第11話 それだけ言えば、伝わる
悠也の抵抗も虚しく、自分の分は自分で払うと聞かない咲茉にジュースとポップコーン代を支払われた後、2人は劇場に足を運んでいた。
「えっと、席は――」
悠也と手を繋ぐ咲茉がチケットの半券を片手に座る席を探す。
チケットを購入する際に座る席を事前に確認していても、実際に劇場内に入ると意外と迷う。
大まかな位置は分かっているが、それでもチケットに書かれた座席番号を見ながら歩くのは誰もがする行動だろう。
「ここがGだから、Hの次が……」
ゆっくりと階段を登る咲茉が呟きながら、優しく悠也の手を引いてチケットに書かれた席番号を探す。
最前列のA列からアルファベット順で最後列に掛けて割り振られた列番号を、咲茉が順番に確認していく。
そして探している席を無事見つけたのか、むむっと顰めていた彼女の表情が一瞬で笑顔に変わっていた。
「ゆーや、あったよ!」
まるで子供のような笑顔を浮かべる咲茉に、自然と悠也も優しい笑みを浮かべていた。
「ありがと、咲茉。悪いな、席探すのまかせて。やっぱり手が塞がってるとチケットが持てなかった」
そんな彼女に、悠也が感謝と謝罪を兼ねた言葉を伝える。
咲茉と繋いでいる逆の手に2人分のジュースとポップコーンを乗せたトレイを乗せている悠也では、両手が塞がってチケットを見ながら席を探せない。
そこで困ったと悠也が密かに思っていると、両手が使えない彼を見るなり、咲茉が率先して座席探しをすると言い出して――今に至る。
「ゆーやにジュースとポップコーン持ってもらってるんだから、これくらいまかせてよ」
本当なら咲茉も自分の分は自分で待つつもりだったが、こればかりは絶対に悠也が持つと折れなかった。
少しは彼氏らしいところを見せたい。そう懇願する彼に、今度は咲茉が折れた。
支払いと違い、買った物を持ってもらうのに彼が必要以上に現金を失うわけでもない。それを踏まえれば、咲茉も渋々と許せた。
本心は悠也と同じ物を持った同じ姿でありたいと思うところだったが……まるで子供のように懇願する彼の可愛い一面を見せられてしまえば、咲茉に反論する気も起きなかった。
いつも周りには大人びた態度を見せているのに、ごく稀に自分にだけ子供みたいな一面を見せてくれる。そんな姿を見てしまうと、なんでも許したくなる。
我ながら本当に彼のことが好きで堪らないらしい。
あらためて、咲茉が悠也に対する気持ちを再確認している時だった。
「咲茉、ちゃんと席を探せて偉いぞ」
ふと、悠也がそんなことを口走っていた。
まるで幼い子供の行いを褒めるような口ぶり。
明らかに彼から子供扱いされていると思うと、無意識に咲茉はムッと眉を寄せていた。
「むっ! もしかしてゆーや、私のこと子供扱いしてない?」
「俺がそんなことするわけないだろ?」
クスッと笑いながら、悠也が肩を竦める。
そのどこか小馬鹿にした反応に、思わず咲茉の頬が不満げに膨らんでいた。
「私だって大人なんだから、これくらいできるもん」
「ごめんごめん、ちょっと出来心で揶揄っただけだって」
ぷいっとそっぽ向く咲茉を見るなり、慌てて悠也が謝罪する。
しかし謝られても、咲茉の機嫌は簡単に戻らなかった。
「そんな雑な謝り方じゃ許しませーん」
「……困ったなぁ、どうしたら許してくれる?」
苦笑しながら、困った悠也が首を傾ける。
そんな彼に、咲茉は口を尖らせながら答えた。
「ゆーやの買ったキャラメルポップコーン、ちょっと多く食べちゃうから」
その要求は、悠也にとって痛くも痒くもなかった。
映画館で販売している2種類のポップコーンを食べようと決めて、2人は互いにSサイズで別々の種類のポップコーンを購入していた。
悠也からすれば咲茉が思う存分に映画を楽しめるならと買ったポップコーンを彼女が食べるのなら、なにも問題なかった。
「咲茉が食べるなら全部だってあげるよ」
「それだとゆーやの分が無くなるからだめっ、だから私がゆーやのポップコーン食べた分だけゆーやも私の、食べて良いからね」
はたして、それは謝罪の対価になるのだろうか?
「それ……最初話してた半分ずつと大して変わらなくないか?」
半分ずつと決めていた食べる割合が変わっただけで、2人で分ける量は変わってない。
別にキッチリと半分にする気も悠也はなかった。映画を見ながら適当に摘んでいれば、買った2種類のポップコーンを2人で食べる比率など気にするはずもない。
そもそも悠也からすれば、咲茉が食べたいと思ったから買っただけなのだから。
それに悠也が知る咲茉も、そんな些細なことを気にするタイプではなかった。
「…………そうかも」
悠也の疑問に、咲茉が困ったと眉を寄せる。
そんな彼女が無性に可愛いと思えて、無意識に悠也が笑みを浮かべてしまう。
その反応に咲茉が不満そうにまた頬を膨らませるが……気づくと悠也と同じように彼女も自然と笑みを漏らしていた。
「……ほら、ゆーや。もう良いから早く座ろ?」
もう先程のことも忘れたと言いだけに、咲茉が悠也の手を引いて歩き出す。
彼女に頷いた悠也がついていくと、数秒も経たずに購入した座席まで辿り着いていた。
「こっちが私で、ゆーやがそっちだよ」
先に座る咲茉に促されるままに、悠也も席に座る。
そして座った悠也が持っていた飲み物とポップコーンを咲茉に渡せば、一瞬で映画を見る準備は整ってしまった。
久しぶり過ぎる映画館のソファの居心地の良い感触が、妙にそわそわとしてしまう。
最後に映画を見に来たのか、いつだったか?
そんな何気ない疑問を悠也が抱いていると、
「やっぱり映画館の雰囲気って家と違うね」
手を繋いだままで隣に座る咲茉が、そんなことを呟いていた。
「いつも部屋でしか映画とか見ることなかったから……この特別な感じ、実は結構好きだったり」
「それ、分かるわ」
家では味わうことのない映画館ならではの独特な雰囲気は、悠也も嫌いではなかった。
今から映画を見るためだけに仕切られたこの空間は、代金を限られた人間にしか味わえない。
もう上映前だというのに、周りを見ても座っている他の客は明らかに少ない。特に客が少ない劇場だと、更に特別感が増して見えてしまう。
映画を見るなら、映画館が良い。そういう人間の気持ちも、悠也も分からなくなかった。
「えへへ、ならゆーやと一緒だ」
自分と同じ気持ちだったと知って、咲茉が嬉しそうに微笑む。
その見惚れそうになる笑顔に、悠也も自然と微笑んでしまう。
そんな時だった。
「こんな風に……ゆーやと映画館に来れる日が来ると思わなかったなぁ」
ふと劇場内を見渡す咲茉が呟いた声を、悠也は聞き逃さなかった。
小声で、しみじみと。どこか嬉しくも、悲しそうな声だった。
きっと、彼女は昔のことを思い出しているのだろう。
こんな場所に来ることもなかった日々のことを考えているに違いない。
その声に、思わず悠也が咲茉と繋いでいる手に少しだけ力を込めていた。
「……ゆーや?」
「何回だって、何十回だって、これから先……2人で来れるさ」
それだけ言えば、伝わる。
微笑む悠也がそう言うと、ゆっくりと咲茉の目が大きくなった。
僅かに、彼女の口元が歪む。
しかし、それも一瞬だった。
一度だけ目を伏せた後、咲茉は微笑みながら頷いていた。
「……うん。ちゃんと、これからも一緒に来てね?」
「それは俺の台詞だ」
その返事に一瞬だけ呆ける咲茉だったが、嬉しそうに頷いていた。
そんな話をしていると、ゆっくりと劇場内が暗くなった。
もう気づけば、上映時間になっていたらしい。
そのことに気づいた悠也と咲茉が頷き合うと、2人は手を繋いだままスクリーンに視線を向けていた。
上映中は、静かにするのがマナーである。
「…………」
映画館の礼儀に従って悠也は黙っていたが、無意識に彼の目は隣に座る咲茉を見つめていた。
「わぁ……!」
暗くなった劇場のスクリーンに映し出される映像に、咲茉から歓喜に満ちた声が溢れる。
悠也と繋いだ手は決して離さず、それでも視線はスクリーンに釘付けで。
ここまで喜んでくれるなら、本当に一緒に来て良かった。
「…………」
嬉しそうにスクリーンを見つめる彼女の横顔を、悠也は眺めていた。
その横顔に、目の奥が熱くなるまで。
我慢できなくなったら、ちゃんと映画を見よう。
そう思いながら、悠也は咲茉の横顔を見つめていた。
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