第14話 食いしん坊になる顔
昼頃の街中は、どこも飲食店は混み合っていた。
「……ここも混んでるな」
見かける飲食店を眺めながら、歩く悠也が困ったと呟く。
店の外から一目見るだけで、店内の混み合いが分かってしまう。
また店の外にまで列を作って並んでいる客達の姿を見れば、その混雑の酷さは一目瞭然だった。
「うん。やっぱり昼時はどこも混んでるね」
悠也が見つめる飲食店を眺めながら、咲茉も苦笑交じりに呟いていた。
はたして、仮にあの列に並んだとしたら……入店できるのはいつになるのだろうか?
きっと10分や20分程度では済まないだろう。それよりも更に待つことを予想そてしまうと、並んでいる列を見るだけで嫌気が差してしまう。
「……うーむ」
隣にいる咲茉の呟きに、悠也がどうしたものかと眉を寄せる。
適当に入るにしても、どの店も混み合っているのだから選びようがない。
「適当に入るにしてもなぁ……」
そして困ったことに、悠也の少なからずの見栄が選択肢を制限していた。
久々のデートなのだからと、ファーストフード店で済ませるのも躊躇われるものがある。
折角なら料金が高くなくとも、少しだけ雰囲気のある店に入りたいと悠也が思ってしまうのも仕方のないことで。
あらかじめリサーチしていた手頃な店も、週末の混雑を見越して予約を断られてしまったのだからどうしようもなかった。
子供であることもそうだが、そもそも高校生の財布事情では選べる店も限られる。予約のできる大人びた店を選べるはずもなく、比較的庶民的な店で予約などしようとしても断られるのも当然だった。
だからと早めの行動を考えていたのだが、それも叶わなかった予定となってしまった。
「うーん、マックとか空いてるかな?」
「いやぁ……流石にデートでそれは」
デートだからと言って特に店選びをこだわない咲茉に、つい悠也が苦笑を漏らしてしまう。
そんな彼の反応に、咲茉は不思議そうに首を傾げていた。
「そう? 私、ハンバーガーとか好きだよ? そんなに行く機会もなかったし、こういう時じゃないと行くこともないからちょうど良いんじゃない?」
確かに咲茉の言う通り、悠也も彼女とその手の店に入った覚えはあまりなかった。
この時代にタイムリープしたばかりの頃は、何度か凛子達と出かけた先で彼女も行くこともあったが、ここ1、2カ月は外出も控えていた。
彼女と最後にその手の店に入ったのも、それっきりだった。
「えぇぇ……折角のデートだぞ?」
「ゆーやがそういうこと考えてくれるのは嬉しいけど、別にデートでも関係ないよ。私は悠也と一緒ならなんでも美味しいから良いの」
そう言って笑みを浮かべる咲茉に、悠也が不満そうに口を少しだけ尖らせる。
「……本当に、咲茉はそれで良いのか?」
「高いから良いってわけでもないでしょ? 大事なのは、そこに誰と行くかだと思わない?」
「それはそうだけどさぁ」
決して彼女が嘘を言っているわけではないと分かっているからこそ、悠也も思うことがあった。
贅沢が正義だとは悠也も思ってないが、こういう機会だからこそ普段行くこともない店に彼女を連れて行きたいと思ってしまうのだ。
それが不満というわけではないが、今までの人生で培ってきた彼女の謙虚さも考えものである。
今の店選びも含めて、その手の我儘だけは絶対に言わない咲茉に悠也が呆れている時だった。
「あっ! だからって言っても、健康に悪い物ばっかり食べるのはだめだからね! たまには良いけどっ!」
ハッと思い出したかのように、咲茉の人差し指が悠也の頬を優しく突いていた。
そんな彼女に、悠也は苦笑しながら答えていた。
「ちゃんと分かってるよ」
「分かってるならよろしい!」
満足そうに咲茉が笑みを浮かべる様に、苦笑する悠也が肩を落とす。
こと健康面について、ここ最近から咲茉のこだわりが強くなっている気がした。
タイムリープしてから料理を覚え始めてからというもの、可能な限り咲茉は率先して料理をしている。
学校に持参する弁当から始まり、朝食や夕飯なども二人の母親と肩を並べて作っているほどだ。
その地道な努力の原動力も、ずっと好きな人と一緒に居たいからという彼女の思いを知ってしまえば、悠也が文句を言えるはずもなかった。
ずっと健康で、2人で長生きできるように。
今も2人で過ごしている時間を、少しでも長くできるように。
その思いで始まった咲茉の軽度な健康オタクも、悠也からすれば可愛いモノだった。
「じゃあ、そういうことで。マック空いているか見に行こうよ」
「……ホントに行くの?」
「たまになら良いの、ほら行こー」
行きたくないと言いたげに不満を漏らす悠也の腕を咲茉が強引に引っ張る。
「……まったく」
そんな彼女に腕を引かれながら、自然と悠也は溜息を吐きたくなった。
彼女がそれで良いのなら、不本意だが納得するしかない。
そう思いながら、咲茉に引っ張られた悠也がしばらく街中を歩いている時だった。
「あっ……あれって」
ふと、信号待ちをしている咲茉の視線が一点を見つめていた。
唐突に黙って何かを見つめる彼女に、悠也が怪訝に眉を寄せる。
「……咲茉?」
「…………」
しかし彼が声を掛けても、彼女は黙ったままだった。
「……ん?」
なにか見つけたのだろうか?
そんな疑問で悠也が彼女の視線を追うと、その先にあるモノに思わず彼の頬が緩んだ。
信号を待ちながら彼女が見つめていたのは、野外でクレープを販売しているキッチンカーだった。
遠目に見える車の傍に置かれているベンチに座りながら、女の子達やカップルが楽しそうにクレープを食べている姿が見える。
その光景を見た悠也が何気なく咲茉に視線を向けると、そんな彼等の姿を彼女がぼんやりと見つめていた。
こんな顔を見せられてしまえば、笑みを浮かべる悠也が言うことなどひとつしかなった。
「……行くか?」
「えっ? どこに?」
しかし悠也が提案しても、なぜか咲茉はキョトンと呆けるだけだった。
おそらく、彼女もそこまで意識して見ているわけではなかったのだろう。
不思議そうに首を傾ける彼女に、悠也はクスクスと笑いながら指を差していた。
「あれ、行ってみるか?」
「……あれ?」
悠也の指差す方法を咲茉が目で追う。
そして彼が指す場所がキッチンカーだと分かると、彼女の目が大きく開かれた。
「もしかして……ずっと見てた?」
「見てた」
「あぅ……そんなつもりなかったのに」
悠也に指摘されて、恥ずかしいと咲茉の頬が赤く染まる。
そんな彼女が可愛いと思いながら、悠也は口を開いた。
「むしろちょうど良いだろ。見る感じ、そこまで混んでるわけでもない」
遠目に見ても、キッチンカーに並んでいる人も数人しかない。並んでも大した時間は掛からないだろう。座れるテーブルやベンチが空いていると分かれば、行かない理由にもならなかった。
「……でもクレープってお昼ごはんになる?」
確かに、クレープは昼食というよりもデザートの部類になるかもしれない。
だがそれも悠也からすれば、彼女が食べたいのなら微塵も関係なかった。
「ハンバーガーもクレープも大して変わんないって。それにクレープなんて男だけで食べに行けるものでもないし、これもたまには良いだろ?」
最後にクレープを食べたがいつだったか、悠也も覚えていなかった。
これから向かうキッチンカーも、決して雰囲気があるとは言えなかったが……ファーストフード店に行くよりも良い。
それにあんな場所で男女がクレープを食べる姿というのも、実にカップルらしいとも思えた。
「ほら、咲茉。行くぞ」
信号が変わって、キッチンカーに向かうべく悠也が足を動かす。
「あっ、でも……!」
「良いから、行くぞ」
彼に続いて、咲茉も足を動かす。
「ゆーや、クレープだけでお腹いっぱいになる?」
「なるなる。そういう咲茉はクレープで大丈夫なのか?」
「私はどっちかって言うと……食べ切れない方が心配なんだけど」
小食の咲茉ならば、そんなことになるのも考えられる。
なら悠也の行動も、決まっていた。
「もしそうなっても俺が食べるから気にするな。だから安心して買いに行くぞ。珍しく咲茉が食いしん坊になる顔が見れたんだ。そんなの行くに決まってるだろ」
「……そんな顔、してないもん」
ムッと頬を膨らませた咲茉が不満そうに呟く。
しかしその声も悠也が気にするはずもなく、咲茉を引き連れたまま、彼は嬉しそうな足取りでキッチンカーへと向かっていた。
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