表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/180

第1話 デートとかしないの?


 7月も下旬に差し掛かると、更に暑くなった。


 もう夏になったと思える暑さに嫌気が差してしまうが、それでも学生達の日常は変わらない。


 たとえ蒸し暑い夏でも、肌寒い冬であろうとも、彼等は学生の本分である勉強に勤しむために今日も学校へと向かう。


 それは4月で高校1年生になったばかりの高瀬悠也たかせゆうや涼風咲茉すずかぜえまも例外ではなかった。


 今日も今日とて、2人は2度目の高校生活を楽しんでいた。


「ゆーやぁ、あーんして?」


 昼休みの騒がしい教室にて。咲茉が弁当の卵焼きを箸で掴むと、満面な笑顔で悠也に差し出していた。


 卵焼きが箸から落ちても大丈夫なように、そっと左手を添えて、その箸先が悠也の口元へと向かう。


 そして悠也の口が開かれるのを咲茉が心待ちにしていれば、悠也がする行動などひとつしかなかった。


「……あーん」


 大きく口を開けた悠也が咲茉から差し出された卵焼きを頬張り、咀嚼する。


 そして彼が食べ終わるなり、彼女はそわそわとした様子で訊いていた。

 

「……美味しい?」


 少しだけ不安そうに小首を傾げる咲茉に、悠也が答えに悩むはずもなかった。


 嘘をつく必要もない。ありのままの感想を彼女に伝えるだけで良いのだから。


 そう思った悠也の瞳が、咲茉をまっすぐ見つめる。


 その真剣な眼差しに咲茉が息を飲んだ途端、悠也の口がゆっくりと開かれた。


「美味過ぎて、マジで涙出そうになる」

「もぉー! ゆーやったら! またそんな恥ずかしいこと言って〜!」


 不安だった表情が一変して、ほんのりと頬を赤らめた咲茉が照れながら悠也の肩を優しく叩く。


 痛くも痒くもない彼女から叩かれると、悠也は不満そうに眉を寄せていた。


「だって本当のことだし」

「そんなに嬉しいこと言ってくれるゆーやに、次はこちらのハンバーグをあげましょう」


 嬉しさが溢れる笑顔の咲茉が握る箸が、今度は弁当箱のハンバーグを掴む。


 そしてまた箸先を悠也に向けて食べさせれば、彼に美味しいと言われて咲茉が喜ぶ。


 その2人の姿を、ひとりの少女が鬼の形相で見つめていた。


「あっ……やっぱダメだ。キレそう」


 悠也と咲茉の対面に座っていた鳴井凛子なるいりんこの、箸を持っていた右手が小刻みに震える。


 大好きな親友が、男とイチャついている。どうして自分ではなく、あの男が彼女の手作り弁当を食べているのだろうか?


「私も……咲茉にあーんされたいっ」

「めっちゃ分かる」


 凛子の渥力によって今にも折れそうな箸が悲鳴をあげていると、彼女の隣に座っている坂田啓介さかともけいすけが惣菜パンを齧りながら静かに頷いていた。


「なぁ、凛子。今なら悠也をボコボコにしても誰にも怒られないと思うからやっちまわね?」

「あり。私達でアイツの顔面ジャガイモみたいにしてやろうぜ」


 結託した啓介と凛子が頷き合う。


 そして今にも2人が立ち上がろうとした途端、


「2人とも? 食事の時間に立ち上がるなんて行儀が悪いですよ?」


 ほんわかとした穏やかな声が、凛子達を注意していた。


 本来なら、その制止を凛子達が聞くはずもなかった。目の前で好き勝手にイチャつく2人、というよりも咲茉に甘やかされてる悠也に対する怒りは、まさしく天にも昇る怒髪天と言っても過言ではない。


 しかし、たった今聞こえた綾小路雪菜あやのこうじゆきなの声に、彼等の身体は一瞬で硬直していた。


 雪菜の声を聞くだけで、分かってしまった。


 今のは警告だと。それを無視すれば自分達がどうなるか、そんなことを凛子達が分からないはずがなかった。


 この女を本気で怒らせてしまえば、圧倒的な武力で分からされてしまう。その怖さを嫌と言うほど理解していれば、2人も彼女の言う通りにするしかなかった。


「ぐっ……!」

「俺達には抗う力もねぇのかよ……!」


 悔しそうに凛子と啓介が顔を歪める。


 そんな2人に、雪菜の隣に座っていた小柄な少女が呆れた溜息を漏らしていた。


「啓介っちと凛子っちは勝手にキレてれば良いと思うよ」

「シバくぞ、チビ助」

「雪菜っち〜! 凛子っちがイジメてくるぅ!」


 凛子から睨まれて、秋野瀬乃亜あきのせのあが雪菜に助けを求める。


 しかし乃亜の声は、驚くほど淡々とした声色だった。


 微塵も怯えてない。その意思が垣間見える彼女の声に凛子が眉を吊り上げるが、雪菜から視線を向けられるだけで苦悶の表情に変わっていた。


「凛子ちゃん? イジメは駄目ですよ?」

「だってよぉ! だってよぉっ! 私の咲茉がぁ!」


 どうにか雪菜の許可を貰うべく、凛子が懇願する。


 ここまで騒いでいるのにも関わらず、いまだに目の前で咲茉と悠也はイチャついている。


 全く外野のことなど気にも留めない2人の様子に堪らず凛子は切実な表情で訴えるが、それを雪菜が許すはずもなかった。


「そもそも咲茉ちゃんは凛子ちゃんのではなく、悠也さんのですよ」

「ぐぬぬっ……私の咲茉がぁ」

「だから違いますって」


 悔しそうに歯を食いしばる凛子に、呆れた雪菜が小さな溜息を漏らす。


 すでに啓介は諦めてしまったのか、悲しそうな表情で俯きながら惣菜パンを齧っている。


 それでも悠也と咲茉は、2人だけの幸せな空間でイチャついていた。


 そんな2人を雪菜が眺めていると、ふと彼女の口が開かれた。


「それにしても……こうして咲茉ちゃんと悠也さんを見てると、私も恋人が欲しくなりますね」

「雪菜に……恋人だって? 浮気したらタコ殴りにしそうだな?」


 先程の仕返しと言わんばかりに、凛子が失笑混じりに鼻で笑う。


 しかし凛子から小馬鹿にされても、雪菜は微笑ましく笑うだけだった。


「ふふっ、とっても面白い冗談ですね? 殴るだけで済ませるわけないじゃないですか?」

「え……?」


 失笑していた凛子の顔が、一瞬で真顔になった。


 隣にいた乃亜と啓介も、唖然として言葉を失う。


 そんな3人に見つめられる雪菜だったが、わざとらしく肩を竦めるなり、その場でクスクスと笑っていた。


「冗談ですよ」

「全く冗談に聞こえなかったわ」

「ふふっ、私がそんなことするわけないじゃないですか……殴ったら怪我の痕が残るので」


 はたして、どこまで冗談なのか全く分からなかった。


 そう思いながら凛子が静かに震えていると、唐突に乃亜が胸に手を添えて目を瞑っていた。


「……将来の雪菜の彼氏に、黙祷」

「勝手に私の将来の恋人を殺さないでください」


 不満そうに、雪菜がムッと口を尖らせる。


 その反応に乃亜が楽しげに笑っていると、冗談だと分かっていた雪菜も呆れた笑みを浮かべていた。


「はーい、次はタコさんウィンナーだよ。あーん」

「……あーん」

「このタコさんも美味しいでしょ〜? ウィンナーをタコさんにするだけで美味しさ10倍になるんだよ〜?」

「タコさんとか関係なく咲茉の料理はいつでも美味いから安心しろ」

「もう! そんなに褒めても私がもっとゆーやのこと好きになるだけだよ〜!」


 そんな中でも変わらず戯れ合う悠也と咲茉に、凛子は深い溜息を吐いていた。


「……お前等なぁ、少しは恥ずかしがれよ」


 もう見慣れたと言えど、この2人のやり取りに堪らず凛子が呟く。


 そして凛子から半目で睨まれると、ここでようやく悠也が反応した。


「何日もやってたら恥ずかしさなんてどっかに消えたわ。それに咲茉が食べさせろって言うんだから仕方ないだろ」


 咲茉の作ったタコさんウィンナーを堪能した悠也が、ふんと鼻を鳴らす。


 もう昼休みに咲茉から弁当を食べされてもらう日々も、気づけば1週間が過ぎた。


 今月の頭に起きた事件の所為で背中に大怪我を負った悠也の傷も、ある程度は完治している。


 多少の痛みはあるが、身体を動かす分には問題ない。まだ体育の授業も念の為に見学しているが、日常生活を過ごす分には問題ないと医者から言われている。


「ゆーやの怪我が治るまで、ちゃーんと私がお世話するって決めたんだもん!」


 しかし、それでも咲茉は頑固だった。


 もう悠也が大丈夫だと伝えても、彼女は頑なに彼の世話を率先して行なっていた。


 それは普段から悠也を見ている彼女だからこその、当然の行動だった。


 時折、ふとした時に悠也が痛みに表情を歪めている姿を何度も見ている。


 大好きな彼が怪我をした原因の一端が自分にあると理解していれば、咲茉が甲斐甲斐しく世話をするのも当たり前の話だった。


「こう言って聞かないんだ。だからもう咲茉の好きにさせてるんだよ」


 それを悠也も理解していれば、咲茉のしたいようにさせるだけだった。


「って言うよりも……俺が咲茉のやりたいことに文句なんて言うつもりもないっての」


 そもそもだが、咲茉のやりたいことを悠也が止めるはずもなかった。


 大好きな咲茉には、思う存分好きなことをさせる。


 それだけは決して曲げないと、悠也は心に決めていた。


「咲茉がしたいことなら、なんだって叶えてやる。それぐらい、彼氏ならできて当然だろ」


 あっけらかんと、真顔で悠也がそう告げた途端――教室の女子達が呆けた顔を見せた。


 呆けたと言うよりも、彼の言葉と表情に見惚れていたと言うべきかもしれない。


 頬を赤くして呆ける咲茉を見つめる悠也の顔が、とても同い年の男の子とは思えなくて。


 不思議と大人びた表情を見せる彼の言動に、聞き耳を立てていたクラスの女子達が揃って頬を赤らめていた。


「それはそうだけどよぉ……」


 そんな周囲のことを知る由もなかった凛子が、不満そうに口を尖らせる。


 咲茉に好きなことをさせる。それは限られた人間しか知らない咲茉の境遇を知る凛子も決定事項として決めていることだった。


 とは言えど、大好きな親友を悠也が独り占めすることには思うところもあるのが彼女の本音だった。


「まぁまぁ、良いじゃないですか。最近は何かと騒がしかったことですし、悠也さん達の幸せ成分を摂取したら私達の心も幸せになりますよ?」

「幸せ? 憎悪の間違いじゃないか?」

「凛子ちゃん?」


 苦笑する凛子に、雪菜が眉を寄せる。


 そしておもむろに凛子が不満そうにそっぽ向くと、舌打ちを鳴らしながら口を開いた。


「咲茉……あとで私にも食べさせて。私のおかず、あげるから」

「うん。私も凛子ちゃんにあーんされたい」

「……そ、そこまで言うなら仕方ねぇなぁ」


 先程までの不満がどこかに行ってしまったのか、咲茉の一言で凛子の表情が満面な笑顔に変わる。


「……現金な女だねぇ」


 思わず呟いてしまった乃亜の声も聞こえていなかったのか、凛子は終始笑顔のままだった。


 その表情に乃亜が心底呆れると、おもむろに悠也へ声を掛けていた。


「確かに雪菜っちの言う通り、最近は何かと騒がしくて落ち着いてなかったもんね。2人が幸せそうで何よりだよ」

「……そうだな」


 そう言われて、悠也がしみじみと頷く。


 そして彼が優しい瞳で咲茉を見つめている時だった。


「ようやく色々と落ち着いてきたけど……2人ってデートとかしないの?」


 前触れもなく、乃亜がそんなことを口走っていた。



青葉です。お久しぶりです。


改めて、始まりっぽく書き始めました。


アフターストーリー、ふわっと始まります。


のんびりと書くつもりなので、更新頻度は週一程度くらいになるかと思います。


次の投稿から毎週金曜日更新、って感じにしようかと思います。


気長に悠也と咲茉の後日談を見守ってもらえると嬉しいです。


感想や星評価、レビューなど頂けるとモチベになるので、良ければお願いします。


〜追伸〜

この作品の登場キャラの苗字、数回も出てないキャラがほとんどだったのでこっそり書きました()

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ