第16話 どうして青を選んだの?
昼食を済ませた後、悠也の決めている午後の予定まで空き時間があった。
その目的の場所までの移動時間を含めて、悠也曰く空き時間は約2時間程度。
はたして、その間は何をするのかと思う咲茉だったが、それも事前に悠也は考えていたらしい。
本来なら目的の場所まで交通機関を使って移動するのだが、今回に限っては徒歩で移動を悠也は選んでいた。
街中であれば、歩くだけでも見るものに困らない。目的地に向かう道中に立ち寄れる場所を把握していれば、多少の空き時間など大した問題ではなかった。
まず悠也が咲茉と立ち寄ったのは、最初に立ち寄ったデパートとは別の、大型百貨店の中にあるアクセサリーショップだった。
「ねぇ、ゆーや。どうしてアクセサリーショップに来たの?」
「ん? だって咲茉って普段アクセサリーとか付けないけど、こういうの見るのは割と好きだろ?」
あまりファッションで自分を着飾ることはしないが、確かに咲茉も可愛いものを見ること自体は嫌いではなかった。むしろ好きな部類に入る。
しかし悠也の言葉に、なにげなく咲茉は不思議に思った。もう彼とはタイムリープしてから随分と長く一緒に過ごしているが、ファッションに関する話はあまりした覚えがない。
もう薄れて消えてしまった昔、タイムリープする前の、まだおしゃれに興味のあった頃の自分のことを話しているのだろうか。
そんなことを思って咲茉が怪訝に眉を顰めていると、なぜか悠也が小さな笑みを浮かべていた。
「学校の昼休みに凛子が暇つぶしに読んでるファッション誌、咲茉も一緒によく見てただろ。アクセサリーのページ、結構真剣に見てなかったか?」
「えっ……?」
確かに思い返せば咲茉も、その覚えはあった。
普通に校則違反だが、凛子は暇つぶしにとファッション誌をカバンの中に仕込ませている。
それを昼休みに気怠そうに眺めている時、悠也の傍で咲茉も世間話をしながら一緒に眺めている時があった。
服などには大した興味も湧かなかったが、アクセサリーのページだけは自然と視線が向いていた気がする。
「……そんなこと、わざわざ覚えてたの?」
「だって咲茉のことだし、そんなの勝手に覚える。それに凛子に話し掛けられても気づかないくらい真剣に見てれば、記憶にも残るさ」
自覚のない行動を指摘されると、思っていたよりも恥ずかしいものがある。その記憶が全くない咲茉にとって、悠也の指摘には流石に苦笑するしかなかった。
少しだけ頬が熱くなる。ほんの少しの恥ずかしさと、いつも彼から見られているという嬉しさで。
そんな日常にある些細なことすらも、悠也は覚えてくれている。それが自分のことだからと言われてしまえば、問答無用に胸に嬉しさが溢れてしまう。
「欲しいのが見つかったら買えば良いけど、別に店に入ったからって買わないといけないわけじゃない。ブランド店でもないし、学生の俺達ならウィンドウショッピングしたって文句も言われないだろ? 」
そう言って、苦笑交じりに悠也が笑って見せる。
わざとらしく自分達が子供だと言う彼が少しだけ可笑しくて、つい咲茉もクスっと笑ってしまう。
「それに俺も、咲茉がどういうの好きか見てみたいし。折角なら実物見て話したい」
だからこそ店に連れて来たと語る悠也に、わざとらしく咲茉も仕方ないと言いたげに肩を竦めて見せた。
「じゃあ、ゆーやが好きなのも教えてね?」
「俺も大したセンス、ないぞ?」
「それは私も」
互いにそう言い合って、揃って笑ってしまう。
そんな話をしながら、2人は軽い足取りで店内へと足を運んでいた。
◆
店に入ると、週末だからか若い客層で賑わっていた。
カップルと、女子達の楽しそうな姿が多く見える。
その中に悠也と咲茉は混ざりながら、棚に並んでいるアクセサリーを物色していた。
「ゆーや、これどうかな?」
そのアクセサリーショップの店内で、並んでいる商品の中からひとつを手に取った咲茉が、それを首元に添える。
小さなハート型のネックレスは、悠也から見ても実に彼女に似合っているデザインだと思えた。
「普通に似合ってるぞ。でも、こっちも良いんじゃないか?」
咲茉と眺めていた商品の中から、悠也が手に取ったネックレスを彼女の首元に添える。
三日月の形をした銀色の月の中に、模造の小さい青い宝石が乗ったデザインのネックレス。
やはり悠也の思った通り、これも彼女に良く似合っていた。
「可愛いけど、こういうの私に似合うかな?」
悠也の差し出したネックレスを受け取った咲茉が鏡で自分の姿を見ながら、つい苦笑してしまう。
確かに、とても可愛い。月の形もそうだが、ワンポイントの青い宝石も実に可愛く見える。
「色々と色があるけど、青が一番似合うな」
その時、ふと悠也が呟いた言葉に、ふと咲茉は首を傾げた。
よく見ると、咲茉が今持っている月型のネックレスが置かれていた棚には、他の色も置かれていた。
三日月の中にある宝石の色は、多彩にあった。
どうして彼が青を選んだのか。そんな疑問を思うと、咲茉はなにげなく訊いていた。
「ねぇ、ゆーや? どうして青を選んだの?」
「ん? だって咲茉の誕生石だろ?」
「へっ……?」
あまりにも当然のように言われて、咲茉はキョトンと呆けてしまった。
「悠也、誕生石とか知ってるの?」
咲茉も大して詳しい方ではなかったが、誕生石という存在だけは知っていた。
月毎に割り振られた宝石がある。それが誕生石と言われている。
まさか男の悠也が誕生石を知っているとは思ってもいなかった。
「全部は覚えてないけど、自分と咲茉のなら覚えてる。9月のサファイヤとクンツァイト。キッカケは忘れたけど、覚える機会があったんだよ」
気恥ずかしそうに悠也が頬を掻く。
そんな彼に、咲茉は呆けたまま持っているネックレスを凝視していた。
「わたし……ゆーやの誕生石、しらない」
悠也が知っているのに、自分だけ知らない。それが悲しくて、咲茉が目を伏せてしまう。
あまり宝石にも興味が無くて、覚えることもなかった。昔は知っていたかもしれないが、それも忘れてしまった。
そう思って落ち込む彼女に、悠也は怒ることもなく笑みを浮かべていた。
「俺のは……確かペリドットとスピネルだよ」
「……聞いてもあんまり知らない宝石」
悠也から聞いても、いまいちピンと来なかった。
その宝石の色すら想像できない咲茉が更に落ち込んでいると、おもむろに悠也が棚からネックレスを手に取っていた。
「こういう色だった。こっちの緑がペリドットで、赤がスピネル」
「……赤ってルビーと一緒じゃない?」
「濃い赤がスピネルだった気がするけど、まぁ気にすることでもないだろ」
有名な宝石しか知らない咲茉の疑問に、悠也が苦笑して答える。
その苦笑の前で、咲茉はジッと彼の持つネックレスを見つめていた。
なにはともあれ、これで悠也の誕生石は覚えた。その色も、この目で見た。
「うん。ちゃんと覚えた」
「別に俺が勝手に覚えてるだけだし、咲茉が覚えなくても困らないだろ?」
「やだ。ゆーやの誕生石、私も覚えてる」
「覚えても使う機会、あんまりないぞ?」
「あるかもしれないじゃん」
例えば、誕生日プレゼントとかに。
そう思う咲茉だったが、それを口にすることはなかった。
その手のことはサプライズだからこそ良いのであって、本人に伝えないものだ。
「……そうか?」
「そういう時が来るかもしれないでしょ」
怪訝に首を傾げる悠也に、咲茉が笑顔を見せると彼も渋々と納得していた。
とは言えど、その場で悠也は考え込んでいた。
はたして、その知識が活かせれる場面とはどこかと。
その様子を見て、慌てて咲茉は声を掛けていた。
「ねぇ、ゆーやの好きなデザインってどれ?」
「えっ、あぁ……そうだな」
なにかと察しの良い彼が考えると、いずれ気づく。
そう思って咲茉が声を掛ければ、考えを中断した悠也は棚の商品を眺めていた。
「ふぅ……」
これで今だけは安心だと、咲茉が胸を撫で下ろした時だった。
「ねぇねぇ、これとか可愛くない?」
「いや、これだと俺付けるの無理だって」
「えぇ~、私こっちが良い」
ふと、咲茉の近くに居るカップルの声が聞こえた。
自然と、なにげなく咲茉の視線がカップルに向けられる。
そして彼女が見ると、仲の良さそうな男女が互いに指輪を持って口論していた。
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