第29話 いつまでも私達の子供
その日の夜、悠也は咲茉が風呂に入った隙を見計らって、両親に“とある相談”を持ち掛けていた。
「父さん、母さん。ちょっと相談があるんだけど」
リビングのソファでテレビを見ながらくつろいでいた両親に、悠也が恐る恐ると声を掛ける。
その声に両親が揃って振り返ると、2人は顔を見合わせるなり、心底意外だと言いたげに顔を見合わせていた。
「え、なにその反応」
ただ相談したいと言っただけで、そんな反応をされるとは思わなかった。
そう思った悠也が困惑のあまり顔を顰める。
しかしそんな息子を前にしても、両親の反応は変わらなかった。
「珍しいじゃないか、悠也から俺達に相談事なんて」
「本当ね〜」
冗談混じりに肩を竦める父の達也に、母の悠奈が頷く。
そんな2人の奇妙な反応が不可解過ぎて、意味が分からないと悠也の首が傾いた。
「……別に子供が親に相談事なんて珍しくもないだろ?」
一般的に考えて、悠也も自身の行動を珍しがられるとは思わなかった。
どこの家庭でも、当たり前にある光景である。
そう思う悠也が眉を寄せていると、おもむろに達也が苦笑を漏らした。
「普通なら、きっとそうかもな」
そう答える達也の表情は、どこか寂しさが入り混じった――奇妙な表情だった。
「まるで俺が普通じゃないみたいに言うなよ」
また不可解な反応を見せた達也に、その意図を掴めない悠也が反射的に口を開く。
自分の息子が変わっていると、そう語る父の口ぶりが納得できなくて。
「そりゃ高校生になってから急に大人びた息子から相談なんてされたら驚くに決まってるだろ?」
「……え?」
しかし父から返ってきた予想外の言葉に、咄嗟に悠也が出せたのは気の抜けた声だけだった。
そしてそのまま呆ける悠也に、達也は苦笑混じりに続けていた。
「お前も咲茉と恋人になってから……随分と早く大人になったんだなって思ってたんだ。少し前は俺達に甘えてばっかりだったのに」
「ほんとね、我が子の成長が嬉しいと思いたくなるけど……これだけ早いと親としては寂しいものよ? だってまだまだ私達も子離れができないんだから」
達也に続いて、悠奈が苦笑混じりに語る。
そして2人が互いの言葉に顔を見合わせると、揃って呆れた笑みを浮かべていた。
「達也さん。やっぱり今時の子って成長が早いのよ」
「これも時代の流れってやつかぁ……早過ぎるのも困ったもんだ」
「私達としては悠也がもー少しくらい子供で居てくれた方が嬉しいわよね? 達也さん?」
「そうだなぁ。でも、あの悠也にも守りたい人ができたんだ。どちらかと言うと、いつまても子離れできない俺達の方がダメかもしれないぞ?」
「……それでもよ。私達にとって、悠也はいつまでも私達の子供なんだから。子離れなんてできなくても良いと思わない?」
「こら悠奈。またそんなこと言って」
「だって達也さんもそう思ってるでしょ?」
「そりゃ、まぁ」
「ほら〜」
自身の子供を前に、恥じらいもなく達也と悠奈が見つめ合いながら語る。
子の成長が嬉しくも、やはり寂しいと。
「…………」
そんな2人の会話を、悠也は黙って見つめることしかできなかった。
確かに思い返せば、タイムリープして来たから今日まで、悠也が親に頼ることはほとんどなかった。
朝起こしてもらうこともなくなり、家事も手伝うことも増えた。また小遣いもせびることもなく月々の分でやりくりして、勉強も進んでして成績が良ければ、親からすれば文句の言いようがない。
そもそも悠也も中身が25歳の大人である以上、最低限のことはできる自信があった。
加えて、咲茉の為に変わろうと決意した悠也が子供であり続けるはずもなかった。
その結果、今の悠也が見た目は子供でも、必然的に大人びてしまった。
良かれと思って。咲茉の為でもあるが、今まで蔑ろにしてきた両親を困らせなくないという思いも、少なからずあって。
それが両親に寂しがられる理由になるとは思いもしなかった。
「……手間の掛からない子供の方が、親としては嬉しいもんじゃないのか?」
自然と悠也が思ったままを言葉にする。
どう考えても、手間の掛かる子供よりも掛からない方が良いのではないかと。
そう思っていた悠也に、達也と悠奈が困ったと言いたげに揃って肩を竦めていた。
「まぁ、それはそうなんだが」
「手間の掛かる子ほど可愛いって思うのも、困った親心なのよ」
苦笑しながら答える両親に、悠也が反応に困る。
まだ親になったこともない悠也にとって、その親心は今のところ理解できそうになかった。
いつか子供ができれば、分かる日が来るのだろうか?
「でも悠奈、手が掛かり過ぎるのも考えものじゃないか?」
「それもそうだけど、それでも良いかなって思わない?」
「……まぁ、そうだけど」
満更でもないと頷く達也に、悠奈が嬉しそうに微笑む。
それが子に向ける愛情であることは、まだ親心を知らない悠也でも察せた。
「なんでも言ってくれたら親ならできる限りのことするに決まってるじゃない? 前に咲茉が襲われた時も、悠也ったら私達に何も言ってくれなかったのよ? あの時のこと思い出しただけで今でも腹が立つのに、相談すらなかったのよ?」
「それはごめんって! 俺が悪かったから!」
脊髄反射で謝る悠也に、悠奈がむっと眉を寄せる。
しかし悠也が両手を合わせて謝ると、苛立ちも薄れたのか悠奈の表情が少しだけ穏やかになった。
「達也さん。悠也、謝ってるけど反省してないのよ。また咲茉が危なくなったら自分が助けるって聞かないんだから……こういうところ、本当にあなたそっくり」
しかし達也を見るなり、また悠奈の表情が苛立ちで歪んでいた。
「……え? 俺が悪いの?」
「だってあなたも悠也と同じでしょ? 私が困った時はいつだって駆けつけてくれる人なんだから」
「困ったな、まさかここで俺に矛先が向いてくるとは思わなかった」
「あなたが素敵な人だから、息子もそういう子になっちゃうの」
達也の脇腹を突きながら、悠奈が口を尖らせる。
褒められているのか、それとも貶されているのか。
その判断に困る達也が言葉を詰まらせている姿に、悠也も苦笑するしかなかった。
そして今だに不貞腐れた母に責められる父に、渋々と悠也が助け舟を出すことにした。
「きっと咲茉と恋人になったから、色々と俺も頑張り過ぎたんだよ。今度からは、もう少し子供らしく母さん達を頼るよ」
あらためて認めつつ、もう少し子供であろうと思う。
そう言えば、以前に乃亜からも似たようなことを言われた覚えがあった。
たとえ中身が大人であっても、子供らしく振る舞うべきだと。
彼女にタイムリープがバレた原因のひとつが、自身の振る舞いだった。
それを踏まえれば、やはり悠也も自分の行動が子供らしくないと自覚せざるを得なかった。
もっと親を大事にするなら、子供らしく振る舞うのも必要かもしれない。
可愛げのない子供というのも、ある意味では考えものだろうと。
「……そうしてくれると悠奈も喜ぶよ」
「私だけ? 達也さんは?」
「俺も嬉しいから……それで? 悠也の頼み事ってなんだ?」
不満そうな表情を見せる悠奈をなだめながら、達也が思い出したように口を開く。
これ以上に話が続くと、面倒なことになると思っているのだろう。
その強引な行動に、悠奈が不満そうに眉を寄せる。
そんな父親に、悠也は苦笑しながらスマホを取り出していた。
「……ちょっと咲茉が居ない間に確認したくて。俺達の夏休みの間に、父さんの空いてる休みある?」
「休み? 毎週あるけど、どうしたんだ?」
咲茉に隠れて。という部分に達也が怪訝に眉を寄せるが、悠也は持っているスマホを見せつけながら話を続けた。
「ここに行きたくて、友達も親に聞いてるんだけど……都合が良かったら父さんと母さんに保護者で来れないかなって」
「ん?」
悠也から見せられたスマホを達也が手に取って確認する。
そして隣で不満そうにしていた悠奈も覗き込むと、2人は意外そうに目を大きくした。
「ここに私達も? 悠也達だけで行かないの?」
「流石に保護者居ないと心配するだろ?」
即答する悠也に、悠奈と達也が渋々と頷く。
「咲茉が行きたいって言ってたんだ。でも高一の俺達だけだと心配事もあるだろうし、誰かの親が引率できるか確認してから決めようって話してて」
そんな2人に、悠也が苦笑しながら続けた。
「子供だけで海に行くなんて、普通に親なら心配するだろ?」
その判断ができる理解のある子供が、はたしているだろうか?
妙に察しの良い我が子に、達也と悠奈は呆れた笑みを見せ合っていた。
と思いつつも、この2人が出す答えはもう決まっていた。
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