第34話 本当に見惚れてた
パーカーを着ている咲茉はさておき。一緒に着替えて来た3人の水着姿は、悠也から見ても非常に彼女達の個性が出ていた。
乃亜の着ているカラフルなワンピースタイプの水着は、可愛さを全面に押し出しているデザインだった。更にセミロングの髪を頭部のてっぺんで団子に結っている姿が、いつもと少し違った可愛らしさを感じさせる。腰に持っている大きな浮き輪がまさしく子供のようで、つい悠也も笑ってしまいそうになる。
対して雪菜の水着は、彼女の持つ上品な雰囲気がより一層に増したデザインだった。
青いビキニと、パレオとして腰に巻く青のレースが上品な印象を与える。彼女の白い肌がとても映えて見えて、可愛いというよりも綺麗だと思いたくなる。また紫外線から肌を守るために被っている大きな麦わら帽子が、その印象を強くしている。
そして最後の凛子は、実に彼女らしい、動きやすさを重視した黒いビキニだった。
余計な装飾はなく、胸元が少しだけ露わになったセクシーな水着。乃亜や雪菜と違い、平均以上に育った胸の谷間の見えるデザインの水着が、彼女の女らしさを見せつけている。
「……あ? てめぇどこ見てんだよ?」
「はぁ? べ、別にお前の水着なんて興味ねぇよ!」
さっと彼女達の水着を見ていた悠也と違い、凛子の水着姿を凝視してしまった啓介が顔を真っ赤にする。
それを凛子に指摘されてそっぽ向く彼の反応は、あまりにも思春期の子供らしくて、思わず笑ってしまうそうになる。
そんな2人を他所に、悠也は改めて彼女達の水着姿を一瞥していた。
こういう時、男には礼儀というものがある。水着を着る女性陣には、ちゃんとした感想を伝えるべきだろう。
そう思った悠也が素直な感想を伝えようとした時だった。
「おっと悠也っち? その心意気は買うけど、まず一番最初に言うべき子がいるんじゃない?」
ふと乃亜にそう言われて、咄嗟に悠也が出かける言葉を我慢した。
今も俯いて深々とパーカーのフードを被る咲茉が、恥ずかしそうに悠奈の背中に隠れている。
後でゆっくり話せば良いと思っていたが……確かに咲茉の彼氏として、彼が一番初めに声を掛ける相手はひとりしかいなかった。
「ほら、咲茉っち。ちゃんと悠也っちに見せないと」
「……で、でも」
呆れたくなる自身に苦笑する悠也の視界に、悠奈の後ろに隠れる咲茉が乃亜に手を取られて、渋々と前に出る。
「ほらほら~、折角着たんだから〜」
「あ、あぅ……」
そして乃亜に背中を押されると、否応なしに咲茉は悠也の前に立っていた。
フードの中から恐る恐ると咲茉が顔を少しだけ覗かせる。
その姿が嫌でも可愛く見えて、自然と悠也は微笑みながら彼女に声を掛けていた。
「咲茉? 脱ぎたくないなら脱がなくても良いぞ?」
本当に嫌なら脱ぐ必要はないと、悠也が告げる。
彼女のことを考えれば、この場にいるだけで十分過ぎる努力しているのだ。別に水着を見せたくないと言っても、悠也も困らなかった。
「ゆーやは、私の水着……見たい?」
そう恐る恐ると呟く咲茉に、悠也が返す言葉は決まっていた。
「そりゃ大好きな咲茉の水着なら見たいに決まってる。でも無理強いはしないよ。ここには俺達以外にも人がいるし、嫌だって思う咲茉の気持ちも分かるから」
誰よりも大好きな咲茉の水着姿など、見たいに決まっている。
「あぅ……」
ありのままに伝えた悠也の気持ちに、堪らず咲茉が唸る。
彼がそう言うなら……と思う彼女だったが、どうにも最後の勇気が出せなくて。
この海には信頼する悠也達以外にも、男女問わず多くの人達がいる。ちょっと視線を動かすだけで、水着を着た他の家族や友人達と海を楽しんでいる姿が見える。
知らない人達ばかり。こんな場所で素肌を出すのが、やはり怖いと思ってしまう。
「咲茉。ここには悠也達もいるし、私達もいるわ。嫌なことも、少しでも困ったことがあったら……なんでも親の私達に言いなさい」
「……お母さん」
ふと聞こえた紗智の言葉に、思わず咲茉が小さな声を漏らしていた。
そうだった。ここには、悠也達以外にも信頼する大人達がいる。
それが今の咲茉にとって、どれほど心強いかは言われるまでもなかった。
「ちょっと紗智! それ私が言おうと思ったのに!」
「たまには私に譲りなさい。いつも平日は私の娘取ってるんだから」
「そう言う紗智だって週末は私の娘達取ってるでしょ! 私も言いたかったのに!」
「2日と5日が平等だと思わないでもらえる? そろそろ半分にしなさいよ!」
「まぁまぁ二人とも、子供達もいるしそれぐらいに――」
突然始まった母親達の口論に、咄嗟に達也が声を掛けるが、それでも2人の口論は簡単には収まらなかった。
「……まったく、この親達は」
荒ぶる親達の口論に、つい悠也が苦笑してしまう。
そんな時だった。
「うん。今日はお母さん達もいるし、悠也達がいるから……きっと、大丈夫だよね」
「……咲茉?」
ぽつりと呟いた咲茉の声に、悠也が怪訝に眉を顰めている時だった。
ふと咲茉が、被っていたフードを外していた。
左右に結った、2つのお団子ヘアーがフードから姿を現す。
いつものセミロングと違う可愛い彼女の髪型に、堪らず悠也の視線が釘付けになる。
そんな悠也が呆けていると……おもむろに咲茉の指が、着ているパーカーのチャックを掴んでいた。
「……」
意を決して、咲茉が息を飲む。
なにも怖がる必要はない。今日はひとりじゃない。みんながいる。
だからなにがあっても、怖がることなんてない。
そう思うと、自然と咲茉の手が動いていた。
チャックを下ろして、咲茉がパーカーを脱いだ瞬間――
「…………」
遂に露わになった咲茉の水着姿に、悠也は声も出せないまま、固まっていた。
それは咲茉が乃亜達と候補として選んでいた水着の中から、悠也が選んだ水着だった。
ベージュのオフショルダーから出ている肌が、眩しくて仕方ない。本来なら嫌でも出てしまう彼女の大きな胸のボディラインも、袖から出ているフレアーによって上手く隠せている。
茶色のショートスカートから少しだけ見える太ももも、思わず悠也の視線が釘付けになりかけた。
「ゆーやに選んでもらった水着……どうかな?」
そう言って、タンキニと呼ばれる水着を着た咲茉が恥ずかしそうにくるりと回る姿を、悠也は呆然と見つめていた。
ふわりと広がったフレアーから、彼女の大きな胸が一瞬だけ姿を見せて、スカートの中から僅かに姿を見せた太ももの白い肌に、勝手に悠也の視線が向く。
そして一度だけ回った咲茉が正面に向くと、セパレートタイプの水着によって露わになったへそ周りの肌に、嫌でも視線が向いてしまう。
いつも家で見ている彼女の素肌でも、水着を着るだけでここまで印象が変わるとは思わなかった。
海という場所がそう見せているのか。それとも、彼女の水着があまりにも似合っているからか。
「…………」
あまりにも可愛過ぎる彼女の姿に、悠也は呼吸を忘れてしまうほどに、ただ見惚れていた。
「や、やっぱり……ゆーやに選んでもらったこの水着、私には似合わなかったかな?」
呆然とする悠也を前に、咲茉が不安そうに俯く。
しかしそれでも悠也が固まっていると、そっと乃亜が近づくなり、唐突に彼の腰を突いていた。
「悠也、黙ってないで言うことあるでしょ?」
珍しく真面目な声を出した乃亜に、悠也がハッと我に帰る。
そして俯く咲茉を見るなり、悠也が恥ずかしそうに口を開いた。
「ご、ごめん。似合ってないとかじゃなくて、なにも言えなくなるくらい今の咲茉が可愛くて……本当に見惚れてた」
恥ずかしさを誤魔化すように、悠也が首回りを摩る。
ほんのりと頬を赤らめる彼の反応が、決して嘘を言ってないと咲茉に伝わって。
彼が自分に見惚れていたと理解した途端、咲茉の頬が真っ赤に染まっていた。
「あ、あぅ……」
熱くなる頬を、彼に見せなくない。
そう思った咲茉が両手で顔を隠すが、悠也はそっと彼女に近づくなり、そのその両手を掴んでいた。
「み、見ないで……たぶん私の顔、すごいことになってるから」
隠そうとした咲茉の表情は、今も赤いままだった。
そして嬉しさを隠しきれないのが、頬が緩み切っている。
そのどうしようもなく可愛い顔に、堪らず悠也の頬も更に赤く染まっていた。
「いつも通り、むしろ今の咲茉はいつも以上に可愛いよ」
「……ほんと?」
「こういう時、俺が嘘なんて言ったことあるか?」
握る咲茉の左手、その薬指に嵌められた指輪の感触を感じながら、悠也が微笑んでみせる。
たまにふざけた冗談を言う時もあるが、こういう時の悠也は決して嘘を言わない。
それを分かっているからこそ、否応なく咲茉の頬が更にだらしなく緩んでしまった。
「えへへ……ゆーやに可愛いって言ってもらえた。すごく嬉しくて、なんか泣きたくなっちゃう」
「いつでも可愛いって言ってるだろ?」
「もう……分かっていってるでしょ? ゆーやのいじわる」
微笑む悠也に、咲茉が頬を膨らませる。
そして、そのまま2人が見つめ合っている時だった。
「ごほん! 2人とも、イチャイチャはそこまで〜! そのまま続けると雪菜っちがオーバーヒートしそう〜!」
わざとらしく咳をする乃亜の声に、悠也と咲茉が振り返ると、
「は、はぅ……!」
乃亜に介抱されている雪菜が顔を真っ赤に染めた倒れていた。
「あらあら、この子もピュアね」
「今時の思春期って感じね」
いつの間にか口論が終わった悠奈と紗智が、その姿を微笑ましく見つめている。
「おい凛子っ! マジでやめとけって!」
「うるせぇ邪魔すんな! 今すぐアイツを海に沈めて海藻にしてやるんだよっ!」
「人間は海藻にならねぇって!」
そして荒ぶる凛子を抑える啓介に、悠也と咲茉は苦笑しながら互いに顔を見合わせていた。
周りの騒ぎも気づかないほど、目の前の恋人に夢中になっていたらしい。
それに気づいた2人が、改めて恥ずかしそうに苦笑してしまった。
「咲茉。今日は思う存分、みんなと遊ぶぞ?」
「……うんっ!」
そんな悠也の優しい声に、咲茉は嬉しそうに頷いていた。
きっと、今日は楽しい1日になる。
そう思えるほど、今が楽しくてしかなかった。
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