第101話 天啓が降り注いだ
雪菜と凛子が現れた時点で、咲茉は確信していた。
あの2人が現れたということは、間違いなく“彼”も来ていると。
それは決して願望ではない。必ずみんなが助けに来てくれるという確信を、咲茉は信じて疑わなかった。
この確信だけは、絶対に間違いなどない。
大好きな親友達が、助けに来てくれる。
大好きな“彼”が、必ず助けに来てくれる。
その確信を信じていたはずだったのに――
「……ゆーやっ!」
悠也の顔を見ただけで、自然と咲茉の目から涙が溢れていた。
世界中の誰よりも、どんな人よりも大好きな人。どうしようもないほど堪らなく大好きで、心の底から愛している彼の顔を見ているだけで、勝手に涙が溢れてくる。
「ゆーやぁ……ゆーやぁっ!」
両手を縛られている所為で、溢れる涙を拭うこともできない。
しかし涙で滲む視界の中でも、彼女の視線はまっすぐ悠也を見つめていた。
「咲茉……遅くなって悪かった」
その声を聞くだけで、咲茉の胸の奥がじんわりと暖かくなった。
怖かった気持ちも、不安だった気持ちも、心細かった気持ちも、彼の声を聞くだけで何処かに消え去った。
ずっと痛かった頬を殴られた痛みすら、いつの間にか消えてしまった。
「一緒に帰ろう。みんなと一緒に」
「うん……帰る。私も、みんなど一緒に帰りだい」
悠也の優しい声に、何度も頷く咲茉が嗚咽混じりの声を吐き出す。
「……咲茉」
その姿に堪らず悠也も泣きそうになったが、その気持ちをどうにか押し殺した。
今も小汚いベッドに拘束されている彼女を見れば、泣いている場合ではなかった。
この廃墟に来るまでの間に拓真から送られてきた写真で分かっていたが、すでに咲茉の衣服が脱がされている。
もう下着とスカートしか残されていない。そんなあられもない姿の彼女を、悠也が見過ごせるわけもなかった。
一刻も早く、彼女を助けなければ――
そう思った悠也が静かに目を吊り上がると、その視線がひとりの少年を睨んだ。
「おい、そこのガキ……今すぐ俺の咲茉を返せ。そこにいる女は、お前みたいな汚いガキが触って良い女じゃない」
咲茉を連れ出そうとした少年に、淡々と悠也が告げていた。
「……あ?」
「……なんだコイツ?」
そして突如現れた悠也に、少年達が呆然とした時だった。
「俺の女だぁ? 馬鹿なこと言っててウケるんだけど?」
悠也の言葉に、腹を抱えた拓真が大声で笑っていた。
前触れもなく突然笑い出した拓真に、少年達の身体がビクッと震え出す。
拓真と付き合いの長い彼等は知っていた。この笑い声は、決して楽しい笑いではないと。
この笑う姿は、紛れもなく――最上級の怒りに至る予兆だった。
「……勝手に笑ってろ。良いから早く咲茉を返せ」
そんなことも知る由もない悠也が、怪訝に眉を寄せながら催促する。
その催促に、なぜか更に拓真が大きな声で笑っていた。
彼の行動が理解できないと、悠也の表情が不快に歪む。
そして拓真が思う存分笑い終えた途端、その表情は一変した。
「クソガキ……さっきから舐めたこと抜かしてんじゃねぇぞ? また殺されてぇのか?」
底冷えするような低い声が、拓真の怒りを露わにしていた。
彼の睨む目が告げている。脅しでもなく、本気で殺すと。
子供の戯言などではない。本当に人を殺した人間だからこそ、その迫力は桁違いだった。
しかし悠也は、その意思を感じ取っても全く怯えていなかった。
「お前の都合なんて心底どうでも良い。良いから早くしろ」
怯えるどころか、むしろ呆れたと溜息を吐き出す悠也に、思わず少年達は息を呑んでいた。
この男は、馬鹿なのかと。
拓真から向けられる殺意を感じ取れないほど鈍感なのだろうか?
そう思う少年達が困惑していると、悠也の反応に拓真が大きな舌打ちを鳴らしていた。
「返すわけねぇだろうが、馬鹿がよ」
そもそも最初から返すつもりなどなかった。
そう言いたげに拓真が小馬鹿にした笑みを浮かべると、また悠也から深い溜息が漏れていた。
「……だと思った」
悠也も、その予想は乃亜達としていた。
たとえ拓真の提示してきたゲームをクリアしても、はじめから咲茉を返すつもりはないだろうと。
そもそも彼の提示したゲームの内容自体が、必ず悠也が負けるようにされていた。その時点で、そう考えるのが自然だった。
拓真の目的は、最初から悠也を苦しめることだ。
それを理解していれば、咲茉を返さないと言われても何も不思議ではなかった。
そうなると最初から分かっていれば、悠也にも考えはあった。
「なら力づくで返してもらうだけだ」
そう告げた悠也が構えると、その姿に拓真達が呆気に取られた。
自然体のまま半身に構え、少しだけ両腕を前に突き出した彼の姿は、まるで怯えているように見える。
そんな姿で力で捩じ伏せると言われてしまえば、拓真達が笑うのも当然だった。
「拓真さん! 見てくださいよ! アイツ、ビビって拳を握れてないですよっ!」
「あんだけイキってた癖に喧嘩もしたことないのかよっ!」
悠也の構えが面白いと、少年達が腹を抱えて笑う。
そして拓真も、我慢できないと笑っていた。
「随分と情けねぇなぁ、そんな構え方で喧嘩できると思ってんのか?」
見るからに弱そうな構えを見せる悠也に、拓真が堪らず失笑してしまう。
そんな彼等に馬鹿にされても、悠也は気にする素振りも見せなかった。
「そんな奴にボコボコにされたのは、どこの誰だ?」
淡々とした冷たい声で、悠也が告げる。
その指摘に、ゆっくりと拓真の目が鋭くなった。
「……あ?」
「あぁ、悪い。俺に死ぬほど殴られたことも簡単に忘れる馬鹿になに言っても無駄だったな」
そう言って悠也が鼻で笑うと、途端に拓真の表情が怒りに歪んでいた。
しかし彼が怒りを見せたところで、悠也の態度は全く変わらなかった。
「そこにいるガキ共も、本当に馬鹿で助かったよ。わざわざ俺をここまで案内してくれたんだからな」
「……なに?」
突然告げられた悠也の言葉に、拓真達が理解できないと顔を顰める。
そんな彼等に、悠也は失笑混じりに答えていた。
「これも俺達の作戦だ。外で雪菜と凛子が暴れたら、予想通りお前達は揃って馬鹿みたいに外に出たからな。俺が忍び込むのも簡単だったよ。問題は咲茉のいる場所を探すことだったが……そこにいる馬鹿な2人が案内してくれたんだ。本当に助かったよ」
その小馬鹿にした悠也の説明で、怒り心頭の拓真も理解してしまった。
ここまで悠也が来れた理由。それが全て彼等の作戦だったと。
おそらく外で暴れている女達は、少年達を誘き寄せる陽動だったのだろう。それに乗じて悠也が建物内に忍び込んだ。
そして本来なら全4階の建物内を探し回るのに時間が掛かるはずだったが、この場にいる2人の少年達の所為で探す手間が省けてしまった。
もしこの2人がこの場に来なければ、まだ悠也が建物内で咲茉を探し回っていたかもしれない。
探す時間が長くなれば、誰かに見つかる可能性もあった。その可能性を全て潰した原因は、言うまでもなかった。
「馬鹿の周りには馬鹿が集まるって乃亜も言ってたが、本当だったみたいだな」
「テメェッ……!」
「ぶっ殺してやるっ!」
絶えず相手を馬鹿にした態度を見せる悠也に、少年達の表情が歪む。
そして今にも飛び出しそうな少年達に、悠也は気怠そうに右手を見せつけると、
「ほら、早く来い。ちゃんとボコボコにしてやるよ」
煽るように手招きして、挑発していた。
「このガキがぁぁっ!」
「舐めてんじゃねぇぞッ!」
悠也の挑発に乗った少年達が一斉に飛び出す。
そして怒りを抑えきれなかった拓真も、それに続こうとした時だった。
「……待てよ?」
ふと、彼の頭に天啓が降り注いだ。
むしろ、どうして思いつかなかったのか不思議なくらいだった。
はじめから自分の目的は、目の前の悠也を苦しめることだ。それが終われば、咲茉と一緒に死んでタイムリープする。
ならば、もう外で誰が暴れていようと関係なかった。
今この場に、苦しめたい人間がいる。
そして彼を苦しめるのに、一番最適な女もいる。
悠也というガキを痛めつけるのに、3人も必要ない。以前の出来事を振り返っても、彼が喧嘩慣れしていないことは明白だった。
悠也の相手は、あのガキ共に任せれば良い。
2人の男を相手に、悠也が勝てるとは微塵も思わなかった。
それよりも、これから悠也が痛めつけられた後のことをするべきだと拓真は考えてしまった。
「…………」
拓真の視線が、ベッドで横たわる咲茉に向けられる。
露わになった素肌は、やはり白く綺麗で、見ているだけで胸の内が熱くなってくる。
まるでメロンのような大きな胸も、見ているだけで食べたくなる。
細い腰も、大きな尻も、肉付きの良い足も、全部が心を昂らせる。
ずっと我慢していたが、もう我慢をする必要もなかった。
あとは悠也に、寝取るところを見せつけるだけで良かったのだから。
「……ふひっ!」
その光景を想像した拓真から、汚い笑みが溢れる。
「えっ……?」
その声に気づいた咲茉が咄嗟に振り向くと、涎を垂らした拓真と目が合った途端、ぞわりとした寒気が彼女を襲った。
「……ひぅ」
そして喉奥から掠れた声が咲茉から漏れた途端、彼女のいるベッドに拓真が勢い良く飛び込んだ。
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