第61話 ゆーやの特別な日
それは悠也にとって、とてつもなく懐かしい夢だった。
「悠也〜。暇だから構って〜」
いつも、そんなことを言いながら咲茉が家に遊びに来る日々があった。
一緒に遊びに行くことも多かったが、こんな風に咲茉がふらっと遊びに来る。それが悠也にとっての、変わることのない日常で。
特に何か目的があるわけでもないのに、こうして家に遊びに来ると、ただ彼女は悠也の部屋にのんびりと入り浸るのだ。
「悠也〜? これ読んでも良い〜?」
部屋に置いてある漫画を、適当に読むこともあった。
「悠也〜、一緒にゲームしよ〜」
一緒にゲームで遊ぶことも多かった。
「乃亜ちゃんからアニメのDVD借りたから一緒に見よー?」
一緒に肩を並べて、テレビで映画やアニメを見たりもした。
「ふぁ〜。ちょっと休憩〜、ごろーん」
最後に飽きたら悠也のベッドを占領してスマホを弄る。
まるで自室にいるようなラフな姿で、ごろんとベッドにだらしなく寝転ぶ彼女の衣服の隙間から、チラリと見える下着に内心ドギマギすることもあった。
まだ当時は彼女のことが好きだと気づいてなくても、異性の下着に思春期の男子だった悠也が反応しないはずもない。
だから意識しないようにしても、自然と見える咲茉の下着に視線が向くこともあった。
しかし彼女は一切警戒心を出すこともなく、むしろ悠也からそんな目を向けられているとすら思ってない態度で、だらしない姿を見せる。
それが咲茉から向けられた信頼の証だと気づくと、決まって悠也は己の行いを密かに恥じるのだ。
ここまで心を許してくれている彼女に、そんな目を向けてしまった。それが堪らなく恥ずかしくて、自身の戒めにこっそりと自分の太ももを抓る。
幼馴染の咲茉を、そんな目で見てはいけない。
子供の頃から、ずっと一緒だった彼女に邪な感情を抱いてはいけない。
今にして思えば、彼女を好きだと気づかなかった理由は……きっとそれが原因だったのかもしれない。
「ゆーやぁ、ちょっと眠いからお昼寝したい」
「勝手に寝てて良いぞ、そのうち起こすから」
「そーじゃなくてー」
「ん?」
「ひとりで寝るのは寂しいから添い寝して〜」
こんな風に彼女が甘えてくるのも、きっと兄妹のように思ってくれているからだと疑いすらしなくて。
「はいはい、まったく」
「えへへ、やった」
ベッドに寝転ぶ彼女に悠也が寄り添えば、嬉しそうな笑みを浮かべてくれる。
そして心地良さそうに目を閉じて、あっという間に寝息を立てる彼女の寝顔がたまらなく可愛いとしか思わなくて。
気がつけば、無意識のうちに咲茉のことが好きになっていた。
彼女の好きなところなんて、言い出したらキリがない。
綺麗で可愛い咲茉の顔は、ずっと眺めても飽きない。
いつも楽しそうに話す表情も可愛くて、ムッと不満そうな顔も可愛くて、どんな彼女の表情だって見惚れそうになる。
甘えてくるところも可愛い。怒ったところも、やはり可愛い。困ったことに彼女の可愛くないところを探すのが難しいくらいだった。
たまに撫でる彼女の髪も、すごく触り心地が良い。ふわりと香る甘い匂いにドキッとされられる。
生まれてから長い間、ずっと一緒に居ても飽きないのだから……本当にべた惚れしているのだと思わされる。
「ゆーやぁ~、もう食べられない~」
「……どんな夢見てるんだか」
寝言を呟く咲茉に、クスっと笑ってしまう。
ずっとこんな日々が続くと思っていた。
大人になっても、こんな風に彼女と過ごしているかもしれない。そんな幻想を抱いて。
だから彼女が突然居なくなって、今更ながらに悠也は気づいてしまうのだ。
自分がどれだけ彼女のことが好きだったかを。
あの時の後悔は、今でもハッキリと覚えている。
もしかすれば、彼女と生涯を添い遂げる可能性だってあったかもしれない。
もしかすれば、彼女も自分のことが好きだってかもしれない。
どうして、今更気づいてしまったのか……
そんな思いを抱えて、くだらない大人になった。
何事にも真剣になれずに、適当な生き方を選び続けた。
咲茉が居ない人生など、一切の価値がないと。
だからこそ、あり得ない幻想を思い浮かべて灰色の日々を過ごすしかなかった。
もし、また彼女と再会できたなら、この人生を全て捧げよう。
生まれ変わって、また彼女と再会できたら……今度こそ、この気持ちを伝えようと。
今度は、絶対に大切にする。彼女が笑顔で死ぬ時まで、その人生を幸せに染めてやる。
そんな幻想を、ずっと胸に思い描いてきたから、悠也にとって今が愛おしくてたまらなかった。
きっと夢から覚めたら、彼女が待っている。
幸せそうな笑顔で、おはようと言ってくれる。
だから、そろそろ目を覚そう。
『ゆーやぁ、起きて〜』
ふと遠くから大好きな声が聞こえた途端、悠也の意識は――そこで途切れた。
◆
「ゆーやぁ、朝だよ〜」
「ん……? 咲茉ぁ?」
なぜか咲茉から起こされるとは思わず、悠也が唸りながら目を覚ますと、目の前に彼女の顔があった。
どうやら寝顔を眺めていたらしい。
今更彼女に寝顔を見られるのは恥ずかしくもなかったが、改めて見つめられると少しだけ恥ずかしさが込み上げてくる。
「どうしたんだ? まだアラーム鳴ってないぞ?」
その恥ずかしさを誤魔化すように悠也がおもむろにスマホを見ると、時刻を見た途端、目を大きくした。
「あれ? 9時?」
いつも夏休みは7時にアラームを設定していたはずが、なぜか鳴っていなかったことに悠也が不思議に思う。
そんなに疲れていたのだろうか?
そんな疑問を抱く悠也だったが、なぜか咲茉は嬉しそうな笑みを浮かべるなり、ゆっくりと口を開いた。
「ゆーやのアラームね、止めておいたの」
「え……?」
彼女から返ってきた言葉が理解できなくて、思わず悠也が顔を顰める。
どうして、そんなことを?
そう言いたげに悠也が眉を顰めると――
「今日は悠也にゆっくりしてもらう日だよ」
「……今日? なんかあったか?」
「もう! 昨日も話したでしょー!」
まだ寝ぼけているのか、ハッキリと思い出せなくて悠也が小さく唸る。
しかし悠也が必死に思い出そうとするよりも先に、咲茉が続きの言葉を告げていた。
「今日は悠也の誕生日! だから私が一番最初に言うって決めてたの!」
「……なにを?」
「ゆーや! 16歳の誕生日、おめでとう! 今日は私がいーっぱい甘えさせてあげるんだから!」
そう告げた咲茉が、その場でくるりと一回転する。
そこで今更ながらに、悠也は彼女の姿に気づいた。
ふわりとエプロンが揺れる。そしてゆったりと落ち着いた服装で、髪型も珍しくポニーテイルにして結っていた。
「なんか新鮮だな、咲茉のそういう格好」
「今日の私は奥様コーデにしたの。お母さん達の服装を参考にして!」
「奥様コーデ?」
意味の分からない言葉が出てきて、思わず悠也が首を傾げる。
「今日はゆーやの特別な日、だから今日の私も、ゆーやにとって特別な人になるの。つまりね」
「……つまり?」
「ちょっと先取りして。今日の私は悠也のお嫁さんだよ」
そんな彼に、咲茉は満面な笑みを見せつけていた。
「ほら、あなた。朝ごはんだから起きて……きゃ〜、あなたって言っちゃった」
あなた、と悠也を呼ぶなり、頬を真っ赤にした咲茉がひとりではしゃぎ出す。
正直、その一言にドキッとさせられた悠也だったが――
「……今日、俺死ぬんかな」
ひとりではしゃぐ咲茉を前に、馬鹿なことを呟いていた。
読了、お疲れ様です。
なぜか書くの無茶苦茶に苦戦しました。
読みにくかったらごめんなさい。
ということで、今回の3章は悠也の誕生日です。
咲茉が死ぬほど悠也を甘やかす章になると思ってます。
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