第19話 行くわけないでしょ!
彼等が自分に話し掛けているとは夢にも思わず、その場から知らぬ顔で咲茉が立ち去ろうとしたのだが――彼等に阻まれた。
「ちょっと~、流石に無視はひどくない?」
「少しくらい俺達に構ってくれても良いーじゃん?」
通さないと立ち塞がる彼等からそう言われて、はじめて咲茉は彼等が自分に話し掛けていることに気づいた。
まさか悠也と離れてから数分も経たずして、男から声を掛けられるとは思わなかった。
「……私に、なにか?」
絶対に彼等が知り合いではないと確認して、無意識に咲茉が淡々とした声が吐き出す。
本来なら知らない男と話すだけでも気分が悪くなりそうになるが、拒絶の意思を見せなければ彼等の思う壺である。
無視し続けても、妙な解釈をされて勝手に話を進められる。拒絶することだけなら、今の咲茉でも問題なくできた。
今もまだ男が苦手なのは変わらないが、いつまでも男に怯える女でいる気もない。
悠也の隣に胸を張っていられる女であるべく、咲茉は精一杯の警戒心を剥き出しにしていた。
「そんなに警戒しないでよ〜。ただ俺達は心配して声掛けただけだって」
「そうそう。最近物騒な事件もあったし、昼間でも女の子が1人でいるなんて危ないじゃん?」
怪訝に眉を寄せる咲茉に彼等が気さくに答えて、自分達は無害だと言いたげに揃って人懐っこい笑顔を浮かべて見せる。
「……」
その笑顔に妙な気色悪さを感じて、反射的に咲茉の足が一歩後ずさった。
同年代、と言えなくもないが……間違いなく歳上だろう。
一目で身なりを気にしていると分かる小綺麗な外見と、離れていても強く感じる香水の匂い。
そして明るい茶色に染まった髪と軽いパーマの掛かったグレーの髪を見てしまえば、とても彼等が高校生とは思えなかった。
大学生くらいだろうか。社会人でこの外見が許される職業なら別だが、若く見える顔立ちといかにも遊んでいそうな外見からして、せいぜい大学生が良いところだろう。
そんな見た目から分かる情報も、咲茉からすれば心底どうでも良いことだった。
仮に彼等が何者でもあろうと、彼女の苦手な男である時点で対応する気も起きなかった。
「私、ひとりじゃないので」
「えー、折角の出会いだし少しは俺達に構ってよー」
「もしかして友達とはぐれた感じ? 良かったら一緒に探すよ?」
自分でも分かるほど抑揚のない声で咲茉が答えても、彼等の態度は変わらなかった。
「良かったら名前教えてよ〜? もしかして君、大学生?」
「だったら俺達と同じで親近感湧いちゃうんだけど〜。結構大人っぽい感じの可愛い服着てるし、君とは仲良くなれたら嬉しいんだけどなぁ」
この見知らぬ異性に対する強引さと拒否されても引かない諦めの悪さ。
そして笑顔の彼等が向ける視線に、咲茉が気づかないはずがなかった。
顔から足に掛けて、全身を舐め回すように見つめてくる彼等の視線が死ぬほど気持ち悪い。
以前にも今と似たような経験をしている咲茉にとって、もう彼等の存在は敵にしか見えなかった。
「だから勝手に行かないでよー」
相手にする必要がないと咲茉が横切ろうとしたが、彼等に行く先を遮られてしまう。
「やっぱりはぐれたんでしょ? ちゃんとスマホで連絡した? 連絡取れないなら友達探すの手伝うよ? それで見つかったら俺達と一緒に遊んでよ?」
「俺、安いカラオケとか知ってるんだ。やっぱ人数多い方が遊ぶの楽しいでしょ?」
答える暇すら与えずに捲し立てる彼等に、自然と咲茉の表情が強張った。
やはり、この手の男には話が通じないらしい。
「はぐれてないので、大丈夫です」
「女の子の言う大丈夫は、大丈夫じゃないんだって」
「君もひとりだと不安になるよね。俺達が傍に居てあげるから安心しなよ」
「っ……!」
そう言って近づいてきた彼等に、咲茉の身体が勝手に動いた。
彼等から一定の距離を保つために、足が勝手に後ろに後ずさる。
2歩程度。距離にして1メートル弱。これ以上近づいてほしくない範囲を維持しながら、咲茉は真顔のまま口を開いた。
「友達じゃなくて彼氏なので。すぐそこにいるの知ってるから行くんです」
そっとアクセサリーショップを指差しして、淡々と咲茉が告げる。
ここまでハッキリと言えば、彼等も諦めるだろう。
そう思っていたのだが――
「ほら、お前が余計なこと言うからこの子咄嗟に彼氏いるとか嘘ついたじゃん」
「悪かったって。こんな可愛い子を放っておく彼氏とかいるわけないもんな。俺なら放置とかしねぇし」
「だから彼氏のところに行くって言ってるんです! 私の邪魔しないで!」
好き勝手に話を進める男達に、遂に我慢できなくなった咲茉が少しだけ声を荒げる。
「怖がらなくても大丈夫だって。別に変なことしないし」
「なんて言ったって俺達ピュアだし、女の子は大事にするタイプってやつ」
一体どの口が言っているのかと、咲茉は呆れてしまった。
今も彼等の視線が、何度も下を向く。咲茉の顔ではなく、身体を見ているのがハッキリと分かるほどに。
今まで知る人間で、最もおぞましい男と同じ目をしている。
そんな人間が純真だと言える神経が、咲茉には全く理解できなかった。
「嘘つかなくても良いから、俺達と行こうって」
「その方が良いかもな。友達にも連絡して後で合流すれば良いし」
また彼等が勝手に話を進めて、強引に近づいてくる。
離れても、近づいてくる。
逃げても、彼等から逃げるのは不可能だ。
「このっ……!」
そう思うと、静かに咲茉は覚悟を決めた。
ここまで強引なことをされてしまえば、自分も相応の態度を見せるだけだと。
咄嗟に手提げの鞄から防犯ブザーとリップスティック型のスタンガンを取り出しながら大きく息を吸うと――
「ゆーやぁぁぁぁぁぁ! 早く来てぇぇっ!」
吐き出せる最大の声量で、咲茉が叫んだ。
「ちょっと⁉︎ こんなところて叫ばないでよ⁉︎」
「これだとまるで俺達が悪者みたいじゃん⁉︎」
叫ぶ咲茉を止めるべく、慌てた男達が彼女に迫ろうとする。
「私に近づかないでっ‼︎」
しかし迫り来る彼等に、咲茉は持っているリップスティック型のスタンガンを突き出していた。
もう片方の手には、いつでも防犯ブザーが起動できるように構えて。
「さっきから彼氏いるって言ってるでしょ! それに私は高校生なの! 大学生のアンタ達が手を出したらダメな未成年っ! 子供に手を出す大人がマトモなわけないでしょ⁉︎」
咲茉が高校生だと言った途端、男達の目が大きくなった。
「は? 高校生?」
「……嘘だろ?」
信じられないと、男達が呆気に取られる。
そして彼等は目を合わせると、気味の悪い笑みを浮かべていた。
「別に高校生でも遊ぶだけなら問題ないだろ?」
「そんなに怖がらなくても良いから、ちょっと場所変えようよ。ここだと騒ぎになるし」
ここまで騒いでいるのに全く動じない彼等に、咲茉は呆れてしまった。
大声で叫んだことで、周囲の人間から見られている。
それにも関わらず引く様子もない彼等の図太い神経に、呆れない方がおかしかった。
「一緒に行くわけないでしょ⁉︎ 私は悠也に会いに行くの!」
「そのゆーやって奴なんて放っておいてさ。俺達と遊ぼーって」
この強引さを見る限り、彼等は何度も女の子に声を掛けているのだろう。
慌てることもなく手慣れた様子を見れば、似たような場面を経験しているに違いない。
「だから早く行こ。ここだと騒がしくなるし」
先程までと違って、男達がより一層強引に詰め寄ってくる。
抵抗する勇気を振り絞って、咲茉が持っているスタンガンを突き出すのだが――
「ひぅ……」
迫る彼等と対峙した途端、なぜか思うように身体が動かなくなった。
ふと見ると、スタンガンを持っている手が小さく震えていた。
やはり、いざとなると身体に染み付いている恐怖心が出てしまうらしい。
「もうっ……!」
この程度で動かなくなる身体に嫌気が差す咲茉が、無理矢理にでも動かそうと力を込める。
その時だった。
「咲茉っ⁉︎ 大丈夫かっ⁉︎」
その声が聞こえた瞬間、ひとりの男が咲茉と男達の間に割り込んでいた。
現れた男が誰かなど、言うまでもなかった。
「ゆーやっ!」
「……ごめん。たった数分でこんなことになるとは思わなかった。本当にごめん」
ムッと口を尖らせて怒る咲茉に、目を伏せる悠也が心の底から申し訳ないと謝罪していた。
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