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第107話 背中に走った激痛


「咲茉っ! 大丈夫かッ⁉︎」


 悠也が駆け寄ると、すぐさま倒れている咲茉を抱き寄せた。


「おいっ! 咲茉ッ!」

「うっ……!」


 まだ蹴られた痛みが残っているのだろう。身悶える彼女の様子に、思わず悠也の表情が強張る。


 間近で見ると、咲茉の腹部が赤く腫れていた。


 手加減もない男の蹴りを喰らえば、痛がる彼女の反応も当然だった。


 悠也の震える左手が優しく触れると、それだけで彼女の表情が苦痛に歪んだ。


「いっ……!」

「ご、ごめんっ!」


 咄嗟に悠也が手を離そうとしたが、なぜか咲茉の手がそれを許さなかった。


 まだ縛られていた彼女の両手が、離れる悠也の左手を掴む。


 そして掴んだ彼の手を、咲茉はそのまま自身の腹部へと添えていた。


「撫でて……お願い。まだ痛いけど、ゆーやが触ってくれた方が、痛くないの」

「……でも」

「お願いだから、撫でて」


 苦悶する咲茉にそう言われてしまえば、悠也も従うしかなかった。


 抱き寄せる彼女の腹を、そっと撫でる。


 そうすると顔を歪めながらも、不思議とどこか安心した表情を咲茉は見せていた。


「ゆーや……アイツは?」


 それが誰を指しているか、考えるまでもなかった。


「大丈夫だ。ちゃんと勝ったよ」


 その返事に安堵の表情を浮かべる咲茉だったが、突然息を呑むなり、恐る恐ると口を開いた。


「もしかして……」


 不安げに訊いてくる咲茉の表情で、悠也は察した。


 自分が越えてはならない一線を越えたのかと。


「安心しろ。殺してない」

「……ほんと?」


 信じられないと訊き返す咲茉に、悠也はわざとらしく肩を竦めて見せた。


 本当なら、拓真を殺したかった。それが悠也の偽りのない本心だった。


 咲茉を酷い目に合わせ、そして自分達を殺したあの男を……悠也が許せるはずがない。


 今でも殺したいと思っている。彼に対する憎悪が、何度も悠也に殺せと囁いている。


 しかしそれでも、悠也には殺せない理由があった。


 罪を犯せば、咲茉と離れ離れになってしまう。人殺しの罪は、決して軽くない。それは雪菜に何度も諭された。


 そして乃亜から諭された“不安要素”を考えれば、悠也も安易に拓真を殺せなかった。


 それは当然、咲茉も知っている。だからこそ彼女が心配しているのだと察せば、その不安も納得できた。


「本当に大丈夫だよ。殺してない、気絶させただけだ」


 疑う咲茉をまっすぐ見つめて、悠也が答える。


 その言葉で、ようやく咲茉も納得したのだろう。


 彼の返事を聞いた途端、ホッと咲茉が胸を撫で下ろした。


「あぁ……良かったぁ」


 咲茉の表情が安堵に綻ぶ。


 そして安心してしまったのか、自然と彼女の目から涙が溢れていた。


「良かったぁ……ゆーやが人殺しにならなくて……ゆーやが無事で、本当に良かったよぉ」

「なんでお前が心配してんだよ……俺の台詞だろ、それ」


 静かに泣く咲茉を見ていると、自然と悠也の目から涙が落ちてしまう。


 そんな彼の頬を、ゆっくりと動いた咲茉の手が優しく撫でていた。


「だって、ゆーやが殺されるって思ったんだもん。あのナイフが刺さりそうになった時、本当に殺されるって思ったから……どうにかしなきゃって思って」


 そう呟きながら、震えている咲茉の手が悠也の頬を何度も撫でる。


 その言葉で、ふと悠也は忘れていた疑問に気付いた。


「咲茉……お前、縛られてたのにどうやって?」


 考えてしまえば、拘束されていた咲茉が動けるはずがなかった。


 ベッドに縛りつけられていた彼女が、どうして動けたのか?


 その疑問を悠也が抱いていると、咲茉の視線がベッドに向けられた。


「あのベッドね、所々が錆びて腐ってたの。だから縛られてる紐が解けなくても、括り付けてる部分からなら外せるかもって思って――」


 そう思ったとしても、実際に動けた咲茉の度胸に悠也は素直に驚くしかなかった。


「お前……無茶なことするなよ」


 気づかれなかったから良かったが、もし気づかれてしまえば彼女がどうなっていたか。


 逃げ出そうとしていると思われてもおかしくない。そこで拓真が逆上しても不思議ではなかった。


 その危険を犯しても動いていた咲茉に悠也が呆れていると、ムッと彼女の眉が寄っていた。


「でも、助かったでしょ?」


 それを言われてしまえば、悠也も返す言葉もなかった。


 実際のところ、咲茉の奇襲がなければ拓真に胸を刺されていたかもしれない。


 そして彼を倒すことができたのも、彼女のおかげだ。


 ここで悠也が咲茉を責める資格などあるはずもなかった。


「……お前のおかげで助かったよ」

「えへへ、やった。褒められちゃった」


 泣きながら笑顔を見せる咲茉を見るなり、腹部を撫でていた悠也の手が彼女の頭を添えられる。


「あ、撫でるのやめちゃやだ」

「こっちも撫でさせてくれ」


 不安そうに口を尖らせる咲茉だったが、悠也が頭を撫でると満更でもないと頬を緩めた。


「咲茉は、俺の命の恩人だよ。あとはそうだな……咲茉のおかげで勝てたから――」

「……勝利の女神様とか?」


 悠也が言葉を選んでいると、首を傾げた咲茉が苦笑混じりに呟く。


 その言葉に、思わず悠也は笑ってしまった。


「むぅ、笑わなくても良いじゃん」

「ごめん、ごめん。本当のことだなって思っただけだよ」


 しかし悠也がそう言っても、咲茉は信じれなかった。


「……ゆーやのうそつき」

「本当だって」


 不貞腐れる咲茉の頭を撫でながら、悠也が苦笑する。


 そしてありのままの本心を、悠也は告げていた。


「俺が勝てたのは咲茉のおかげだ。本当に、咲茉の言う通りだよ」


 そう告げて、おもむろに悠也が目を伏せてしまう。


 その表情に咲茉が怪訝に眉を顰めると、なぜか悠也の表情が悔しそうに歪んでいた。


「やっぱり……俺って駄目だなって思い知らされたよ。雪菜から色々教わったのになぁ……俺1人だと勝てなかった。情けない男で、ホントごめん」


 先程の戦いを思い返しても、悠也はそう思うしかなかった。


 戦うことはできたが、勝つことができなかった。


 あの時、こうしておけば良かった。そんな後悔がまるで津波のように押し寄せてくる。


 戦いの中で正解の選択を選ぶ難しさは、悠也も知っている。それが正しくできなかった自身を悔いていると、


「……怒るよ」


 なぜか咲茉が悠也の頬を引っ張っていた。


「ゆーやは情けない男じゃないよ。私が世界で一番大好きな人で、私を助けてくれた世界で一番カッコイイ男の子なんだから」

「……えふぁ?」

「1人でなんでもできるって思わないの。ゆーやには助けてくれるみんながいるんだよ? あとは私って勝利の女神様がいるんだから……わかった?」


 最後の部分は流石に恥ずかしかったのか、咲茉の頬がほんのりと赤く染まっていた。


 その顔に、悠也は呆然となりながらも思うしかなかった。


 本当に、この子を好きになって良かったと。


 彼女を助けられて、本当に良かったと。


 そう思うと、自然と悠也の身体が彼女を強く抱き締めていた。


「ゆ、ゆーや?」

「咲茉……もう、我慢しなくて良いぞ」

「え……?」


 おもむろに悠也がそう告げた途端、咲茉の目が見開かれる。


 そして困惑する彼女に、悠也は優しい声色で促した。


「もう大丈夫だ。だから、我慢しなくて良い」

「……ほんと?」


 悠也の声に、自然と咲茉が声を震わせる。


「本当に……もう、我慢しなくても良いの?」

「あぁ、怖い思いさせて……本当にごめん」


 そして悠也に抱き締められると、咲茉の表情がゆっくりと変わっていた。


 彼女の喉奥から震えた嗚咽が漏れる。


 そして抱き締められている悠也の胸に顔を押し付けると、咲茉は大粒の涙を漏らしながら、胸の内を曝け出した。



「ゆーやぁぁぁ! 怖がっだよぉぉぉッ!」

「よしよし、もう怖くないからな」



 その気持ちを咲茉が押し殺し続けていたのは、悠也も察していた。


 ここまでの出来事を考えれば、怖いと思わない方がおかしかった。


「私、頑張って抵抗じたよ! すごく怖がったけど、頑張っだよっ!」

「うん、うん……頑張ったな」

「アイツに殴り掛がるのも、ずっごく怖がっだけど! 頑張っだんだよ!」

「うん。本当に、咲茉は頑張ったよ」


 泣き喚く咲茉の頭を撫でながら、悠也が頷いて見せる。


 そうして咲茉が泣いていると、ふと遠くからサイレンの音が聞こえてきた気がした。


 どうやら手筈通り、乃亜が警察と救急車を呼んでくれたらしい。


 このまま咲茉と待っていれば、外にいる少年達も、気絶している拓真達も捕まるだろう。


 まだ問題は山ほど残っているが、ひとまずはこれで全てが終わる。


 そう悠也が安堵した時だった。




 突然、悠也の背中に――ぞわりとした寒気が駆け抜けた。




「は……?」



 全身を駆け抜けた悪寒に悠也が咄嗟に振り向くと、そこに立つ人間に絶句した。



 なぜか気絶していた拓真が、悠也の背後に立っていた。



 折れた右足を支えにして。その激痛は想像するだけでも壮絶だと言うのに。


 その左手にナイフを握り締めて。折れた鼻から血を流しながら、鬼の形相が悠也達を見つめていた。



「俺に勝っだど思っだなぁぁぁぁぁッ⁉︎」



 耳を塞ぎたくなるような拓真の絶叫が轟く。


 その声に悠也が呆気に取られていると、遅れて咲茉も彼の存在に気づいた。


「ひっ――⁉︎」


 彼女もまた、悠也と同じように絶句してしまう。


 そんな2人に向けて、拓真がナイフを持つ左手を振り上げた。



「これでぇぇぇッ‼︎ 俺のッ‼︎ 勝ちだぁぁぁぁぁぁぁッ‼︎」

「――ッ⁉︎」


 

 そのまま振り下ろされるナイフを見つめながら、悠也は脊髄反射で抱き締めていた咲茉を投げ飛ばした。


「――きゃっ⁉︎」


 咲茉の悲鳴が聞こえても、悠也は構わなかった。


 もう迫るナイフを躱わすことも間に合わない。ならばせめて、彼女だけでも守らなければ。



 ふとその時、悠也の脳裏に“とある光景”が過った。



 タイムリープする前の、咲茉が殺された時の光景が甦る。


 あの時、背中を何度も刺された咲茉を助けられなかった。


 あの時の悔しさを、悠也は忘れていない。


 もし同じことが起きれば、今度こそは救うと心に決めていた。


 今がその時なのだと、悠也は理解した。


 ただあの時の咲茉と立場が変わっただけだが、これで彼女が刺されることはない。


 たとえ刺されても、意地でも彼の手をへし折る。


 それで拓真の両手が潰れる。そうなれば、もう彼も手出しすらできない。


「……ゆーや?」


 呆然とする咲茉に、悠也が微笑んで見せる。


 そして次の瞬間、悠也の背中をナイフが貫いた。



「ゆーやぁぁぁぁぁぁぁッ⁉︎」



 悠也が刺された瞬間、咲茉の絶叫が響く。


 悠也を刺して勝利を確信した拓真が、満面な笑みを浮かべる。


 そして刺された悠也が拓真の左手をへし折ろうと動き出した瞬間――




「ここまでお前が馬鹿で、本当に良かった」




 ポツリと、1人の少女が呟いた。


 ドゴンと、部屋中に鈍い音が響く。



「あ……?」



 その音が聞こえた途端、背中に走った激痛に拓真が呆ける。


 何が起きたか理解できない拓真が振り返ると――なぜか背後に金属バットを振り抜いた乃亜が立っていた。

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