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第5話 絶対に後悔しないから


 乃亜と凛子の必死な謝罪によって咲茉の機嫌も無事戻った後、気を取り直した4人はあらためて咲茉のデート服探しを再開していた。


「咲茉っち、これは?」

「これは……太ももが全部出ちゃうから嫌かも」


 乃亜が洋服タンスから取り出したショートパンツに、咲茉が首を小さく振る。


 丈が短いショートパンツは、当然だが穿くと足がむき出しになってしまう。よって必然的に太ももが出てしまうパンツは、咲茉が着れる服の選択肢に入らなかった。


「咲茉、こっちはどうだ?」

「それも足の線が出ちゃうから着たくないかな」


 続けて凛子から見せられたスキニーパンツにも、咲茉は難色を示していた。


 細身タイプのパンツは、穿けば当然のように足のラインが綺麗に出てしまう。やはりこれも、身体の線が出ることを極端に嫌がる咲茉の選択肢に入らなかった。


「咲茉ちゃん? ちなみにこういうのは?」

「それは……部屋着でなら時々着てるけど、それで外に出るのはちょっと」


 なにげなく雪菜が手に取ったタンクトップに、咲茉が苦笑混じりに答える。


 薄着の中でも、特に肌が露出しているタンクトップは夏場なら男女問わず着ている人も多い。


 暑い時期である以上、咲茉も薄着になることもある。タンクトップもそのひとつだが、それを彼女が外出で着るわけにもいかない理由があった。


「それ着ると谷間出ちゃうから……流石に」


 咲茉の場合、人並み以上に育っている胸の所為でタンクトップを着ると嫌でも襟元から谷間が出てしまう。


 それを人目に晒すことなど、今の彼女が許せるわけがなかった。



「…………あっ、はい」



 その返事に、絶句してしまった雪菜の絞り出せた言葉は――ただそれだけだった。


 タンクトップを着ると、谷間が出る?


 予想を超えた未知によって生み出された疑問が、彼女の思考を埋め尽くした。


 はたして、どうすればタンクトップの襟元から谷間が出るのだろうか?


 そっと雪菜が自身の胸元に視線を向ければ、そこには綺麗な壁があるだけで。


 その視線をなにげなく咲茉の胸元に向けると、制服のブラウスとベストの上からでも分かる大きな膨らみがその存在を強調していた。


「…………」

「雪菜ちゃん? どうしたの?」


 雪菜が固まっている姿に、怪訝に咲茉が首を傾げる。


 雪菜の心情も察せず、心底不思議そうにする咲茉の表情があまりにも自然過ぎて。


 そのごく自然な反応が、更に雪菜のメンタルを砕いた。


 心なしか、雪菜のタンクトップを持っている手が震え出す。そして自分の胸を見つめたまま、俯く彼女の身体が小刻みに震えていた。


「……雪菜ちゃん?」

「咲茉っち……もう雪菜っちの体力はゼロだよ。それ以上の攻撃はオーバーキルになっちゃう」

「へっ? どういうこと?」


 突然落ち込みはじめた雪菜を横目に、乃亜から語り掛けられた言葉が一向に理解できず、また咲茉が首を傾げる。


「世の中にはね、持たざる者と持つ者がいるってこと。それがこの悲しい世界の理なんだよ。だから咲茉っちは何も気にしないで、ここは何も言わないのが正解だよ。今の君が何を言っても雪菜っちが拗れるだけなの」

「……?」


 乃亜の話がよく分からず、咲茉が眉を寄せる。


 しかしそんな彼女を無視して、乃亜は俯く雪菜を放置して話を進めることにした。


 このまま咲茉が雪菜を気に掛けると間違いなく面倒なことになると判断して。


「……こうして見ると、咲茉っちの服って可愛いけど派手な感じの多いね」


 開けられた洋服タンスを見つめながら、苦笑混じりに乃亜が呟く。


 その強引とも思える話の逸らし方に、咲茉は困惑しながらも応じることにした。


 信頼している乃亜に雪菜を気にするなと言われてしまえば、その通りにするべきだろう。その判断の元、咲茉は怪訝に思いながらも口を開いた。


「……うん。昔の私ってそういう服が好きだったみたい」

「そう言われるとそうかもな。今まで咲茉の着てた服って結構露出多かった気がするわ」


 咲茉の返答に、ふと凛子がそう呟いていた。


 凛子も乃亜の意図を察していた。このまま咲茉が雪菜を心配すればするほど面倒なことになると。


 その面倒事の一端を何度も垣間見た凛子だからこそ、咲茉の意識を雪菜から1秒でも早く逸らすべきだと判断していた。


 その凛子の呟きに、雪菜から意識が外れた咲茉ざ苦笑混じりに頷いていた。


「タンスに入ってる服見た時からそんな気はしてたよ。もうあんまり覚えてないけどね」


 そう答えて、咲茉が開かれたタンスに詰め込まれた服を見つめながら失笑してしまう。


 タンスの中に入っている服は、どれも彼女にとって派手な物ばかりだった。


 昔の自分がどんな服を着ていたかなど、もう咲茉はあまり覚えていなかった。


 タイムリープする前から、意図的に昔のことを考えないようにしなくなってからというもの……些細なことを忘れやすくなってしまった。


 自分を持っている服を見て驚いてしまったのが良い例だ。この時代の自分が着ていた私服すら覚えていなかったのだから。


 足がむき出しになるショートパンツやホットパンツ、更にスカート。そして身体の線が出る細身のパンツやシャツなど、今の自分では到底着れない服ばかりだ。


 今にして思えば、どうして昔の自分はこんな服を着ていたのかと咲茉も呆れるばかりだった。


 思わず、咲茉の口から深い溜息が漏れる。


 そんな彼女に、乃亜は苦笑しながら肩を竦めていた。


「昔の咲茉っちは自分の魅力の見せ方を分かってたんだよ。じゃないとこんな可愛い服の選び方しないよ」

「……そうなのかな?」


 ふと返ってきた乃亜の返事に、咲茉が失笑する。


 そんなもの、分かりたくなかった。分かっていなければ、あんな辛い思いもしなかったのかもしれない。


 そう思ってしまうと、乃亜の言葉も素直に喜べなかった。


「咲茉っちの肌って白くて綺麗だから見せた方が可愛く見えるし、胸もおっきくて腰も細いし、足も長いからショート系のパンツや細いパンツを着たら映えるんだよ。ハッキリ言っちゃうとスタイルの良い子にしか着れない服が着れるタイプなんだよね」


 そう褒められても、やはり喜べない自分がいた。


 昔の自分はモテたかったのだろうか?


 そんな考えが、ふと咲茉の脳裏に過った。


「モテたかったのかな、昔の私って」

「いや、そんなことなかったと思うぞ」


 なに気なく呟いた咲茉に、間髪入れずに凛子がそう答えていた。


「……そう?」


 返ってきた彼女の言葉に、咲茉がキョトンと呆ける。


 その表情に、凛子はわざとらしく肩を竦めて答えた。


「彼氏欲しいとか一回も言ったことなかったな。恋愛してみたいーって言ってたけど、それも少女漫画とか読んだ後くらいだったし……中学の時も告白されても全部断ってなかったか?」


 そう言われると、咲茉もそんな気がした。


 恋愛に関する興味は、人並みにあったと思う。だが恋人が欲しいという願望は、実のところなかったかもしれない。


 恋に恋する、きっとそういうことなのだろう。そんな言葉が咲茉の頭に思い浮かんだ。


「そんなの当たり前でしょ、昔から咲茉っちは悠也っちのこと無自覚で大好きだったんだから他の男に目移りなんてするわけないって」


 失笑した乃亜がそう言うと、凛子があからさまに嫌そうな表情を浮かべて舌打ちを鳴らしていた。


「ちっ……マジでうぜぇ」


 その凛子の反応が、乃亜の言葉が2人の共通認識だと告げる。


 そんか2人の反応に、思わず咲茉は頬を赤くしたまま訊き返していた。


「そんなに分かりやすかった?」

「とーぜん、どう見てもベタ惚れだったよ」

「……ノーコメントで」


 あらためて言われると、恥ずかしいものがある。


 咲茉自身、かなり遅れてから悠也のことが好きだったと自覚してしまった身だった。それが当時から乃亜達に知られていたと思うと、今更ながらに恥ずかしさが込み上げてくる。


「そんなに分かりやすかったなら……流石にちょっと恥ずかしいかも」

「……あれだけ私達の前で彼氏とイチャついてる子がよく言うよ」


 ほんのりと頬を赤く染める咲茉に、乃亜から苦笑が漏れる。


 確かに、昔から好きだったことを知られることよりも恥ずかしいことを咲茉は乃亜達の前でしている。


 しかし、もう後悔する生き方をしないと決めている以上、悠也と過ごせる時間を咲茉が恥ずかしいと思うはずもなかった。


 とは言えど、それはまた違った恥ずかしさがあるのも事実だった。


「じゃあ、なんで昔の私ってオシャレなんてしてたんだろ?」


 悠也しか見てなければ、必要以上に身なりを気にすることもなかっただろう。


 そう思った咲茉に、乃亜は呆れたと言いたげに溜息を吐いていた。


「だからその考えが違うんだよ、咲茉っち」


 違うと言われても、咲茉にはイマイチよく分からなかった。


 そんな彼女に、乃亜が突き出した人差し指を向けると誇らしげに語っていた。


「別に誰かにモテたいからオシャレするんじゃないの。可愛くなりたいなんて女の子なら誰でも思うことだもん。前に話した下着の話が良い例。下着もそうだけど、可愛い服着ると楽しいと思わない?」

「……楽しい?」

「試しに誰かに良く見られるとか一切考えないで、可愛い服を着てる自分を想像してみなよ。前にみんなで買い物に行った時の私達が着てた服とか思い出してみてさ」


 乃亜からそう言われて、渋々と咲茉は想像してみることにした。


 以前に4人が出掛けた時、乃亜達は各々違った服を着ていた。


 乃亜は活発な印象を受ける、カラフルなパーカーとショートパンツだった。


 凛子は身体のラインを見せる、モデルのような私服を着ていた。


 そして雪菜はふわりとした落ち着いた印象を受ける、可愛らしい服装だった。


 それを着ている自分の色んな姿を、咲茉が想像する。


 そしてその姿を脳内で思い描いた咲茉は、思うままの感想を口にしていた。


「ちょっと楽しいかも」

「それで自分も楽しくてさ、悠也っちに可愛いって言われたりしたら嬉しいでしょ?」

「……うん、すっごく嬉しい」


 その光景を思い浮かべた咲茉から笑みが溢れる。


 そんな笑顔を見せる咲茉に、乃亜も自然と笑みを浮かべていた。


「まぁ悠也っちにどう思われるかはともかく、昔の咲茉っちがオシャレ好きだったのはそんな理由だよ。単に自分が好きだったからって話、それだけだよ」


 そういうことならば、咲茉も少しだけ納得できた。


 露出が多い服を選んでいたのはともかくとして、単純に好きな服を着ていただけという話なら理解できなくもなかった。


「って言っても、今の咲茉っちだと着れない服ばっかりだけどね。当たり前だけど10年も経てば好みも変わるだろうし」


 それを言われると、やはり咲茉も耳が痛かった。


 タンスの中に入っている服は、派手な物しかない。今の自分では着れると思える服が少ないのが本音なのだから。


「持ってる服が着れないならどうすんだ? 買いに行くのか?」


 凛子も咲茉の持つ服が着れない物ばかりだと察すれば、そう言ってしまうのも当然だった。


 ないのなら、買うしかない。


 そう思う彼女と同じく咲茉も頷いていると、ふと乃亜が少し考える仕草を見せていた。


「確かに、ここにある服が着れないとなると買いに行くしかないけど……」

「けど、ってなんだよ?」

「むしろ買いに行くと選択肢が無限にあるからなぁ……どうしよっかなぁ」


 怪訝に眉を寄せる凛子に、考え込む乃亜が唸る。


 そして乃亜がしばらく唸っていると、何かを思いついたのかハッと目を大きくするなり、指をパチンと鳴らしていた。


「咲茉っち、確認しても良い?」

「なに?」

「これは私の予想だけど、君の着れる服の選択肢の限界って足が膝までしか出なくて、上は谷間とか出ない上で身体の線も出ないようにしつつ夏でも肌の露出が少ない服で合ってる?」


 今までの咲茉の話と、普段の彼女が着ていた私服と制服を踏まえた予想を乃亜が告げる。


 その予想に、咲茉は素直に頷いていた。


「うん。そう言われるとその通りかも」

「なぁ、それ……あらためて言われると選ぶの厳しくないか?」


 頷く咲茉の隣で、凛子が引き攣った笑みを浮かべる。


 条件の厳しい咲茉の希望通りの私服を選ぶとなると、やはり選べる選択肢はかなり限られる。


 凛子も、その選択肢で服を選ぶのは難しいと思っている時だった。


「ふっふー! 良い案、思いついたよ!」


 乃亜が誇らしげに胸を張って、自信満々にそう告げていた。


「乃亜ちゃん? ほんと?」

「当然! ちなみに……咲茉っちって服を買いに行く予算、どれくらい出せる?」

「……まだ使ってないお年玉貯金があるから、ある程度は」

「1万円くらいあれば余裕だと思う」

「あ、それなら全然大丈夫」


 咲茉の了承を得ると、乃亜は満足そうに頷いていた。


「良し! じゃあ明日の放課後にでも買いに行こう!」

「ちなみに……それってどんな服なの?」

「勝手に決めないで先に私達にも言えよ」


 予定を決めた乃亜に、そわそわとした咲茉と眉を寄せる凛子が思わず訊いてしまう。


 そんな2人に、乃亜は楽しそうな笑みを浮かべながら取り出したスマホを操作していた。


「まだ咲茉っちは楽しみにしてもらいたいから秘密にしておくけど、凛子っちには教えてあげるよ。スマホに画像送ったよ」


 そう言われて、凛子がスマホを確認する。


 そしてスマホを確認すると、凛子は納得したと頷いていた。


「あぁ……そういうことか、これはアリだわ」

「でしょー?」

「……私には教えてくれないの?」

「咲茉っちは明日までのお楽しみ、楽しみにすると良いよ。絶対に後悔しないから」

「えぇ……」


 教えてくれない乃亜と凛子に、不満そうに咲茉が頬を膨らませる。


「マジで安心して良いぞ、咲茉。私もお前の条件に合いそうな服だと思うし」

「……むぅ、なら教えてくれても良いじゃん」


 凛子にそう言われても、教えてくれなければ意味がない。


 そう思った咲茉が不満を向けるも、やはり2人が教えてくれることもなく。


 楽しそうな笑みを浮かべる乃亜と凛子に、咲茉は口を尖らせるだけだった。



「……ぺったんこ」



 そんな3人に、そっと胸を撫でていた雪菜の小さな呟きは聞こえていなかった。

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