表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/180

第108話 まだお前を幸せにしてない


 その少女の姿に、背中を殴られた拓真は心の底から困惑していた。


 このガキは一体どこから現れた?


 なぜ背中を殴られるまで気づかなかった?


 そんな疑問の数々が、ただひたすら拓真の頭を埋め尽くす。


 しかし、その答えを見つけるよりも先に――背後に立つ少女から向けられた視線が、彼に更なる困惑を与えていた。


 その目は――とてもではないが子供のできるモノとは思えなかった。


 眉ひとつも動かさず、そして無表情のまま、淡々と拓真を見つめる瞳が物語っていた。


 底知れぬ憎悪を。決してお前だけは許さないと告げる黒い瞳が、瞬きもせずに拓真を見つめている。


 その瞳を、拓真は呆然を見つめてしまった。


 この少女のことは、拓真も知っていた。よく咲茉と一緒に居る、小便くさい小柄なガキとしか思ってなかった。


 そうとしか思えなかったのに、どうしてか今の彼女は全くの別人のようにすら見えた。


 幼い容姿とは正反対の目つき。その瞳に込められた憎悪は、どう見ても子供が抱ける範疇を越えていた。



 この目を、どこかで見た気がする。



 そんな不可解な疑問に困惑する拓真だったが、そんなことを気にしている場合ではないと気づくのに時間は掛からなかった。


 一瞬の出来事に唖然としてしまったが、このガキも殺せば何も関係なかった。


 あの憎き悠也をようやく刺せたのだ。ここでトドメを刺して、この男の前で咲茉を犯して殺さなければならない。そして自殺してしまえば、また彼女と共に時間を遡れる。


 それが主人公である自分に許された力なのだから。


 主人公とヒロインは、最後に結ばれると決まっている。これから何度も、何十回も、何百回も咲茉と繰り返す快楽の日々が待っている。


 主人公を邪魔する人間は、全員殺しても許される。それが主人公である自分に許された権利なのだ。


 だから余計な邪魔をしたガキは、今すぐ殺そう。


 そう思った拓真が動こうとした途端、その違和感に気づいた。



 なぜか、身体が全く動かなかった。



 動かそうとしても、まるで手足が痺れたように動かない。


「……あ?」


 声を出そうとしても、思うように出なかった。


 そして気付くと、いつの間にか拓真の身体が崩れ落ちた。


「……思った通り、私の腕力がちょうど良かった」


 倒れた拓真を見下ろした乃亜から小さな声が漏れる。


 なにがどうなっているのか、全く理解もできない拓真が倒れたまま呆然としてしまう。


 やはり動かそうとしても、倒れてしまった彼の身体は痙攣したまま動かなかった。


「……これで終わりだよ」


 ふと、乃亜の声が聞こえた。


 それと同時に、拓真の首筋にナニカが添えられた。


 その感触に拓真が困惑していると、カチッと奇妙な音が彼の耳に響く。


 その瞬間――凄まじい激痛が拓真を襲った。



「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ⁉︎」



 拓真の絶叫と共に、電気の迸る轟音が部屋中に響き渡った。


 痛みに叫ぶ彼の身体が激しく痙攣する。まるで地面に打ち上げられた魚のように。


 そして数秒も経たずにして、限界を超えた激痛によって拓真の意識は瞬く間に吹き飛んだ。


 その最後まで何が起きたのかも理解できずに。意識を失った拓真の身体が小さな痙攣を繰り返す。


「……」


 その様子を乃亜が静かに見届けると、彼に押し付けていたスタンガンを乱雑に投げ捨てた。


 もうこの場で拓真が起きることはない。その確信があれば、乃亜も必要の無くなった武器を持つ理由もなかった。


「……本当に、馬鹿な男」


 今も小刻みに痙攣する拓真を見つめていた乃亜から小さな呟きが漏れる。


「たくさんの証拠、ありがとう。お前が馬鹿なおかげで、私は賭けに勝ったよ」


 また、彼女の口からボソッと声が漏れる。


 その呟きも、気絶している拓真に聞こえるはずもなかった。



「ここからが……私の最後の賭け」



 そして建物の外から聞こえるサイレンの音と騒がしい大人達の怒声を聞きながら、またポツリと乃亜が呟く。


 そう続けて呟かれた彼女の言葉は、悠也と咲茉にも聞こえていなかった。



「ゆーやっ! ゆーやぁッ⁉︎」



 拓真が倒れた途端、咲茉が何度も彼の名を叫んでいた。


 悠也の手を震える両手で掴み、俯いている彼の顔を咲茉が覗き込んでいる。


 しかし咲茉が呼び掛けても、一向に悠也から返事が返って来なかった。



「ゆーやっ! お願いだから返事してよッ!」



 必死な形相で、何度も咲茉が叫ぶ。


 そして何度目かも分からない彼女の呼び掛けに、遅れて悠也が反応した。



「そんなに叫ばなくても……聞こえてるって」

「ゆーやっ⁉︎」



 苦笑混じりに答えた悠也に、咲茉が慌てて寄り添う。


 しかし抱き寄せようとしたところで、ハッと咲茉は彼の背中に刺さっているナイフに気づいた。


「ごめんね! 痛いよね⁉︎ 今すぐ抜いてあげるからッ⁉︎」


 悠也の背中に刺さるナイフを、咲茉の手が引き抜こうとする。


 その姿を見た途端、脊髄反射で乃亜が叫んだ。


「咲茉ッ‼︎ それ抜いたら悠也が死ぬッ‼︎」

「ッ――‼︎」


 乃亜の叫びに、思わず咲茉の身体が強張った。


 悠也が死ぬ、その言葉が彼女の動きを止めた。


 ナイフに触れかけていた彼女の手が、素早く離れる。


 そしてどうすれば良いか分からないと咲茉が困惑していると、慌しく乃亜が駆け寄った。


「刺さった刃物を抜いたら絶対ダメッ! そのナイフで塞がってる血管から血が出たら止まらなくなるッ!」

「じ、じゃあどうしたら――」


 突然現れた乃亜に困惑しながらも、咲茉が呆然としてしまう。


 このままでは刺された悠也が死ぬかもしれない。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ! ゆーやが死んじゃうッ!」


 その可能性が脳裏に過れば、咲茉が冷静になれるはずもなかった。


「咲茉、お願いだから落ち着いて。刺さったのは右肩、まだ抜かなければ致命傷にならない」


 慌てふためく咲茉に、乃亜が淡々と告げる。


 その叫びに、咲茉が息を呑んだ。


「ほ、ほんと?」

「今はまだ大丈夫……悠也、意識はある?」


 不安そうに目に涙を溜める咲茉に頷きながら、乃亜が悠也に問い掛ける。


 しかし悠也から返事が返ってこないと分かると、途端に乃亜は大声で叫んでいた。


「悠也ぁッ! 返事はッ‼︎」

「だから聞こえてるって……死ぬほど痛ぇから声出せねぇんだよ」


 悠也の返事に、乃亜と咲茉が揃って胸を撫で下ろす。


 しかし2人が見ると、苦痛に表情を歪める悠也の顔からじんわりと冷や汗が流れていた。


「……悠也、お願いだから絶対に動かないで。動いたら刺さったナイフが他の血管を傷つける。だから何がなんでも死にたくなかったら動かないで、分かった?」

「無茶言いやがってッ……!」


 できるなら倒れたい。座っているだけでも辛くて仕方ない。


 そう思いながら、今も痛みに苦悶する悠也が堪らず歯を食いしばる。


 しかし乃亜も、負けじと叫んでいた。


「生きてこれから咲茉と幸せになるんでしょ! こんなところで死んでも良いわけないでしょ⁉︎ 2回目の人生も無駄にして良いのッ⁉︎」

「……ッ! わかってる!」


 ここで動けば、死ぬ可能性が大きくなる。


 それは悠也も本能的に理解していた。


「ちゃんと警察も救急車も呼んでる! 今来てるから耐えて!」


 だからこそ乃亜の言う通り、悠也は意地でも身体を動かさずにいた。


「……ゆーやっ!」


 動かず痛みに耐える悠也の手を咲茉が握り締める。


 そして俯く悠也を見つめながら、咲茉は叫んでいた。


「……ゆーやぁっ!」

「大丈夫だから、心配するな」


 本心は辛くて仕方なかったが、自然と心配する咲茉に悠也は微笑んでいた。


 しかしその笑みも、引き攣ってしまえば誤魔化しにもならなかった。


「……ゆーやぁ」

「ここで死んでたまるかよ。まだお前を幸せにしてないんだから」


 いつの間にか涙を流していた咲茉に、また悠也が引き攣った笑みを見せる。


 その表情に息を呑む咲茉だったが、彼の手をぎゅっと握り締めると、泣きながら叫んでいた。


「お願いだから……私をひとりにしないでっ!」

「するわけねぇだろうが!」


 涙を流す咲茉に、悠也が必死の形相で叫ぶ。


 意地でも耐え続ける。咲茉を置いて死ねるわけがない。


 まだ彼女と2ヶ月しかやり直せていない。これからもっと2人で色々なことをやり直す予定なのだ。


 それをこんなところで死んで潰して良いわけがない。


「おい! 本当にこの階であってるのかッ⁉︎」

「下の彼女達の言う通りならいるはずだッ!」


 その思いで悠也が耐えていると、部屋の後から怒声と慌しく走る足音が聞こえてきた。


 その音に咲茉が驚いていると、咄嗟に乃亜が叫んだ。


「誰かぁぁぁぁ! ここに要救助者が居ます! 早く来てくださぁぁぁぁいッ!」


 張り裂けんばかりの大声で乃亜が叫ぶと、聞こえてきた足音が大きくなってくる。


 そして彼等の足音が乃亜達のいる部屋まで来た途端、彼等の怒声が響き渡った。


「ッ! 要救助者2名!」

「刺されてるッ⁉︎ 今すぐ応急処置ッ‼︎」


 白い服を着た数人の大人達が倒れている拓真と刺された悠也を見るなり、息を呑んだ。


 彼等が2人に駆け寄る。その間に見えた咲茉の姿に絶句するが、それでも救急隊の彼等が死にかけの人間を放置できるわけがなかった。


「君っ! よく抜かずに耐えた! 今すぐ応急処置する!」

「頼みます……!」


 その1人の声に答えるまでが、悠也の限界だった。


 そう答えた瞬間、悠也の身体が駆け寄る救急隊員に向かって倒れた。


「ゆーやッ⁉︎ ゆーやぁぁッ⁉︎」

「君も怪我してるじゃないか! 早く手当てをッ!」

「ゆーやぁッ! ゆーやぁぁぁッ‼︎」


 自分のことよりも悠也を心配して暴れる咲茉を救急隊員達が慌しく抑える。


 しかしそれでも彼女が落ち着くことはなかった。


「ゆーやぁぁぁぁぁ!」


 咲茉の叫びが、部屋中に響き渡る。


「……」


 そして押さえ付けられる彼女と救急隊に応急処置をされる悠也の2人を、その場にいる乃亜は黙って見つめていた。


当作品を読んで頂き、ありがとうございます。


思うように書けませんでした。

読みにくかったらごめんなさい。


あと数話で、本編が終わる予定です。


もし続きが気になる! 面白い!


そう思って頂けたならブックマーク登録、

またページ下部の『☆☆☆☆☆』の欄から評価して頂けると嬉しいです!


よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] イチャイチャ後日談希望!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ