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第55話 分からないはずないだろ


「もう私はアンタみたいなゴミくず男と関わりたくもない! もう二度と私の人生に関わらないで! やっと、ようやく大好きな人と一緒になれた私の今を壊そうとする人なんて……本当に大っ嫌いッ!」


 尻餅をついて倒れる男に、咲茉が怒声を叩きつけた。


 その表情を怒りに染めながら、憎悪に満ちた瞳で倒れる男を睨みつけて。


 そんな血気迫る彼女の怒りを前に、倒れる男は唖然と固まるだけだった。


 子供のくせに良い女だと思ってナンパしただけなのに、ここまでの怒りを露わにする彼女が全く理解できなくて――ただ呆然としてしまう。


「ぃッて……」


 しかし、ふと頬から走った鈍い痛みが、呆ける男の意識を呼び戻した。


 一瞬の出来事で理解できなかったが、どうやら自分は目の前で仁王立ちしている女に殴り返されたのだと。


 憂さ晴らしで1発だけ痛い目を見せようと思っていたのに、殴り返された。それも自分よりも遥かに歳下の女に。


 その事実が、彼の男としてのプライドを激しく傷つけた。


 高校生の女に、良いように殴られた。その方法は知ったことではないが、彼女に殴られた事実は変わらない。


 男を悦ばせるだけの女風情が、生意気にも反撃してきた。頭脳も、腕力も、絶対に自分の方が勝っているはずなのに。


 先程から何かごちゃごちゃと叫んでいるが、もう男の頭には咲茉の言葉など一言も入っていなかった。


 それよりも遥かに勝る怒りの感情が、一瞬にして男の頭を埋め尽くした。


「このっ……クソアマァがっ……!」


 胸の奥底から吹き荒れる怒りが、男の血を沸騰させる。


 この女だけは、絶対に分からせないといけない。


 男である自分こそが上なのだと、この女に分からせないと気が済まない。


 もう泣いても許してやるものか、その綺麗な顔が腫れあがるくらいまで殴ってやる。


 その男を悦ばせるだけしか能がない身体も、好き放題に遊んで虐め抜いてやる。


 もう二度と外に出れなくなるくらいに虐めて、そしてゴミのように捨てて人生を滅茶苦茶にしてやる。


 その確固たる怒りの決意を胸に、即座に立ち上がった男が咲茉に掴み掛ろうとした時だった。


「――先輩ッ! 早く逃げないとマズいですってッ‼︎」


 ふと聞こえた仲間の声に、溢れる怒りに我を忘れた男がハッと我に返った。


「おい! そこのお前ッ! 今なにしようとしたッ‼︎」

「誰か警察呼べッ! 俺達で捕まえるぞッ‼︎」


 反射的に男が周りを見れば、いつの間にか周囲から大人達が近くまで迫って来ていた。


 咲茉に手を出した以上、もう言い逃れはできない。下手に現場を見られた彼等に捕まれば、呼ばれた警察に捕まってしまう。


 もうこの場に長居するのは、どう考えても得策ではなかった。


「早く私の前から消えろッ! このゴミくずッ‼︎」


 男の目の前にいる咲茉が目を吊り上げて、更なる怒声を吐き出す。


 彼女に舐められた態度を取られて、男が怒りに表情を歪めるが――


「――先輩ッ! 早くッ⁉︎」

「クソッ!」


 焦り急かす仲間の声に、咄嗟の判断で冷静さを取り戻した男は、渋々ながらも逃げることを最優先にした。


 ここで捕まることだけは、今は避けなくてはならない。なにをするにしても、ともかく今は逃げなければ――


 そう思いながら、男が悔しそうに顔を歪めると慌ただしくその場から走り去っていた。


「その顔忘れねぇからなッ! 絶対に後悔させてやるッ!」

「やれるもんならやってみろ! 絶対に私はアンタ達みたいな男の言いなりになんてならないからッ!」


 去り際に男が吐き出す怒声に、咲茉も負けじと言葉を返す。


 そして仲間と逃げ去る男を、周りの大人達が怒鳴りながら追いかけていく光景を咲茉が呆然と見届けていた。


「君! 大丈夫だったか!?」


 そんな彼女を心配して、逃げる男達を追う大人とは別の大人達が駆け寄って来る。


 その声に、咲茉はハッと我に返るとたどたどしく答えていた。


「……大丈夫です。私は、怪我もしてないので。もう怖い人達も居なくなったから」

「親御さんと来てるなら早く戻りなさい。もし君達だけで来てるなら警察が来るまで――」

「親と来てるのですぐ戻りますから、もう大丈夫です。心配してくれて、ありがとうございます」


 心配する大人の声に被せるように、一方的に咲茉が言い切って深々と頭を下げる。


 もう関わらないでほしい。遠回しにそう伝えて来る彼女の態度に、大人も渋々と頷くしかなかった。


 急に知らない男に殴り掛かられて、彼女も怖い思いをしている。彼女から見ても、自分が知らない男であることには変わらない。そんな人間に心配されても、余計に怖がらせるだけだと。


「……なら早く戻りなさい」


 そう判断すると、心配する男はそう言い残して、その場を立ち去った。


 彼も、逃げて行った男達の方に走っていく。


 その後ろ姿が小さくなっていくのを見届けると、咲茉はホッと安堵した表情を浮かべて、ゆっくりと悠也の方へと振り返っていた。


「……咲茉、お前」


 今も呆然と立ち尽くす悠也が、呆けた表情を見せる。


 彼が驚くのも、無理もない。こんな無茶なことをして、呆れられるのも当然だった。


 きっと、彼に怒られるかもしれない。自分でも非常に危ないことをした自覚はある。


 だが、そんな心配よりも……彼の顔を見た途端、気が抜けてしまった。


「あっ……」


 自然と気の抜けた声が咲茉の口から出た瞬間、スッと足腰から力が抜けた。


 全身から力が抜けて、咲茉の身体が膝から崩れ落ちる。


 身体に力が全く入らない。雪菜から受け身の方法も教わったというのに、抗うこともできず、身体が地面に倒れていく。


 しかし崩れ落ちる咲茉が、地面に倒れることはなかった。


「……咲茉っ!」


 咲茉が倒れるとすぐに察知した悠也が駆け寄ると、その場で優しく受け止めていた。


 悠也に抱き寄せられて、その胸の中に咲茉が収まる。


 そして抱き締められた胸の中で咲茉が見上げると、間近にあった彼の顔を見るなり、心から安心した表情を浮かべていた。


「ごめんね、ゆーや。なんか、身体に力入らなくて」

「そんなこと今はどうだって良い。なんでお前……」


 身体を支えられて申し訳なさそうにする咲茉に、悠也が首を小さく振るう。


 そんな些細なことは、今の悠也にとって心底どうでも良かった。


「黙って俺に任せておけば良かったのに……どうして、なんであんなこと」


 分かっていても、そう訊くことしかできなかった。


 声を掛けて来た男達に、自ら進んで対峙した咲茉の心情も察しているのに。


 その覚悟も、決意も分かっているのに。


 自分から危ない橋を渡った咲茉に、悠也はそう訊くしかなかった。


「……ゆーやならあんな人達、すぐ追い払っちゃう」

「そんなの当然だろ。俺の咲茉にナンパする奴等なんてぶっ飛ばしてやる」

「うん。ゆーやなら絶対そう言うって思ってた。きっと、これからもずっと私のこと心配して守ってくれるんだろうなって」

「当たり前だ。決まってるだろ。もう誰にも咲茉を傷つけさせてやるもんか。ずっと俺が守るって決めたんだから」


 もし咲茉が割り込んで来なければ、悠也も大声で大人を呼んで穏便に済ませるつもりだった。


 それで逆上した彼等が襲い掛かって来ても、正当防衛の免罪符で反撃していた。体格差があっても、雪菜から教わってきた合気道なら素人が相手なら容易く対応できる。


 咲茉に手を出そうとした男達に、遠慮など必要ない。持てる全てを出して悠也は追い払うつもりだった。


 もう彼女を絶対に手放さない。そう固く決意したのだから。


「だからだよ。ゆーやがずっと私のこと守ってくれるって信じてたから、私も頑張ろうって思ったの」


 そう小さく答えた咲茉の身体が、胸の中で少しだけ震えてることに悠也は気づいた。


「こんなに大切に想ってくれてるゆーやに、ずっと守られる女の子のままで居たくなかったの。私も、ゆーやの後ろに隠れてるだけの女の子じゃなくて……大好きな人と一緒に、胸を張って肩を並べて歩ける女の子になりたくて」

「分かってる。お前がそう思ってることくらい、俺が分からないはずないだろ」


 その返事を聞いて、あらためて悠也が咲茉の気持ちを理解する。


 守られていることが、彼女を苦しめていることなど知っていた。


「お前が悩むことも、苦しむこともない。ただ俺が、咲茉を守りたいからしてるだけなんだ。雪菜から武術習ってる理由だって、お前の考えだって知ってる。だからお前が武術習うのに反対しなかったんだ。それで少しでも咲茉の気持ちが晴れるなら……それで良いって」

「うん。分かってた。みんな、私が雪菜ちゃんから武術習うのに何も言わなかったのも、そういうことなんだって」


 最初から分かっていたと、咲茉が苦笑する。


 いざという時の為に、武術を習う。それを悠也達が許してくれたのも、咲茉自身が生きやすいようにする為だったが、その理由のひとつが彼女の持つ負い目を解消させる為でもあった。


 周りから守られているだけの女になりたくない。その負い目を感じている咲茉の気持ちがそれで晴れるなら、やらせようと。


「でもね。ただ教わるだけじゃダメなの。教わっても、本番で使えないと意味ない。怖くて震えてるだけじゃ、私はずっと変われない。お母さんにも言われた。知らない人に声を掛けられても、ちゃんと嫌だって言える強い心を持ちなさいって」


 咲茉の母親なら、そう教えるだろう。沙智の人柄を知っていれば、悠也も納得できた。


「だからね。ちゃんと私でも、ひとりで頑張れる女だってゆーやに見せたかったの。あなたの女は……守られる女じゃなくて、強くて自慢できる女の子だって」

「だからって、あんな危ないことする奴がいるかよ」


 咲茉の行動には感心する悠也だったが、それでも許せなかったことには変わりない。


 一歩間違えれば、怪我をしていた。もしかすれば、連れ去られていたかもしれない。


 その可能性を考えれば、悠也が怒るのも当然だった。


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