第2話 隠さないで見せてよ
「「……デート?」」
思いもしなかった乃亜の言葉に、悠也と咲茉が揃ってキョトンと呆ける。
そんな2人の姿に、乃亜は呆れたと言いたげに深い溜息を吐き出していた。
「なんで2人揃って疑問形なの?」
「なんでって言われても……」
「お前が意味不明なこと言うからだろ」
小首を傾げる咲茉に続いて、悠也が怪訝に眉を寄せる。
その揃った2人の反応に、また乃亜が深い溜息を吐き出していた。
「いや、普通に分かるでしょ?」
「どうして俺達がデートする話になるんだよ?」
話の意図が全く掴めず、悠也が怪訝に訊き返す。
その返答に、乃亜が心底呆れたと言いたげに頭を抱えていた。
「どう考えてもなるでしょ? あれだけ物騒だった暴行事件も解決したんだし、これで安心して出掛けられるって思えばデートくらいするのが普通じゃないの?」
やれやれと頭を振るう乃亜にそう言われて、やっと悠也も彼女の意図に気づいた。
確かに今まで、咲茉は外に出ると決まって怯えていた。
それもそうだろう。彼女が男性恐怖症になった理由を考えれば、外に出るのが怖いと思うのは当然のことだ。
たとえ出会わないように気をつけていても、いつどこで出会ってしまうか分からないと考えれば、怯えない方がおかしい。
それで実際に“あの男”と出会ってしまったのだから。
その問題が無事解決したとなれば、咲茉も安心して外出することができる。
たとえ男性恐怖症が完全に治ってなくとも、彼女の抱えているトラウマの原因が消え去ったと思えば、その安心感は考えるまでもない。
「試しに訊くけど、2人が最後にデートしたのっていつか覚えてるの?」
「それは……」
そして続けて乃亜から訊かれてしまえば、悠也も返事に困った。
咲茉とタイムリープしてから常に一緒にいることがほとんどだったが、実のところデートした回数はそこまで多くない。
4月から5月のゴールデンウィークまでは、何度か2人で出掛けた覚えはある。それ以降は、例の一件で遊びに行くことも極力控えていた。
今思うと、その数少ないデートも咲茉が心から安心して遊べていたとは悠也も思えなかった。
あの事件が起きるまで頑なに秘密にしていた彼女の不安を思えば、安心して遊べるはずがない。
ならば一連の事件が無事解決した今だからこそ、彼女を心の底から楽しませることを考えるべきだった。
常に咲茉と一緒にいることが日常になって、そんな当然の配慮すら欠けていた。
そう思うと、自然と悠也の表情が暗くなった。
「……ごめん、咲茉」
堪らず、悠也の口から謝罪が漏れる。
しかし彼の謝罪に、咲茉がキョトンと呆けていた。
「へっ? なんで悠也が謝るの?」
「いや、だって」
「……今の乃亜ちゃんの話で悠也が謝るところあった?」
「あるだろ、普通に」
俯いた悠也が、つい言葉を詰まらせる。
咲茉のことを考えているつもりが、自分のことしか考えていなかった。
そう言いたげに落ち込む悠也だったが、咲茉の反応は変わらなかった。
乃亜の話と悠也の反応で、少し遅れて彼女も2人の言いたいことを察していた。
だから今も、悠也が自分のために落ち込んでいるのだと。
そう思うと、なぜか今の悠也が愛おしく見えるのはどうしてだろうか?
そんな気持ちを抱くと、自然と咲茉の口が開かれた。
「私も悠也と同じだったよ」
「……咲茉?」
「私も、デートとかしたいって考えてなかったよ。いつも悠也が一緒に居てくれたから、考えることもなかった」
唖然とする悠也に、咲茉が優しく微笑む。
「私ね、悠也が一緒に居てくれるだけで幸せなの。傍にいるだけで胸の奥がじわーってあったかくなるの。どこかに行きたいとか、そういうのどうでもいいよ。悠也と一緒なら、もう何も要らない」
そしてありのままの本心を、彼女の口が告げていた。
「だから悠也も気にしないで、わかった?」
ほんのりと頬を赤らめた咲茉が、まっすぐに悠也を見つめる。
「っ……⁉︎」
その瞬間、珍しく悠也の顔が真っ赤に染まった。
彼女の言葉と表情が、あまりにも可愛過ぎて。
堪らず、悠也の右手が自身の顔を隠すように覆う。
その姿に、咲茉は楽しそうに笑いながら彼の右手をそっと掴んでいた。
「隠さないで見せてよ〜」
「……むり、マジでむり」
「えぇ〜、ちょっとくらい良いじゃん〜」
隠している悠也の顔を見ようとして、覗き込む咲茉が彼の手を引き剥がそうとする。
しかし頑なに赤面する顔を見せないと悠也が意地になると、咲茉が嬉しそうに微笑む。
「……あのー、2人とも? ここ教室なんだけど?」
そんな2人の光景に、乃亜が引き攣った笑みを浮かべていた。
悠也と咲茉のじゃれあう姿に、教室の女子達が赤面して黄色い声を漏らす。
「はわわわっ! これが恋人同士の……!」
2人の姿に、なぜか雪菜がトマトのように赤面した顔を両手で覆うが、指の間でしっかりと彼等の姿を目に焼き付けていた。
「……啓介」
「凛子、やめとけ。雪菜にシバかれる」
震える拳を握る凛子を、慌てた啓介が抑え込む。
しかしこのままでは、凛子が暴走するのも時間の問題だった。
そして教室の男子達が悠也を見つめる目が、殺意に満ち溢れていく。
そんな彼等の様子を横目に見た乃亜が肩を落とすと、その場で両手を激しく叩いていた。
「はいはい、2人ともイチャつくのも大概にして。さっさと話戻すよ」
2人の雰囲気を一刻も早く壊すべく、手を叩く乃亜が淡々とした声を吐き出す。
彼女の声に悠也と咲茉がハッと我に返ると、その場を取り繕うように2人が咳払いをしていた。
「……すまん」
「……ごめんなさい」
「謝られる方が困る件について」
そして咄嗟に謝罪した2人に、呆れた乃亜が思わず苦笑してしまう。
「ともかく、2人がどう思っても関係なく良い機会だからデートくらい行けってこと」
強引に話を戻した乃亜が淡々と告げる。
その提案に、自然と悠也と咲茉が顔を見合わせた。
咲茉が無言でゆっくりと首を横に振るう。
そんな彼女を悠也がしばらく見つめると、ふと小さな笑みを浮かべていた。
「行くか、デート」
「……ゆーや?」
なにを言っているのかと、咲茉が首を傾げる。
その反応に、悠也がわざとらしく肩を竦めていた。
「たまには良いだろ。ずっと一緒にいるけどさ。俺も咲茉とデートはしたいよ。それこそ何百回だって」
「こらー。そこ、さらっとイチャつくこと言わない」
また何気なく惚気ることを口走る悠也を、乃亜が窘める。
その声に悠也が苦笑しながら、咲茉を見つめていた。
「さっき乃亜が言ってた通りだ。色々と落ち着いて、安心して出掛けられるようになったんだ。咲茉が嫌じゃなかったら……デート、行こう」
優しい声色で、悠也がそう告げる。
その誘いの答えに咲茉が悩んでいる素振りを見せていると、おもむろに乃亜が声を掛けていた。
「咲茉っち、目を瞑ってみよう」
「……え?」
唐突な乃亜の指示に、思わず咲茉が呆ける。
そんな彼女に、乃亜は急かすように言葉を続けた。
「良いから、試しに目を瞑って」
「……ど、どういうこと?」
「良いから瞑る、はりーあっぷ」
催促する乃亜に、渋々と咲茉が目を瞑る。
それを乃亜が確認すると、にんまりと笑みを浮かべながら告げていた。
「では想像してみましょう。今、咲茉っちは自分の家にいます。週末、時刻は午前9時頃、チャイムが鳴って家を出ると……そこにはカッコイイ私服を着た悠也っちが立っていました」
「いつも悠也はカッコイイけど……」
「その部分は今はどうでも良いから。なら自分が一番カッコイイと思う私服を着た悠也っちを想像して」
苦笑混じりに乃亜からそう言われて、渋々と目を瞑った咲茉が脳内で彼女の指示通りにイメージを膨らませる。
「……えへへっ」
その瞬間、咲茉が幸せそうに笑っていた。
「はい。では街に遊びに行きます。一緒に映画、ウィンドウショッピングにランチなどなど、2人でたのしー時間を過ごしてみましょう」
また乃亜の指示通りに、咲茉が想像を膨らませる。
そしてしばらく経つと、少しずつ咲茉の頬の赤みが増していた。
「……えへへ〜」
「幸せそうでなりより。それをやるの、嫌?」
「……ちょっとだけ、悪くないかも」
その声に、目を開けた咲茉も満更ではない反応を見せていた。
「なら行ってきなよ、デート」
ならばもう答えは出ていると、乃亜が告げる。
悠也も頷いて見せるが、しかし咲茉は困ったと言いたげに眉を寄せていた。
「い、嫌じゃないけど……」
なにか思うことがあったのか、なぜか咲茉が俯く。
その反応に、悠也が怪訝に首を傾げた。
「……けど?」
「カッコイイ私服の悠也と一緒に歩けるファッション……私、できないかも……私の私服、ダサいし」
俯く咲茉にそう言われて、悠也は呆気に取られた。
「……ダサい?」
「私の私服、ダサくない?」
「いや、別に……」
はたして、ダサかっただろうか?
ふと思い返しても、悠也には全く心当たりがなかった。
「悠也っちの目にはなんでも可愛いフィルターが掛かってることは分かりました。ここは私がハッキリと言います。咲茉っちの私服はクソダサい」
「はうっ……!」
突然告げられた乃亜の言葉に、咲茉が胸を抑える。
乃亜の言葉に、悠也は目を大きくした。
「……え、咲茉の私服ってダサかったか?」
「あのだぼだぼの服着てる咲茉を見てダサいって思わないのは重症、終わってる」
「はうぅっ……!」
胸に剣でも刺さったのか、苦しそうに咲茉が身悶える。
「あのクソダサいファッションは罪! それも素材が極まって良い咲茉っちなら尚更!」
そして今も苦しむ彼女を見つめながら、おもむろに乃亜が拳を握り締めていた。
「と言うことで! 悠也っちとデートに行く日までに私達で咲茉っちを本気でコーディネートしちゃいます!」
「……ふぇ?」
突然の話に、咲茉が呆気に取られる。
更に雪菜と凛子も、目を大きくしていた。
「私達と言いますと……?」
「雪菜っちも凛子っちも強制参加! みんなで咲茉っちを完璧に仕上げるよ!」
雪菜の疑問に、胸を張った乃亜がそう答えていた。
「悠也っち! デートは今週末! それまでにデートプランを考えておくよーに! はいの返事は!」
「……は、はい」
「よろしい! 私達が作る最高の咲茉っちを楽しみにしておくよーに心得よー!」
悠也の承諾によって、今週末のデートが取り決められた。
「わ、私の意見は……?」
「咲茉っちに拒否権はありません!」
そして悲しいことに、そこに咲茉の意見が通ることはなかった。
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