第7話 見惚れちゃった
悠也の予想通り、自宅からゆっくり歩いても咲茉の家に到着するまで15分も掛からなかった。
いつもなら歩きで10分も掛からない距離だ。これでも悠也も意識して遅く歩いていたのだが、思っていたよりも早く着いてしまった。
到着した咲茉の家の前で、ふと悠也が腕時計で時間を見ても……まだ5分以上は時間に余裕がある。
「まぁ、遅いよりは良いか」
予定よりも早く着いてしまったが、遅刻よりは良いだろう。
そう自分を納得させた悠也がスマホを取り出すと、ゆっくりとした操作で咲茉にメッセージを送っていた。
『咲茉、ごめん。少し早いけど着いたよ』
『わかった! すぐ行くっ!』
一瞬で既読が付いたと思った途端、すぐに彼女から返事が返ってきた。
この反応の早さが堪らなく嬉しいと感じてしまうのは、どうしてだろうか?
無性に湧き上がる微笑ましさに、悠也がだらしなく頬を緩めながら持っているスマホを操作していた。
『外で待ってるから、ゆっくり出てきてくれ』
『もう準備はできてるから、すぐ出るね!』
当然と言えば当然のことなのだが、もう咲茉も出掛ける準備は済ませていた。
それも、実のところ悠也も自宅を出た時から知っていた。
あらかじめ、家を出たと同時に悠也が今から迎えに行く旨を咲茉に連絡した時点で、すでに彼女が準備を済ませていることは知らされていた。
なので少し早く着いたところで問題ないと思っていたのだが……だからと言って咲茉を急がせる理由にはならない。
この場で悪いのは、予定よりも早く来てしまった悠也自身なのだから。
『慌てなくて良い。早く来た俺が悪いだけだ』
すでに家を出る準備を済ませていたとしても、女の子は出掛ける直前になると時間を使う生き物だ。
出掛ける直前の整えた身なりの確認は、男よりも遥かに時間を使う。それくらいの常識は、悠也も当たり前に理解している。
特に今日に関しては、より一層に時間が掛かると思っていたくらいだ。
今日のデートに向けて、昨日から乃亜達が咲茉の家に泊まり込んでいるのだ。彼女達の手によって改造された咲茉を見送る寸前で、最後の確認もするに決まっている。
それを察してしまえば、悠也が待つことに不満を抱くこともなかった。
むしろ更に可愛くなった咲茉を見られるというのなら、何時間だって待てる自信すらあった。
一体、乃亜達はどんな風に咲茉を改造したのだろうか?
そんな疑問を悠也が思っていると、咲茉から返事が送られてきた。
『うん! ありがと!』
返ってきた咲茉の返事を悠也が確認して、後は待つだけだと思った時だった。
ふと、続けて咲茉からメッセージが送られてきた。
『あと全然ゆーやは悪くないからね!』
「……悪いのは俺だよ、咲茉」
きっと咲茉なら、そう言うだろうとは思っていた。
そんな彼女の些細なところでさえ、どうしようもなく愛おしく思えてしまう。
我ながら呆れるくらい彼女に惚れ込んでいる。
そんな自分に自然と悠也が苦笑していると、ふと咲茉の家の玄関が開かれた。
「咲茉っち、ちゃんと悠也にエスコートしてもらうんだよ〜」
「咲茉ちゃん、今日は楽しんで来てください」
「……今日だけは許してやる。楽しんでこい」
「みんな、今日は本当にありがと!」
少しだけ開かれた玄関の扉から微かに聞こえた乃亜達の声と、咲茉の嬉しそうな声が聞こえる。
「――じゃあ、いってきますっ!」
そして続けて咲茉の声が聞こえると、悠也が見つめていた玄関の扉が大きく開かれた。
開かれた扉の先から、誰かが出てくる。
それが誰なのかは、言うまでもなかった。
「良しっ……!」
今から目にする彼女の姿に、悠也が意を決する。
どんな姿でだろうとも、間違いなく咲茉は可愛くなっているに違いないと。
そう思った悠也が玄関から出てきた彼女の見た瞬間――
「…………」
その姿に、悠也は素直に言葉を失っていた。
歩くたびに揺れてひらめく、ブラウン色のスカート。
そして肩周りのネックラインが大きく開いた、赤いオフショルダーから覗く白い肌が眩しい。
右側だけ編み込んだ髪型が、いつもとは少し違った可愛らしさを感じさせて。
ほんの少しの薄化粧をしているのか、いつもより肌が綺麗に見えて。唇も、口紅ではなくリップを付けているのか煌びやかに見える。
「…………ぁ」
まるで大人のような姿に変わり果てた咲茉の姿に、ただ悠也は見惚れることしかできなかった。
「ゆーや、またせてごめんね?」
その手にポーチを下げながら小走りで駆け寄ってきた彼女からふわりと優しく感じる、いつもと違う甘い匂いが悠也の脳を一方的に刺激した。
「…………」
視覚と嗅覚。その両方向から受ける暴力とすら呼べる強烈な刺激に、悠也は言葉も出すことができないまま、その場で固まっていた。
「……ゆーや?」
声を掛けても反応しない悠也に、怪訝に思った咲茉が小首を傾げる。
傾げる首に合わせて、少しだけ彼女の身体も傾く。
そのなにげない彼女の仕草が今の姿を相まって、否応なく悠也の思考が停止する。
「……やっぱり私の服、変だったかな?」
固まる悠也に、不安を感じた咲茉が自身の服を見ながら苦笑して見せる。
そんな彼女の反応に、少し遅れて我に返った悠也が慌しく反応した。
「ぁっ、ち、違う……そうじゃなくて」
「……乃亜ちゃん達に色々としてもらったんだけど、やっぱりこういうの、私には似合わないよね」
言葉を詰まらせる悠也に、咲茉が失笑しながら俯く。
「ち、違うって……!」
「じゃあ、なに?」
不安そうに咲茉から見つめられて、また悠也が言葉を詰まらせてしまった。
間近で見る咲茉が、あまりにも眩しくて。
想像以上に仕上げられた彼女の姿に、悠也は震えた声で告げていた。
「いつも可愛いって心の底から思ってるけど、今日の咲茉は……その、雰囲気も変わって、信じれないくらい綺麗で可愛くなったから……見惚れてた」
「……ぁぅ」
思ったありのままの本心を悠也から伝えられて、今度は咲茉が固まってしまった。
ほんのりと、彼女の頬が赤く染まる。
しかし恥ずかしくても、悠也から褒められたことが嬉しくて堪らなかった。
「ありがと……すっごく嬉しい。今日のゆーやも、いつもより大人っぽくて素敵。私も、見惚れちゃった」
悠也から褒められたとなれば自分も、と咲茉がありのままの本心を伝える。
そう言って恥ずかしそうにそわそわする彼女に、悠也は呆気に取られながら反応していた。
「……咲茉の方が可愛いだろ?」
「いや、ゆーやの方が素敵だよ?」
「どう考えても咲茉の方が可愛いって」
「ううん、絶対にゆーやの方が素敵」
そう言い合って、睨み合う悠也と咲茉が揃ってムッと眉を寄せる。
だがそれも、一瞬だった。
睨み合って数秒まで経たずに、気づくと2人は楽しそうに笑い合っていた。
そしてしばらく経ち、湧き上がる笑いが収まったところで、おもむろに悠也は口を開いていた。
「……本当に、今日の咲茉は綺麗だよ」
念押しと、悠也が咲茉の姿を褒める。
その言葉に咲茉が気恥ずかしくも、嬉しそうに頬を緩めていた。
「えへへ……頑張って着ちゃったの」
そう言って、頬を赤くした咲茉がその場でゆっくりと一回転する。
また、ふわりとひらめいた彼女のスカートに、ふと悠也は思った疑問を口にしていた。
「咲茉……お前、それ」
あの咲茉が私服でスカートを穿いていることが信じられなくて、悠也が改めて目を大きくする。
そんな彼の意図を察して、咲茉は首を横に振っていた。
「これね、実はスカートじゃないの」
「……え?」
「キュロットっていう服なの、スカートみたいに広がる大きなズボンって言ったら分かる?」
怪訝に眉を寄せる悠也に、苦笑した咲茉が着ているキュロットの裾を掴む。
そして恥ずかしげもなく掴んだ裾を広げると、悠也も気づいた。
「あ、ズボンだ」
「でしょ?」
咲茉が広げたスカートと思っていたモノは、悠也から見ても一目で分かる半ズボンだった。
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