第43話 夢忘れないように
妙なトラブルが起こってしまったが……海から戻ってきた悠也達が一休みするには、ちょうど良いタイミングだった。
思いのほか、海ではしゃぎ過ぎたらしい。なにげなく悠也達がパラソルの日陰に隠れて座った途端、ドッと疲れが出た。
「だぁ~、疲れたぁ~」
「流石に遊び過ぎた~」
「乃亜ちゃん、啓介さん。だらしないですよ」
ごろんと倒れる乃亜と啓介に、見かねた雪菜がやんわりと注意する。
疲れた2人と違い、タオルで髪を拭く雪菜は全く疲れた様子もない。
流石は体力馬鹿の雪菜である。
「そのあり余った雪菜っちの体力、0.5割でも私におくれ~」
「俺も~」
あれだけ騒いで遊んでも疲れを見せない彼女に、堪らず乃亜と啓介は苦笑を漏らしていた。
「なら私と一緒に走りましょう。砂浜で走ると足腰が鍛えられますよ?」
「「それは勘弁してください」」
すぐ傍に癒しの海があるというのに……この暑い気温に加えて、熱い砂の上を走る馬鹿がどこにいるのか?
そう思った2人が即答すると、心なしか雪菜の表情が暗くなった。
「結構楽しいと思いますけど……」
「一応聞いてあげるけど~、何キロ走るつもり?」
「えっと……軽めで5キロくらい?」
「ふぁぁぁぁ~」
とても人の心を持っているとは思えない雪菜に、乃亜が情けない声を漏らす。
「絶対にそんな熱血スポ根なんてやるもんか~!」
そして絶対にやらないと彼女が大の字になる姿に雪菜が残念そうな顔を見せるが、それに反して周りから漏れたのはクスクスとした笑い声だった。
「ははっ、本当に面白い子達だな。折角だ。悠也達もかき氷食べるか? 買って来るぞ?」
「父さん? 良いのか?」
思わぬ父親の提案に悠也が訊き返すと、達也は嬉しそうに頷いていた。
「ナンパされた悠奈達に気づいて、心配して来てくれた礼だ。それにこういう場所で食べるかき氷ってのも言いもんだろ?」
わざわざ妻を心配して駆けつけてくれた子供達に、なにか礼をしたい。
彼等の行動が助けになったわけではないが……その気持ちを汲んだ父親の行動に、悠也が強く拒否することもなかった。
自分が父と同じ立場なら、きっと似たようなことをすると思って。
「「「……かき氷っ!」」」
そんな悠也を他所に、思わぬ提案に乃亜と啓介、そして凛子が目を輝かせる。
しかしその提案に、雪菜は申し訳なさそうに首を振っていた。
「そんな礼なんて……私達はなにも」
「遠慮しなくて良い。大人っていう生き物は、こういう理由でもないと人様の子供に何もできないんだ」
「ですが……」
思いもしない礼は受け取れない雪菜に、乃亜達の表情が不満に歪む。
そんな雪菜に、達也が苦笑交じりに肩を竦めた。
「ささやかだが、いつも息子達が世話になっている君達に親からの日頃の感謝とでも思ってくれ。余計な世話を焼きたいのが、親って生き物なんだ」
折れるつもりはない。そう語る達也の表情に、雪菜も必要以上に拒否するのは躊躇われた。
相手の好意を無碍にし続けるのも、それもまた失礼に当たる。
それを理解している彼女だからこそ、頑なに礼をしようとする達也に対する答えは、静かな頷きだった。
「わかりました。では、お言葉に甘えて……ありがとうございます」
渋々と礼を受け入れた雪菜に、乃亜達がホッと胸を撫で下ろす。
その返事に達也も自然と微笑んでいたが、
「ですが、これだけは改めてお伝えします」
「ん?」
おもむろに口を開いた雪菜に、達也が怪訝に首を傾げる。
そんな彼に、雪菜はまっすぐな眼差しで告げていた。
「私は、何かの礼が欲しくて悠也さんや咲茉ちゃんと友達になったわけではありません。こんな不躾な私と友達になってくれた彼等が大好きだから、私が心から一緒にいて楽しいと思える悠也さん達と一緒にいたいからいるんです。それだけは、決して夢忘れないようにお願いします」
最後に失礼なことを言いました、と告げて雪菜が深々と頭を下げる。
そんな唐突な彼女の行動に、悠也達が呆気に取られる。
彼等と同じく達也も呆気に取られたが、それも一瞬だった。
雪菜の言葉に、達也は声を殺して笑っていた。
「……本当に君は珍しいくらい礼儀正しい子だな。大丈夫、それくらい今の君達を見れば分かるよ。これも親の我儘ってやつなんだ。きっと君なら、それも分かってるんだろう?」
笑う達也に、雪菜が申し訳なさそうな表情を見せながらも頷く。
その反応に達也は満足そうに頷くと、他の大人達に目配せした後、行動していた。
「とりあえず俺達の分は子供達に渡すにしても……何個か足りないから買ってくるよ」
たった今買って来たかき氷の数は4個しかない。
子供達に渡すにしても、2個足りない。
「いえ、私達は後で大丈夫です」
「私達は後でも大丈夫なので〜、先に食べちゃってください〜」
流石にそこまで無遠慮にはなれないと雪菜が言えば、乃亜達も素直に頷いた。
乃亜達も、わざわざ彼等から奪ってまでかき氷に喰らいつく気もない。
そんな彼女達に、達也は苦笑しながら答えていた。
「子供をのけ者にして食べられるほど、図太い神経はしてないよ。とりあえず俺達の分は子供達に渡すから先に食べてると良い。俺達の分と足りない分もまとめて買ってくる。新一郎、彼女達のこと頼んだぞ?」
「父さん、俺も行くよ。流石に手が足りないだろ」
そう言い残して立ち去る達也の後を、悠也が追う。
「悠也! 俺も行かせろって!」
そしてこの場にあるかき氷の数を見た啓介も、すぐに立ち上がるなり彼等の後を追っていた。
これで悠也と啓介が居なくなれば、残ったかき氷は咲茉達4人に渡る。
それぐらいの配慮は、啓介もできた。
「お? 2人とも来るのか?」
頷く悠也と啓介がついて来たことに、達也がクスッと笑って見せる。
そして妻達の傍にいる新一郎に目配せすると、達也は息子達を連れてかき氷を買いに行っていた。
「じゃあ、これ。息子達が居なくなったことだし、咲茉達で食べちゃいなさい」
居なくなった夫の背中を見届けた後、悠奈が持っていたかき氷を咲茉達に渡す。
白い削った氷の上に、掛けられたシロップの甘い匂いが彼女達の鼻腔を通り抜ける。
暑い気温の所為で、ほんの少しだけ溶けていた。
「ほら、早く食べちゃいなさい。頭キーンってなるのだけ注意するのよ〜?」
そして悠奈にそう言われてしまえば、もう咲茉達が躊躇うことはなかった。
彼女達が顔を見合わせると、嬉しそうに微笑みながら持っているかき氷を口にしていた。
「はむはむ! うっ……頭がっ!」
「お前なぁ……言われたばかりだろ?」
速攻でかき氷に食らいついた乃亜が頭を抱える姿に、凛子が呆れる。
そしてゆっくりと彼女もかき氷を食べると、自然と頬を緩めていた。
「あぁぁ……染みるぅ」
「本当にありがとうございます」
かき氷を一口食べた雪菜が幸せそうに笑みを浮かべた後、深々と悠奈達に礼を告げる。
そんな彼女に大人達が微笑んで見せると雪菜は恥ずかしそうにしながら、かき氷を食べていた。
「私、ゆーやと一緒に買いに行きたかったな」
まだかき氷に手をつけてない咲茉が、名残惜しそうに悠也の歩いて行った方を見つめる。
本当なら、自分も一緒に行きたかった。
そう思う彼女に、おもむろに乃亜が痛む頭を抱えたまま答えていた。
「多分だけど〜、悠也っちならダメって言われてたと思うよ?」
「なんで?」
「座ってるお母さん達ですらナンパされてたのに、咲茉っちが砂浜なんて歩いてたら確実にナンパされるからに決まってるでしょ?」
はたして、男の悠也達といるのにナンパされるだろうか?
そう思いながら、咲茉が怪訝に眉を顰めてしまう。
そんな乃亜の話に、しみじみと頷く人達がいた。
「分かるわぁ〜。私も若い時、声掛けられたもの」
「分かるのが嫌なところだけどね」
なせか悠奈が、失笑混じりに頷く。
その隣で、なぜか紗智も頷いていた。
「お母さん達って、よくナンパとかされてたの?」
思わず訊いてしまった咲茉に母親達が顔を見合わせると、わざとらしく肩を竦めていた。
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