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第39話 お姫様抱っこで


 一度海に入ってしまえば、先程まであったはずの怖さも一瞬で消え去った。


「冷たくて気持ち良い〜」


 足に波が当たる度に、楽しそうに咲茉が足を動かす。


 少し足を蹴り上げるだけで、冷たい海の水が跳ねる。


 ぱしゃっと舞い散る水飛沫を眺めているだけで、不思議と楽しくなってしまう。


 足に感じるこの冷たさが、改めて海に来たのだと思えて、堪らず咲茉から笑顔が溢れた。


「ゆーや! 海だよ、海っ!」


 抑えきれない嬉しい気持ちのままに、咲茉が繋ぐ悠也の手を激しく振る。


 そんな子供みたいな反応が可愛くて、自然と悠也からも笑みが溢れた。


「今日は思いっきり遊ぶぞ、咲茉!」

「うんっ! 遊ぶー!」


 こんなに喜んでくれるなら、連れて来た甲斐があった。


 さて、まずは何をしようか?


 手始めに恋人らしく、水を掛け合ってみるのも良いかもしれない。ベタ過ぎて笑えるが、彼女となら楽しめる自信がある。


 そう思った悠也が提案しようとした時だった。


「はーい。2人の時間はここまでだよ〜。雪菜っち〜、とりあえず2人ともやっちゃって〜」


 突然乃亜の声が聞こえると、いつの間にか悠也と咲茉の間に雪菜が現れた。


「咲茉ちゃーん、ちょっと失礼しますね」

「わわっ! ちょっと雪菜ちゃん⁉︎」


 慌てる咲茉を気にすることなく、雪菜が彼女を抱き寄せる。


 背中に手を回し、足に手を添えて、お姫様抱っこのような形で咲茉を抱える。


 思わず繋いでいた手を離した悠也と咲茉に、雪菜が楽しそうな笑みを浮かべると、そのまま咲茉を抱き抱えたまま海に向かって走っていた。


「ちょ、ちょっと雪菜ちゃん⁉︎ 一体なにを――」

「そんなの決まってますよ〜」


 ある程度深いところまで咲茉を連れて来た雪菜が周りに人が居ないことを確認すると――


「一度、折角なので飛んでみましょう」

「へっ?」


 前触れもなく、雪菜が抱き抱える咲茉を空高く放り投げた。


「ちょっと雪菜ちゃぁぁぁぁん⁉︎」


 とても女とは思えない雪菜の腕力によって、咲茉の身体が宙に浮く。


 当然だが、人は空中に浮く生き物ではない。一度空に向かって放り投げられた後は、落ちるだけだった。



「ひゃぁぁぁぁぁぁっ!」



 空高く舞った咲茉が悲鳴をあげながら落下する。


 そして瞬く間に、咲茉の身体は海に落ちていった。


 ザバーンと高い水飛沫をあげて、彼女が海に姿を消す。


 その後、数秒も立たずして慌ただしく咲茉が海から顔を出していた。


「ふぱっ! しょっぱい!」


 一瞬にしてずぶ濡れになった咲茉が、思わず海の塩辛さに顔を顰める。


 普段なら嫌な味だったが、これが海の味だと思うと思いのほか悪い気はしなかった。


 これも海に来た醍醐味なのだろう。


 そう思った咲茉が自然と笑みを浮かべていると、乃亜が腹を抱えて笑っていた。


「はははっ! 咲茉っち、滅茶苦茶情けない声出てた! おかしくて涙出そう〜!」


 乃亜と同じく、啓介や凛子も面白いと笑っている。


 そんな彼等の反応に咲茉が頬を赤らめると、ムッと眉を寄せるなり、雪菜を睨んでいた。


「もう! 雪菜ちゃん! 急に投げたらビックリするでしょー!」

「ふふっ……だって私も悠也さんばかりに咲茉ちゃん取られるの悔しかったので、つい」


 クスッと笑う雪菜にそう言われると、咲茉も反応に困った。


 確かに海に来たのは、悠也だけではない。彼女達と来たのだから、遊ぶなら彼女達も一緒でなければ。


 先程まで過ごしていた悠也と2人の時間を思い出すと、堪らず咲茉から乾いた笑みが漏れた。


「じゃあ、また後で投げてくれたら許してあげる。急だったから……あんまり楽しめなかったし」


 改めて思い出しても、先程のことがあまり記憶に残っていない。一瞬で宙に浮いて海に落ちた時、何が起こったか分からないままだった。


 できるならもう一度。今度は楽しむ気持ちで投げて欲しかった。


「良いですよ、あとでまた投げてあげます」

「ほんと? やった!」

「ですが、その前に――」


 喜ぶ咲茉から視線を外した雪菜が、おもむろに悠也に視線を向ける。


 そして笑みを浮かべる雪菜に、思わず悠也が後ずさった。


「……え、なに。その笑顔」

「もう悠也さん以外……みんな私に投げられたみたいなので、あとは悠也さんだけです」


 それが何を意味しているのか、悠也もすぐに分かった。


「俺は良い。別にわざわざ投げてもらう必要もないって」

「おやおや? 悠也っち? 逃げられると思ってるの?」


 乃亜にそう言われて、悠也が気づくと雪菜に腕を掴まれていた。


 一瞬で詰め寄って来た彼女に、咄嗟に悠也の頬が引き攣る。


 しかしそれも、雪菜には関係なかった。


「いや、マジで投げなくて良いって!」

「背負い投げとお姫様抱っこ、どっちが良いですか?」


 そのどちらも嫌だったが、その2つの中でも悠也は男として許せないものがあった。


「女の子にお姫様抱っこなんてされたくないっての」

「雪菜っち、折角だからお姫様抱っこで」

「おい! 乃亜っ!」

「では、早速失礼して」


 慌てて抵抗しても、悠也が雪菜に抗えるはずもなく、あっという間に抱き抱えられてしまう。


 俗にいう、お姫様抱っこで。


 その姿を、なぜか咲茉が羨ましそうに見つめていた。


「良いなぁ、私もゆーやにしてみたい」

「あれができるの、流石に雪菜っちだけだよ。あれが咲茉っちができるようになる頃には、たぶん腕大根みたいに太くなるよ?」

「……それはちょっと嫌かも」


 男の悠也をお姫様抱っこできるまで鍛えた自分の姿を想像した咲茉が、引き攣った笑みを浮かべる。


 流石に彼女も、それだけは遠慮したいところだった。


「乃亜っ! 咲茉っ! そんなこと言ってないで助けろ!」


 今にも投げられる寸前の悠也が、雪菜にお姫様抱っこされた姿のまま叫ぶ。


 それがあまりにも見慣れなくて、乃亜と咲茉は顔を合わせるなり、揃って笑っていた。


「啓介っ! 助けろっ!」

「俺が雪菜に敵うわけねぇだろ? なぁ、凛子?」

「お前が100人束になっても絶対無理」


 啓介と凛子からの助けもない。それを理解した悠也の表情が凍りつく。


「はーい、では悠也さん? 覚悟は良いですか?」

「雪菜? こんな格好にさせられた男の気持ち考えたことあるか?」

「可愛いと思いますよ? 今の悠也さんの恥ずかしがってる顔、とっても可愛いです」

「あ、ダメだ。話にならねぇ」


 微笑む雪菜の返事に、悠也は静かに諦めてしまった。


 そして悠也の身体が少しずつ揺れる。雪菜が勢いをつけて投げ飛ばすために。


「……あのー、雪菜さん? 咲茉の時と違って、なんか勢いつけようとしてません?」

「やっぱり男の人は体重がありますから……少し私も本気でやらないといけないので」

「え、じゃあさっきまでは――」

「咲茉ちゃんや凛子ちゃんの時は、本気で投げてませんよ?」


 そのなにげない言葉に、悠也が絶句した瞬間。


「では――はいっ‼︎」

「雪菜ぁぁぁ! あとで覚悟しろよぉォォ!」


 空高く、悠也の身体が宙を舞った。


 放物線を描いて、叫ぶ悠也が落下していく。


 そして大きな水飛沫をあげて、すぐに悠也が海から顔を出すと雪菜に向かって走っていた。


「マジでお前のことぶん投げてやる!」

「む? 私に勝つ気ですか? 勝てるとでも?」


 余裕の笑みを浮かべる雪菜に、走る悠也が迫る。


 しかし瞬く間に、悠也はまた雪菜に投げ飛ばされていた。


「馬鹿だねぇ、勝てるわけないのに」


 それでも諦めず雪菜に向かって走る悠也に、乃亜が呆れた笑みを浮かべる。


「凛子っ! 啓介っ! あの雪菜をぶん投げるぞ!」

「仕方ねぇなぁ! 手伝ってやるか!」

「ったく、私も雪菜には恨みあるから手伝ってやるけど……後で私の邪魔した分殴らせろよ」


 そして今度は3人で雪菜に挑む光景に、乃亜は呆れるしかなかった。


 たとえ3人でも、あの雪菜に勝てるはずがない。


 また雪菜によって、悠也達が海に投げ飛ばされる。


「ふふっ、面白い」

「あの馬鹿3人見てると、ほんとオモロイよね〜」


 その光景を見ながら、咲茉と乃亜は楽しそうに笑っていた。

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