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第33話 可愛い女の子達


 咲茉の水着選びも順調に進み、気づけばあっという間に数日が過ぎてしまった。


 咲茉の日々の鍛錬に始まり、宿題や遊びなど、思うままに自由な夏休みを過ごす悠也達が迎える、初めての週末。


 その待ち望んでいた土曜日は、天候にも恵まれ、なにひとつの問題もなく悠也達の計画が決行されることとなった。


 朝早くから集合し、大人達の運転する車に揺られて約1時間ほど。


 そこに待ち受ける景色をぼんやりと眺めながら、水着姿の悠也が辟易した声を漏らしていた。


「……あっつ」


 降り注ぐ太陽の日差しと、久々に見る青い海。そして耳に聞こえる波の音。


 ふと見上げれば雲もない青空に、思わず苦笑したくなる。


 つい先程刺したパラソルの影にでも隠れよう。それで暑さも少し和らぐ。座るビーチマットから伝わる砂の熱さも、そのうち冷めるだろう。


 持っているペットボトルの中身も、若干温くなった気がする。まだ冷たいが、早いうちに飲んでしまった方が良いかもしれない。


 それで体温が少しでも下がれば良いと思いながら、悠也が残っているペットボトルの中身を喉に流し込んでいる時だった。


「それな、マジで暑くね?」


 悠也と同じく暑さに負けたのか、水着姿の啓介がパラソルの影に隠れるなり彼の隣に座っていた。


「……」


 反応するのも面倒だと言いたげに、悠也が頷くだけで答える。


 思っていた以上に冷たい飲み物だけでも、暑さが和らぐ。冷たいうちに飲み干してしまいたいと、無言のまま悠也がペットボトルを傾ける。


 こういう暑い時に限って、決まって冷え切ったビールを飲みたくなった気がする。もう随分と酒を飲んでないが、少しだけ恋しくなった。


 あとでコーラでも飲もう。酒とは言わずとも、それで多少は気分を味わえるかもしれない。


「あちぃ……暑いってまじでぇ」


 隣で何度も暑いと呟く啓介の声に、無意識に悠也の眉が歪んでしまった。


 暑い場所に加えて暑いと聞くだけで、心なしか気温が上がっていくような気がしてしまう。


「暑いって言うな、暑くなる」

「だって暑いもんは暑いだろ?」


 だから言うなと言っている。それを察せない啓介に、思わず悠也は舌打ちを鳴らしたくなった。


「次暑いって言ったら飲み物買ってこい。奢りで」

「は? マジで言ってんの?」

「逆に俺が先に暑い言ったら奢ってやるよ」

「お? 俺と勝負するって? 良いじゃん、やってやるよ」


 こういう時の啓介は、煽れば乗ってくる。特に勝負事となれば、確実に乗る。


 昔から知る啓介の人柄を知っていれば、悠也も扱いやすかった。特に相手が子供なら、それも更に楽だった。


 それで暑いという単語を黙らせるのことができて、更に飲み物も奢らせることができる。そのうち黙っていれば啓介が暑いと言うと分かっているからこそ、一石二鳥だった。


「あつ……あっぶねぇ」


 もう今にも負けそうな啓介に、悠也が失笑してしまう。


 暑さを我慢しているのか、そわそわを落ち着きがない。


 そんな姿を悠也が横目で眺めていると、おもむろに啓介が目の前の海を指差していた。


「なぁ、悠也。先に俺達で海入っちゃわね?」


 この暑さも、海に入れば一瞬で消え去る。


 なにげなく悠也が海に視線を向ければ、先に海に来ていた人達が楽しそうに遊んでいる姿があった。


 確かに、羨ましくなる。きっとさぞかし気持ちが良いに違いない。


 その欲望に負けそうになるが、悠也は深い溜息を吐きながら、その気持ちを静かに抑え込んだ。


「まだ咲茉達が着替えてるのに入れるわけねぇだろうが」


 こうして待っている理由を悠也が告げるなり、啓介の顔が歪む。


 パラソルとビーチマットの準備。そして保冷バックなどの荷物番を兼ねて、悠也達は咲茉達の着替えを待っているのだ。


 まだ大人達も、車から荷物を運んでいる。ここで何も考えずに海に走り出すほど、悠也も馬鹿ではなかった。


「ちょっとくらい、ダメか?」

「荷物どうすんだよ……俺は行かねぇからお前だけで行ってこい」

「俺だけで行くとかつまんねぇだろ」


 啓介が不満そうな表情を浮かべるが、それでも悠也の意志が変わることはなかった。


 そもそも海に来たのも、咲茉の為である。そんな彼女を待たずして先に海に入ろうなど、考えてもいなかった。


 今日の海は、全て彼女と一緒に行動すると決めている。流石に着替えは別として、その決定事項を悠也が曲げるはずもなかった。


「なら咲茉達が来るまで我慢しろ」

「ちぇ……」


 不満を隠すこともなく、啓介が不貞腐れる。


 ここで1人で行こうとしないあたり、啓介も自分勝手ではなかったらしい。


 その程度の空気は読める奴だと再確認しながら、悠也がペットボトルに口を付けている時だった。


「悠也、ちゃんとパラソルは立てられたか?」


 聞こえた声に悠也が振り返ると、いつの間にか大荷物を持った父親の達也が車から戻ってきていた。


「パラソルくらい立てられるって」

「どれどれ……なんだ、大丈夫そうだな」


 荷物を置いて、刺さっているパラソルの具合を確認した水着姿の達也が面白くなさそうな表情を見せる。


 その反応に、思わず悠也の目が吊り上がった。


「それぐらいできるに決まってるだろ。子供でもあるまいし」

「親から見たら、いつだって子供は子供なんだよ。お前が大人だって言うなら親の小言くらい我慢してみろ」

「……はいはい、まったく」


 苦笑混じりに肩を竦める父親に、悠也は呆れたと溜息を吐きたくなった。


 その話は、数日前に聞いた。これも親の性質というやつなのだろう。それを察していれば、特に悠也も苛つくこともなかった。


「てか荷物、俺も手伝うけど?」


 荷物番に2人も要らない。啓介を一瞥した悠也がなにげなくそう言うが、達也は苦笑しながら首を小さく振っていた。


「もう全部持ってきた。残りは新一郎が持ってくる」


 そう言って、達也が振り向く。


 それに悠也がその先に視線を向けると、その姿を見るなり苦笑してしまいそうになった。


 両肩に荷物を下げた咲茉の父親が、辛そうな表情を浮かべながらこちらに向かってきていた。


「ふぅ……久々に身体動かすと運動不足を感じるよ」

「お前は運動しなさ過ぎだ。少しは運動でもした方がいいんじゃないか?」

「それは達也も同じだろ?」

「お前ほどじゃない」


 悠也達の元に来た水着姿の新一郎が荷物を下ろすなり、達也と小言を言い合う。


 その姿を見ながら、相変わらず仲の良い2人だと悠也は思いなくなった。


 今回、海に来るための保護者として悠也の両親がその役目を買った。


 他のメンバーの親達は予定が合わず不参加となっていたのだが、急遽咲茉の両親が参加する運びとなった。


 それも達也が声を掛けて、二言返事での承諾だったらしい。


 その詳細は悠也も聞いていなかったが、簡単に言うと娘と海に行けるのなら行くという話らしかった。


 行けるなら行く、実に咲茉想いの両親らしい反応である。加えて、先日の事件もあれば、15歳の娘について行きたいと思うのが親心というやつだろう。


 実のところ今回海に来る人数的に、車一台では厳しかったので悠也としてもありがたい申し出だった。


 大人が4人も居れば、不安になることもない。困ったことがあれば親を頼れば良いだけだ。こういう時こそ、悠也も子供の立場を存分に使おうと思った。


「悠也、啓介君。荷物番ありがとう。保冷バックに飲み物が入っているから好きな時に飲みなさい」


 ふと新一郎からそう言われて、悠也と啓介が頷く。


 その反応に新一郎が満足そうに頷くと、なにげなく達也に声を掛けていた。


「ところで紗智達はまだ着替えてるのかい?」

「さっき行ったから、そろそろ来るんじゃないか?」


 互いに首を傾げる父親達がそんな話をしている時だった。



「男子達〜! 可愛い女の子達が来たわよ〜!」



 遠くから聞き慣れた声に、悠也達が振り向くと――


 なぜか咲茉達を引き連れながら、母の悠奈が子供みたいな笑顔でこちらに手を振っていた。


「まったく……あの嫁は」


 恥ずかしげもなくはしゃぐ嫁の姿に、達也が頭を抱える。


 その姿に悠也達が苦笑していると、すぐに女子達が彼等の元に戻ってきた。


「ふふ〜! 若い男子達、変な気を起こすんじゃないわよ〜?」


 来るなり、悠奈が満面の笑みを浮かべる。


 そして次の瞬間、彼女の背後から4人が姿を現した。


「うわ……!」


 ふと隣の啓介が、小声で唖然と声を漏らす。


 そして悠也も、出てきた彼女達の水着姿に息を飲んでしまった。


 いや、彼女達と言うよりも……ひとりの女の子の姿に。


 なぜか1人だけ、パーカーとフードを被ったままの姿があった。


 それが誰かなど、他の3人を見れば一目瞭然だった。


「……咲茉?」


 思わず、悠也から呆気に取られた声が漏れる。


 その声に咲茉が深々とフードを被りながら、恥ずかしそうに答えていた。


「だ、だって……は、恥ずかしいから」

「こう言ってパーカー脱ぐの嫌がったんだよ、咲茉っち」

「……あぁ、そういうこと」


 そう呆れる乃亜に、悠也は納得したと頷くしかなかった。

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