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第15話 言いたい


 泣いている咲茉えまの髪を、悠也が優しく撫でる。


 触り心地の良い、彼女の綺麗な髪を何度も撫でる。


 悠也が撫でれば、撫でた分だけ彼女が泣いてしまう。


 そんな彼女に――自然と悠也の口が動いていた。


「もっと咲茉のことが好きになったよ」

「ぞんなごと言わないでよぉ……」


 悠也の言葉を聞いた咲茉が泣きながら不満を漏らす。


 しかし悠也は、それでも口から出てくる言葉を止めなかった。


「何度だって言うよ。俺のためにずっと頑張ってきた咲茉のこと、もっと好きになった」

「うぅ……恥ずかじいから、もう言わないで」

「恥ずかしいことなんてないだろ? 俺に好きだって言われるの、嬉しくないのか?」

「……うれじいにぎまってるよぉ」


 頬を真っ赤にして泣く咲茉に、悠也は優しい笑みを浮かべていた。


 咲茉が男性恐怖症になった原因は今も分からないままだが、彼女が立ち直るキッカケが自分であったことがどうしようもなく誇らしかった。


 ずっと何年も怖くて部屋に閉じ籠っていた彼女が外に出る勇気は、きっと彼女にしか分からないほど大きかったに違いない。


 不安も、恐怖だってあっただろう。それを全て振り払って閉じ籠っていた部屋から出た彼女が、悠也は嬉しくて堪らなかった。


「でも、わだし……まだ男の人、ごわいの。ちゃんど治っでないから、そんな風に悠也から褒められるようなごとじてない」

「そんなの別に急ぐ必要もないだろ? 子供に戻ったおかげで時間だって沢山あるんだから、少しずつ治していけば良いだろ?」


 確かに男性恐怖症を持っている今の咲茉では、色々と不便なこともあるだろう。


 しかしそれも時間を掛ければ治るだろうと悠也は思っていた。


 部屋に閉じ籠っていた彼女が、一人で外に出てアルバルトができるまで成長したのだ。ならもっと時間があれば、少しずつ向き合えるはずだと。


 男に触れられるのが今は無理でも、時間を掛ければ治るかもしれない。今は自分から触れることしかできなくても、少しずつ元に戻っていくかもしれない。


 ここまで変われた彼女なら、きっとできるだろうと悠也は確信していた。


「……わだしにでぎると思う?」

「できるさ。それにもしできなくても、ずっと俺がお前と一緒に居るよ」


 仮に、もし咲茉が今のまま変わることができなくても、悠也が彼女の傍から離れることはない。


 それだけは決して変わることはないと思いながら、悠也は繋いでいる咲茉の手を握り締めていた。


「お前が不安になっても俺が傍にいる。怖くなっても、ずっとお前の隣にいる」


 赤裸々に、恥ずかしいと思うこともなく、悠也が咲茉に思いを告げる。


 そして悠也が繋いでいた咲茉の手を両手で握り締めると、泣いている彼女を見つめていた。


「俺が咲茉と会える日を何年待ったと思ってるんだよ。もう絶対、お前を離さない。嫌がっても離してやるもんか」

「ふぇ……?」


 悠也から告げられた言葉に、泣いている咲茉が呆けた表情を見せる。


 そんな彼女をまっすぐ見つめながら、悠也は優しく笑みを浮かべていた。


「絶対に俺が咲茉のこと幸せにしてやるから覚悟しとけよ。勉強だって死ぬほど頑張って良い仕事して金に困らない生活させてやる」


 それはまるで、プロポーズのような言葉だった。


 悠也が幸せにする対象が自分であると理解した咲茉の顔が赤く染まっていく。


「別に私、お、お金なんて要らないもん。悠也と一緒なら、それだけで良いし」


 自分でも分かるほどの恥ずかしさを頬に感じながら、咄嗟に咲茉が取り繕うようにそっぽを向く。


「なに言ってんだか、金なんていくらあっても困らないだろ? 一応言っとくけどブラック企業で働いてた俺がまた仕事人間になる気なんて微塵もないからな? その所為で一緒に居る時間が減るなんて耐えられないだろ?」

「それは……私も、やだ」


 悠也の語る未来を想像したのか、不満そうに咲茉が口を尖らせる。


 その反応がどうしようもなく可愛くて、自然と悠也は笑っていた。

 

「別に本当にそうするってわけじゃないって。それくらいの覚悟があるって言いたかっただけだよ。お前が今まで辛かったことを全部忘れるくらい俺が幸せにしてやるって言いたかっただけだ」

「……あぅ」


 恥ずかしげもなく告げられた悠也の言葉に、もう言葉が何も出ないと咲茉の顔が真っ赤に染まっていた。


 たった今告げた悠也の言葉が、彼女の頭の中で何度も繰り返される。


 恥ずかしさと嬉しさが混ざり合って、いつの間にか咲茉の頭が考えることを放棄していた。


 それでもどうにか言葉を出そうと何度も彼女が口を開け閉めするが、思うように声が出ず、身体が硬直してしまう。


「……だからちゃんと言葉にするよ」


 そんな彼女に、悠也が意を決して告げる。


 まだ彼女に伝えていないことを。


 一度も言葉にして伝えていなかったことを。


 彼女と想いを通じ合わせても、その先に進むことを言葉にしていないからこそ――悠也は、その言葉を紡いた。



「咲茉、俺と結婚を前提にお付き合いしてください」



 咲茉を見つめながら、悠也は伝えていた。


 呆然としていた咲茉の目が大きく見開かれる。


 何度も瞬きを繰り返し、次第にその言葉を理解した咲茉の顔がゆっくりと歪んでいく。


 必死に我慢しようとするが――続けて悠也から告げられた言葉で、それは簡単に崩れた。


「これから新しく始める俺の人生で、また咲茉のこと好きになっても良いか?」

「良いって言うに決まってるでしょ……!」


 泣き腫らしていた彼女の目から、また涙が溢れていた。


 また泣いてしまったと、溢れる涙を何度も手で拭って咲茉が嗚咽を漏らす。


 泣いている咲茉に、悠也は首を傾げていた。


「俺はちゃんと言ったぞ? 咲茉も言ってくれるんじゃないのか?」

「……ゆーやのいじわるっ!」


 わざとらしい悠也の態度に、咲茉が頬を膨らませる。


 しかし悠也は知らぬ顔で、わざとらしく肩を竦めていた。


「お前が言ったことだろ? あとでちゃんと言い合おうって?」

「むぅ……!」


 そう言われてしまえば、咲茉も返す言葉がなかった。


 自分から悠也に提案したことをなかったことにする気など、当然だが彼女もなかった。


 どうにか気持ちを落ち着かせようと何度も深呼吸して、必死に涙を抑え込む。


 そして咲茉も、意を決してその言葉を口にした。


「私も、悠也のことが大好きです」


 そこから続ける言葉など考える必要もなかった。



「私と結婚を前提に付き合ってください」



 こんな簡単な言葉を口にするだけで、顔が破裂するほど恥ずかしくなってしまう。


 しかしそれ以上に湧き上がる嬉しさが、その先の言葉を咲茉に出させていた。


「私も、悠也に言いたい」

「ん?」


 怪訝に首を傾げる悠也に、咲茉は彼と同じ質問をしていた。


 自分も、また新しく始める人生で彼に訊きたいと。


「もう一度だけ、また好きになっても良い?」

「良いに決まってるだろ」


 即答する悠也が笑えば、自然と咲茉も笑っていた。


 笑えるのに、なぜか咲茉は泣いてしまう。


 何度も涙を拭っても、決して止まることはなく。


 もう我慢できないと咲茉が悠也に抱きつくと、彼女は悠也の胸に顔を埋めたまま泣いていた。

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