第111話 いってきます
『先日から世間を騒がせていた性的暴行事件について、どう思われますか?』
『犯人が高校生……それも数十人にも及ぶ集団で犯行に及んだ今回の事件は非常に悪質な犯行だと判断されるでしょうね。被害者の数も1人や2人じゃない。数十人にも及ぶとなれば、その悪質さも極まってます。たとえ彼等が未成年だとしても、実刑判決も免れないでしょう』
『しかし彼等はまだ子供、更生の余地があると判断されないでしょうか?』
『その可能性もありますが、それは限りなく低いでしょう。気の迷いの犯行なら更生の余地もありますが……これだけの被害者を出したとなれば、もう更生の余地もないでしょうね』
悠也が退院してから1週間が経っても、先日の事件が世間を騒がせていた。
テレビを見れば、見飽きたと思うほど似たようなニュースが流れている。
朝から見たくもないニュースを見る気など微塵も起きなかった。
登校前のひと時、自宅のリビングのソファに座っていた悠也が舌打ちを鳴らして、すぐにテレビのチャンネルを変える。
まだ子供向けのアニメを見ている方が楽しいと思えた。
「あら? さっきのニュース、見なくて良いの?」
「……もう見たくもねぇよ」
ふと背後から聞こえた悠奈の声に、悠也がぶっきらぼうに答える。
心底気分が悪いと言いたげに、悠也の眉間に皺が寄る。
「それもそうね。私も、そのニュースは見たくないわ」
意外だった返答に少し驚いた悠也が振り向くと、どこかわざとらしく悠奈が肩を落とした。
「きっと他人事なら私も見てたでしょうけど、自分の子供達が関わってたニュースなんて見る気も起きないわよ」
「……親なら見たくなるもんじゃないのか?」
「普通はそうでしょうね。私の可愛い娘を犯そうとして、私の息子を刺した犯人がどうなったかは勿論気になるわよ。でも……見てると悠也をぶん殴りたくなるから見ないようにしてるのよ」
なに気なく訊き返した悠也に、悠奈が作った拳をそっと見せる。
その姿に、堪らず悠也は苦笑いしてしまった。
「いや……本当に悪かったって」
「本当に分かってたら子供だけで咲茉を助けに行こうとしないわよ」
静かに怒りを露わにした悠奈に、悠也の表情が強張ってしまう。
そして彼女に怒られた一件を思い出せば、自然と悠也の口から乾いた笑い声が漏れていた。
病院で悠也が目を覚ましてから、色々なことがあった。
まずは大人達からの盛大な説教だった。
警察からは勿論のこと、悠奈をはじめとした親達から悠也達は揃って怒られた。
攫われた咲茉を救う為に、子供だけで対処しようとした。その無謀とも言える行動は、決して大人から見れば褒められるものではなかった。
警察から死ぬほど怒鳴られ、死に掛けた悠也に至っては泣きながら悠奈に思い切り殴られる始末だった。
親からすれば、それも当然の反応だった。そして殴られた後、抱き締められて大声で泣く悠奈の姿を、今でも悠也はハッキリと思い出せる。
改めて、自分は親に愛されていたんだと思い知らされた。
そう思うと、今更ながら悠也は後悔してしまった。
タイムリープする前の、年に数回しか連絡していなかったことが悔やまれる。もっとこまめに連絡していれば良かったと。
これからは親を大事にしよう。そう静かに悠也が決意するキッカケをくれたと思えば、やはり悠奈に殴られたことも良い経験だったかもしれない。
そう自分に言い聞かせて、悠也は引き攣った笑みを浮かべていた。
「言い訳はしないよ。咲茉を助けるのに必死だったんだ」
だから、ありのままの本音を悠也は答えることにしていた。
そう答えれば、悠奈も困ったと言いたげに言い淀む。
「はぁ……もう良いわよ。とにかく、もう危ないことするんじゃないわよ」
「その約束はできないよ。また咲茉が危ない時が来たら、俺が助けに行く」
そう悠也が答えると、呆れたと悠奈が頭を抱えてしまった。
「本当に達也さんに似てきたわ……良い男になったことを喜ぶべきか、それと怒るべきか」
そんな独り言を悠奈が呟いていると、
「ゆーやぁ、お弁当できたよ~」
先程からキッチンに籠っていた咲茉が両手に弁当袋を下げて、悠也達のいるリビングに現れた。
あの事件が解決してから、登校前に咲茉が弁当を作りに悠也の家を朝早く訪れる。それが彼女の新しい日課となっていた。
「……お母さん? そんな変な顔してどうしたの?」
「大したことじゃないわよ。私の息子が良い男になったかもって話」
苦笑交じりに悠奈が答える。
その返事に、キョトンと咲茉が呆ける。
そして小さく首を傾げると、当然のように答えていた。
「私の悠也は世界で一番良い男だよ? それがどうしたの?」
「……やめなさい、私。娘の前で張り合うのは我慢しなさい」
どうやら自分の夫が悠奈の脳裏に過ぎったらしい。
世界で一番良い男が悠也と夫のどちらか。その論争を娘とするのは、流石の悠奈でも気が引けた。
「どうしたの?」
「気にしなくて良いわ。咲茉の言う通り、悠也は素敵な息子よ」
「ふふっ、当然っ!」
えへんと、誇らしそうに咲茉が胸を張る。
そして思う存分自慢すると、彼女は持っていた弁当袋のひとつを悠也に渡していた。
「はい、これ悠也の分」
「いつもありがとな、面倒ならしなくても良いだぞ?」
「私がしたいから良いの! むしろもっと色々してあげたい!」
それも、もう何度も二人が繰り返している朝の会話だった。
「朝から熱いわ~、もう夏ね」
「うるせぇよ」
そして悠奈から揶揄われるのも、いつものことだった。
そんな会話をしていると、いつの間にか悠也達が家を出る時間になる。
これも朝から咲茉が来るようになってからの、いつもの流れだった。
「ほら、二人とも学校行く時間よ」
時計を見た悠奈に、促されて悠也と咲茉が揃って弁当袋を入れた鞄を手に取る。
「お母さん! 行ってきますのぎゅー!」
「はいはい、相変わらず可愛い娘ね」
学校に行く前に、咲茉が悠奈に抱き着く。それも彼女が新しく作った日課だった。
思う存分に、母の感触を楽しんだ咲茉が満足げに離れる。
そして悠也に振り向くなり、当然のように顔を少しだけ突き出していた。
「ゆーやぁ、いつもの」
「はいはい……ほんと、可愛いな」
「……えへへっ!」
顔を突き出した咲茉に悠也が近づくと、そっと彼女の頬にキスをする。
そうすれば、咲茉は心底嬉しそうに満面な笑みを浮かべていた。
「これで今日も元気いっぱい!」
「……親の前でしたくないんだけどなぁ」
微笑ましく笑う悠奈を横目に、悠也が引き攣った笑みを浮かべる。
もう慣れたと言えど、親にキスする姿を見せるのは今でも恥ずかしかった。
先日の事件が終わり、悠也が目を覚ましてから咲茉は更に甘えん坊になった。
もう何も気にすることがない。そう告げているように楽しそうに振舞う彼女の姿は、あの時の咲茉に戻ったような気がした。
ずっと昔、まだタイムリープする前の、悠也が知っていた当時の彼女に。
「ほらほら、いつまでもイチャイチャしないで学校行きなさい」
「はぁーい!」
「はいはい、分かってますよ」
急かす悠奈に咲茉と悠也がそれぞれの返事をする。
そして玄関に向かった悠奈を見ながら、二人は揃って口を開くのも、彼等の日課だった。
『いってきます』
「いってらっしゃい」
母に見送られて、咲茉と悠也が手を繋いで家を出る。
そして玄関を出れば、時間通りに彼女達がいた。
「おせーぞ、悠也!」
「なにを言ってるんですか? 時間ピッタリですよ?」
「悠也だけ責める、相変わらず凛子っちはツンデレだね~」
外で待っていた凛子達を見るなり、咲茉の表情が綻んだ。
「みんな! おはよー!」
嬉しそうに挨拶する咲茉に手を引かれて、悠也の足が動く。
そして今日も、楽しい学校生活が始まった。
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