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第58話 空を眺めてたら分かるよ


 海沿いを走ってしばらくして、悠也達が車を降りる頃にはすっかり太陽も沈んでしまった。


 時刻は19時を回ったところ。たとえ日暮れの遅い夏でも、この時間になれば日が沈むのも当然である。


 そんな時間に悠也達の乗る車が止まった場所は、意外にも海だった。


「……また海に戻ってきた」


 車を降りて開口一番、目の前に広がる海を見るなり、思わず咲茉が呆けた声を漏らしていた。


 つい先程まで遊んでいた場所とは違うが、また海に戻ってくるとは思いもしなかった。


 海水浴で賑わっていた昼間と違って、夜の海は驚くほど静かなものだった。


 なにげなく咲茉が周りを見ても、まったく人が居ない。聞こえる静かな波の音と、月明かりに照らされる黒い海を眺めていると……ここが本当に昼間と同じ海だったのかと思わされる。


 昼間はあれだけ騒がしくて楽しかった場所だったはずなのに、今の海は眺めているだけで不思議と怖いと感じてしまうのはどうしてだろうか? 


「ゆーやぁ、手繋いでも良い?」


 無性に湧き上がる心細さから、遅れて車を降りてきた悠也に咲茉が恐る恐ると声を掛ける。


 そんな彼女の妙な怖がる姿に、悠也が不思議そうに首を傾げていた。


「良いに決まってるけど……急にどうしたんだ?」

「なんか、ちょっと怖くなって」


 夜の海を怖いと思う咲茉の気持ちも、理解できなくもなかった。


 はじめから断るつもりもなかったが、返ってきた返事に納得すると、悠也は躊躇うこともなく彼女の手を握っていた。


「ほら、これで怖くないか?」


 そう言って繋ぐ手に咲茉の体温を感じながら、悠也が優しく微笑む。


 そしてぎゅっと少しだけ強く握ってあげれば、不安そうだった彼女の表情も一瞬で和らいだ。


「うん、ありがと。ゆーやに握ってもらえたら、もう怖くなくなった」

「それなら良かった。怖くなくなったらいつでも離して良いからな」

「それなら離さないもん。ずーっと繋いでる」


 たとえ見慣れない夜の海が怖くなくなっても、繋いでいる彼の手を咲茉が離すつもりはなかった。


 むしろ、ずっと繋いでいたい。そう言いたげに咲茉が彼と繋ぐ手を少しだけ強く握る。


 そして、そっと身体を寄り添わせてはにかむ彼女があまりにも可愛く見えて、無意識に悠也の頬が緩んでしまう。


 できるなら、このまま一生死ぬまで繋いでいたい。


 咲茉と同じく、悠也もそう思っている時だった。


「はいはい、2人ともそこまで〜。いつまでもイチャイチャしないでさっさと歩いた歩いた〜」


 車から降りてきた乃亜が、唐突に2人の背中を押していた。


「わわっ、乃亜ちゃん急に押さないでよ」

「おい、乃亜。そう急かすなって」

「だってこうでもしないと2人とも一生そのままでいそうだし〜」


 驚く悠也と咲茉に、乃亜が気怠そうな声で答える。


 それに2人は満更でもない反応を見せていた。


 実際、乃亜に声を掛けられなければ、2人は時間を忘れて自分達の世界に入り込んでいただろう。


 それを察して苦笑いする悠也と咲茉に、思わず乃亜ざ小さな溜息を吐き出していた。


「あんまり呑気にしてる時間もないんだよ。ちょうど良い時間に着いたからゆっくりし過ぎてると始まっちゃう」

「……はじまる? なにが?」


 呆れる乃亜から出てきた言葉に、咲茉が首を傾げる。


 しかし彼女が聞き返しても、乃亜がハッキリと答えなかった。


「それは行ってからのお楽しみ〜」


 つい先程も、車の中で似たような反応をされた。


「むぅ、乃亜ちゃんも知ってるなら教えてよ」

「知らない方が楽しめるよ、きっと」


 やはり乃亜も、悠也と同じく口を割ろうとはしなかった。


 それに不服そうに口を尖らせる咲茉だったが、それでも乃亜と悠也がここまで来た理由を語ることはなかった。


「ん〜! めっちゃ寝れてスッキリしたわぁ〜!」

「分かる。俺も一瞬で寝落ちしてたわ」


 車から降りるなり、そう言いながら凛子が寝ていた身体を背伸びで伸ばす。続く啓介も、その隣で同じく背伸びをしていた。


 もしかすれば彼等なら教えてくれるかもしれない。


 咲茉がそう思うと、おもむろに口を開いていた。


「凛子ちゃん、今からどこ行くか知ってる?」

「ん? 知ってるけど?」

「ほんと? どこ行くの?」

「……あぁ〜」


 咲茉から訊かれて、凛子が言葉を濁らせる。


「むぅ、もしかして凛子ちゃんも教えてくれないの?」

「ん〜、流石に私の口からは言えねぇな」


 いつもなら即答しそうなものだったが、どうにも答えること躊躇っている反応だった。


 誤魔化すように苦笑する凛子に、咲茉が不満そうに頬を膨らませるが、それでも凛子が話すことは一向になかった。


「ん? なんだ咲茉ちゃん知らないの? 俺達これからはな――」

「なに普通に喋ろうとしてるだよ! この馬鹿たれっ!」

「あだっ!」


 突然、口を開いた啓介の背中に、凛子の平手が放たれた。


 背中を襲う激痛に啓介が身悶える。


 そんな彼を、凛子は心底呆れた目で蔑むように見つめていた。


「……はな? はなってなに?」


 凛子によって途切れてしまったが、啓介が途端まで話していた言葉を咲茉が訊き返す。


 はな、という文字から始まる何かとは、一体なにか?


 しかし咲茉が訊いても、その質問に悠也達が答えることはなく。


 咲茉以外の全員が、啓介に呆れた視線を向けていた。


「啓介、凛子に止められて良かったな。もし喋ってたら本気で張り倒してたわ」

「流石に今ので喋ったら私も怒っちゃうね〜。わりと本気で〜」

「啓介さん。私達の話、忘れたんですか?」


 悠也と乃亜が失笑と微笑む雪菜の顔に、啓介の表情が引き攣った。


 悠也と乃亜は良いとして、見つめてくる雪菜の笑顔が――あまりにも恐ろしくて。


 雪菜から感じる威圧感に、無意識に啓介は乾いた笑みを漏らしていた。


「ご、ごめん……寝惚けて忘れてた」

「二度目はありませんよ? 言葉には気をつけてくださいね?」

「は、はい!」


 本当に二度目はないのだろう。もし喋ったら、間違いなく狩られる。その恐ろしさに、堪らず啓介は見様見真似の敬礼をして話さない覚悟を示した。


 その覚悟が伝わったのか、雪菜から威圧感が消える。


 そして悠也達も呆れた溜息を吐き出すと、それ以上啓介を責めることはなかった。


「おーい、子供達諸君〜! 早く行くわよ〜!」


 その時、ふと悠也の母である悠奈が、悠也達を呼んでいた。


 悠也達が視線を向けると、少し先で手を振っている悠奈が見えた。


 いつの間にか、もう先に歩いていたらしい。


 急かす悠奈に悠也が手を振って返すと、悠也達は揃って大人達のもとへと歩き出していた。


 そして合流して、全員がパーキングエリアから海沿いを歩く途中に、


「ねぇ、みんな……良いから教えてよ」


 咲茉が何度も訊いてみるが、やはり悠也達は一貫して答えることはなかった。


 それは大人達も同じく、むしろ微笑ましそうに笑うばかりで。


 その反応に、咲茉が不満そうに頬を膨らませて、少し歩いている時だった。


 ふと、歩いている海沿いの先が騒がしくなっていることに気づいた。


 暗かった海も、どうしてか明るく見える。


 そんな疑問を咲茉が抱いていると、その場所に近づくにつれて、素直に驚いた。


 先程まで歩いていた海とは思えないほど、歩く先の海辺に人が集まっていた。


「え、なにあれ?」

「流石に始まる直前だと、場所は空いてないか」

「多分、大丈夫でしょ? 少し離れてもバッチリ見えるらしいし〜?」


 呟く咲茉の隣で、悠也と乃亜が苦笑混じりに話している。


 見える? なにを見るのだろうか?


 一向に彼等の話が見えない咲茉が、つい眉を寄せてしまった。


「ねぇ、ゆーや。もういい加減、なにが始まるか教えてよ」


 我慢できず、また咲茉が悠也に訊いてしまう。


 もう教えてくれても良いだろう。


 そう言いたそうに半目で睨む咲茉に、悠也はわざとらしく肩を竦める。


 そしておもむろに時間を確認すると、悠也はそっと彼女の隣で空を指差していた。


「それは、空を眺めてたら分かるよ」

「……空?」


 悠也に促されるままに、咲茉が空を見上げる。


 黒い空しか見えない。あとは光る星が見えるだけである。


 一体、なにが見えるというのか?


 そう思いながら、怪訝に咲茉が空を見つめている時だった。


 パンッ、と突然大きな音が鳴った。


 そして同時に、何かが飛んでいくような音が鳴り響いて。


 地上から空へと伸びる一本の線が、見上げるほど高くまで登ると――


 大きな炸裂音が鳴り響いた瞬間、空に花が咲いていた。


「あ……」


 黒い空に咲いた花を前にして、咲茉が呆けた声を漏らす。


 しかし呆気に取られる彼女のことなど気にすることもなく。


 また空に向かって、パンッと大きな音が鳴り響いた。

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