ、私だってゆーやの顔は一生見てられるもん。ゆーやの可愛い顔、ずーっと見ても飽きない」


 偽りのない本心を咲茉が言うと、悠也の頬が少しだけ赤くなるのが分かった。


 自分の言葉で、悠也が恥ずかしがってくれた。それが嬉しさから来るものだと分かれば、なおなら嬉しさが込み上げてくる。


「俺の方がずっと見てられるし」

「ゆーやより私の方がずーっと見てるもん」


 頬を赤くした2人が、そんなことを言い合って見つめ合う。


 決して視線は逸らさずに。まっすぐ目の前に居る大好きな人を互いに見つめる。


 いつも見ているはずなのに、こんな風に改めて見つめ合うと、少しずつ恥ずかしさが込み上がって来る。


 だけど目の前に居る好きな人から、目を逸らそうとは思わなかった。


「……ゆーや、顔真っ赤」

「咲茉だって、真っ赤だぞ」


 テレビの音だけ聞こえるリビングで、そんなことを言い合いながら2人が苦笑する。


 気がつくと、自然と2人の顔がゆっくりと近づいていた。


 互いの呼吸すら聞こえる距離まで、2人の顔が近づいていく。


 そして吐息が顔に掛かる至近距離で見つめ合うと、互いの唇を優しく重ねていた。


「……ゆーやが飲んでるコーヒーの味する」

「咲茉のコーヒー、やっぱり甘いな」

「私の飲んでるコーヒー、美味しくなかった?」

「味、思い出せないからもう1回」


 そっと唇を放した2人がそう言い合って、また唇を重ねる。


 唇を重ねただけの優しいキス。それでも、相手の飲んでいたコーヒーの味が伝わって来る気がした。


 好きな人と唇を重ねるだけで、愛おしさが込み上がって。


 身体の奥から、温かい気持ちが溢れてくる。


 そう思った悠也と咲茉が、ゆっくりと身体を寄せ合う。


 もっと、ずっとこうしていたい。


 その欲望のままに、我慢できず悠也が咲茉を抱きしめようとするが、


「もう、キスばっかりしてたら1日終わっちゃうよ」


 おもむろに唇を離した咲茉が、顔を真っ赤して笑みを浮かべていた。


「良いだろ。ずっとキスしてたって」

「だーめ、これ以上は私が我慢できなくなっちゃうもん。今日はキス以外でもゆーやのこと甘やかせるって決めたんだから」


 顔を離した咲茉に、悠也が分かりやすく落ち込んだ表情を見せる。


 そんな彼に咲茉は嬉しそうに微笑みながら、持っていたカップをテーブルの上に置くと、


「ゆーや、私の膝枕好きでしょ?」


 おもむろに膝を、ポンっと咲茉が叩いていた。


「ほら、ゆーや。横になって」


 そう促されてしまえば、キスをしたかった悠也も従うしかなかった。


 咲茉とするキスも好きだが、それと同じくらいの彼女の膝枕も好きだった。


「じゃあ、遠慮なく」

「はーい、どーぞ」


 クスクスと笑みを漏らす咲茉に頭を撫でられながら、悠也が彼女の膝に寝転ぶ。


 横になった悠也が見上げると、咲茉の幸せそうな笑顔があった。


「膝枕した時は、することは決まってるよね〜」

「咲茉? 何かするのか?」

「ふふっ、これ」


 悠也が訊き返すと、おもむろに咲茉が用意していた何かを手に取って見せる。


 それは、紛れもなく耳かきだった。


「ゆーやに耳かきしてあげる。ゆーやの耳、私がキレイにしてあげるんだから」


 そう言って、嬉しそうに咲茉が微笑んでいた。

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