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第32話 なんで英語?


 午前の鍛錬が無事終わってシャワーも済ませた後、咲茉達は再び戻ってきた別館内で輪を作って、乃亜のタブレット端末を見つめていた。


「……こ、こんなにたくさん」


 その画面を見るなり、咲茉が唖然とした声を漏らす。


 そしてなにげなく、彼女の指が画面を優しくなぞると――


「はぇぇ……」


 動く画面に映った内容に、また彼女は呆けた声を漏らしていた。


「……改めて見るとすごいな」


 その声に、強制的に水着選びに参加させられた悠也も素直に驚くしかなかった。


 水着と聞けば老若男女問わず、誰もが布面積の少ないデザインを想像するだろう。


 例外もあるが肌が露出したデザインが多く、必然的にセクシーなデザインがほとんどだと。


 しかし乃亜のタブレット端末に映る内容は、2人の予想を容易く打ち砕いた。


 その端末に映し出されていたのは、多彩な水着の画像だった。


「適当にショップのサイト開いてみたけど、この感じなら良いのありそうだね〜」


 そう言って嬉しそうに笑いながら、乃亜がタブレット端末を操作する。


 目まぐるしく画面が切り替わる度に、その数だけ様々な水着の画像が映し出された。


「やっぱり咲茉っちの場合だとビキニは厳しいからワンピースタイプかなぁ〜?」


 そう呟く乃亜が、タブレット端末を操作する。


 女性の場合、水着は大きく分けてビキニとワンピースの2つの種類がある。


 上下に分かれたセパレートタイプのビキニは肌の露出が多く、ワンピースは少ない。


 その程度の知識は、流石の咲茉でも知っていた。


「うん、その方が良いかも」

「だよね〜」


 肌の露出を控えるなら、咲茉が選ぶのはワンピース一択だった。


 ビキニは、当たり前だがセクシーなデザインが多い。やはり水着を選ぶならワンピースしかない。


 そう思う咲茉だったが、タブレット端末を眺めていくにつれて、その表情が僅かに強張った。


「でも、ワンピースでも着るの嫌なの多いかも」

「ワンピースって言ってもスカートの部分が透けてたり短いの多いからね〜」


 ワンピースが露出の少ない物が多いと言っても、多彩にあるデザインの多くは肌が露出している物が多かった。


 胸元が出ているデザインもある。短いスカートの所為で、太ももが全て露わになったデザインもある。


 比較的可愛いデザインでも、見せたくない部分が出てしまえば、その時点で咲茉の選択肢に入らなかった。


「パレオを付けるってのはどうです?」

「……パレオ?」


 雪菜の提案に、咲茉が首を傾げる。


「腰に巻く布ですよ。デザインは色々とありますが、付けるとロングスカートみたいになります」


 それは良い案かもしれない。


 そう思う咲茉が目を輝かせる。


「確かにそれもアリだけど、それで海に入ったら邪魔じゃない?」


 腰に布を巻いて海に入ると、どうなるか?


 間違いなく、邪魔になるとしか思えなかった。


「うっ、そう言われたら邪魔かも」

「縛っても取れたら意味ないし、それなら最初から隠せてるデザイン選んでた方が良いかもね〜」

「……確かに、私も海に入る時は外してた気がします」


 良い案だと思っていた雪菜が少しだけ肩を落とす。


 悲しむ反応を見せる彼女に、乃亜がわざとらしく肩を竦めた。


「結構アリなんだけどね〜、海で泳いだりしなけれは全然良いと思うけど……多分私達の場合、思いっきり海に入ると思う」

「……お前は一体海で何するつもりだよ」


 そう言って呆れた笑みを浮かべる凛子に、なぜか乃亜がキョトンとした表情を見せた。


「えっ? 折角なら雪菜っちに高くぶん投げてもらって海にダイブとかしたくない?」


 見た目に似合わず力持ちの雪菜ならば、自分達を空高く放り投げることも簡単だろう。


 普段では決してできない海への自由落下。落ちても海があるからこそ安心してできる、ちょっとしたスリルは楽しいに決まっていた。


「……くっ」


 その光景を想像した凛子が、思わず悔しそうな表情を作る。


「……それ、ちょっと私もやりたいかも」


 それと同じく咲茉も、想像したのか満更でもない表情を見せていた。


「3人とも、私をなんだと思ってるんですか?」

「えっ……雪菜っち。できないの?」

「多分できますけど、そういうことではなくて」


 できないとは言わないところが、実に雪菜らしいところだった。


 一体、細身の身体のどこにそんな力があるのだろうか?


 相変わらず得体の知れない怪力に、悠也も苦笑するしかなかった。


「まぁそんなことするんだし〜、動きにくいデザインは選べないから……結構絞れると思うんだよなぁ〜」


 むーっと唸りながら、乃亜がタブレット端末の操作を続ける。


「タンキニとかはどうだ? ちょっと借りるぞ?」


 その時、ふと凛子の指が乃亜の手を遮ってタブレット端末に触れていた。


「タンキニ?」

「タンクトップビキニってやつ」


 コトッと首を傾げた咲茉に、凛子がタブレット端末を操作しながら答える。


「確か前になんかで見た覚えが……あ、あった」


 そして凛子が操作を終えると、画面に一風変わったデザインの水着が映し出されていた。


「タンクトップっぽい感じのとショートパンツみたいなデザインだから咲茉も着やすいんじゃないか?」

「……あ、可愛い」


 凛子の見せてきた水着の画像を見ると、咲茉も思わずそう呟いていた。


 タンクトップのようなデザインの上とショートパンツに分かれたセパレートタイプの水着は、ビキニと違って咲茉が見ても比較的露出が少なく見える。


 しかし可愛いと思えるデザインでも、やはり咲茉が即決するわけにはいかなかった。


「これでも、やっぱり胸の線が出ちゃうよね……」


 ワンピースと並んでタンキニも良いと思える水着だったが、それらでも咲茉の懸念は消せなかったらしい。


 ポツリと呟いた彼女に、自然と乃亜の視線が“ある一点”を苦笑しながら見つめていた。


「その育ちに育ったおっぱいは見せられないよね〜」

「あぅ……」


 反射的に両手で胸を両腕で隠した咲茉が頬を赤くする。


 そして不貞腐れたような表情で、彼女は口を尖らせていた。


「だって、ゆーや以外の男の人に見せたくないし」


 素肌は勿論のこと、可能ならばボディラインすらも見せたくない。


 それが水着で困難だと分かっているからこそ、ある程度の妥協はするつもりではあるが、どうしてもその妥協が高くなってしまう。


「ずっと聞きたかったんだけど……咲茉っちのそれ、何カップなの?」

「確か、Dだった気がする」

「……でぃ? 今の歳でそれだと大人だった時はとんでもなかったんだろうな」

「大人だった時はFだった」


 その声で雪菜の表情が凍りついたのを、乃亜は見逃さなかった。


「へ、へぇ……えふ、かぁ。その時の食生活って、どんな感じだったの?」

「あんまり食べれてなかったから、結構痩せてたけど……それがどうしたの?」

「い、いや、なんでも」


 そう答える咲茉の話に、珍しく乃亜の表情が引き攣った。


 当時の食生活が乱れていたのなら、整った食生活になれば……一体どうなってしまうのか?


 想像しただけで、乃亜は末恐ろしくなった。


「……oh my god」

「なんで英語?」

「分からなくて良いよ。持たざる者の嘆きだから」

「……?」


 唐突に綺麗なネイティブ発音を漏らした乃亜に、言葉の意図が分からない咲茉が不思議そうに首を傾ける。


 そんな彼女に、自然と乃亜は深々と肩を落としていると――


「お前ら……男いる時にそんな話すんなよ?」


 凛子が引き攣った笑みを浮かべていた。


 ずっと黙っていた悠也が静かに何度も頷く。心なしか、彼の頬が赤くなっている気がした。


「え? 別に悠也なら聞かれても恥ずかしくないよ?」

「いや、彼氏でも男に聞かれたくないだろ?」

「……そう?」


 全く恥ずかしくないと、平然と答える咲茉の表情かそれを告げる。


 その反応に反射的に凛子が頭を抱えてしまうが、ムッと眉を吊り上げなり、悠也を睨んでいた。


「……お前の所為だからな!」

「ここで俺にヘイト向くのはおかしくないか⁉︎」

「うっせ! お前が悪い!」


 なぜか凛子と悠也の口論が始まる。


 その口喧嘩に咲茉が慌ててしまうが、それに乃亜は一切気にする様子もなくタブレット端末を操作していた。


「咲茉っち? これとかどう?」

「あ、これ結構良いかも……じゃなくて悠也と凛子ちゃん喧嘩してるんだけど」

「あんなの放っていいよ、そのうち止まるから。良いから水着選び続けよ?」

「えぇ……」


 全く気にも留めない乃亜に、咲茉が引き攣った笑みを浮かべる。


「マジで咲茉に手出したら骨折るだけじゃ済まさねぇからな!」

「なんで俺が怒られないといけないんだよっ! 良いから落ち着けって!」

「これが落ち着いてられるかぁ!」


 今にも掴み掛かる勢いで怒る凛子を、悠也が宥めている。


 悠也が喧嘩腰でなければ、あの喧嘩も少しすれば収まるに違いない。


 しかし、それでも咲茉は気になって仕方なかったのだが……


「2人が喧嘩してるうちに水着の候補決めて、折角だから悠也に選んでもらおうよ。咲茉っちも悠也が見たい水着、着たいでしょ?」

「……」


 いずれ収まる親友の喧嘩と、恋人。その2つを天秤に掛ければ、咲茉が選ぶ選択肢はひとつしかなかった。


「これとか、どう?」

「それは足が出過ぎじゃない?」


 咲茉が喧嘩する悠也と凛子から意識を切り離すと、乃亜とタブレット端末を眺めていた。



「きっと私も、大人になったら」



 その騒ぎのなか――自身の身体を見つめる雪菜が呟いた声は、誰にも聞こえていなかった。

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