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第17話 一度は夢に思い描く光景


「だってハートの方が絶対可愛いーじゃん」

「ハートじゃなくて普通のにしろって。流石に恥ずいから無理。こっちとかで良くない?」

「そっちは普通過ぎ、折角のペアリングなんだから特別感あるのにしたい」

「お前なぁ……」


 咲茉が見つめる先で、若いカップルの口論が始まっていた。


 2人で付けるペアリングをどれにするか、実に恋人らしい話である。


 どうやら彼女の方は、ハートのデザインがある指輪が良いらしい。一方、彼氏は普通のデザインが良いと必死に抵抗していた。


「私はハートが良いーの。別に良いじゃん。私達、付き合ってるんだし」

「お前と付き合ってても恥ずいものは恥ずいって言ってんの。なんでハートが付いたリング付けないといけないんだよ」


 聞き耳を立てるのは悪いと思いながらも、聞こえる彼等の声に咲茉が心の中で頷いてしまう。


 どちらの気持ちも、分からなくもなかった。


 自分も彼女側の立場なら、ハートのデザインというのにも惹かれるものがある。可愛いに加えて、2人の愛が形になっている指輪と思うだけで心が高鳴る。


 しかし彼氏側の言い分も、分かるところがあった。


 女子がハートを付けるのは良いが、それを彼氏に強要させるというのも考えものだった。男からすれば、ハートを身に付けることを嫌がるのも分かる。


「……じゃあ、これとかどうだ?」

「なに? 私、ハートじゃないと嫌なんだけど?」


 なにやら彼氏が代案を見つけたらしい。


 不機嫌そうな表情を見せる彼女に、彼氏は渋々と手に取ったペアリングを渡していた。


「ほら、こういうのなら俺も良い」

「……どうせハートじゃないんでしょ?」


 怪訝に顔を顰める彼女が受け取った指輪を見ると、その目が僅かに大きくなった。


「え、これってもしかして……」


 疑いながら、彼女が持っているペアリング同士を合わせると――その瞬間、彼女の表情が一変した。


 その目を輝かせて、まるで新しいオモチャを見つけた子供のような笑顔に早変わりしていた。


「それ、ペアリング同士をくっ付けるとハートになるやつっぽい。これなら俺も付けれるけど……これじゃダメか?」

「めっちゃ良いーじゃん! 2人のリングでハートとか可愛いしエモい! これにしよーよ!」

「そんなに焦んないで他にも似たようなやつで違うのもあるから見ろって、折角2人の記念日で買うんだから」

「しょーがないなぁ、そこまで言うならめっちゃ悩むからね?」

「……ほどほどにな」


 無事に彼女の提案を変えることができたと彼氏が安堵しているが、その表情に彼女は気づくこともなく棚の商品を嬉しそうに見つめていた。


「……幸せそう」


 そんな彼等のやり取りを見届けて、無意識に咲茉はそう呟いていた。


 幸せそうなカップルの会話を聞いているだけで、なぜか自分事ように嬉しくなってしまう。


 これからの彼等に幸せがありますように。そう思いながら、ふと咲茉は思った。


「……ペアリング」


 そんな物があることは、咲茉も当然知っていた。


 まだ結婚もしていない恋人同士で付けるお揃いの指輪。結婚指輪とは違う、もっと気軽に付けられるものだ。


 たとえ結婚指輪でなくとも好きな人と同じ指輪を付けるなんて、とても素敵なことだろう。


 自分も悠也と一緒に付けられたら、きっと幸せな気持ちになれるに違いない。


「良いなぁ」


 そう呟いて、自分でも珍しい思えるほど見つめていたカップルを咲茉は羨ましくしまった。


 悠也とお揃いが良いといつも言っていたが、今までペアリングを買うなんて思いつかなかった。


 だが、知ってしまえば話が変わってくる。


 彼と付けたい。お揃いのペアリングを。


 そんな欲望が、咲茉の内から溢れてしまった。


「……」


 無意識に咲茉の視線が、左手の薬指を見つめる。


 悠也と一緒にいると、彼女も時折考えることがあった。


 はじめて、彼から告白された時のことを。


 結婚を前提に付き合ってほしいと言ってくれた彼の言葉は、今でも鮮明に思い出せる。


 だからこそ、愛している彼と一緒にいるだけで頭の中で思い描いてしまう。


 これから彼とずっと一緒に過ごしていけば、いずれ行き着く未来がある。


 いつまでも恋人同士でいるわけではない。いつか遠くない未来で、きっと自分達は結婚する。


 その時、きっとこの薬指に指輪が嵌められる。


 女であれば一度は夢に思い描く光景――愛している彼からのプロポーズと共に、この指に嵌めてもらえる結婚指輪。


 その先に訪れる幸せな結婚生活の日々を考えた回数など、もう咲茉は覚えていなかった。


 少し早いが、この指に指輪が入るかもしれない。


 もう思うだけで、勝手に咲茉の頬が緩む。


「…………むぅ」


 しかし、そんな我儘を悠也に言うのは、不思議と咲茉は気が引けてしまった。


 もし自分がペアリングを買いたいと言えば、悠也は躊躇うこともなく良いと言うだろう。


 しかし、だからと言って自分の我儘を押し付けられるほど咲茉も図々しくなれなかった。


 はたして、本当に悠也がペアリングを一緒に付けてくれるのかについてはさておき。


 そもそもアクセサリーは安価でも、決して安い買い物ではない。2人で買うにしても費用が掛かる。悠也に金を使わせるのは気が引けた。買ってと言うのも論外である。


 ならば自分で悠也のプレゼントとして、と咲茉も一瞬考えたが即座に却下した。


 好きな人にペアリングのプレゼントなど、どう考えても重い。悠也に重い女と思われたくない。


 では素直に言えば、となれば彼に費用の要求をしなくてはならない。


 一体、彼にどう言えば良いのだろうか?


 このままではどう足掻いても、悠也にペアリングの話ができない。


「……むむっ」


 そう思うと、自然と咲茉は唸ってしまった。



「ねぇねぇ! 早く付けよ!」

「分かったから急かすなって」



 その時、咲茉の隣を先程のカップル達が通り過ぎた。


 無事、悩んでいたペアリングを買えたのだろう。彼女が大事そうに持っている紙袋を見れば、それも察せた。


 幸せそうな彼女と、満更でもない彼氏。その2人の姿に、無意識に自分と悠也の姿を重ねてしまう。


「むぅ……!」


 羨ましい。そんなことを思う咲茉が眉を寄せている時だった。


「咲茉? おーい、どうした?」

「へっ?」


 突然、悠也から声を掛けられて、反射的に咲茉がビクッと肩を揺らしてしまった。


「な、なに?」

「いや、さっきから声掛けてたんだけど……」

「え、ほんと?」


 怪訝に眉を寄せる悠也に、驚いた咲茉が目を大きくしてしまう。


 考え込み過ぎて、悠也の声が全く聞こえなかった。


「さっきからぼーっとしてどうしたんだ? もしかして今通り過ぎたカップルに――」


 そんな咲茉を心配したのか、なにげなく悠也が振り返ろうとする。


「ううん! なんでもない! なんでもないよ!」


 しかし咲茉が彼の腕を掴むと、それを止めていた。


「えっ? 急にどうした?」

「ちょっと考え事してただけなの! たくさん可愛いアクセサリーあるから買うならどれにしようかなって!」

「それなら良いんだけど、でもさっきの――」

「さっき誰か通り過ぎたの? 全然気づかなかったよ! それで悠也が好きなデザインってどれ、早く見せてよ!」


 慌ただしく捲し立てる咲茉に、悠也は首を傾げながらも持っているネックレスを見せていた。


「これだけど……」

「あ、ゆーやの好きなのってこういうのなんだ」


 先程の慌て方はどこに行ったのか、悠也がネックレスを見せると咲茉は何事もなかったかのように振る舞っていた。


「ん〜?」

「こっちのとか、ゆーやは好き?」


 悠也が見せたネックレスとは、また違ったデザインを見せながら咲茉が首を傾げる。


 その様子を見ながら、悠也は渋々と納得することにした。


 そんな彼を見て、咲茉は気付かれなくて良かったと心の中で安堵していた。

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