第21話 褒めてほしいの
「ここまで来れば大丈夫か」
咲茉を連れて百貨店を出ると、一安心と悠也が胸を撫で下ろした。
周りを見渡しても、先程の男達が報復に来る様子もない。
とりあえずは問題ないと判断すると、悠也は手を繋いでいる咲茉に声を掛けていた。
「咲茉、大丈夫か?」
「だ、大丈夫……ちょっと疲れただけ」
そう答えて、ゆっくりと深呼吸をしながら咲茉が呼吸を整える。
店を出るまで早歩きして来た所為で、少しだけ息が荒くなったのだろう。
彼女の呼吸が落ち着くと、その場でホッと胸を撫で下ろしていた。
「本当に大丈夫か? さっきの奴等に変なこと言われたりしてないか? どこか触られたり、嫌なこと言われたりしてないか?」
咲茉の身体に異変がないか、今更ながらに悠也が咲茉の衣服を確認する。
特に衣服が乱れている様子もなく、肌に乱暴なこともされた跡もない。
「そこまで心配しなくても大丈夫だよ。何もされてないから」
まるで過保護な父親のような心配を見せる悠也に、つい咲茉が苦笑してしまう。
「本当か? それなら良いんだけど」
そうは言っても、咲茉を心配する悠也の表情は不安そうに歪んでいた。
「本当に大丈夫だよ。あの人達に声掛けられても嫌だってちゃんと言えたし、大声でゆーやのことも呼べたもん」
そんな彼に苦笑しながら、咲茉は誇らしそうに胸を張っていた。
「前に乃亜ちゃんから貰った防犯ブザーだっていつでも使えるようして、いざって時のスタンガンも持ってたから……もしあの人達が私に何かしようとしたらビリビリさせて逃げるつもりだったしっ!」
ちゃんと対策はできていたと、咲茉が語る。
そこまでハッキリと彼女が言うのなら、本当にできたのだろう。
あの男達と咲茉がどんな話をしていたか一切知らない悠也でも、彼女が嘘を言っているとは思えなかった。
しかし、ふと悠也は気づいた。
誇らしそうに語る咲茉の態度とは裏腹に、今も繋いでいる彼女の手が……ほんの少しだけ震えていることに。
「咲茉……お前」
「男の人が苦手な私だって、もう昔と違うの。悠也やみんなに守られるだけの女になるつもり、ないもん」
そう答える咲茉の表情は、一目で分かるほど力強く見えた。
「ゆーやとみんなのおかげで。こんな私でも、まだ変われるって気づけたから。だから勇気さえ出せたら、私だってあれくらい……できたもん」
先程の行動が自分でも誇らしいと、咲茉が告げる。
しかしその言葉の最後は、少しだけ彼女の声が震えていた。
その勇気がどれだけのものか察せないほど、悠也も鈍くない。
「俺が悪かった……本当にごめん」
本来ならする必要もなかった勇気を咲茉に出させたことを、悠也は後悔することしかできなかった。
「もう謝らないで。それはさっき言ってもらえたから、もう良いの」
「でも、あれは俺が――」
あの場で責める人間は誰かと問われたら、悠也も自分しかいないと思うしかなかった。
ひとりにしてはいけない咲茉を、どんな理由があってもひとりにしたのだから。
そう思って何度も謝ろうとする悠也に、おもむろに咲茉が小さく首を振っていた。
「……無くしたスマホ、ちゃんとあったの?」
「えっ?」
突然の言葉に、悠也が反応に困ってしまう。
固まる彼に、咲茉はもう一度同じ質問を繰り返した。
「さっきのアクセサリーショップに、無くしたスマホあったの?」
「あ、あぁ……レジにあった。店員が回収してくれて」
再度問われて、たどたどしく悠也が答える。
その返事に咲茉が胸を撫で下ろすと、ふと悠也に向けて疑いの目を向けていた。
「私に黙って、隠れて何か買ったりしてない?」
「…………別に何も買ってないけど」
今の間は、一体どういう意味だろうか?
「ほんと?」
「買うって、さっきの店で俺が隠れて買うものってあるか?」
「……むぅ」
逆に訊き返されると、咲茉も返事に困った。
もし更に追及しようとすれば、彼が隠れて買った物が何かを言い当てる必要がある。
仮に悠也が本当にスマホを無くしただけで、ペアリングのことを気づいていなかったなら話す必要がない。
幸せな話になるはずのペアリングのことを、こんな形で話すことは咲茉も躊躇ってしまった。
「……なら良いけど、スマホ見つかって良かったね」
どちらにしても、もうこれ以上の追及ができないと判断した咲茉が渋々と頷く。
そんな彼女に、悠也は呆けながらも口を開いた。
「いや、そうじゃなくてさっきの話」
急に話を変えられて、困惑した悠也が話を戻そうとする。
まだ彼女をひとりにした謝罪が終わっていない。
そう思う悠也の声に、咲茉はゆっくりを首を左右に振っていた。
「だから、その話は終わり。もう悠也は謝ってくれたから良いよ」
「でも――」
やはり思えば、それだけで納得できなかった。
どうせなら責めて欲しかった。
怒って殴られた方が良かった。
そんな風に感情を曝け出してくれた方が、悠也も自分を責めることができた。
彼女から責められることが、自分を戒めることができるから。
「もう同じこと、しないんでしょ?」
「しない」
「なら、それだけで十分だよ」
即答する悠也に、咲茉が笑って見せる。
「……咲茉」
その笑顔に申し訳なさを感じた悠也が、堪らず目を伏せてしまう。
その横顔に咲茉が呆れた笑みを浮かべると、ぽつりと呟いた。
「謝るくらいなら、褒めてほしいな」
「えっ……?」
唐突に告げられた咲茉の言葉に、悠也は反応に困った。
はたして、今の話で何を褒めるのかと。
「悠也が謝るよりもね。私が頑張れたこと、褒めてくれた方が嬉しいの」
そう思いながら呆ける悠也に、咲茉は苦笑混じりに続けた。
「だってね、私……頑張ったの。怖かったけど、嫌だって勇気出して言えたんだよ。自分でもビックリするくらいの大声で悠也を呼べたのも、ちゃんと勇気を出せたおかげだから……だからね、たくさん頑張れた私のこと、ゆーやに褒めてぼじいの」
笑顔で語る咲茉だったが、その最後の声は震えていた。
言われるまで、どうして気づけなかったのか。
彼女に言われて、ハッと気づいた悠也は咄嗟に自分の頬を殴りたくなった。
ひとりにしてしまった悠也の謝罪よりも、彼等に抵抗できたことを褒めてほしい。
その言葉が出てきた時点で、彼女の振り絞った勇気は悠也の想像を遥かに超えるものだと察せた。
悠也も、想像でしか判断できない。しかし彼女の経験を踏まえれば、言い寄ってくる男に対抗する勇気は並大抵ではないことは分かりきっていた。
それを、ただ褒めてほしいなんて言われてしまえば――悠也がするべき行動は決まっていた。
「……咲茉」
空いている悠也の手が、咲茉の頭に添えられる。
そして彼女の頭を自分の胸に添えると、悠也は優しく撫でながら口を開いた。
「ひとりで頑張った咲茉は、本当にすごいよ」
「……うん」
「ちゃんと嫌だって言えて、俺のことも大声で呼べたんだ。俺が咲茉だったら、できるか分かんないよ。勇気出すの、怖かっただろ?」
「……ごわっだ」
震えた声を漏らしながら、咲茉が悠也の胸に頭をぐりぐりと押し付ける。
「うん。頑張って偉い。こんなに勇気のある女の子が俺の好きな子だと、俺も見習わないとダメだな」
「……私、ゆーやが自慢できる女の子に少しだけなれた?」
「いつでも、お前は俺の自慢の女だよ。今よりもっと咲茉のこと、ずっとずーっと好きなりそうで怖くなる」
「……じゃあ怖くなるくらい、好きになって」
「頑張った咲茉が許してくれるなら、お言葉に甘えて」
そう言って、悠也は咲茉が満足するまで彼女の頭を優しく撫で続けた。
ぐりぐりと頭を胸に押し付ける咲茉が落ち着くまで、何度も、何度も。
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