第52話 あまりにも下衆な発想
流石の悠也も、これには怒りを通り越して呆れるしかなかった。
「ねぇねぇそこの君~? 良かったら俺達と遊ばない?」
まさか男と一緒にいる女に声を掛ける奴がいると、誰が思うだろうか?
ただ道を訊くなど、本当に困ったから声を掛けるならまだしも……明らかに目の前にいる男達が咲茉にナンパしている。
それも一緒にいる悠也のことなど全く目にも留めず、まるではじめからいなかったかのような態度で、彼等は咲茉しか見ていない。
そのあまりにも突拍子のない彼等の行動に呆れる悠也だったが、それは咲茉も同じだった。
「……はい?」
彼女もまた、突然近寄って来た彼等を前にして、唖然とした表情を見せていた。
どうやら恐怖心よりも、驚きの方が勝ったらしい。
珍しく知らない男に声を掛けられても怯えない彼女の反応に悠也がそう思っていると、ふと男達が人懐っこい笑みを見せていた。
「ちょうど困ってたんだよね~。ホントはもっと友達連れて遊びに来るつもりだったんだけど、急に来れなくなった奴等が多くってさ~」
見た目からして、間違いなく同年代ではない。おそらく大学生か、フリーター辺りだろう。例外はあるが、髪を茶や金に染めている時点で社会人として自覚が足りていない。
「折角だし、俺達と一緒に遊ぼうよ?」
なにが折角なのか、悠也には全く分からなかった。
おちゃらけた口調で話している男に、思わず悠也が冷たい視線を送る。
しかし悠也が冷ややかに見つめても、男達は気にも留めてなかった。
「友達集まんなくて退屈してたところだったんだよ~。まぁ男だけで遊ぶのも悪くないけど、こういう時は新しい友達作るのも悪くないかな~って思ってさ。それで偶然君を見かけたって感じで声掛けたんだけど……もしかして迷惑だったかな?」
彼氏と一緒にいる女に声を掛けて、迷惑だと思われない方がおかしい。
一体、この男共がどこから歩いてきたかなど悠也には興味もなかったが……彼等の狙いが咲茉であることは一目瞭然だった。
周りを見れば、咲茉以外にも大勢の人がいる。ただ新しい友達を作りたいだけなら、声を掛けるのは誰でも良いはずである。
それなのにわざわざ咲茉を選んで近づいてきた時点で、偶然でも何でもない。
この男共は、間違いなく彼氏のいる咲茉を狙って声を掛けている。
今も悪さなど一切考えないと人懐っこい顔を見せているが、彼等の視線が時折揺れるのを悠也は見逃さなかった。
男共の視線が、ふと咲茉の顔ではなく身体に向く時がある。下から上に掛けて、じっくりと回数を重ねて何度も。
悠也が運良く気づいたのも、彼等を警戒していたおかげだろう。本当に意識していないと分からなかった。
それだけで彼等がナンパに手慣れていると分かった。たとえナンパだと警戒されても、何度も積み重ねてきた経験で相手の警戒心を解く方法を学んできたのかもしれない。
ただ女を食う為に、彼等はその努力を積み重ねてきたのだろう。
髪も整えて、筋肉を鍛え、肌も焼いて、男としての魅力をあげたのだろう。それに顔も整っているともなれば、惹かれる女がいるのも分からなくもない。こういう男が好みの女も少なからずいるのは、悠也も知っていた。
そんな女達を好き勝手に弄び続けてきた化物が、彼等の正体だろう。
女にモテたい男の気持ちは理解できなくもないが、彼氏から女を奪おうとしてる時点で悠也からすればゴミ以下の人間だった。
目の前に奴等に、女を奪える男だと思われている。
ただでさえ彼氏のいる女の時点でナンパなど成立しないはずなのに、それが可能だと思われている。
悠也よりも自分達の方が魅力的だと。咲茉が自分達に乗り換えると。変わらず悠也を無視する彼等の態度が、そう告げている。
「…………」
そんな彼等を前に、一瞬で悠也の表情が消え去った。
俺と咲茉が――どれだけ想い合っているのかも知りもしないで。
どんな想いで、俺達が寄り添い合えたのかも知らないで。
今まで咲茉がどれだけ辛い思いをしてきたのかも知らないくせに。
ずっと俺がどれだけ想い続けてきたかも知らないくせに。
やっとの奇跡で実った、俺達の10年以上の片思いが……その程度で崩れる?
どこの馬の骨か分からない野郎共に……俺の咲茉がなびくだって?
それが悠也にとって――どれほどの屈辱になるかなど分かりきっていた。
「――舐めてんじゃねぇぞ、クソガキ共」
煮え切った腹の底から湧き出た言葉が、勝手に悠也の喉が吐き出した。
冷え切った声と共に、彼等の視線から身体を割り込ませて咲茉を隠す。
そして淡々と無表情で告げた悠也に、ようやく男達の視線が動いた。
「……あ? なんだコイツ? こんなの居たか?」
「えっ? あ、居たんだ? 全然気づかなかったんだけど~?」
「クッソ存在感なさ過ぎてウケる」
悠也から睨まれても、怯えることもなく男達が失笑していた。
小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、悠也に蔑んだ視線を向けながら。
「てか、このガキ……今なんか言ってなかったか?」
「あぁ~、なんか言ってましたね、俺達のことクソガキだって。めっちゃ俺達より歳下だってのに」
「大人に舐めた口聞くガキは躾がなってねぇなぁ?」
歳下の悠也に、男達が威圧する。
わざとらしく指を鳴らす彼等の姿が、小物感が出てて笑えてくる。
その姿に堪らず悠也が失笑すると、一斉に男達の眉が吊り上がった。
「あ? テメェなに笑ってんだ?」
「そんな風に指鳴らしても強くならないぞ? カッコイイと思ってんのか?」
隠す気もない悠也の正直な答えに、男達の表情が揃って歪む。
歳下のガキに、馬鹿にされている。
悠也の小馬鹿にした態度を前に、そう受け取った彼等の顔が怒りに歪んでいった。
「女の前だからって大人にイキってんじゃねぇよ。痛い目見たくなきゃ、さっさと失せてクソガキはママのおっぱいでも吸ってろ」
「そうそう、大人の俺達はガキのお前に用なんてないの~。そこにいる彼女と仲良くなりたいだけだし~。だからあんま舐めたこと言ってねぇで失せな~?」
煽れば手を出してくると悠也は思っていたが、彼等も人目の多いところでは弁えたらしい。
この時点で、彼等は威圧すれば悠也が咲茉を手放すと思っていたのだろう。
子供らしく、体格の良い大人に怯えて逃げると。明らかに体格差がある以上、普通なら高校生が大人に勝てるはずもない。
やはり、随分と舐められている。腹の底から煮えくり返る怒りを感じながら、悠也は再度失笑していた。
「はっ、良く吠える大人だな? そのガキの女に手出そうとしてる時点でアンタ達は大人じゃねぇって分かんないの? 先に言っておくが、俺達は高校生だぞ? 大人のアンタ達が未成年者の女に手なんて出したら……冗談じゃ済まないことくらい知らないのか?」
成人が未成年に手を出す。それが紛れもなく犯罪であることは誰でも知っている常識である。
咲茉が未成年である以上、自身を大人を言った彼等が彼女に手を出せば、冗談で済まされる話ではない。
これで彼等も諦める。そう悠也は思っていたのだが――
「それがなんか関係あるか?」
「なに変なこと言ってんの~? ただ彼女と遊びたいだけなのに~?」
飄々と答えた彼等に、悠也は呆気に取られてしまった。
「女の子と遊ぶだけで犯罪とか意味分かんないんだけど〜?」
確かに、それだけなら犯罪ではない。一線を越えなければ……
「遊びでじゃれ合うのだって普通だろ? それが問題でもあるのか?」
「やっぱ思春期だとそういうことばっか考えちゃうんだね〜、エロいことばっか考えてるとモテないぞ〜?」
他の男はともかく、どうにも終始馬鹿にしてるとしか思えないこのおちゃらけた男の話し方は腹が立ってくる。
沸々と湧き上がる苛立ちを悠也が感じている時だった。
「友達になって一緒に遊んで疲れても、俺達は手なんて出すわけないじゃん」
「遊び疲れて寝ても、ちゃんと面倒見てやる。テメェみたいなガキとは違うんだよ。それで起きても何も変わってなければ、その子も安心するだろ?」
そう言った男の妙な言い回しに、無意識に悠也の眉が歪んだ。
何も変わってなければ?
それが何を意味するのか、一瞬呆ける悠也だったが、すぐ気づいた。
何が起きても、寝て起きて変わってなければ気づかない。それが意味することは――
「なにが安心だ、このクソガキ共がっ……!」
それがあまりにも下衆な発想過ぎて、思わず悠也の表情が怒りに歪んでしまった。
「だからそんな男なんかより、君も俺達と一緒に遊んだ方が楽しーよ? 絶対楽しいって!」
「金もあるしな、俺達と来た方が楽しいぞ?」
怒りを露わにする悠也を無視して、その後ろに隠れる咲茉に男達が人懐っこい笑みを見せる。
その笑みに、虫唾が走るほどの気持ち悪さが悪寒として悠也の背中を駆け抜けた。
これ以上、この場に咲茉を置いておけない。
「えっ……さっさと行くぞ、こんな場所に居られるか」
思わず出そうになった咲茉の名前を、悠也が我慢した。
彼等に咲茉の名前すら教えたくない。彼等の口から、咲茉の名前が出ることすら虫唾が走る。
そっと後ずさった悠也が咲茉の身体を押し出すと、彼女も意図に気づいた。
「う、うん。そうだね」
今まで黙っていた咲茉も、早くこの場から立ち去りたかった。
折角、悠也と楽しい時間を過ごせていたのに。
その苛立ちを感じながら、悠也に促された咲茉が後ずさるが――
「ちょっと、逃げないでよ〜」
逃げるのを見透かされて、男のひとりが先回りしていた。
どうやら、意地でも逃さないらしい。
あまり騒ぎを起こしたくなかったが、ここまで粘着してくるなら……悠也も考えがあった。
もし手荒なことをすれば、後々が面倒になってしまう。この後も遊ぶ楽しい時間を減らすのは避けたい。
だから、人が多い場所で子供らしくしよう。歳相応に、子供は大人に頼る。
そう思いながら、周囲にいる男達を前に悠也は大きく息を吸い込んだ。
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