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第10話 あんな彼氏欲しい


 これから見る映画の上映時間は、事前に悠也も確認済みだった。


 咲茉とゆっくりと歩いて映画館に着いても、まだ上映時間には少しばかりの余裕があった。


「すみません。高校生2枚でお願いします」

「かしこまりました。お手数ですが、学生証をお見せください」


 映画館のカウンターで悠也がチケットを購入しようとすれば、当然のように受付で待つ2人の女性から学生証の提示を要求される。


 多少は手間だと感じるが、それも学生証を見せるだけで映画の料金が格段に安くなると思えば、そこまで気にもならない。


 大人と違って財布の中身が寂しくなりやすい高校生にとって、学割という偉大なサービスを使わない手はない。


 なにかと学割を使える場所が多いと分かっていれば、休日であっても学生証を持ち歩く。


 悠也に続いて咲茉も持っている学生証を見せれば、受付も頷いて確認するなり、すぐにレジ端末の操作を始めていた。


「確認しました。ありがとうございます。高校生2枚でお受けします。どちらの映画を見られますか?」

「では、こちらの映画をお願いします」


 訊かれた質問に悠也が答えると、頷いた受付が端末の操作を続ける。


 そして続けて受付から問われた席の場所も、咲茉と並んで見れるように選びつつ、映画の見やすい後方を選ぶ。


 これから見る映画が少し前に上映されていたからか、ある程度は好きな席を選べた。たとえ映画が混んでいても最新の映画ではなれば、そこまで混んでいなかったらしい。


 これも運が良いのか、それともただ流行に遅れているのか、はたしてどちらだろうか?


「高校生2枚、2,000円になります」


 そんなくだらないことを悠也が考えていると、作業を終わらせた受付の女性から支払いを促された。


 映画を見るのに2人で2,000円。やはり、どう見ても破格である。


 大人では考えられない価格だった。社会人になってから大して見に来ることもなかったが、大学生の時を考えても安過ぎる。


 あらためて料金の安さに悠也が感動しながら、財布から2,000円を取り出した時だった。


「悠也、ストップ」


 突然、横から飛び出した咲茉の手が彼の腕を掴んでいた。


「ん? どうした? やっぱり違う映画が良かったか?」

「違うよ。そういうことじゃなくて」

「じゃあ、どうしたんだ?」


 急に支払いを止められて、思わず悠也が怪訝に首を傾げる。


 気分が変わって、やはり違う映画を見たくなったのかと思えば、どうやら違うらしい。


 ならば彼女が支払いを止めてきたのは、どうしてだろうか?


 そんな疑問を悠也が思っていると、それが当然だと言いたげに咲茉が持っている小さな手提げバッグから財布を取り出していた。


「私も、ちゃんと払う」


 そして財布から1,000円札を取り出せば、悠也も咲茉の意図を察せた。


 我先にと、彼女がカウンターに置かれた受け皿に現金を置こうとする。


 しかし悠也も、咄嗟にその手を掴んで止めていた。


「それは駄目だ。ここは俺が払う」


 まだ外見が高校生の子供でも、その中身が25歳の成人ならば悠也にも少なからずの意地があった。


 たとえ子供の小遣い制となる財布事情でも、こういう時は男が払いたいという見栄を張りたい時もあるのだから。


 しかしそんなささやかな男の見栄も、咲茉には心底どうでも良かった。


「それはだめ、私も払います」


 頑なに自分も払うと聞かない咲茉に、悠也が苦笑すると首を小さく振っていた。


 こういう時、咲茉が頑なに支払いを悠也だけにさせないことは以前からそうだった。


 どこに行って、なにをする時も、絶対に咲茉は自分の分だけは必ず払おうとする。


 彼女の分を悠也が払おうとしても、頑固と言えるレベルで彼女は自分の支払いは自分でしようとする。


 その頑固に、いつもは根負けしていた悠也だったが今日ばかりは折れたくない意地があった。


「久々で、折角のデートなんだ。今日ばかりは俺に払わせてくれ」


 色々と騒がしく立て込んで、落ち着くこともなった日々もようやく落ち着いて、久々のデートなのだから祝いを兼ねて払いたいのだ。


 そう思う悠也だったが、やはり咲茉も折れる気はなかった。


「それでもだめ、男の人だから奢るとか意味分かんないもん。自分の分は自分で払う。それが普通のことだよ」


 好きな人でも、それだけは話が違う。そう思う咲茉の価値観は、彼女の培ってきた金銭感覚が大きな理由だった。


 タイムリープする前の長い時間を引き籠って過ごしていたことで、彼女の金銭感覚は金を使うことを極力控えることが多い。


 金を使わずに生きてきた弊害だった。物欲も人並み以下に薄れ、なにかの用事で必要なら払うだけというのが、基本的な彼女の金銭感覚である。


 決して、財布の紐が固いケチというわけではない。ただ彼女にとって金を使う機会が極めて少ないだけの話だ。


 そんな彼女の価値観からすれば、男だから払うという話自体が意味不明だった。


 なぜ自分の払わなければならない料金を他人に払わせなければならないのか?


 たとえデートでも、大好きな彼氏でも、愛してる人でも、それは違うと。


「それにお母さん達にも、男に奢られるだけの安い女になっちゃダメって言われたもん」


 お母さん達。というのは――おそらく悠也と咲茉、2人の母親のことだろう。


 あの2人なら、平気でそんなことを咲茉に吹き込んでもおかしくなかった。


「それにね。いつもゆーやに甘えてるけどね。なにをするのもゆーやと一緒の方が私は嬉しいの。同じ分だけお金を払って、一緒に同じことをして、なんでもゆーやと同じことを共有して、肩を並べて一緒な方が……私は嬉しいな」


 与えられるだけは嫌だと。そう語る咲茉に、自然と悠也は言葉を詰まらせた。


 悠也となんでも同じが良いから、同じことをしたい。


 だから支払いも同じ分だけ払いたい。同じことをして、支えられるのではなく好きな人と肩を並べていたい。


 そんな考え方をする咲茉の言葉に、悠也は困ったと苦笑するしかなかった。


 そこまで言われてしまえば、悠也も意固地になる気も起きなかった。


「……じゃあ、ジュースとポップコーンだけは俺に買わせてくれ」

「だーめ、それも私の分は自分で払います」

「ならグッズとかパンフを――」

「それも私が欲しいと思ったら自分で買うもーん」

「……ちょっとは彼氏っぽいことさせてくれよ」


 彼氏らしく、彼女に何か買ってあげたいと思う悠也の気持ちも、咲茉には関係ないと首を振っていた。


「彼氏っぽいこととか変なこと言わなくても、ゆーやは私のずーっと大好きな人。私はゆーやのなんだから。だからゆーやも、私の」


 えへへっ、と嬉しそうに咲茉が笑って見せる。


 やはり何を言っても、彼女は折れる気がない。


 そんな彼女に、悠也が引き攣った笑みを浮かべていると――


「ふふっ、可愛いカップルのお客様方? お楽しみのところ大変申し訳ありませんが、他のお客様がお待ちになってますのでお支払いをお願いしますね?」


 微笑ましい笑顔を向けてくる受付の女性にそう促された悠也がそっと振り返れば、当然だがチケットを購入する待ち人達が列を作っていた。


 金の支払いでこれ以上揉めるのは、他の客にも店側にも迷惑になる。


「……すみません。じゃあ、2人で1,000円ずつ」

「はい。確かにお預かりしました。こちらがチケットになります。無くさないようにお気をつけてください」


 観念した悠也が咲茉と1,000円ずつ支払うと、受付からチケットを渡された。


「はぁ……こんな感じだと、今日は彼氏っぽいことできなさそうだ」

「ん~? なに言ってるの? 私はいつでも、ゆーやの彼女さんだよ?」


 2枚のチケットを受け取って溜息を吐く悠也に、咲茉が不思議そうに首を傾げる。


 そんな彼女に悠也が肩を落としていると、


「……とっても可愛い彼女さんですね」


 カウンターを立ち去る間際に、受付からそんな言葉を掛けられた。


 悠也が振り向けば、受付の女性が微笑ましく笑っていた。


 思えば恥ずかしいところを堂々と見せつけていた。


 取り繕っても仕方ない。そう思って、自然と悠也は小さな笑みを浮かべていた。


「……自慢の彼女ですよ」

「ゆーや? 早くポップコーン買いに行こ―?」

「分かってるよ。慌てなるなって」


 去り際に小声で言って、悠也は咲茉に腕を引っ張られながら歩き出していた。


「……良いなぁ、私もあんな彼氏欲しい」

「めっちゃ分かる。彼女さんも美人だったし、あの彼も将来絶対良い男になるわよ。って、そんなこと言ってないで混んでるんだから次回すよ」

「あっ、はい! 次のお客様ー!」


 そんな二人の姿を、受付の女性達は羨ましそうに見送っていた。

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