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第103話 惚れた女を守れる男に


 例外を除いて、どんな人間でも躊躇うことがある。


 それは――他者を傷つける時だ。


 言葉でも、暴力だろうと、どんな方法を用いたとしても……その行動で他人を傷つける瞬間、誰もが持つ心の安全装置が動き出す。


 この言葉を伝えれば、相手が傷つくかもしれない。だから伝えないようにしよう。


 暴力を振るうと、相手を傷つけてしまう。だから乱暴なことは控えよう。


 そんな無意識の思考を、誰もがしてしまう。


 それは良識のある人間ほど、顕著に現れるものだ。


 たとえ不良同士の喧嘩だろうと、彼等でも無意識に程度を弁える。


 殴り過ぎれば、殺してしまう。だから殺す前に殴る手を止める。


 度が過ぎる行為は、必要以上に相手を傷つける。だからこそ、どんな人間も無意識にその《《境界線》》を越えようとしない。


 もし超えてしまえば、人間としてのナニカが壊れると分かっているからだ。


 人間として生きる為に、決して超えてはならない境界線を越えてしまえば、人間という枠から外れてしまうと。


 それを唯一防いでくれるのが、心の安全装置だ。


 超えてはならない一線を越えないように、無意識に知らせる安全装置。


 だが、それが壊れるも、とても簡単だった。


 怒り、妬み、憎しみなどの様々な負の感情が心の許容範囲を超えた瞬間、いとも簡単に心の安全装置が壊れてしまう。


 一度壊れてしまえば、もう誰も止められない。


 程度を越えた行為により、相手を傷つけ、その人間は枠から外れる。


 言葉で傷つけて、暴力で傷つけて、他人を痛めつけて、そして殺してしまう。


 他人の心を殺すことも、命を奪うことにも、躊躇いがなくなる。


 そうなってしまえば、もうその人間は――ヒトの形をした化物になる。


 たとえ犯した罪を償ったところで、壊れた心は決して治らない。化物になった人間は、否応なく世の中から弾き出されてしまう。


 だからこそ、誰もが無意識に、心の安全装置に従う。その境界線を越えない為に。


 だが、それでも一部の例外もいる。


 その境界線を越えた人間こそが選ばれた人間だと思い込んでいる人間も、少なからず存在している。


 この場にいる拓真という男も、その人間の一人だった。


 たとえ彼自身が理解してなくとも、人間の枠から外れた自分こそが特別だと信じて疑っていなかった。


「ははっ、なんだお前も俺と同じ側の人間だったのかよ?」


 床に倒れている少年達を一瞥した拓真が、失笑交じりに悠也を見つめていた。


「……あ?」


 突然告げられた拓真の言葉に、無表情の悠也から小さな怒声が漏れる。


 そして冷たい目で拓真を睨みつけると、思わず悠也は失笑していた。


「お前と俺が一緒だって? ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ?」

「抜かしてんのはテメェの方だよ。お前は俺と同じ人間だ。そこで転がってる奴等の骨を折れたのが良い証拠だ。お前も、俺と同じで自分以外の奴等を下に見てるんだろ?」


 どこか小馬鹿にしたような口調で語る拓真の話に、自然と悠也の眉間が寄る。


「考えてみれば、お前もタイムリープしてるんだもんなぁ? なら自分が主人公だって思い込んでるのも不思議じゃねぇよなぁ?」

「……なに言ってんだ? お前?」


 この男がなにを言っているのか理解できない。そう言いたげに悠也が困惑した表情を見せていると、なぜか拓真がケラケラと笑っていた。


「自分が特別だって思い込んで、なんでもして良いって思ってるから殴るのも蹴るのも楽しくて仕方ないんだろ? 分かるぞぉ、その気持ちはよぉ? 自分が主人公だって思い込んでるのが見え見えでマジで笑えるわ」


 一向に拓真の話していることが理解できず、更に悠也の顔が困惑に歪む。


 そんな彼の反応に、拓真は面白いと言わんばかりに笑っていた。


「普通の奴はな、ビビってそこまでできねぇんだよ。殺しちゃうかもぉ〜とかビビってよ。できるのはお前みたいに頭のネジが飛んだ奴だけだ」


 そこまで言われて、ようやく悠也も彼の話を理解できた。


 たった今倒した2人の少年。その倒し方を拓真が責めているのだと。


 明らかに度を越した行為。それは紛れもなく異常な行動であることを。


 それを自身が特別だからできていると思い込んでいる拓真に、悠也は心底吐き気がした。


「だからなんだ? まさかとは思うが、俺達がお前達に情けなんて掛けるとでも思ってたのか?」

「ははっ、それだよ、それ。その自分が偉いって思い込んでるのがクソウケるわ」


 当然だと告げる悠也に、また拓真が笑い出す。


 その反応に悠也が怪訝に眉を寄せていると、楽しそうに拓真が口を開いた。


「お前なんざ偉くもなんともねぇんだよ! お前は主人公じゃないんだからよぉ! この世界の主人公は俺って決まってるんだからなぁ!」


 心底誇らしそうに拓真が叫ぶ。


 自身の言葉が真実だと告げる、その自信に満ち溢れた態度に、堪らず悠也は失笑してしまった。


「……お前、やっぱり馬鹿だろ? ブーメランって言葉知ってるか?」


 拓真の告げた言葉は、彼自身にも当て嵌まる。


 彼自身こそが間抜けだと、悠也が鼻で笑う。


 しかし悠也が小馬鹿にしても、拓真は気にもせず、満面な笑みを浮かべていた。


「馬鹿はテメェなんだよなぁ、俺が選ばれた主人公だからこうしてタイムリープしてるんだろ」

「それは俺と咲茉も同じだ。自分が主人公とか中二病みたいなこと良い年して抜かしてんじゃねぇよ。正直、痛過ぎて笑えねぇわ」


 わざとらしく悠也が鼻で笑って見せるが、それすらも拓真は気にする素振りも見せなかった。


 むしろ悠也の言葉が心地良いと、嬉しそうに笑顔を見せるばかりだった。


「俺が主人公で、ヒロインは咲茉ってことぐらい分からねぇのか? お前は俺から咲茉を奪おうとする悪役っていい加減気付けよ?」


 ここまで自分に都合の良い考え方ができる拓真に、悠也は呆れを通り越して感心したくなった。


 呆れて言葉も出ない。むしろ悠也からすれば、拓真こそが悪役だとしか思えなかった。


「冗談じゃない! 私がアンタのヒロインなわけないでしょっ⁉︎」


 拓真の話に、堪らず咲茉が叫ぶ。


 しかし彼女に否定されたところで、拓真の表情は変わらなかった。


「お前も分かってねぇなぁ? 自分が俺のヒロインだって気付けよ?」


 拓真の口角が吊り上げると、おもむろに咲茉の首を片手で掴んでいた。


 そしてグッと力を込めると、咲茉の表情が苦悶に歪んだ。


「ぐっ……ぐるしっ……!」

「咲茉っ⁉︎」


 首を絞められていると察した悠也が咄嗟に動き出そうとする。


 しかしそれよりも、拓真が叫んでいた。


「俺もやっと気付けたんだ! お前が俺のヒロインだってよぉ! 何人も何十人も女を犯しても、お前とヤッた以上の快感はなかったんだからなぁ! やっぱりお前は最高の女だよ! 何年も掛けて探して見つけた時は股間が破裂するかと思ったぞっ‼︎」


 この興奮が収まらないと、拓真が首を絞めていた手を離すなり、両手を天に広げる。


「見つけたお前を犯したくて犯したくて仕方なかったのによぉ! ずっといつ犯せるか楽しみにしてたってのによぉ! ずっとお前って奴は俺を待ってたんだろ? 一人にならないように人の多い場所しか出歩かなかったのは知ってるんだからなぁ!」


 当時の、タイムリープする前の記憶が咲茉の脳裏を駆け抜けた。


 まだタイムリープする前、一人になることを避けていた時の話を、そんな湾曲した捉え方をするとは思いもしなかった。


「ごほっ、それはアンタに――」

「俺のことをずっと待ってたんだよなぁ! やっぱり俺に犯されたのが良かったんだろ! 気持ち良かったってハッキリ言えよ!」

「そんなわけ――」


 ない。と咲茉が叫ぼうとしたが、その返事すら聞かずに、拓真は勝手に喋り出していた。


「だからまたお前を犯せるのが楽しみだったのに、お前が他の男と歩いてるんだからキレるのも当然だろ! だから間違って殺した俺に神様がやり直してくれるチャンスをくれたんだよ! 俺を主人公にしてくれたんだ!」


 その語りは、もう一人の世界に入っているとしか思えない姿だった。


 どんな考え方をすれば、そう思えるのか。


 その思考回路が全く理解できないと悠也と咲茉が固まっていると、更に拓真が叫んでいた。


「お前とそこにいる奴を殺してから散々な人生だったからなぁ! 間違って殺しただけなのに人殺しだって指名手配されるわ! 何年も逃げてたのになんか知らねぇチビの女に捕まって殺されるわ! こんな酷い目に遭った俺がタイムリープしたんだぞ! この俺が主人公じゃないわけないだろ!」


 そう叫ぶ拓真の話に、やっと悠也と咲茉は彼のタイムリープした原因を察せた。


 その疑問は、ずっと悠也達も抱いていた。


 一体、なぜ拓真がタイムリープしているのかと。


 自分達を殺した後のことを悠也達は知る由もなかった。


 知ったところで興味もない話だったが、彼もまた何かしらの理由で殺されたのだと察することはできた。


「俺こそが主人公なんだよ! だからテメェ等はみんな俺の言うこと聞いてれば良いんだよ!」


 そして拓真がそう締め括ると、彼の目が悠也を睨んでいた。


「だからお前は邪魔なんだよ。ならもう、主人公ならやることは決まってるよなぁ?」


 悠也を睨みながら、ゆっくりと拓真が小汚いベッドから降りる。


 そうして一歩ずつ悠也に迫ると、汚い笑みを浮かべていた。


「お前は俺の物語の敵キャラだ。だから痛めつけても殺しても問題ねぇんだよ。お前を痛めつけて、お前の目の前で咲茉を犯し尽くして寝取ってやる……あぁ、マジでお前の泣き喚く声が聞けると思うだけで堪んねぇ」


 楽しげに語る拓真に、悠也が目を吊り上げるのは当然だった。


 そして彼の魂胆を理解した悠也は、怒りを感じながらも、呆れるしかなかった。


「そんなことで……お前は咲茉を」

「俺のヒロインをどう使おうと俺の勝手だろぉ⁉︎」


 当然だと答える拓真に、反射的に悠也の身体が動きそうになった。


 今すぐにでも、この男を殺す。


「ッ……!」


 その意識が一瞬だけ過ぎったが、寸前で止まった。


 怒りに任せて行動してはいけない。


 それは雪菜に嫌と言うほど思い知らされた教訓だった。


 自分を律して、戦うこと。感情に身を任せてしまえば、大事なモノを守れないと。


 それを身体に染み込まされた悠也だからこそ、理性を保っていた。


「お前は主人公じゃない」

「はぁ? じゃあ自分が主人公だって言ってんのか?」


 馬鹿にした笑いを漏らす拓真だったが、動じず悠也は淡々と答えた。


「俺も主人公じゃない。俺なんかが、主人公になんてなれない」


 今までの人生を振り返っても、自身が主人公になれるとは悠也は思ったこともなかった。


 もし自分が主人公だとすれば、タイムリープする前の時間で咲茉を守れていたはずなのだから。


「なら俺だろぉ?」


 何を言っているのか、そう言いたげに拓真が失笑する。


 そんな彼に、悠也は身構えながら、その言葉を口にした。


「主人公なんかどうでも良い。そんなくだらないことよりも、自分の惚れた女を守れる男になれれば……それだけで十分なんだよ」

「……ゆーや?」


 呆けた表情で、咲茉が呟く。


 呆然とする彼女に、悠也が小さな笑みを見せる。


 その二人のやり取りに、拓真は不快だと表情を歪めた。


「はっ、抜かせ! テメェなんか雑魚なんだよッ!」

「さっさと来い。先に言っておくが、骨一本で済むと思うなよ?」

「テメェの言えるセリフじゃねぇんだよ! ガキがッ!」


 その叫びが、二人を動かした。


 遂に、悠也と拓真の二度目の喧嘩が始まった。


読了、お疲れ様です。


やっとここまで来れました。

これが最後の戦いです。

ここから、どんどん終わりに近づきます。


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