第3話 私達としては役得
乃亜の提案によって今週末に取り決められた悠也と咲茉のデートに向けて、万全の準備を期すべく――放課後になると、男子を除いた乃亜達3人は咲茉の家を訪れていた。
「では早速だけどー、まず最初に咲茉っちのコンセプトを決めましょ〜」
咲茉の自室に置かれた洋服タンスを目の前にして、開口一番と乃亜が告げた唐突な言葉に、咲茉が首を傾げた。
「……私のこんせぷと?」
「咲茉っち。その反応は女の子としてどうかと思うよ〜」
「……?」
乃亜の話がよく分からず、また咲茉が不思議そうに首を傾げてしまう。
その反応に乃亜が苦笑いをして見せると、わざとらしく肩を竦めていた。
「咲茉っちも流石に聞いたことあるでしょ? きれいめ系とかカジュアル系とか、そういうファッションのコンセプトくらいは」
「そう言われたら……テレビとかで聞いたことあるかも?」
確かにその類の単語は、咲茉もテレビで何度か見た覚えがあった。
とは言っても、その時に流し見していた番組の内容など彼女が覚えているはずもなかった。
咲茉もタイムリープする前の、まだ子供だった頃はファッションに対する興味関心も人並みにあった自覚はある。
しかし“とある一件”で自室に引き篭もって以来、その手の話題には興味も湧かなくなった。どちらかと言えば、1人で時間を潰せるサブカルの知識だけが無駄に増えていく一方だった。
それから約10年近くも経ってしまえば、咲茉のファッションに関する知識が消え去ってしまうのも当然と言えるかもしれない。
そんな反応を見せた咲茉に、渋々と乃亜が腕を組んで唸っていた。
「うーん……やっぱり長い時間引き篭もってたらこうなるのかぁ」
咲茉がタイムリープしていること知る乃亜も、少し考えれば彼女の無知さにも納得できた。
外出する気もなければ、身なりに気を使うこともない。誰かと会うこともなく、人目も気にしない環境に慣れてしまえば、誰でも今の咲茉のようになってしまうのだろう。
「うっ……それを言われると」
引き篭もりだった時期を思い出して、思わず咲茉の表情が強張った。
決して不快だから、というわけではない。すでに乃亜達に自身の過去を赤裸々に語った時点で、咲茉も指摘されるとは思っていた。
ことファッションに関する知識の無さは、咲茉も自覚している。だからこそ彼女達に手伝ってもらわなければ、今の自分ではデートの服選びすらもできない。
今では多少なりとも克服できている辛い過去だが、それでもふと思い出すと、やはり胸の奥が少しだけ痛くなる。
その痛みを感じて、そっと咲茉が胸に手を添えていると――凛子の目が僅かに鋭くなった。
「おい、乃亜」
度が過ぎる乃亜の言葉を、咄嗟に凛子が指摘する。
しかし彼女に指摘されても、乃亜は違うと言いたげにその場で小さく首を振っていた。
「別に悪い意味で言ったわけじゃないよ。むしろ私達としては役得だなって思っただけ」
「……役得?」
凛子にそう答えた乃亜に、思わず咲茉が首を傾けた。
はたして、今の話のどこに乃亜達が喜ぶところがあったのだろうか?
見当もつかない咲茉が不思議そうにしていると、そんな彼女に乃亜が小さな笑みを浮かべていた。
「だってさ……こうして咲茉っちのデート服選びができる日が来るなんて思わなかったもん。私の知ってる咲茉っちって、自分なりのファッションを持ってる側の人間だったから」
中学生時代の咲茉を思い返した乃亜が、今の彼女を見つめて語る。
その言葉に、自然と咲茉は訊き返していた。
「……昔の私って、そんな感じだったの?」
「うん。可愛い系の服が好きだって言ってたね。それ系統の服、よく着てたよ。髪も染めてたし、ファッションにはこだわりがあったと思うよ」
髪を明るい茶色に染めていたのは、咲茉も覚えがあった。
タイムリープして初めて鏡で自分の容姿を見た時の違和感は、今でも覚えている。すぐ黒に染め直したが、当時の自分は随分と派手だったなと呆れていたくらいだ。
今はもう染めようとも思っていないが、確かにわざわざ手間を掛けて髪を染めていた時点で、当時の自分は身なりに気を遣っていたのかもしれない。
「凛子っちが髪染めてるのも、咲茉っちの影響だもん」
「え、そうなの?」
おもむろに乃亜から告げられた話に、思わず咲茉が隣にいた凛子に振り向く。
それと同時に、赤面した凛子が乃亜に怒鳴っていた。
「乃亜っ⁉︎ なんでお前がそれ知ってんだよっ⁉︎」
「分かるに決まってるでしょ。同じ色に染めてたんだし、気づかない方がおかしいって」
怒る凛子に、乃亜がクスクスと笑う。
改めて咲茉が凛子の髪を見ると、確かに黒に戻す前の自分の髪色に似ているような気がした。
「……私と同じ色にしてくれてたの?」
思わず咲茉がそう訊くと、赤面した凛子の表情が強張った。
そして俯いた凛子が横目で咲茉を見つめると、恥ずかしそうに口を開いていた。
「だって……咲茉とお揃いにしたかったんだもん」
その為だけに自分と同じ色に髪を染めた凛子が赤面している姿が、咲茉にはとても可愛く見えた。
そう思うと、今更ながら髪色を黒に戻したのが申し訳なく思ってしまった。
「……ごめんね、知らなくて黒に戻しちゃって」
「別に良いって。私が勝手にしてたんだし……それに今の髪色、結構気に入ってるし」
「その色、私も染めてみようかな。悠也が好きだったら」
前半の咲茉の話に一瞬で凛子の目が輝いたが――後半の言葉を聞いた途端、その輝きが消え失せた。
その場で、凛子が大きく肩を落とす。そして深い溜息を吐くと、ここにいない“男子”に向けて堪らず舌打ちを鳴らしていた。
「やっぱりここでも悠也が邪魔してくるのかよ……」
「凛子ちゃんとお揃いにしてみたいけど、流石に悠也が嫌だったら染めないかな」
凛子とお揃いにしたいと思いつつも、やはり咲茉にとって悠也が一番であるのは変わらなかった。
自分の好みではなく、他者を最優先しているところか咲茉が持つ良いところなのだろう。
だが、それも言ってしまえば自身を蔑ろにしていると言える。ある意味では、それも彼女の悪いところだと言えるかもしれない。
昔からそうだったが……今の彼女の場合、それが特に際立って目立っている。やはりタイムリープする前に過ごしてきた日々が、自然とそうさせているのだろう。
これも、これから過ごす自分達との日々で少しずつ変わってくれることを祈ろう。
その部分を改めて乃亜が再確認すると、苦笑混じりに口を開いていた。
「自分の好みを優先させた方が一番良いけど、ファッションに興味を持つキッカケも最初はそういうので良いかもね」
「そういうものですか?」
ふと呟いた雪菜に、乃亜が小さく頷いた。
「最初は誰でもそういう感じじゃない? 好きな友達なり憧れの芸能人と同じ格好したいとか、雑誌のモデルと同じファッションしたいとか」
「確かに、そう言われたら私も同じですね」
「……同じ?」
雪菜の返事は、乃亜の興味を惹くものだった。
サブカルなども大して知らない、世間知らずな一面がある雪菜に真似したい人間がいるとは思いもしなかった。
「……そう言えば聞いたことなかったけど、雪菜っちの私服ってどうやって選んでたの?」
「私ですか? 私の場合は母の影響ですね。子供の頃にお母さんと一緒のふんわりとした可愛い服が着たいなって思って」
「あぁ〜、確かにそう言われたらそっくりかも」
「本当ですか? それはすごく嬉しいです!」
親と似ていると言われて、恥ずかしげもなく喜べるのは実に雪菜らしい反応だった。
本当に嬉しくて堪らないのだろう。肩を揺らして喜んでいる雪菜を横目に、ふと乃亜の視線が咲茉に向けられた時だった。
「凛子ちゃんの髪、すっごく綺麗だね。手入れとかどうしてるの?」
「結構前に咲茉が教えてくれたトリートメント使ってる……って頭撫でるなよ、恥ずいって」
「だってすっごく触り心地良いから、つい触っちゃう」
「……なら私にも触らせろよ」
「ちょっと恥ずかしいよ。私の髪、凛子ちゃんみたいに綺麗じゃないもん」
「なに言って……え、やば、咲茉の髪めっちゃ柔らか」
「もー! 悠也みたいなこと言わないでよ!」
少し目を離すと、なぜかいつの間にか凛子と咲茉が恥ずかしがりながら互いの髪を触り合っていた。
赤面して、満更でもないと嬉しそうに微笑み合う2人の姿はとても仲良しに見える。
しかし明らかに凛子の、咲茉を見つめる目が本気に見えるのはどうしてだろうか?
そんな凛子に乃亜が呆れると、引き攣った笑みを浮かべながら肩を落としていた。
「そこの2人〜。百合みたいなことしない」
「べ、別に私と咲茉は……ゆ、百合とかじゃねぇし!」
「言っとくけど、百合って一般的な言葉じゃないからね? 面倒だから突っ込まないであげるけど」
花以外に百合という単語が持つ別の意味を、どうして凛子が知っているのだろうか?
それをわざわざ指摘する気もなかった乃亜が失笑すると、じゃれ合う凛子と咲茉の間に入って邪魔する。
それに少し不満そうにする凛子だったが、それも乃亜は気にする素振りをあえて見せなかった。
「良いから、早く咲茉っちの着るデート服のコンセプト決めるよ」
手を軽く叩いて、乃亜が話題を変える。
その声に咲茉達が苦笑していると、3人の顔をそれぞれ見ながら乃亜が口を開いた。
「試しに聞くけど、良い案ある?」
これから考える咲茉のデート服の案を、乃亜が3人に訊く。
その問いに、3人がそれぞれ答えた。
「悠也が喜んでくれる服が良いな」
「タイトな服着せたい。ロックな感じで」
「ふわふわな可愛い服が良いと思います」
「うん。分かってたけど合うわけないよね。ちなみに私はパーカーとかの可愛い系だったけど」
はじめから4人の意見が噛み合うとは、乃亜も思ってすらいなかった。
「とりあえず、咲茉っちの持ってる服見てみますか。多分可愛い系しかないと思うけど……それ見ながらコンセプト決めて、必要な物集めましょ〜」
そう言って苦笑する乃亜の提案に、咲茉達が反対することもなかった。
その提案をきっかけに4人が肩を並べると、目の前の洋服タンスの中身を物色することにした。
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⚫︎追伸
第5回HJ小説大賞、一次選考を通過してました。
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