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第36話 結構気持ち良いかも


「雪菜ぁ!? てめぇよくもやってくれたなぁ‼︎」

「まぁまぁ凛子っち~、そんなに怒らないで落ち着きなよ~」

「もとはと言えばてめぇの差し金だろうがッ‼︎」 


 海に放り込まれた凛子が顔を出すなり、乃亜に煽られて激怒する。


 しかし彼女が怒っても、乃亜は心底面白いと言いたげに腹を抱えて笑っていた。


「それにしてもあんな綺麗に飛んでくとは思わなかったよ~。ほんと、馬鹿みたいに情けなくてお腹痛い」

「こんのチビ助がぁ! 今からてめぇも吹っ飛ばしてやるから覚悟しろッ!」

「私をぶっ飛ばす〜? やれるもんならやってみなぁ〜?」

「……ぶっ殺すッ!」


 明らかに小馬鹿にした笑みを浮かべて逃げる乃亜を、激怒した凛子が追い掛ける。


 自然と始まった2人の鬼ごっこだったが、乃亜の鈍足で凛子から逃げられるはずもなく、瞬く間に捕まってしまう。


「やめろ〜! 放せぇぇ〜!」

「こんの! ぶっ飛べぇぇぇッ!」

「ひゃぁぁぁぁ〜!」


 そして凛子の手によって宙を舞った乃亜が海に落ちていく姿に、啓介と雪菜が楽しそうに笑っていた。


 それをキッカケに、4人が海で楽しそうに騒ぎ始める。


 そんな彼等の光景を、悠也と咲茉は苦笑混じりに眺めていた。


「良かったのか? 凛子に頼まなくて?」


 今も騒ぐ彼等の楽しそうな姿を眺めながら、おもむろに悠也が口を開く。


 そんな彼に、咲茉は小さな笑みを浮かべていた。


「うん。凛子ちゃんの気持ちは嬉しかったけど、それはまた今度の機会に」


 そう語る咲茉に、咄嗟に悠也は言葉を返せなかった。


 また今度、次の機会がある。そう信じて疑わない彼女が、そう思えている。


 それが今の彼女にとって、どれだけの幸福であるか……考えるだけで自然と悠也の喉奥が震えそうになった。


「……そっか、なら次の機会で良いか」

「うん!」


 震える声を抑え込む悠也に気づくこともない咲茉が嬉しそうに頷く。


 その笑顔を見ているだけで目の奥が熱くなるのは……どうしてだろうか?


 気を緩めると無性に泣きたくなる。その気持ちをどうにか抑えながら、悠也は気を取り直して、微笑む咲茉に声を掛けていた。


「ところで、なんで俺に頼んだんだ?」


 背中に日焼け止めを塗ってもらうのを凛子達ではなく、なぜ自分に頼んだのか?


 その疑問を悠也が訊くと、咲茉は少し恥ずかしそうにもじもじと持っている日焼け止めを見つめていた。


「えっとね……こーゆうの、憧れてたの。海に来て、大好きな人に日焼け止め塗ってもらうの。漫画とかアニメだと定番のイベントだし、良いなぁって」


 そう言われて、なるほどと悠也は思った。


 確かに、それは海の定番とも言えるイベントだった。


 ここ最近で、悠也も咲茉の影響で色々な漫画やアニメを一緒に見ている。


 漫画でもアニメでも、ヒロインが主人公に日焼け止めを塗ってもらうシーンがあった。


 それに彼女が憧れる気持ちも、分からなくもなかった。今まで絶対にできないと思っていたからこその、強い憧れを。


 その役目を任されたと思えば、悠也としては誇らしくて堪らなかった。


「咲茉がそうしたいなら何度だって塗ってやるよ。今日だけじゃなくても、何回だってな」

「……ほんとっ?」

「あぁ、咲茉が喜んでくれるなら俺もしたい」

「わぁ……! えへへ、やった!」


 微笑む悠也の返事に、咲茉が嬉しそうに笑う。


 そして咲茉が持っている日焼け止めを一瞥すると、微笑みながらそれを悠也に手渡していた。


「じゃあ、背中……お願いしますっ」


 悠也に日焼け止めを渡した咲茉が、そう言って彼に背中を向ける。


 そしてちらりと振り返る彼女に、悠也は笑みを浮かべていた。


「誰かに塗るのなんて初めてだから、下手だったらちゃんと言えよ?」

「心配なんてしてないよ。ゆーやなら大丈夫。それに私も、男の人に塗ってもらうの初めてだから」


 微笑む咲茉が、恥ずかしそうに頬を赤らめる。


 そして後は任せたと、振り向いていた咲茉が前を向いて、悠也に背中を見せつけていた。


 水着から出ている、彼女の背中を悠也が見つめる。


 白くて、綺麗な肌。その背中を見ているだけで、悠也の心が揺さぶられそうになる。


 しかし男の気持ちを抑え込みながら、悠也が持っている日焼け止めを手に取り出そうとした時だった。


「ゆーやぁ」

「ん? どうした?」

「えっと、あの……優しくしてね?」


 そう告げた彼女の頬が、赤く染まっている。


「……」


 後ろから僅かに見えたその横顔に、思わず悠也は持っている日焼け止めを落としそうになった。


 たった今告げられた彼女の表情が、あまりにも可愛くて。


 勘違いしてしまいそうな彼女の言葉に、悠也の心が激しく揺さぶられた。


「……っ」


 荒ぶる男の感情に、悠也の表情が歪む。


 こんな気持ちで、今から彼女の肌に触れると思うだけで……血が沸騰しそうになる。


 だが決して、邪な気持ちで咲茉に触れてはいけない。どれだけ彼女が魅力的でも、そんな気持ちで触れてはならない。


 その確固たる意思で、悠也は手のひらに日焼け止めの液体を取り出していた。


「……よし」


 あとは、これを咲茉の背中に塗るだけだ。


 今から、彼女の肌に触れる。


 それがどうしても、悠也の心を揺さぶっていた。


 普段から抱き合うことや触れ合うことも多かったが、直に彼女の肌に触れることは、悠也は実のところあまりなかった。


 顔や手に触れることはあるが、それ以外は服越しがほとんどだった。


 今まで触れることもなかった彼女の肌に触れる。好きで堪らない彼女の肌に、触れてしまう。


 綺麗な背中と、細い腰回りに。


 それが今の彼にとってどれだけの刺激になるかは、想像するまでもなかった。


 手のひらの液体が、冷たくて心地良いとすら思ってしまう。悠也自身でも分かるほど、身体の体温が上がっていた。


 その邪な気持ちを押し殺して、悠也が咲茉に日焼け止めを塗ろうとした時だった。


 ふと今も手のひらに感じる液体の冷たさに、悠也はハッと我に返った。


「……咲茉、ちょっと待って」

「うん? それは別に良いけど?」


 背中を向けたまま首を傾げる咲茉だったが、特に気にする素振りもなく前を向く。


 その姿を眺めながら、悠也は手のひらの液体を見つめていた。


 今も冷たいコレを、今の彼女に塗ったらどうなるか?


 急に背中に冷たい物が触れたら、意識しても驚いてしまう。


「はっ……⁉︎」


 その時、悠也は今まで咲茉と見てきた漫画やアニメのワンシーンを思い出していた。


 そうだ。確か、この手のイベントは、ヒロインが主人公に日焼け止めを塗られた途端、驚いて変な声を出していた。


 妙に色っぽい、男心をくすぐる嬌声を。


 それに主人公が照れるシーンは、悠也もハッキリと覚えていた。


 今ここで、咲茉にそんな声を出させてしまえば、周りの男達に聞こえるかもしれない。



 自分の女の艶かしい声が、他の男に聞かれる?



 そんなふざけたことを、悠也が許すはずがなかった。


 そう思った悠也が両手を合わせると、液体が温かくなるまで手を擦り合わせていた。


 冷たかった液体が、体温を吸収して温かくなっていく。


 そして冷たさが消えたと判断すると、悠也は満足そうに頷いて、その手を咲茉の背中に近づけていた。


「良し、咲茉。触るぞ?」

「うん! もう心構えはできてる!」


 頷く咲茉の背中に、悠也の手がゆっくりと触れる。


 そして彼女の肌に悠也の手が触れると、


「……あっ、あったかい」


 どこか安堵した声を、咲茉が漏らしていた。


「冷たいと思ってたか?」

「うん。だってこういう時、女の子側ってビックリした声出すと思ってたから」

「そうならないように手で温めておいたんだよ。咲茉も変な声出したくないだろ?」

「そうだけど……それはそれでなんか損した気分?」

「損してるか?」

「なんとなく?」


 自分でも不思議だと首を傾げる咲茉の背中に触れながら、悠也が苦笑してしまう。


 手のひらに伸ばしていた日焼け止めを、ゆっくりと手を動かして彼女の肌に塗っていく。


 綺麗で、触り心地が良くて、いつまでも触っていたいと思える。


「咲茉の肌って、ホント綺麗だよな」

「ほんと? ゆーやにそう思ってもらえるなら嬉しい」


 悠也に肌を褒められた咲茉が少し振り返ってはにかむ。


 その笑顔に自然と悠也も笑みを返しながら、黙々と手を動かしていた。


「いつも手入れとかしてるのか? 化粧水とか使ってるの見たことあるけど、背中とかも塗ってたか?」

「背中はしてないよ。私ってあんまり乾燥しないタイプだからボディクリームとか使ったことないかも……肌のケアするなら使った方が良いらしいけど」


 ボディクリームを塗って、肌のケアをする人もいる。


 その日々の手入れが、綺麗な肌を作り出す。


 それを知っているのにしてない咲茉に、悠也は素直に疑問を抱いた。


「使った方が良いなら使えば良いだろ?」

「だって使うとボディクリームの匂い身体に付いちゃうもん。ゆーやと一緒に寝る時とか、変わった匂い付けてゆーやに嫌な思いさせたくないし」

「変な匂いするのか?」

「しないけど……花の匂いとか色々ある」

「それなら使えば良い。そういう匂いなら気にならないし、咲茉が綺麗になって、それで良い匂いで寝れるなんて良いことしかないだろ?」


 良い匂いしかしないなら、悠也も不満に思うこともない。


 そう答える彼に、咲茉は満更でもない表情を浮かべていた。


「そ、そう? じゃあそう言ってくれるなら今度使ってみようかな?」

「そうしてくれ、楽しみにしてる」

「……絶対良い匂いの探すから!」


 悠也が楽しみにしてくれる。それが自分と一緒に寝る時となれば、咲茉も全力を捧げるしかなかった。


 今度買い物に行った時、必ず買おう。


 そう咲茉が心に決めながら、背中に悠也の手の感触を感じていると、ふと沸々と湧き上がる感情に気づいた。


「……これ、結構気持ち良いかも」


 背中を撫でられる感覚に、咲茉は心地良さを感じていた。


「……え? ただ触ってるだけだぞ?」

「うーん、ゆーやに頭撫でてもらってる感じに近いかも」


 似ている感覚をあげるなら、それが一番近かった。


 あと強いてあげることがあると言えば――


「多分だけど、日焼け止めの液体があったかいからかな?」

「日焼け止めが?」

「なんか、ゆーやの体温が直に伝わってくる感じがして……身体がポカポカしてくる感じ」


 温まった日焼け止めが身体に塗られていくと、彼の体温が身体に染み込んでいく気がする。


 彼の一部が自分の身体に入っていく。そんな気がして、勝手に身体が温かくなる。


 その心地良さに、思わず咲茉が頬を緩めていると、


「背中終わったぞ、次は腰に――」

「あっ、そうだ。ゆーや、ちょっとお願いがあるだけど」


 咄嗟に咲茉の声が、彼の行動を遮っていた。


「なんだ?」

「あのね、動くと水着が少しズレちゃうこともあるから――」

「……から?」


 確かに、海で動き回れば水着も多少ズレる。


 そんな当たり前なことが、どうしたと言うのか?


 悠也がそう思っている時だった。


「ちょっと水着に手を入れて塗ってもらえる?」

「……へっ?」


 思いもしない言葉に、悠也か呆気に取られた。


「ほんの少しだけで良いの。ズレるって言っても大してズレないと思うから。塗ってなくて日焼けするの嫌だから……お願い」


 しかし咲茉から懇願されてしまえば、悠也が嫌だと言えるわけもなかった。


 今から彼女の水着の中に、自分の手を入れる。


 正直に言うと、悠也は正気で居られる気がしなかった。


「……分かった。ちょっとだけ入れるからな」

「よろしくお願いします」


 畏まった咲茉の返事に、つい悠也が苦笑する。


 そして恐る恐ると、悠也の手が彼女の水着の中に入り込んだ。


「ふふっ、ちょっとくすぐったい」


 こそばゆいのか、咲茉が身体を捩る。


 その反応が、一瞬で悠也の精神を横殴りにした。


 好きな女の水着に、自分の手を入れる。


 それがあまりにも非現実過ぎて、悠也の脳が今にも焼き尽くされそうだった。


「……」


 くすぐったくて笑う咲茉と正反対に、悠也の表情がまるで鬼のような形相になる。


 それは決して、咲茉に対してではなく。


 己の湧き上がる劣情を殺す為だけに作り出された表情だった。


 震える手を必死に動かしながら、塗れなかった場所に日焼け止めを塗っていく。


 そして無事塗り終えると、悠也は心からホッと安堵していた。


「ふぅ……くすぐったかった」

「次は腰……次は腰」


 しかし終わったと言っても、更なる強敵がいる。


 新しく日焼け止めを手のひらに出しながら、悠也は咲茉の細い腰を見つめていた。


 あまりにも、強敵過ぎる。


 その腰から少し下に視線を動かせば、彼女の下半身が見える。


 そこを見続けると、間違いなく正気ではいられなくなる。


 そんな思いで、悠也が優しく彼女の腰に日焼け止めを塗っている時だった。


「あっ! ゆーやが塗り終わったら今度は私がゆーやの背中に日焼け止め塗ってあげるからね!」

「……へっ?」


 また思いもしない言葉に、悠也が呆けた声を漏らしていた。


「咲茉が、俺に?」

「だって悠也、日焼け止めちゃんと塗ってないでしょ? 私見てたからね? ゆーや、腕くらいにしかってなかったでしょ?」

「いや、それは……あとで啓介にでも頼もうかと」

「啓介君に取られたくない! 私がやる!」


 たどたどしく答える悠也に、振り向いた咲茉が頬を膨らませていた。


 絶対にやる。そう語る彼女の表情に、悠也は静かに震えていた。


 こんな彼女に、背中を触られる?


 それは……あまりにも強烈な刺激でしかなかった。


「いや、自分でやるから。それか父さんにでも」

「やっ! 絶対私がする!」

「えぇ……」


 そこまで頑固に言われてしまえば、悠也も拒否できなかった。


 どうしたものかと、悠也がなにげなく視線を動かす。


 その時、ふと自身の両親達と目があった。



 自分達の姿を、微笑ましそうに見つめる家族の、妙に温かい視線。



 あぁ、助けはなさそうだ。



 そう思いながら、悠也は静かに諦めるしかなかった。


「ゆーや! ちゃんと私にも塗らせてね!」


 どうにか、この心が持ちますように。


 そう思いながら、悠也はゆっくりと咲茉の腰に日焼け止めを塗っていた。


 せめて、今だけは心地の良い肌触りを感じていよう。


 今の悠也には、そんな現実逃避をすることしかできなかった。

読了、お疲れ様です。


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