第65話 なにが意地悪なんだ?
甘やかしたがる咲茉の扱い方が、ようやく悠也も分かってきた。
悠也を甘やかすために何でも自分でやろうとする彼女だが、悠也自身が自分のことをしなければ概ね許してくれるらしい。
朝食の時も、咲茉に食べさせたいと我儘を言えば許してくれた。彼女も好きな人にご飯を食べさせてもらえると分かれば、己の欲望には勝てなかったようだ。
それを踏まえて、彼女の中で線引きがされている。悠也が自分のことではなく、自分がしたいことを咲茉にするのは良い。
はじめは何もさせてもらえないと思っていたが……そのルールを守れば、ある程度だが悠也の行動も広がっていた。
「むぅ……! 私がひとりでやるつもりだったのに……!」
悠也が台所で食器を洗っていると、その隣で咲茉が不満そうに口を尖らせる。
そんな彼女に、悠也は苦笑しながら洗った食器を手渡していた。
「俺も咲茉と一緒に家事がしたかったんだよ。朝ごはんも作ってもらったんだし、俺もこれぐらいさせてもらわないと」
「家事はお嫁さんのお仕事なのに……!」
悠也から受け取った食器の水気を、咲茉がふきんで拭き取りながら不満を呟く。
本来、朝食の後片付けは咲茉が率先して1人で行うつもりだったのだが、それを悠也が黙って見ているはずもなかった。
リビングでコーヒーでも飲んでゆっくりしてほしい、そう話す咲茉に悠也が我儘を言って今に至る。
「こんな風に咲茉と肩を並べて家事してみたかったんだよ。いつも手伝おうとしても母さんがうるさいし」
悠也が日常的に家事を手伝おうとしても、母親の悠奈によって邪魔されることが多い。
食後の片付けは、普段から悠奈と咲茉がしている。そこに悠也も加われば台所に3人も居て邪魔だと悠奈から言われて、渋々と悠也が追い出されることも多くある。
それならば母親が抜ければ良いのでは?
そう思う悠也だったが、それを指摘しても悠奈から返って来る返事はいつも変わらない。
『これは達也さんの妻である私の仕事よ。たとえ息子でも渡してやるもんですが』
『なら咲茉は良いのかよ』
『咲茉は花嫁修業だから許してるの。いつもお仕事で忙しい達也さんにだってさせるもんですか』
悠奈にとって、そこだけは譲れないらしい。夫は仕事で疲れているのだから、家のことは妻が責任を持ってする。それを頑なに突き通そうとする。
余談ではあるが父親の達也も、その点には苦言をもらしていた。休日の日に手伝おうとしても嫌がられることが多いと。
今時では時代遅れとも言える考え方を、悠奈は意地でも変えようとしない。
「……悠奈お母さんだっていつも1人でしてるのに」
その話を思い出したのか、咲茉が不満げに頬を膨らませる。
悠奈の影響で咲茉もそういう価値観が植え付けられているが、悠也も折れるつもりはなかった。
「咲茉は、俺と一緒に家事するの嫌なのか?」
「嫌じゃないけど……でもぉ」
今日は悠也を甘やかす。そう決めていたはずが、悠也に家事をさせている。
更に悠也のお嫁さんになると決めている以上、咲茉にも妻としての意地がある。
「俺のお嫁さんになってくれた咲茉と一緒に家事するの、夢だったんだけどなぁ……そっか、嫌だったのか」
そう言いたげに不満を見せる彼女に、悠也がわざとらしく落ち込んで見せた。
嘘ではない。咲茉と夫婦のように家事をする。それを夢に見ていた日々があったのは本当のことだ。
「こんな風に、咲茉と夫婦っぽいことできるの俺は好きなんだけどなぁ。咲茉が嫌がるならやめようかな」
食器洗いをやめるつもりは毛頭なかったが、こう言えば咲茉が見せる反応は悠也も分かっていた。
「うぅぅ……!」
洗った食器をふきんで拭きながら、咲茉が苦悩していた。
彼女も、悠也と夫婦みたいなことをするのに憧れている。
「ゆーやのいじわる……!」
「なにが意地悪なんだ?」
「むぅ、わかってるくせに」
大好きな悠也のお嫁さんになることを夢に見ている彼女が、この状況を嬉しく思わないわけがない。
両親もいない、2人きりで家事をしている。今の状況は、まさしく夫婦のような光景だった。
「咲茉が本当に嫌ならやめるよ。俺と夫婦みたいなことしたくないって言うなら」
「……すっごくしたいに決まってるじゃん」
眉を寄せて、咲茉が半目で悠也を睨む。
「なら、一緒にしても良いか?」
その反応に悠也が優しい笑みを見せた途端、咲茉の頬がほんのりと赤くなる。
「もぉ、我儘な旦那さんなんだから」
「今日は甘やかしてくれるんだろ?」
「いーっぱい甘やかすもん」
そう言って咲茉が悠也に擦り寄ると、2人の肩が少しだけ触れ合う。
悠也が食器を洗い、咲茉に手渡す。
それを咲茉がふきんで水気を拭き取り、水切りカゴに入れていく。
そんなことを繰り返せば、嫌でも2人の肩は何度も触れ合っていた。
嫌ではない。邪魔だとすら思わない。むしろ触れ合うたびに、大好きな人と一緒だと感じられて、自然と嬉しくなってしまう。
「……こう言うのも、アレだけどさ」
「ん?」
ふと食器を洗いながら呟いた悠也に、振り向いた咲茉が首を傾げる。
そんな彼女に、悠也は洗った食器を渡しながら、気恥ずかしそうに呟いていた。
「まだ結婚もできない歳だけど、こうしてると……本当に咲茉と夫婦になったみたいで滅茶苦茶嬉しい」
18歳になるまで、男は結婚できない。実際に咲茉と結婚するのも、18歳を超えてからになる。
だからこそ、今のように夫婦ごっこができるだけで悠也は嬉しくて堪らなかった。
「……はぅ」
悠也の呟きを聞いて一瞬だけ呆ける咲茉だったが、彼の言葉を理解した途端、自分でも熱いと分かるほど顔が真っ赤に染まっていた。
悠也が、自分と夫婦になれて嬉しい。それは悠也が自分と結婚することを夢に見ているのと同じだった。
「私も……ゆーやと夫婦みたいなことできて、すっごく嬉しい」
我慢できなくて、咲茉が悠也の身体に肩を押し付ける。
少しでも彼に触れていたくて、本当ならギュッと抱き締めたいけど、家事があるから我慢する。
その気持ちが悠也にも伝わったのか、悠也も嬉しそうに自分の肩を咲茉に押し付けていた。
「ゆーやぁ、そんなに押したら拭きにくいよ」
「咲茉だって押してくるくせに」
「だって我慢できないんだもん」
「俺だって我慢できないんだからしょうがないだろ」
「もぉ、我儘な旦那さんなんだから」
まるで困ったような言葉だったが、咲茉の表情は緩み切っていた。
幸せだと言いたげに満面の笑みを見せる咲茉に、悠也の表情も幸せな笑みを浮かべていた。
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