第22話 ドキドキするね
色々な店を見て歩くだけでも、好きな人と一緒なら楽しかった。
大好きな彼が傍に居るだけで、少しだけ暗かった気分もいつの間にかどこかへ行ってしまったらしい。
立ち寄った店で商品を眺めながら他愛のない話をしているだけでも、楽しい。
少し小腹が空けば、見かけた飲食店のテイクアウトで食べ歩くのも楽しくてしかたない。体重が増えるかもなんて心配より、彼と同じ物を食べている幸せを思う存分味わいたい。
繋いでいる手から感じる温かい彼の体温が、とても心地良くて。
触れる肌の感触が、たまらなく愛おしくて。
次々と変わっていく彼の表情を見ていると、たまに時間を忘れそうになる。
耳に伝わる聞き心地の良い声も、ずっと聞いていられる。
あぁ、やっぱり……彼のことが好きで堪らないんだなぁ、と咲茉はしみじみと思うしかなかった。
少し嫌なことがあったけども、今日はいつも以上に彼と一緒に過ごすデートを堪能している気がする。
どうせなら、今日が終わらないと良いのに。彼と一緒に居ると進んでいく時間が惜しくなる。もっと時間が欲しくなる。
そんな想いを抱きながら、咲茉が悠也についていくと――気づけば目的の場所に到着したらしい。
「着いたぞ。この場所だ」
微笑む悠也にそう言われて、無意識に咲茉は目の前の建物を見上げていた。
「これ……?」
見上げた建物を眺めながら、ぽつりと咲茉が呟く。
一見して、なにも変哲もない建物だった。強いて言えば、建物の上部に奇妙なほど大きな球体があることだろうか?
昔の記憶を思い返しても、こんな場所に来た覚えなど咲茉にはなかった。
「来たことないのか?」
「うーん……多分ないと思う」
少しだけ驚く悠也だったが、咲茉の返事を聞くとどこか納得した表情を見せる。
「それもそうか、俺も調べるまであることも気づかなかったくらいだし……興味ないと知らないのも当然か」
「それで? ここってなにする場所なの?」
苦笑する悠也に、小首を傾げた咲茉が思った疑問を口にする。
そんな何気ない彼女の問いに、なぜか悠也が意地の悪い笑みを浮かべていた。
「今は内緒だ。どうせ入ればすぐ分かるし、折角なら入ってから分かった方が咲茉も楽しいと思うぞ?」
「えぇ……すぐ分かるなら教えてよ」
「まだ教えない。行けば分かるから」
「むぅ、ゆーやのいじわる」
「そうむくれるなって、ほら早く行くぞ」
不貞腐れながらも、悠也に手を引かれれば促されるままに咲茉もついていく。
そして怪訝に顔を顰めた彼女が建物に入ると、すぐ気づいた。
「……プラネタリウム?」
入口に“プラネタリウム”と書かれている看板を見れば、一目で分かってしまう。
まさか、こんな場所に来るとは思ってもいなかった。
「一度で良いから、一緒に来たいなって思ってたんだ。ちょっと前だけど一緒に見てたテレビで流星群のニュースが流れた時、咲茉が見てみたいなーって言ってから……来ても良いかなって」
そう言って、気恥ずかしそうに悠也が頭を掻く。
「私、そんなこと言ってた?」
そんな彼に、思わず咲茉はそう訊き返していた。
あまりにも何気ない会話過ぎて、あまり覚えていない。
好きだったアニメや映画ならまだしも、何気なく見ていたニュースなど咲茉もハッキリと覚えていなかった。
「言ってたよ」
「……そう?」
彼がそう言うなら、間違いなく言ったのだろう。
相変わらず、いつでも見てくれている。
自分でも覚えていないことを覚えている彼に嬉しさを感じてしまうが、それでも妙な恥ずかしさも感じてしまう。
「だから機会があったら行こうって思ってたんだ。星なんて興味がないと見てもつまんないし、咲茉が興味あるなら良いかと思って」
「……悠也って星とかに興味あったの?」
意外な一面に驚く咲茉だったが、悠也は苦笑を漏らすと首を振っていた。
「いや、そこまで興味あるかって言われたら……そんなにだな」
「え……興味ないのに、星を見に来たの?」
まるで星に興味のある口ぶりだったはずなのに、真逆の答えに咲茉が首を傾げる。
そんな彼女に、悠也は恥ずかしそうに答えていた。
「だって好きな女の子と一緒に星に見るとか……一度はやってみたいじゃん」
目を逸らした彼の頬が、ほんのりと紅く染まっている。
その珍しい横顔に、ついキョトンと咲茉は呆けてしまった。
「私と、一緒に見たかったの?」
「……滅茶苦茶見たかった。そういうロマンチックなの、咲茉としてみたくて」
恥ずかしいくせに、馬鹿正直に答えないでほしい。
そんな可愛いことを言われたら、勝手に頬が熱くなる。
「……はぅ」
自分と星を見たかった。好きな彼からそんなことを言われて、嬉しくないわけがない。
「もしかして……嫌だったか?」
「見たいっ! 私もゆーやと一緒に星、すっごく見たい!」
不安そうに見つめてくる悠也に、咄嗟に咲茉が激しく首を振ってしまう。
その反応に、悠也は安心したと胸を撫で下ろしていた。
「良かった。もし嫌だったらどうしようかと思った」
「ゆーやって、意外と結構ロマンチストだよね」
恥ずかしさを誤魔化すように、咲茉が揶揄ってみせる。
それが冗談だと分かっていても、言われると恥ずかしいものがある。
咲茉の言葉に悠也が頬を赤くすると、不貞腐れたように口を尖らせていた。
「……やっぱ、やめようかな」
「えっ!? やだやだっ!? 冗談だよっ⁉」
思いもしない言葉に、慌てて咲茉が叫ぶと悠也がクスクスと笑う。
それがまた冗談だと分かって、今度は咲茉が頬を膨らませた。
「……ゆーやのいじわる」
「流石に今だけは咲茉に言われたくないな」
「もうっ……!」
そう言って悠也が笑えば、自然と咲茉も笑ってしまう。
そうして2人が笑い合うと、ゆっくりと店内に足を進めていた。
◆
受付と支払いを済ませて会場に入ると、2人は並んで席に腰を下ろした。
「はじめて入ったけど、ドキドキするね」
「……めっちゃ緊張する」
手を繋ぎながら、倒れている座席で天井を見上げる2人が小声で話す。
もうすぐ開演の時間になる。
他もいる家族やカップル達が、これから始まる開演を楽しみにしているように見える。
耳を澄ませば、彼等の話し声が聞こえる気がした。
「暗い場所って苦手だったけど……こういう雰囲気、私好きかも」
暗い場所は、なにかと嫌な記憶が蘇りそうになる。
しかし不思議と、この場所は嫌な気持ちにならなかった。
薄暗い空間で、なに気なく咲茉が隣を見ると悠也と目が合った。
「もしここが楽しかったら……今度は本当の星、見に行ってみるか?」
きっとそれは、とても楽しくて、幸せな時間かもしれない。
そう思うと、咲茉はゆっくりと頷いていた。
「うん。行きたい。ゆーやが一緒なら、夜も怖くないもん」
「8月に流星群もあるみたいだし、行けたら考えてみるか」
真夜中に、好きな人と一緒に流星群を見る。どう考えても、それはロマンチックな光景だった。
その光景を想像するだけで、幸せな気分になる。
「……やった」
「楽しかったら、だけどな」
微笑む咲茉に、悠也が苦笑交じりに答える。
「大丈夫だよ。私、綺麗なもの見るの好きだもん」
そんな彼に、彼女は笑顔のまま答えていた。
「それに大好きなゆーやが傍に居てくれるなら、楽しくないわけないよ」
「……そんなに可愛いこと言うなよ」
堪らず、悠也が咲茉と繋いでいる手に少し力を込める。
痛くもない強さで彼に手を握られると、反射的に咲茉も手に力を込めてしまう。
「……ゆーやだって、可愛いところいっぱいあるよ」
「俺が可愛いって? 冗談だろ? 咲茉の方が可愛いところ山のようにあるに決まってるだろ?」
「ゆーやの方がある」
「咲茉の方があるって」
「じゃあ後でどっちが多く言えるか勝負しようよ」
「俺に咲茉の可愛さを言わせるなんて……勝てると思ってるのか?」
「大丈夫、私が勝つから」
我ながらしょうもない会話をしながら、2人が見つめ合う。
そんな話をしていると、突然薄暗かった会場内が更に暗くなった。
どうやら、公演の時間が来たらしい。
「あっ、はじまる」
咲茉がそう呟いて、悠也と互いに頷くと、2人は手を繋いだまま天井を見上げていた。
ゆっくりと黒い天井に小さな光が次々と灯る。
そして生まれる星の海に、2人は目を奪われながら、繋いでいる手に少しだけ力を込めていた。
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