第57話 帰るんじゃないの?
ちょっとしたトラブルに巻き込まれてしまった悠也と咲茉だったが、それ以降は何事もなく楽しい時間を過ごすことができた。
散歩中に咲茉がナンパされた件に関しては、親や乃亜達に余計な心配をさせる必要もないと判断して、2人の秘密として悠也と咲茉が話すこともなく。
特に何も問題はなかったと言いたげに2人が散歩から戻ると、その後は全員で思う存分に海を遊び尽くした。
童心に戻って砂遊びで騒ぎ、熱いと思ったら海にダイブしてじゃれ合う。そしてまた海から出れば、砂遊びや乃亜の用意していた玩具で遊び続けた。
フリスビーから始まりビーチバレーなど、後半は悠也達の両親も混ざった大人数で遊ぶのは、思っていた以上に楽しかった。
陸と海を何度も行き来して、時間を忘れて海を満喫する。そんなことを続けていくと、あっという間に時間は過ぎてしまった。
気づけば、空に昇っていた太陽も地平線の彼方に消えて夕暮れになっていた。
昼間は騒がしかった海も、夕方になるにつれて自然と人が少なくなってしまう。
楽しかった時間も、いずれ終わりが来る。
遊び疲れた程よい疲労感が、本当に楽しい時間を過ごせたと思わせて。
まだ遊んでいたかった名残惜しさを感じながら、海まで遊びに来た人達が帰っていく。
それは悠也達も、同じだった。
彼等も、泊まりではなく日帰りで帰る。
帰ってしまえば、またいつもの日常が戻ってくる。
できることなら、ずっと遊んでいたかった。明日も明後日も飽きるまで遊んで、特別な時間をもっと堪能したかった。
そんな名残惜しさを子供は当然のこと、大人になっても感じてしまうのだから笑えてくる。
「どれだけ歳食っても……こんな気分になるもんなんだな」
走るワンボックスカーの後部座席で、ぼんやりと外の景色を眺めていた悠也がポツリと呟いた。
身体に感じる疲労感が心地良くて、遊んでも遊び足りなかったと思える己の欲望が、あまりにも子供らしくて。
我ながら実に子供らしい。そう思う悠也が苦笑していると、隣に座っている咲茉が怪訝に首を傾げていた。
「ゆーや? 急に笑ってどしたの?」
「ちょっとな、みんなで遊ぶのも良いもんだなって思ったら笑えてきただけだ」
「……ゆーやは今日楽しかった?」
「勿論、そう言う咲茉は?」
「そんなの楽しかったに決まってるじゃ〜ん」
なに気なく答えた悠也に、キョトンとした咲茉がにこやかに笑う。
もう彼女も水着から着替えて、ラフな私服に着替えていた。
海から帰る際、軽くシャワー浴びて海水を落とし、そこから近くにあった大型銭湯でゆっくりと一休みして今に至る。
やはり私服姿の咲茉も可愛いが、今日の水着姿も非常に良かった。
あらためて咲茉の水着姿は良かったなと思いつつ、自然と悠也は笑みを浮かべる彼女に微笑んでいた。
「ほらほら、ゆーや見て〜。これお母さん達が撮った写真〜」
楽しそうにスマホを見せつけてくる咲茉に、つい悠也は苦笑してしまった。
海から出た後、スマホに写真のデータを送ってもらったらしい。暇さえあればこうして咲茉が両親達が撮った写真を見せつけてくる。
飽きることもなく、撮った写真を嬉しそうに眺める彼女の姿は微笑ましく思えるが、それが数十回にまで回数が増えると悠也が呆れてしまうのも仕方なかった。
それだけ、咲茉も楽しかったのだろう。彼女にとって今日がどれだけ楽しかったか想像すれば、邪険に扱えるはずもない。
「ちゃんと見てるよ……ん? この写真は?」
「これはね〜、乃亜ちゃん達が啓介君を砂に埋めた時の写真〜」
「あぁ、そういえばあったな。そんなこと」
咲茉のスマホに、顔だけ出した状態で砂の中に埋められている啓介をバックに乃亜達が映る写真が映し出される。
不思議なことに、何十回も咲茉から写真を見せられているのに毎回違う写真が出てくる。
一度に何枚も見せられても、毎回違う写真が出てきて、同じ写真が一度も出てこない。
はたして、あの親達は一体どれだけの写真を撮ったのだろうか?
その果てしない枚数を想像するだけで呆れそうな気がして、即断で悠也は考えるのをやめることした。
「こっちはね、凛子ちゃんと一緒に撮った写真〜」
どちらしせよ、勝手に咲茉が見せてくる。
もし咲茉の良い写真があったら、後でデータを貰おう。
そんな企みを考えながら、悠也は終始楽しそうに微笑む咲茉に答えていた。
「良い写真じゃん。普通に凛子が欲しがりそう」
「たくさんあって見るだけで時間掛かるんだよ〜。この写真も凛子ちゃんに見せたかったんだけど……」
そう言って、ふと咲茉が苦笑混じりに後ろを見ると、悠也もすぐに察した。
そっと悠也が視線と向けると、静かに寝息を立てる凛子と啓介が肩を合わせて眠っていた。
「寝ちゃってるから、わざわざ起こすのもアレだし。あとで見せてあげれば良いかなって」
「そりゃあれだけ騒げば疲れるよな……てか、あの2人の写真も撮っておこう」
肩を合わせて寝る凛子と啓介の姿は、普段とは違って仲の良さそうな男女に見える。
決して、互いに恋愛感情がないことは悠也も知っているが、あの2人を揶揄う材料としては十分過ぎる光景だった。
きっと見せれば、慌てふためくに決まっている。
そう思った悠也がさっとスマホで写真を撮ると、咲茉が苦笑いを見せていた。
「もぉ、ゆーや。その写真で揶揄うつもりでしょ? 凛子ちゃん怒っちゃうよ?」
「大丈夫だ。怒られるのは俺じゃなくて啓介だし」
「そういう問題?」
「見てる分は面白いから」
「あんまり啓介君をイジメちゃだめだよ」
「わかってるってそれくらい。ちゃんとフォローはしておくから」
「もう、ほどほどにね」
この手のネタで凛子を揶揄うと、思いのほか本気で怒る。
しかし被害に遭う人間が啓介であれば、大した問題もなかった。
凛子がどれだけ怒っても、啓介は上手く受け流す。そして後でフォローさえ入れておけば、凛子の怒りもすぐに落ち着く。
一見してお似合いだと思える2人だが、決して彼等が付き合うことはないと悠也も知っていた。
互いに恋愛感情はない。それをタイムリープする前の本人達からそれぞれ聞いて知っているからこそ、悠也も揶揄うネタとして扱っていた。
「あとで2人がどんな顔するか楽しみだ」
「ちゃんと私の話、聞いてた?」
撮ったばかりの凛子達の写真にほくそ笑む悠也に、つい咲茉が呆れた声を漏らす。
「聞いてるって、大丈夫大丈夫」
そんな彼女に、悠也は意地の悪い笑みを浮かべていた。
「たまーにだけど、ゆーやって子供みたいなことするよね」
「たまには良いだろ、こういうのも」
15歳の年相応に、子供らしいことをする。
悪ふざけは、できる時にしておくに限る。
普段から色々と弁えている悠也だからこそ、たまに羽目を外すように意識している。
こういうのも、大人になるとできなくなるからと。
そう密かに思う悠也に、つい咲茉が小さな溜息を吐いている時だった。
「悠也、咲茉。もう少し経ったら寝てる2人を起こしてくれ。もうちょっとで目的地に着く」
おもむろに運転席に座る父親の達也が、ハンドルを握りながら2人に声を掛けていた。
「父さん、あとどれくらい?」
「15分もあれば着く。寝起きで動くのもしんどいだろうから、近くなったら言うから起こしてくれ」
「分かった」
父親の話に悠也が頷くと、そのやり取りに咲茉が不思議そうに眉を寄せていた。
「……目的地? 帰るんじゃないの?」
「帰る前に、ちょっとした寄り道だ」
「どこか行くの? 私聞いてないよ?」
返ってきた悠也の返事に、怪訝に咲茉が首を傾げる。
そんな彼女の仕草に、悠也がわざとらしく肩を竦めていた。
どうやら話すつもりはないらしい。
意地悪な彼の態度に咲茉が口を尖らせると、運転席の達也と助打席の悠奈が顔を見合わせなり、微笑ましそうに笑っていた。
「悠也、もしかして咲茉に言ってないの?」
「別に良いだろ、言わなくても。その方が驚くだろうし」
「アンタって子は全く……そういうところが達也さんにそっくりなんだから」
一体、どこに向かっているのだろうか?
悠奈から向けられる小言に適当な相槌を返す悠也を、咲茉は怪訝に見つめていた。
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