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第6話 母親として誇らしいわ


 その発端はどうであれ、今日という日を悠也は誰よりも待ち望んでいた。


 きっと世界中の誰よりも楽しみにしていたかもしれない。ただ学校や仕事が休みだと浮かれる人達よりも、休日に友達や恋人と出掛ける彼等よりも、自分の方が何倍も今日を楽しみにしていた自信がある。


 週末の土曜日。今日こそが待ちに待った咲茉とデートする日なのだから、悠也が楽しみにしない理由などあるはずがなかった。


 好きなどと言葉では到底伝えきれない。むしろ愛しているという言葉ですら足りないほど愛おしく想う咲茉と2人で出掛けるのだ。どう考えても楽しいに決まっている。


 これから始まる1日を想像するだけで自然と頬が緩む自分に呆れながら、悠也は自宅の玄関で最後の確認を行なっていた。


「髪、良し。服も大丈夫」


 玄関に置かれている見鏡で悠也が身なりを確認する。


 タイムリープする前の、社会人だった頃の影響もあってタイムリープしてからは身なりには気を使っているが、流石に今日は気合いが入る。


 とは言っても、デートだからと気合いの入れ過ぎも良くない。入れたくなる気持ちを抑えて、ほんの少しに抑え込む。


 ブランド物や強めの香水で身を固めた所為でデートの相手に引かれたなんて話も大学生時代に何度か耳にした。どう考えても悪手だとしか思えないが、その気持ちも分からなくもない。


 好きな相手によく見られたい。そう思う気持ちも分かるが、そういう時こそ程度を弁えるべきだろう。やり過ぎは良くないと聞く。それに定期的に購入しているファッション誌にも書いてあった。


 普段とは少し違った雰囲気を出すだけで良い。


 まだタイムリープしたばかりの頃は整髪料で髪を整えていたのだが、咲茉から髪にワックスが付いてると頭が撫でられないと言われてから使うのも控えていたが……今日は少しだけ使う。


 使うと言っても、軽く毛先を遊ばせる程度に。デート中に咲茉から頭を撫でられる可能性もある。だから撫でられても違和感がないようにしておく。


 少し毛先をいじるだけで、雰囲気は変わる。鏡で見ても、良い感じのセットができたと判断する。


 デートの服も、まだ男に苦手意識のある咲茉のことを考えて、男らしさを出さないようにした。


 黒を使わないように白のパンツを選び、ネイビー柄の半袖コーチジャケットと水色のシャツで紳士らしさと涼しい印象を与える。そして普段は付けない、紐型のネックレスを付けてみる。


 流石にアクセサリーはやり過ぎかもと思えたが、普段は一切付けないからこそ今日だけは良いだろうと思うことにした。


 見鏡に映る自分の姿に、もしかしたら気合いを入れ過ぎかもと思いたくなったが、これでも抑えた方だと悠也は自分を納得させた。


「忘れ物もなし。時間もまだ余裕がある」


 財布には現金も忘れずにある。スマホを含めた貴重品に加えて、ハンカチも忘れていない。


 約束の時間。午前9時に咲茉を迎えに行くにあたって、5分前に彼女の家に着けるように家を出る時間も決めている。


「完璧過ぎる……ここまで準備ができた自分が末恐ろしい」


 我ながら完璧な準備に悠也が誇らしく笑みを浮かべている時だった。


「まぁまぁ……なんとも随分と気合いが入ってる息子が玄関で笑ってるわよ」


 ふと、リビングから玄関を覗き込んでいた悠奈が含み笑いで悠也の姿を見るなり、そう呟いていた。


「……別に良いだろ。折角のデートなんだから」


 その呟きに、悠也がムッと不満げに眉を寄せる。


「確かにそうかもねぇ〜。今日のデートの為に昨日珍しく咲茉が泊まりに来なかったくらいだし、悠也が気合い入れるのも分かるわぁ」


 そんな彼の反応に、悠奈はクスクスと笑っていた。


 いつも悠也と咲茉は、必ずどちらかの家で一緒に泊まりを含めて過ごしている。それが昨日だけは、例外だった。


「咲茉が言ってたけど、わざわざ今日の準備の為に友達が咲茉の家に泊まってるらしいじゃない? あの子も相当気合い入れてるのかしら?」


 その理由を咲茉本人から聞かされていた悠奈がわざとらしく首を傾げていた。


 いつも悠也と一緒にいることを最優先している咲茉が珍しく彼と離れた理由は、彼女の家に乃亜達が泊まるからだった。


 その話は、悠也も聞かされていた。デートの前日は、デートの準備をする為に乃亜達が泊まりに来ると。


 はたして、わざわざ乃亜達が泊まり込むほどの準備とはなんだろうか?


 そんな疑問を抱く悠也だったが、咲茉も心なしか乃亜達が泊まりに来ることを楽しみにしていた様子を見てしまえば、それを指摘する気も起きなかった。


 久々に咲茉が傍に居ない夜を過ごして、あまりにも寂しくて泣きたくなった。いつも寝る時は抱きついてくる彼女がいないと気づいた時の寂しさは、きっと一生忘れないだろう。


「さぁ? 女の子の準備は色々と時間掛かることくらい知ってるけど、そんなに集まって準備することあるか?」


 昨夜の寂しさを思い出した悠也が、堪らず母親に思った疑問を投げてしまう。


 その疑問に、悠奈は呆れたと深い溜息を吐き出していた。


「少しは良い男になったと思った息子でも、まだまだねぇ〜」

「……今から反抗期になってやろうか?」


 明らかに小馬鹿にされていると思った悠也が眉を吊り上げる。


 しかし息子から睨まれても、母親には痛くも痒くもなかった。


「もう咲茉も立派な女の子なんだから準備くらい、きっと1人でもできるわよ。単純に、あの子は周りから愛されてるのよ」


 嬉しそうに語る悠奈の話に、怪訝に悠也が眉を寄せる。


 そんな息子の反応に、悠奈は笑みを浮かべながら続けていた。


「今日だけは絶対に大好きな悠也に可愛く思われたいって、きっと周りの子達が心配してくれてるのよ。まだ咲茉には少し早い化粧に詳しい友達がいるかもしれないし、髪を弄るのが得意な子もいるかもしれない。そんな子達が、大好きな咲茉を可愛くしたいって思って手伝いに行ってるのよ」


 そう言われると、確かにそうかもしれない。


 わざわざ乃亜達が咲茉の為に泊まり込むということは、そういうことだろう。


 いまだに悠也は判別できないが、乃亜達からすると今の咲茉はダサいらしい。


 そんな彼女が1人で準備をさせると、間違いなくとんでもないことになる。そう思われているのだろう。


 そうでなければ、ここ数日で悠也に一切の情報が知らされることもなく、乃亜達による咲茉の改造計画は行われなかっただろう。


 その意気込みを考えれば、絶対に咲茉を可愛くしてやるという乃亜達が彼女の家に泊まり込むのにも納得できた。


「本当に……あの子はみんなに好かれてるのね。母親として誇らしいわ」


 娘が周りから好かれていると判断して、悠奈が嬉しそうに微笑む。


「…………そうだな」


 ふと、その笑顔を見た途端――なぜか悠也は無性に泣きたくなった。


 咲茉が乃亜達から好かれていることなど、分かりきっているのに。


 彼女を心配している彼女達の気持ちも、嫌というほど分かっているのに。


 そうやって心配して傍に居ようとしてくれる彼女達に、きっと咲茉は楽しそうに笑うのだろう。


 今が楽しいと、そう思って彼女は笑ってくれる。そんな日々が、これからも続いていくのだ。


 その笑顔を思うと、やはり悠也は泣きなくなった。


 出そうになる涙を抑え込む為に、目頭を指で押し込む。そして無粋なことは考えるなと自分に何度も言い聞かせると、次第に涙は引っ込んだ。


「悠也? 急に何してるの?」

「……今日が楽しみで寝不足かもな。ちょっと眠気が来ただけだよ」


 唐突な悠也の行動に首を傾げる悠奈だったが、その返事を聞くなり、呆れた笑みを浮かべていた。


「まったく……楽しみで寝れなかったなんて、大人っぽくなってもまだまだ悠也は子供ねぇ」

「……うっせ」


 グッと堪えた涙が収まったところで、悠也が不満そうに鼻を鳴らす。


 しかし彼の反応が愛おしいと言いたげに、悠奈は嬉しそうに笑うだけだった。


 微笑ましいと笑う母親に半目を向けた後、なにげなく悠也が腕時計を確認する。


「やば、そろそろ行かないと間に合わない」

「まだ20分前よ? 咲茉の家まで10分も掛からないでしょ?」

「余裕持っていくのが大人の嗜みだろ?」


 返ってきた悠也の返事に、思わずキョトンと悠奈が呆ける。


 そしてすぐにクスクスと笑い出した母親の声を聞きながら、悠也は出そうになる舌打ちを抑え込むと、すぐに家を出ていた。


「いってきます」

「はい、いってらっしゃい。ちゃんと今日の可愛い咲茉の写真撮って来て私に見せること、忘れてないでね?」


 適当に手を振って家を出ていく悠也を、悠奈は小さく手を振って見送った。


 心配しなくても、たとえどんな姿でどこに行こうとも、あの息子と娘は思う存分楽しんでくるだろう。


 さて今日の夜、どうやって2人を揶揄ってやろうか。


 そんな邪な考えを思いながら、悠奈が息子の出て行った玄関を見つめて微笑んでいた。

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