第12話 ちょっとした記念で
悠也達が映画館を出ると、時刻も昼頃になっていた。
映画を見終わった後、2人が売店でグッズなどを見ているうちに、思っていたよりも時間が経っていたらしい。
「……もう昼過ぎか」
映画館のあるデパートから出た悠也が腕時計を見るなり、つい苦笑混じりにそう呟いていた。
あらかじめ考えていた悠也の予定では映画を見終わってデパートを出ても、まだ時刻は昼前頃だと想定していた。
休日の街中で昼食を済ませることを考えれば、当然だが混み合う時間帯を避けたい。その考えで悠也も映画の上映時間を考慮して、少し早めに飲食店に入ろうと考えていたのだが……予定が狂ってしまった。
今がちょうど混み合う時間帯だと悟ると、悠也はどうしたものかと苦笑するしかなかった。
本来なら予定通りに行動するつもりだったが、それも隣にいる咲茉を見れば、急かすのも躊躇われた。
「えへへっ……可愛い」
先程、売店で買ったばかりのキャラクターのラバーストラップを手提げバックに付けた咲茉が嬉しそうにそれを眺めている。
そんな彼女を見てしまえば、悠也も些細なことを気にするのも馬鹿らしくなった。
売店でグッズを眺めながら、見たばかりの映画の感想を楽しそうに話す咲茉がとても幸せそうで。
悠也が感想を言えば、それに楽しげに答える彼女の反応のひとつひとつが可愛くて。
自分の好きなものを、好きな人と共有していることが楽しくて仕方ないと満面の笑顔を見せる彼女を悠也が邪魔するはずがなかった。
「……ストラップだけで本当に良かったのか?」
今も腕に抱きつく咲茉に、悠也は自然と笑みを浮かべながら訊いていた。
結局、色々と話しながら売店を見回って、咲茉が買ったのはラバーストラップだけだった。
他にもグッズは種類があった。パンフレットもあったというのに、それしか買わなかったことに悠也が首を傾げると、咲茉は微笑みながら答えていた。
「グッズって集め始めるとキリがないんだよ。アレもコレも欲しいって全部買ってたら部屋がグッズだらけになっちゃう」
「別に良くないか?」
欲しいなら買えば良い。そう思う悠也に、咲茉が首を小さく振りながら苦笑していた。
「流石にお小遣いがもったいないよ。そんなことしたらみんなと遊びに行けなくなるのはちょっと」
「そういう時は俺が奢るって」
「……怒るよ?」
ムッと口を尖らせた咲茉の反応は、悠也も予想済みだった。
自分の分は自分で払うと決めている彼女が、そんなことを許すはずもない。
悠也がわざとらしく笑って冗談だと見せると、咲茉も分かっていたのか呆れた表情を浮かべていた。
「そもそも、私は乃亜ちゃんみたいにグッズとか集めるタイプじゃないの」
「好きなら集めたいって思わないのか?」
好きだからこそ、好きなものを集めたい。そう思うのが普通だろう。
好きな音楽のアーティストがいれば、CDやライブDVDを集める。
アイドルもCDや写真集に始まり、色々と集めたくなるものだ。
それが普通のことだと思った悠也に、咲茉は首を振っていた。
「集めたいって思う人の気持ちも分からなくないけど、私は作品を見るだけで満足できちゃうタイプだから。別に好きだから集めなきゃいけないってわけでもないでしょ?」
「まぁ、確かにそうかもだけど」
確かに、そういうタイプの人間もいる。
それは悠也も理解できることだったが、彼としては思うところがあった。
「……我慢してないか?」
思わず、悠也はそう訊いてしまった。
集めないのではなく、集められないから。
思えば、咲茉もタイムリープする前は引き篭もっていたのだ。働くこともできず、家から一歩も出なければ使える金も限られて、できることも限られる。
そんな日々を過ごしていたから、本当は集めたい気持ちを咲茉が押し殺しているのではと。
そう思ってしまった悠也に、咲茉はキョトンと呆けると、どこか可笑しそうに笑っていた。
悠也の考えを察したのだろう。クスクスと笑いながら、咲茉はわざとらしく肩を竦めていた。
「確かに昔は使えるお金も全然無かったし、外に出ることもなかったからグッズを買うって発想もなかったのもあるけど……欲しいって思わなかったよ」
「……それ、もし嘘だったら怒るからな?」
「ふふっ、嘘じゃないよ。単に私はそういうタイプの人間だったんだなって話だよ。ひとつの作品に熱中するグッズ集めよりも、私は色々な作品をたくさん見る方が楽しいって思うタイプなんだよ」
そう答える彼女の表情は、悠也から見ても嘘を言っているようには見えなかった。
隠し事をしている彼女は分かりやすい。本心を隠している時は、悠也もすぐ分かる。
「それなら良いけど」
「すっごい推し活してる人達からすれば、私みたいタイプは嫌われるんだけどね。原作の本とかアニメだけで満足しちゃうタイプって」
自虐と言いたげに、咲茉が苦笑する。
そんな彼女に、今度は悠也が失笑してしまった。
「大体の人間がそんなもんだろ。っていうか俺も似たような感じだし、ミーハーってやつだ」
昔を思い返せば、流行に流されるままに、悠也も流行りに乗っかっていた時期があった覚えがあった。
言うなれば咲茉も同じようなものだ。
そう語る悠也に、咲茉が申し訳なさそうに苦笑していた。
「なんかごめんね、変なこと言って」
そう言って目を伏せる咲茉の頭を、おもむろに悠也は撫でていた。
悠也が撫でれば、先程まで暗かった彼女の表情も一瞬だけだった。
心地良さそうに頬を緩ませる彼女に悠也が笑みを浮かべると、ふと思ったことを口にしていた。
「なら、どうして今日はそれ買ったんだ?」
頭に浮かんだ疑問を、悠也が聞いてしまう。
グッズを集めるタイプでないのなら、なぜ咲茉がラバーストラップを買ったのかと。
そんな疑問に、咲茉が恥ずかしそうにしながら答えていた。
「……ちょっとした記念で。ゆーやと私の好きな映画見に来たって思い出になるなーって。これ見たら、いつでも思い出せる気がしたの」
「…………」
その答えに、悠也は反応すらできないまま、固まっていた。
映画を見に来ることなど、いつでもできる。そんな些細なことを、彼女は大事に思っている。
「ゆーや。この子が好きだって言ってたし、ゆーやが好きなもの持ってると幸せな気分になれるから」
悠也が好きなものを持っていることが嬉しいと、微笑む咲茉があまりにも愛おしく見えて。
金色の髪をした黒い衣装の女の子のラバーストラップを幸せそうに眺めている彼女を見ていると、気づくと悠也の足が勝手に動いていた。
「あれ? ゆーや? そっち行くと戻っちゃうよ?」
「咲茉、お前が好きだって言ってたキャラ。確か主人公の女の子だったよな?」
「へっ? そうだけど?」
怪訝に思いながらも咲茉が答えると、悠也は頷きながら映画館の売店のラインナップを思い出していた。
確か、まだ主人公のラバーストラップは売っていた。
「ゆーや? どしたの?」
「俺も買う。咲茉が好きだって言ってたキャラのラバーストラップ。確か白い服着てたやつ、まだ売店にあった」
「ちょ、ちょっと……! 別にわざわざゆーやが買わなくても――」
慌てて咲茉が悠也を止めるが、それで彼が止まるはずもなかった。
「俺も、咲茉が好きなもの持ってたい。咲茉とお揃いとか、考えるだけで嬉しくなる」
歩きながら、淡々と悠也が告げる。
「…………」
そんな彼の横顔を、咲茉は呆けた表情で見つめていた。
そんなことを、そんな顔で言われたら。
なにも、言えなくなった。
「………ぁぅ」
ほんのりと頬を赤らめながら、我慢できず咲茉は歩く悠也の腕をギュッと握り締めていた。
読了、お疲れ様です。
デート回、まだまだ続きます。好き勝手に書かせてもらえると嬉しいです。
この話で、2人がどの映画のキャラを話しているか分かる方はいますかね?
ヒントは約10年前で公開が夏頃、2人が話していたキャラの外見です。
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