第13話 今日は泣かない
一度出た映画館に舞い戻り、再度デパートから出ると、悠也は嬉しそうに頬を緩めていた。
「良かったぁ……売り切れてなくて」
「もぉ……悠也ったら」
売店で買ったばかりのラバーストラップを見つめて喜んでいる悠也に、つい咲茉が呆れた笑みを漏らしてしまう。
と言っても、その頬はほんのりと赤く染まり、彼女の隠しきれない嬉しさが滲み出ている。
「わざわざ買わなくても良かったのに……まったく」
それを誤魔化すように咲茉が口を尖らせて不貞腐れてみるが、やはり嬉しい気持ちは少しも誤魔化せなかった。
悠也が嬉しそうにラバーストラップを見つめる横顔を見ていると――どうしても、頬が緩んでしまう。
自分が好きだと言ったキャラクターのラバーストラップを、悠也が欲しいと言ってくれた。
好きな人が好きなものを持っていると、幸せな気分になれるから。
そんな自分勝手な思いで、悠也が好きだと言ったキャラクターのラバーストラップを買っただけなのに、彼も買ってくれた。
「これで俺も、咲茉の好きなものが持てる。お前と一緒で、同じ気持ちになれるって思うだけで……滅茶苦茶嬉しい」
そんなことを恥ずかしげもなく満面の笑顔で言うのだから、咲茉も嬉しいと思わないはずがなかった。
彼の笑顔を見ているだけで、胸の奥から何かが溢れてくる。
ほんのりと熱かった顔が、熱でもあるのかと思えるほど熱くなってくる。
「……そんなに、私と同じが良かったの?」
そんな自分の顔が悠也に見られてるのが恥ずかしくて、咄嗟に俯いた咲茉が照れ隠しで訊き返す。
その無意識だった何気ない問いに、彼が答える内容のことなど考える余裕もなく。
恐る恐ると、咲茉が視線だけを悠也にそっと向ける。
上目遣いで悠也を見上げる咲茉に、彼は満面の笑みで答えていた。
「そんなの当たり前だ。咲茉と同じ気持ちになれるなら一緒が良いに決まってるだろ」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間、咲茉は後悔してしまった。
自分の何気ない質問に、彼が答えることなど分かりきっていた。
「咲茉が俺の好きなものを持ってくれるなら、俺だって持ちたいに決まってる」
もう彼の気持ちも、自分に向けてくれる想いも、泣きたくなるほど分かっている。
だからこそ、この場で、彼の心地良い声で、それを聞くべきではなかった。
「それだけじゃない。こういうの以外でも……まだ俺の知らない咲茉の好きなもの、もっとたくさん知って、できるなら俺も好きになりたい。だって咲茉の好きなものを俺も好きになった分だけ、俺って人間の中に咲茉がいるんだなって思えるだろ?」
そんなことを、嬉しそうに言わないでほしい。
「好きなものだけじゃないさ。こうして隣にいる咲茉と一緒の気持ちになれるなら、なんだってお揃いが良い……って言っても、俺達のラバストはキャラ違うけどな」
手に取ったラバーストラップを見せつけながら、悠也が苦笑して見せる。
今の話が矛盾していると言いたげな表情だったが、彼の言いたいことなど咲茉が分からないはずがなかった。
互いに好みが違う人間である以上、全て同じものが好きであるはずがない。
現に先程見た映画のキャラも、好みは違った。
だからこそ咲茉は、悠也の好きなものを自分の一部にしたかった。ラバーストラップを買って、傍に置いておくことで。
彼の話は、それと同じように――好きな人の好みを自分の一部にしたいということなのだ。
好きな人が好きなものを好きになっていく分だけ、自分という人間の中に好きな人が入り込む。
それがどれだけ幸せなことか、そんなことを咲茉が分からないはずがなかった。
「本音を言ったつもりだったんだが……流石に今のはクサ過ぎたかもな」
黙っている咲茉に、堪らず悠也が気恥ずかしそうに頬を掻く。
だから、そんな表情を見せないでほしい。
今も照れている悠也を見上げながら、そう思った咲茉の喉奥が少しだけ震えた。
周囲を行き交う人達の喧騒に紛れて、別段困らないが――この会話も聞かれているわけではない。
だからこそ、こんな場所で泣くことだけは、咲茉も堪えた。
人前で赤裸々に泣いてしまえば、何かと面倒なことになるかもしれない。今日のデートが台無しになる。
泣いたら、折角の化粧も落ちてしまう。手直しをするにしても、自分では上手くできなくて元に戻せる自信がない。
だから、今日は泣かない。
目の奥が熱くなるが、グッと堪える。
「うぅっ……!」
そして悠也の腕に強くしがみついて、震える喉から無理矢理にでも声を絞り出す。
そうすれば、少しだけ溢れる気持ちを抑え込めた。
「咲茉? どうした?」
「ゆーやが嬉しいことばっかり言うから、色々我慢してるの……!」
怪訝に首を傾げる悠也の顔が直視できなくて、俯いた咲茉がギュッと口を閉ざして唸る。
それでまた、溢れる感情を抑え込めた。
「あぁ……うん、なんかごめんな。咲茉」
「謝るくらいなら、嬉しいことばっかり言わないでよぉ」
「いや、だって本心だし」
「だからぁ……!」
その偽りのない言葉を聞くだけで、胸の奥から何かが込み上げてくる。
もうこれ以上は言わせないと、咲茉が悠也の腕を更に強く抱き締める。
そして額を彼の肩に押し付けながら唸れば、悠也も苦笑混じりに頷くしかなかった。
「……昼飯。どこで食べるか、歩きながら探すか」
「ゔん……そうするっ!」
震えた声で返事をする咲茉に、悠也は苦笑しながら足を動かしていた。
歩きにくくても、ゆっくりと一歩ずつ。
俯く咲茉の歩幅に合わせて、ゆっくりと。
そんな彼女と歩きながら、悠也は何気なく口を開いていた。
彼女の気が紛れれば良いなと、そう思って。
「ラバスト、どこに付けようかな。咲茉はそのカバンに付けたままか?」
「……学校のカバンに付けるっ」
「そっか。それなら俺も同じにするか」
「だからぁ! そんなことばっかり言わないでよぉ……!」
唸った咲茉が、悠也の肩に頭をぶつける。
ぶつけると言っても、それは痛くもない優しい頭突きだった。
「あっ……ごめんって!」
「ゆーやのいじわる!」
「違うって、そういうことじゃなくて!」
「……いじわる!」
その衝撃を何度も感じながら、隣で怒る咲茉に悠也は何度も謝り続けた。
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