第14話 頑張ったな
思わず訊いてしまったが、やはり肝心な部分だけは咲茉も明かそうとしなかった。
その秘密をどうしても知りたいと思う悠也だったが、今までのことを思い返せば何度訊いたところで無駄なことだと分かりきっている。
だが、それで納得できるほど悠也も簡単な人間ではない。知りたいのに答えないとなれば、当然だが腹も立つ。
苛立って強引に聞き出そうかと思いたくなるが、それだけは彼女にしてはいけないと悠也は自制していた。
男性恐怖症の咲茉に男の自分が強引な行動をすれば、どんな反応を示すか分からない。
もしその所為で咲茉が自分のことを恐ろしいと思ってしまえば、こうして彼女と触れ合うこともできなくなるかもしれない。
それだけは悠也も避けたかった。ようやく気持ちを通じ合わせた彼女と人生をやり直す約束をしたのに、それが無くなるのだけは嫌だった。
その一心で、悠也は湧き上がる苛立ちを抑え込んだ。
「……何度も訊いて悪かった」
「謝らないで。悪いのは私だから」
顔を顰める悠也に、咲茉は俯きながら悲しげに答えていた。
それは彼女自身も、自分に非があることを認めているような反応だった。
「咲茉だって謝らなくて良い。つい何度も訊いた俺が悪かっただけだし」
「それは――」
「お前が言えないのって、それなりの理由があるんだろ?」
「……うん」
「だから何度も言うけど、お前から言ってくれるまで待ってるから。その時が来たら言ってくれ」
悠也がそう言えば、申し訳なさそうに咲茉は目を伏せていた。
もうこれ以上この話を続けても、咲茉が話してくれるわけでもない。話してくれと催促して悲しい顔をさせるくらいなら、もうこの話をするべきではないだろう。
そう思うと、悠也は少し話を変えることにした。
「……ちょっと気になることあるんだけど」
「なに?」
「なんで俺だけ大丈夫なんだ?」
呆気に取られる咲茉に、ずっと気になっていたことを悠也は訊いていた。
なぜ男性恐怖症の咲茉が自分だけ大丈夫なのか?
その疑問に、咲茉はすぐに答えていた。
「私も最初は分からなかったけど……きっと、悠也のおかげなんだと思う」
「俺のおかげ?」
返ってきた咲茉の言葉に、思わず悠也が訊き返す。
「もういつだったか覚えてないんだけど、一人で部屋に閉じ籠ってた時ね。悠也のことを思い出したの」
そう話し始めた咲茉の表情は、不思議と嬉しそうだった。
突然彼女から自分の名前が出てきて、意味が分からないと悠也が首を傾げてしまう。
そんな彼を横目に、咲茉は小さな笑みを浮かべながら口を開いた。
「なにも考えたくなかった時期があったの。ずっと馬鹿みたいにぼーっとしてる時ね、悠也のこと思い出したんだ」
「……俺のこと?」
「うん。最初は黙って転校しちゃったから仲の良かった人達を思い出したんだなって思ったんだけど……悠也のこと思い出したら、泣きたくなるくらい後悔したの」
本当に泣いたんだけどね、と言って咲茉は続けた。
「勝手に転校しちゃったことも、転校するって一言でも言わなかったこと、全部後悔した。その時ね、やっと分かったんだよ。あぁ、私……ずっと悠也のこと好きだったんだなって。本当、今更自覚しても遅いだけだったのに」
恥ずかしそうに髪を弄りながら、咲茉が呆れた笑みを浮かべていた。
「あの時は泣いたなぁ、涙が枯れるくらい毎日泣いたよ」
「そんなの連絡すれば良かっただけだろ?」
会いたかったなら、連絡すれば良いだけだった。
そう思った悠也に、咲茉は左右に首を振っていた。
「スマホは解約して捨てちゃったんだ。もう、人と関わるのも嫌だったから」
「なら親に頼めば――」
「私のお母さんなら悠奈さんの連絡先も知ってたかもしれないけど、そこまでする勇気はあの時の私にはなかったよ。もう何年も会わなくなって、今更どんな顔して会えば良いのか分からなかったし」
そう言われれば、悠也も思うことはあった。
社会人になって働き過ぎた所為で全てが面倒になり、友人関係の連絡を何年も無視した。いつの間にか連絡も来なくなり、他人になってしまった。
会いたいと思っても、今更連絡なんてできなかった。その時の気持ちは悠也もハッキリと覚えている。
「それに会いたいと思った悠也に会って、もし怖いって思っちゃったら……それが一番怖かった。悠也のことも怖いって思うかもしれない自分が、ものすごく怖くなったの」
繋いでいた悠也の手を咲茉が強く握る。
そうなってしまった時のことを想像したのか、彼女の表情が強張った。
「だから会いたくても、会えなかったの」
彼女と繋いでいる手が、少しだけ悠也には震えているような気がした。
「だからね。もう後悔しないようにしようって思ったんだよ。いつかまたどこかで悠也と会える時が来ても、絶対怖がらずに会えるようにしようって」
そこまで聞けば、どうして彼女が閉じ籠った部屋から出ようとしたのか悠也も察せた。
「だから……外に出ようって?」
「うん。そのことお母さんに言ったら泣かれちゃったんだ。ずっと心配させてたのも分かってたから、何回も謝ったの」
その時の彼女の両親は、どんな気持ちだったのだろうか。
ずっと部屋に閉じ籠っていた娘が外に出たいと言った時の心境は、きっと悠也の想像もできないほど嬉しかったに違いない。
「それからのことはさっき話した通りだよ」
「それであの日、俺と偶然会ったのか?」
「うん。本当に嬉しかったなぁ……あんな場所で悠也と会えるなんて夢にも思わなかったから」
頬を緩めて微笑む咲茉の表情は、心の底から嬉しかったと告げていた。
「今更だけどよく俺だって分かったな。あんなに老けてたのに」
「なんとなくだよ。もしかしたら悠也かもって思っただけ。思わず名前読んだら反応してくれるなんて思わなかったもん」
それでも、あの老けた外見になった自分を咲茉が見分けられたのは今でも悠也は信じられなかった。
あの時の自分は悠也自身でも過去の自分と見分けがつかないほど変わってしまった。それを彼女が判別できたのだから、驚きを通り越して困惑すらしてしまうほどだった。
「だからきっと私が頑張ろうって思ったのが悠也だったから、私がずっと悠也のこと考えてたから……最初は怖いって思ったけど、悠也のこと大丈夫だったんだと思う」
そう話す咲茉の話を信じるなら、確かに悠也だけが彼女の持つ男性恐怖症の対象外になるのも理解できなくもなかった。
彼女が変わる決意をして、そして彼女の努力する原動力のようなものに悠也がなっていたのなら……ずっと心を支えていた存在を怖がるはずがない。
決して会える確証なんてどこにもなかったのに、それでも立ち直る努力を続けた彼女の頑張りは称賛するべきことだろう。
「……頑張ったんだな」
自然と、悠也の口から声が漏れた。
「本当に、頑張ったんだな」
「……そんなに褒めないでよ」
「褒めるに決まってるだろ。お前が立ち直るキッカケが俺だったことも嬉しかったし、お前にとって俺がそれだけ頑張れる存在だったって分かったのが死ぬほど嬉しい」
たとえ会わなかった期間が10年あっても、咲茉の中で自分の存在が大きかったことを知ってしまえば嫌でも彼女のことが更に愛おしくなってしまう。
「……ほめないでよ」
悠也が褒めると、なぜか咲茉は泣いていた。
鼻を啜って、空いた手で何度も涙を拭う。
その姿に、悠也は呆れた笑みを見せていた。
「なんでお前が泣くんだよ」
「だっで、ゆーやに褒められるなんで思わながったからぁ」
「何度でも褒めるよ。頑張ったな」
「……撫でないでよ、泣いちゃうからぁ」
嗚咽混じりに泣く咲茉の頭を、そっと悠也が撫でていた。
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