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第47話 悠也の上手い建前


 高校生が作ったとは微塵も思えない砂の城を背景に、子供達をカメラに収めながら1枚写真を撮る。


 できあがった砂の城に周囲の幼い子供達がはしゃいで駆け寄って来る様に、どこか誇らしそうに胸を張る乃亜と頭を抱える凛子を、また写真に収める。


 そんな2人を眺めながら楽しそうに笑う、肩を並べて座る悠也と咲茉にカメラを向けて、また1枚の写真を撮る。


「ねぇねぇ、雪菜ちゃん。さっきのお弁当で作ってたおかず、とっても美味しかったから良かったら私にレシピとかコツ教えてもらえないかしら~?」

「全然良いですけど、そんな大層な作り方してませんよ? わざわざお伝えすることなんてあんまり……私より悠奈さんの方が調理はお上手だと思いますけど」

「ちょっとした味付けの工夫とか教えてくれれば良いのよ~。だって新しい味付けを覚えるだけで同じ料理でも楽しみ方が変わるじゃない?」

「そういうことなら……私で良ければお教えします」

「ありがと~。息子達からよく話に出てくる雪菜ちゃんとは、私も仲良くしたいと思ってたから嬉しいわぁ~」

「はわわ……!」


 そしてパラソルの日陰に隠れながら、のんびりと世間話をする悠奈に抱き着かれて恥ずかしがる雪菜の姿を写真に収めて、達也は撮った写真に満足げに頷いていた。


「うん。この調子だと良い感じに撮れそうだな」

「こういう子供達の写真を撮る機会も昔に比べると少なくなったからね、彼等のご両親には良い写真が渡せそうだよ」


 悠也と咲茉の父親達が、互いに取った写真を見せ合いながら笑みを浮かべる。


 そしてなにげなく海を楽しんでいる子供達を眺めながら、達也はしみじみと呟いていた。


「まさか子供が高校生になっても、こうして息子達と海に来れる日が来るとは思わなかったな」

「そうだね。実際、高校生の子供達だけで海には行けるからね。あんな年頃の子供達に親が付き添うのも邪魔だと思ってたから……悠也達には感謝しないと」


 新一郎も思わず頷いてしまうほど、今日が楽しいと思えて仕方なかった。


 最後に子供と海に来たのも、随分と昔のことだった。小学生の頃が最後かもしれない。中学生にもなれば、子供達でも行こうと思えば行ける。


 それが高校生になった今も、こうして自分の子供と海に行ける日が来るとは思わなかった。


「俺達が必要なくなったら、いよいよ子供達も大人になったなって寂しくなるよ。本当に」

「ははっ……僕もそんな日が来るのが怖いよ。でも、それが親って生き物の宿命だよ。達也」

「なに馬鹿みたいなこと言ってるのよ、あなた達は」


 隣で2人の話を聞いていた沙智が、小さな溜息を漏らす。


 そして彼女がスマホで撮影していた写真を眺めると、苦笑交じりに口を開いていた。


「本当ならあの子達に親の私達なんて必要なかったことくらい、アンタ達も分かってるでしょ」


 こうして自分達が駆り出された理由を察して、沙智がスマホに映る娘の写真を見つめる。


 そして彼女の親指が画面の娘を愛おしそうに撫でると、どこか嬉しそうに頬を緩めていた。


「子供だけで海に行くのは心配だろ、なんて悠也の上手い建前よ。親の私達を海まで連れて来る良い口実だわ。“あんな馬鹿げた事件”が前にあった所為もあるけど、私達をここまで連れて来た本当の理由が全部咲茉の為だって思うと……本当に、あの子は周りに慕われてるなって思わされたわ」


 そう語る沙智に、父親達が苦笑交じりに肩を竦める。


 彼女の予想は、紛れもなく正解だった。


 本来なら子供達だけでも来れる海に、親が心配と思う心情を利用して連れて来た。


 その全てが、娘の咲茉の為であると。


「まぁ、悠也達が心配に思うのも仕方ない話よね。高校に入る前くらいから、あの子は変わっちゃったもの。昔はあんなに明るかったのに……その理由がなんであれ、ビックリするほど周りに怯える子になったから、きっと悠也もずっとあの子と一緒に居たんだから。だって咲茉がひとりでいるところ、家でしか見たことないもの」


 ここ3カ月の日々を思い返した沙智が、苦笑交じりに呟く。


 改めて思い返しても、咲茉がひとりでいることはほとんどなかった。彼女が出かける時も、何をする時だろうと、基本的に悠也が傍にいた。


 平日も週末も関係なく、毎日ずっと一緒に居た。


 それが咲茉を心配する行動だと思うと、悠也の並外れた献身さに呆れるばかりだ。


「私の見てないところで咲茉がひとりになることも当然あったと思うけど……私の見てる限り、あの悠也の献身さは子供のそれじゃないわ。大人でもあそこまで好きな人に自分を捧げられる人も中々居ないわよ。ねぇ、達也……あの子に何か吹き込んだの?」

「なにも言ってないよ。悠也も高校生になって、咲茉と恋人になってから随分と変わったなって俺も思ったくらいだ」


 思っていた疑問を告げる紗智に、達也が正直に答える。


 特に何もしていない。気づいたら息子が大人になっていた。達也も、子供は知らないうちに大人になるものだと思って素直に受け入れていたくらいだった。


 今では、もう息子に怒ることも少なくなった。勉強も、普段の生活も、小言も出せないほどしっかりしている。


 そんな息子に達也が怒る理由など、探しても見つからなかった。


「少し前まで子供だった悠也も、ひとりの男になったんだなって思ったくらいだよ。2人は見たことあるか? アイツが咲茉のこと見てる時の顔、俺でもビックリするくらい大人びた顔するって?」

「知ってるわよ、それくらい。当たり前でしょ」


 自慢げに話す達也に、紗智がふんと鼻を鳴らす。


 たまに悠也は、子供とは思えない顔を見せる時がある。特に咲茉を見ている時の表情は、とても優しい顔を見せる。


 年頃の異性に対する思春期ならではの視線ではなく、本当に心から愛おしいと思える表情は、紛れもなく恋愛ではない愛情の感情が滲み出ていた。


「だから安心して咲茉を任せてるの。あんな顔ができる悠也が、咲茉に下手な間違いなんてするはずもないわ」


 思春期の男女。特に男の子なら、後先のことを考えない行為があってもおかしくない。それが自然の流れというものだろう。


 その不安があれば、娘に彼氏ができたと聞けば心配もする。しかし悠也に関しては、なにも問題ないと沙智は判断していた。


 今も清く正しい交際を続けている悠也になら、咲茉を安心して任せられると。


 そう思いながら、沙智は頷く父親達に続けて口を開いた。


「それにあの悠也以外にも、あんな風に変わった娘を心配した彼女達が普段から傍に居たのね。こうして友達の親が海に付き添っても嫌な顔ひとつしてないのがその証拠よ。あの子達がビックリするくらい良い子達なのもあるけど、咲茉の為ならそんなこと気にもしないってあの子達の顔を見ただけで分かるもの」


 今も悠奈と楽しそうに話す雪菜と、砂の城に群がる幼い子供達に懐かれている乃亜達を眺めて、沙智が肩を落とす。


 遊びに行くのに友達の親が付き添うなど、普通は嫌がる。顔に出さずとも、子供のそういう一面は垣間見えるモノだが……


 しかし朝から今まで彼女達と接してみれば、そんな部分が少しも感じられない。むしろ自分達に好感をもって接している彼女達の態度は、大人から見ても目を見張るものだった。


「良い男に恵まれて、友達にも恵まれてる。みんなに慕われてるあの咲茉が自分の可愛い娘だと思うと……本当に、誇らしくて仕方ないわ」


 周りから愛される人間は、極めて稀である。それを長い人生で分かっているからこそ、沙智は母として、そう思うしかなかった。


「あとはあの子が心の強い子になってくれれば、私達も安心できるわね。新一郎」

「きっと、それは時間が解決してくれるさ。さっきも咲茉にその自覚があるから沙智に相談したんだろう。もしかしたら、もう沙智の話で娘も変わってるかもしれないぞ?」

「馬鹿なこと言わないで、そんなに早く変われたら誰も苦労しないわよ」


 娘を想う沙智と新一郎が自然と顔を見合わせる。


「ん? 俺がいない時に何かあったのか?」


 そんな2人の会話に、達也が怪訝に首を傾げて訊き返す。


 その場に居なかった彼に、2人が苦笑交じりに答えようとした時だった。


「ふぃ~、良い仕事したぜぃ~」

「マジで疲れた……小さい子供の相手ってマジで疲れるわ」


 いつの間にか砂の城を放置してきた乃亜と凛子が、ゆったりとした足取りで戻って来ていた。


 その中に、なぜか悠也と咲茉の姿がない。


 そう思った大人達がなにげなく訊こうしたが、それよりも先に乃亜が口を開いた。


「悠也っち達は腹ごなしの散歩してくるって言ってましたよ~」

「けっ……!」


 呑気に話す乃亜の隣で、凛子が舌打ちを鳴らす。


 不満げな凛子に、乃亜が苦笑しながら続けた。


「こんな大人数で来ると2人っきりになるタイミングもないですからね~、もうちょっとくらいは2人の時間をあげても良いかな~って」

「てめぇが雪菜に言いつけるって言わなきゃ私もついていったのに……」


 今も不満を漏らす凛子を気にすることもなく、乃亜が笑って見せる。


 そんな彼女達の気遣いに、大人達は揃ってクスっと微笑んでいた。


 ふと周りを見ると、少し遠くの方で息子と娘が手を繋いで海辺を歩いている後ろ姿が見えた気がした。

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