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第23話 夏と言えば


 好きな人と眺めるプラネタリウムは、思っていた以上に綺麗だった。


「……きれい」


 咲茉の口から、勝手に声が漏れてしまう。


 視界に広がる星空が、とても綺麗に見えて。


 それが天井に彩られた星の海でも、偽りの星空でも、気づけば自然と見惚れてしまう。


 綺麗なものを見ているだけで、こんなにもこの心が満たされるのはどうしてだろうか?


 綺麗なモノが好きだからか、それとも――やはり隣に彼がいるからだろうか?


 なに気なく隣を見れば、繋いだ手の先に好きな人がいる。


 星空を見上げる彼の横顔を見てしまうと、過ぎる時間の感覚すらあやふやになる。


 きっと、どちらも好きだから……見惚れてしまうのだろう。


 好きなものに包まれるこの時間が、たまらなく心地良くて。


 星空と好きな人の横顔を交互に楽しんでいると――ふとした時、彼と目が合うだけで勝手に頬が熱くなって、心臓が激しく高鳴ってしまう。


 だから彼と目が合えば、今度は星を見る。そして熱くなった頬が落ち着けば、また彼の横顔を眺める。


 楽しい。この時間が、とてつもなく楽しくてたまらない。


 この楽しい時間が、ずっと続けば良いのに。


 時間が止まれば、この時間がずっと続くというのに。


 しかし、どんなに願っても勝手に時間は進んでいく。


 彼と過ごす楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまった。





 プラネタリウムを見終えると、いつの間にか青かった空もオレンジ色になってしまった。


「あぁ……もう夕方かぁ」


 変わってしまった空を眺めながら、咲茉が名残惜しそうに呟く。


 楽しかった時間も、終わりが近づいているらしい。


 1日が24時間しかないことが恨めしく思えてくる。


「時間、あっという間だね」

「そう言ってもらえたなら連れて来た甲斐があったよ。乃亜には感謝しないとな」


 名残惜しそうにする咲茉に、悠也が嬉しそうに笑みを浮かべて答える。


 喜んでいる彼に咲茉が頷くと、今日のデートのキッカケを作ってくれた親友の顔を思い浮かべていた。


「うん。ちゃんとお礼言わないと」


 いつも楽しい時間を過ごせていたが、今日は特に楽しい1日だった。


 こんな日を作ってくれた悠也には感謝しかないが、乃亜にも心からの感謝を伝えるべきだろう。


 そんなことを思いながら、どんな言葉で感謝を伝えるべきかと咲茉が悩んでしまう。


 その横顔に、悠也がクスクスと笑みを浮かべていた。


「なんだ? もう今日が終わったと思ってるのか?」

「え……?」


 予想外の言葉に、咲茉が呆気に取られる。


 もう夕方になってしまったのだから、あとは帰るだけだ。


 まだ自分達は高校生なのだ。子供が夜遊びをすると親に怒られてしまう。


「あんまり遅いとお母さん達に怒られちゃうよ?」


 そう思った咲茉が指摘するが、悠也は微笑んでみせるとそっと彼女の手を引いていた。


「もう手は打ってある。俺達のデートはプラネタリウムで終わりだけど、最後に用意してる遊びがあるんだ」

「……どういうこと?」


 デートが終わりだと言っているのに、まだ遊びが終わってないと言う彼の言葉が意味不明過ぎて、思わず咲茉が眉を寄せてしまう。


「行けば分かるよ。だから何も訊かずについてきてくれ」

「……また教えてくれないの?」

「きっと、その方が咲茉が喜ぶと思うからな」

「むぅ、またゆーやがいじわるする」

「そんなに怒るなって」


 不満げに口を尖らす咲茉に、堪らず悠也が苦笑する。


 しかしそれでも、悠也がこれからの予定を話すことはなかった。


「次で最後だ。きっと咲茉も楽しんでくれると思うよ」

「……なら先に教えてよ」

「それは駄目」


 やはり言うつもりはないらしい。


「むぅ……!」


 頑なに口を割らない悠也に頬を膨らませながら、咲茉は手を引かれるままに足を動かしていた。





 悠也に促されるまま街から交通機関で移動すると、見慣れた住宅街に戻っていた。


 遊ぶと言っていたが、悠也はどこに行こうとしているのだろうか?


 そう思いながら手を引かれる悠也についていく咲茉が首を傾げる。


 夕方だった空も暗くなって、夜になってしまった。


 街灯の光が灯る住宅街の歩道を、歩き続ける。


 そしてしばらく歩くと、悠也達は近所の公園に辿り着いていた。


「公園って……ここで何するの?」


 公園に着くなり、不思議そうに咲茉が首を傾げる。


 そんな彼女に、悠也はとある方向を指差しながら微笑んでいた。


「ほら、あそこ」

「……あそこ?」


 彼の指差す方向に、咲茉が視線を向ける。


 少し暗くて、よく見えない。


 そう思う咲茉が目を凝らすと、公園の中に人影が見えた。


 どうやら自分達意外にも、誰かいるらしい。


 3人。小柄な子と、シルエットからして女の子が2人見える。


 その人影を咲茉か見つめていると、見つめる人影達が彼女達の存在に気づいた。


 その場で大きく手を振るなり、その人影達が咲茉達の方へと駆け寄っていた。


「おい! おせーぞ悠也っ!」

「全然予定通りだから問題ないよ〜」

「2人とも、待ってましたよ」

「えっ……なんでここにみんながいるの?」


 近づいて来た人影が親友達と分かると、状況が理解できない咲茉は素直に驚くしかなかった。


 なぜ夜の公園に、彼女達がいるのだろうか?


 そんな疑問を咲茉が思っていると、おもむろに乃亜が持っていたビニール袋を彼女に見せつけていた。


「じゃーん! 夏の夜と言えば、これでしょ〜?」

「これ……?」

「良いから中身見てよ〜、久々にやるの結構ワクワクしてるんだから〜」


 強引に乃亜から押し付けられたビニール袋を受け取った咲茉が、困惑しながら中身を見る。


 そして中身を見ると、咲茉は目を大きくしていた。


 その中身は、袋にたくさん詰め込まれた花火だった。


「花火……?」

「まだ花火大会は先ですから、これで少しでも気分を楽しめたらと思って。悠也さんに頼まれてたんです。みんなで咲茉ちゃんと花火をしようって」

「……えっ?」


 雪菜にそう言われて、咄嗟に咲茉が悠也に振り向く。


「前に花火、みんなと見に行きたいって言ってただろ。花火大会まで待つのも良かったけど、咲茉も花火するの久々だと思ってな。ちょっと迫力に欠けるが、これで気分くらいは味わえるだろ?」

「キザったらしい男だね〜。どうせ咲茉っちに何も言わずに連れて来たんでしょ?」

「……うるせ、別に良いだろ」


 乃亜に揶揄われて、悠也が不満げに鼻を鳴らす。


 そんな2人の会話を聞きながら、咲茉は呆然と手に持つ花火を見つめていた。


 確かに、そんな願望を言った。花火を見に行きたいと。


 まさかこんなにもすぐ叶うとは、思ってもいなかった。


「……みんなと、一緒に花火」

「咲茉? 私達と花火するの嫌だったか?」


 おもむろに凛子に訊かれて、反射的に咲茉が首を激しく振ってしまう。


 その反応に、凛子は嬉しそうに微笑みながら持っているバケツを掲げていた。


「なら一緒にやろうぜ。私も咲茉と花火するの楽しみにしてたし、こうして待ってた甲斐があったもんだ」


 今から楽しみだと凛子が笑う。


 その笑顔に、咲茉も自然と笑みを浮かべながら口を開いた。


「こんなにたくさん……遊び切れるかな?」

「5人もいるんだし、余るくらい私が買っておいたからご安心〜」

「あっ、そうだお金」


 ハッと気づいた咲茉が、慌てて財布を取り出そうとする。


 しかし乃亜は待ったと手を突き出すと、首を左右に動かしていた。


「悪いけど、ここは私が出すのだよ。先に言っておくけど、咲茉っちからはビタ一文受け取る気はないから」

「えっ、でも――」

「これは私が咲茉っちの楽しんでる姿が見たいから払ったの。つまり言ってしまえば、これも私の欲求を満たす投資というやつなのだよ。だから咲茉っちが払う必要はありませーん」

「ダメだよ、私もちゃんと払わないと」


 金は受け取らないと拒否する乃亜に、咲茉か頑なに払うとごねる。


 この会話が落ち着くのも、少し時間が掛かるだろう。


 言い合う2人を悠也が眺めていると、突然、凛子の足先か彼の脛を小突いていた。


「いっ……⁉︎ てめっ、急になにして!」

「先に言っとく。また次に咲茉を1人にしたら……今度は骨一本で済ませねぇから」

「……はっ?」


 ボソッと聞こえた凛子の声に、悠也が困惑してしまう。


 それが何を差しているか、悠也もすぐに分かった。


「お前……どうしてそれを」

「言うわけねぇだろうが、馬鹿悠也」


 また凛子に脛を小突かれて、跪いた悠也が苦悶する。


「まさかお前達、俺達について――」

「悠也さーん。その先を咲茉ちゃんの前で言うのはダメっ、ですよ〜?」


 そして雪菜に頭を掴まれて、悠也が固まってしまう。


 一瞬で分かった。頭を掴まれている雪菜の手に、少しずつ力が込められていくのが。


「私も、あの時だけは悠也さんの頬がトマトになるくらい叩こうと思いました。気づいた私達が駆け寄る前にあなたが駆けつけたから許してますけど……反省、ちゃんとしてますかぁ?」

「は、はい。してます」

「なら良かったです――次はありませんよ」


 一瞬だけ冷たくなった雪菜の声が、冗談ではないと物語っていた。


「あの時、なにをしてたか。教えてもらえますか?」


 笑顔の雪菜だったが、全く目が笑っていなかった。


 答えなければ、一体どうなることか。


 その不安を抱けば、悠也も拒否することもできなかった。


 手招きして、悠也が雪菜の耳に耳打ちする。いつの間にか凛子も、耳を近づけていた。


 そして彼から話を聞くと、その途端2人はぽっと頬を赤くしていた。


「まぁ! なんて素敵な……!」

「こいつ、ふざけたことしやがって……!」


 赤面する2人から小突かれながら、悠也は苦笑するしかなかった。


 今も乃亜と口論してる咲茉を見つめながら、静かに悠也はポケットに入っている物の感触を確かめていた。

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