第45話 金持ちの感性
悠也達が買い出しから戻り、全員でかき氷を思う存分に堪能した後、時刻も気づけば昼時になっていた。
海の家で昼食を済ませる、というのも海ならではのイベントだが……やはり夏休みの時期の海は、当然ながら混み合っている。
昼にもなれば、海は多くの人で賑わっていた。よくテレビで見かける夏の海らしい光景が広がっている。
それが昼時ともなると、当然のごとく海の家が混み合うに決まっていた。
必ず混むと分かっている店に、望んでいく人などいるわけもない。味が特別優れているわけでもなく、ただそこにしかない飲食店だから混むだけだ。
そんな場所に咲茉を連れていく気もない悠也達は、あらかじめ代案を考えていた。
飲食店で昼食を食べないなら、はじめから用意すれば良いだけの話だった。
「これまた随分と手間の掛かったものを……」
ビーチマットに並べられたモノに、声を漏らした悠奈を含めた大人達が揃って目を大きくしていた。
彼等の前に広げられたのは、弁当として雪菜が用意してきた重箱だった。
唐揚げ、冷しゃぶ、ピーマンの肉詰めをはじめとした肉料理。そして野菜炒めや卵焼きなど、多彩なおかずの数々が重箱に敷き詰められていた。
それも重箱がひとつではなく、ふたつ。
この場にいる人数が全部で10人と考えれば妥当な量である。
しかしこの量を用意する手間は、料理をする者なら一目で分かった。
この重箱は、相当の手間が掛かっていると。
「こうして悠也さんと咲茉ちゃんのご両親達に引率して頂けたので、お弁当くらいは私の方で用意させて頂きました。私の両親も、2人の両親達によろしくと話してましたので」
今回、雪菜が弁当を用意するに至った経緯は、とても簡単な話だった。
友達の両親が海まで引率してもらえるのなら、他のことで礼を返さなければならない。
ここに来るまでの車も、運転も大人達に任せている。車を動かすのも費用は掛かる。
それに加えて昼食の用意を大人達に任せられるはずもなかった。
雪菜も、そこまで無遠慮ではいられなかった。
「弁当は用意するって聞いてたけど、まさかこんな物が出てくるなんて」
「流石に申し訳ないわ。本当なら私達で用意するつもりだったのに」
紗智に続いて悠奈の、母親達の頬が引き攣る。
海で食べる弁当は雪菜が用意すると聞いていたが、ここまでの弁当が出てくるとは思いもしなかった。
「予定が合わず引率できなかった母も、折角なら弁当くらいは用意させて欲しいと言ってましたので……私もみんなで海でお昼を食べるのが楽しみだったこともあって、つい母と一緒に気合いを入れて作り過ぎちゃいました」
恥ずかしそうに語る雪菜に、思わず大人達が苦笑いしてしまう。
今朝のことを思い返せば、子供達を車で迎えに行った時、それぞれの親達から礼を言われていた。
その時は悠奈達も別段気にすることもなかったが、その中で印象的だったのは、雪菜の両親だった。
彼女の父親は仕事で居なかったが、母親からは随分と丁寧な礼を言われていた。恥ずかしそうに、娘と粗末な弁当を用意したと。
その結果、こんな豪勢な弁当が出てくると誰が思うだろうか?
「ねぇ、雪菜ちゃん? この弁当……何時から作ったの?」
母親達と同じく、料理をする咲茉も驚いながら訊いてしまう。
その疑問に、雪菜は言いづらそうに答えていた。
「確か、5時くらいですかね?」
「ごっ……⁉︎」
あまりの早起きに、咲茉が絶句する。
「……流石にやり過ぎだろ?」
悠也も同じく言葉を失っていると、雪菜が小さく首を振っていた。
「夏の気温だと保冷バックの中でも食べ物は痛みやすいので、冷蔵庫で冷ます為にも早めに作ろうと思いまして」
「そんな早起きして眠くないのかよ?」
「全然ですね。その程度で眠くなるような鍛え方はしてません。むしろ早起きは得意です。夏休みの朝はランニングしてるので」
なにげない凛子の疑問に、そう答えた雪菜に悠也達は納得してしまった。
確かに、この雪菜が早起き程度で疲れるとは思えなかった。
「あとは、こちらがおにぎりです。シャケ、おかか、梅干しなど色々とありますので、是非お好きなのを」
そしておもむろに雪菜が用意していた袋からおにぎりを取り出すと、その数に大人達は苦笑するしかなかった。
全部で20個。先程の重箱2つと一緒に並べると、圧巻の光景だった。
「あ、そうだ。私もこれを渡せって言われてました〜」
その光景に大人達が圧倒していると、おもむろに乃亜が脇に置いていた小型の箱を大人達に渡していた。
「乃亜ちゃん? これは?」
「私のお父さんが昼飯の時に渡せって言ってたので、なんかお楽しみな物が入ってるらしいですよ〜」
悠奈が、怪訝に受け取った箱を見つめる。
その箱に見て、達也も眉を寄せていた。
「悠奈。それ、小型の冷蔵庫だ」
「え? これが?」
一見してプラスチック製の箱にしか見えなかったが、それは持ち運びできる小型の冷蔵庫だった。
確か、乃亜の家は高層マンションに住んでいる。
それだけで乃亜の家は金持ちだと分かる悠奈と達也は、嫌な予感がしながら箱を開けると――
その中には、たくさんのビンが入っていた。
「……ビン?」
なにげなく悠奈が1本だけ手に取る。
その瞬間、突然達也が驚いた表情を見せていた。
「これ、ノンアルのビールじゃないか」
「え? ノンアルなの?」
「前に会社の上司が貰ったって話してた。相当な値段するぞ、このノンアルビール」
改めてビンを確認した達也が、間違いないと頷く。
そんな彼に、乃亜は苦笑混じりに告げていた。
「あぁ〜。多分ですけど、私のお父さんってお酒好きなんで……引率できなかったお礼にって用意したんだと思います〜」
思い当たる予想を告げた乃亜が、乾いた笑みを浮かべる。
その反応に、また大人達の頬が引き攣っていた。
ただ子供達の海に引率しただけで、手間の掛かった手弁当と高級ノンアルコールを渡されるとは夢にも思わず。
感謝の気持ちはあれど、それを上回る申し訳なさが彼等の心を苦しめた。
「これは2人の両親達へのお礼だそうなので〜。お返しは社交辞令でもなんでもなく、絶対に要らないってお父さんってました〜」
「私も、母に何を言われてもお返しは絶対に要らないって言いなさいと言われました」
更に乃亜と雪菜から告げられた言葉に、大人達が頭を抱えてしまった。
「悠奈、これどうするのよ?」
「流石におみあげくらいは買って帰った方が……達也さん、どうしよ?」
「あの2人の話だと、下手に要らないって言われてるのにお返しを用意しても失礼になりそうだな」
焦る大人達が、互いに顔を近づけて会議を始める始末だった。
そうなるのも当然だと悠也と咲茉が苦笑するなか、彼等の会議は続いていた。
「でもこれだけのことをしてもらって用意しないってのも……新一郎、案あるか?」
「こういう時は下手に物で返すよりも、お金で買えない物を返すってのはどうだい? 例えば、今日来れなかった子供達の親に今日撮った写真を渡すとか」
「「「それだっ!」」」
新一郎の提案に、大人3人が声を揃える。
「それで行こう。確か使うかもと思って車にデジカメ置いてあった気がする」
「新一郎。今日ほど、あなたが私の夫で良かったと思ったことはないわ」
「私もスマホで滅茶苦茶撮りまくるわ!」
そして頷き合う大人達に、思わず悠也は引き攣った笑みを浮かべていた。
もしかすれば、午後は別の意味で面倒なことになるかもしれない。
そう思う悠也の隣で、咲茉も乾いた笑いを漏らすばかりだった。
「なぁ啓介、私達の親達は普通で良かったな。私の親は結構強引にガソリン代渡してた気がする」
「俺の家もパラソルとか貸したり、飲み物とか買っておいたくらいだった」
「アレ見たら、やり過ぎも大概なんだなって思うわ」
結託する大人達を眺めながら、凛子と啓介が静かに胸を撫で下ろす。
乃亜と雪菜は金持ちだと知っていたが、あんな風に友達の親をある意味で困らせるのも考えものだった。
「全然気にしなくても良いですよ〜。私のお父さん、人にお酒あげるの好きなんで〜」
「私のお母さんも料理するの好きだから気にしてないんですけど……費用も大して掛かってないのに」
高価なノンアルコールと食材費と手間暇を掛けた弁当を用意した2人の家は、例外中の例外でしかない。
それを気にする素振りもない乃亜と雪菜に、改めて悠也達は2人の金持ち特有の感性に呆れるしかなかった。
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