第100話 本当に馬鹿で助かった
たった2人の女に、大勢の仲間達が倒されていく。
1人、また1人と、時間が経つ度に仲間が次々と倒れていく。
「なんだよ……これ」
その光景を、拓真は呆然と見つめていた。
「なんなんだよ……これはっ!」
4階の窓から見える光景が今でも信じられなくて、理解できないと拓真の表情が困惑に歪む。
だが、たとえ彼が理解できなくとも、それで今の状況が変わることはなかった。
「なにやってんだよ……あのガキどもっ!」
湧き上がる怒りに拓真が叫ぶが、その声は虚しく消えるだけだった。
たかだが2人の女に、なぜ勝てない?
こちらの数は30人を超えているというのに、どうして勝てない?
建物の中に居た仲間達が次々と出て行き、今もこちらの人数は増えている。
倒れている仲間を含めて総勢50人近くの少年達が居るというのに、なぜ勝てないのか?
「……あの女ッ!」
その原因たる女に、堪らず拓真は叫んでいた。
この状況を作り出しているのは、間違いなくあの雪菜という女だ。
まだ凛子という女だけなら理解できる。あの女の動きは、人間の範疇に収まっている。おそらく誰かに武術を教わっているのだろう。彼女の戦っている動きを見れば、それは一目瞭然だった。
だが、あの雪菜という女は――明らかに異常だった。
どうして彼女の放った拳が全く見えない時があるのだろうか?
腹に撃ち込んだ彼女の拳で嘔吐している少年もいる。その光景を見れば、嫌でも彼女の腕力が人間離れしていると理解させられる。
普通なら折ることも難しい人間の骨を、いとも簡単に破壊していく彼女の筋力は……とてもではないが女のモノとは思えない。
的確に顎を殴れば、脳震盪が起きると聞いたことがある。それを一度もミスすることなく連発している彼女の攻撃は、どう見ても人間業ではない。
更に見えない速さで足の骨を砕かれれば、誰でも動けなくなるに決まっている。
人間の身体を壊すことを躊躇うこともなく、人間の壊し方も熟知している。
もうあの女は、ゴリラなどで片付けられる女ではない。
以前に一度だけ暴れていた彼女を見ただけで、その強さを見誤っていた。
言葉を選ぶことなく表現するなら、紛れもなく彼女は――
「……化物女がぁぁぁぁ!」
まさしく化物と呼ぶべき人間だと、反射的に拓真は叫んでいた。
こうしている間にも、また次々と仲間が倒れていく。
好き勝手に暴れる凛子の周囲を雪菜が上手くカバーし、対抗する少年達がなす術もなく倒されてしまう。
もう人数差の有利などなかった。状況は劣勢のまま、いずれ彼等全員が倒されるのも時間の問題だろう。
その光景を拓真が睨んでいる時、その違和感に気づいた。
「……あ? あのガキが居ねぇぞ?」
外で暴れている中に、なぜか悠也の姿がなかった。
どこを見ても、やはり彼の姿がどこにもない。
その違和感に、拓真が困惑していると、
「良かった……やっぱり来てくれた」
ふと、ベッドの上で咲茉が呟いていた。
驚いている拓真の反応で、彼女も察していた。
彼が化物と呼んでいる人間。そして外から聞こえる男達の悲鳴と、聞き覚えのある男勝りな親友の叫び声。
それだけの情報があれば、たとえ外の状況が見えなくとも分かってしまった。
凛子と雪菜が、この場に来てくれたのだと。
「…………」
そのことに安堵の表情を見せる咲茉だったが、その反応で拓真の脳裏に更なる疑問が過ぎった。
そもそも、なぜ彼女達がこの場に現れたのか?
本来なら彼女達がこの場に来れるはずがない。咲茉のスマホから現在地を特定されないために、ここまで来る道中で処分してきた。
それなのに、なぜ居場所がバレてしまったのか?
スマホとは別に、現在地が分かるものを彼女が持っていた?
いや、それはあり得ない。彼女の持ち物は全て確認している。不自然な物を持っていれば、間違いなく気づくはずだった。
スマホは捨てた。それ以外の持ち物は、財布と着ている制服。そして装飾品の花柄のシリコンバンドだけだ。
拓真の知る限り、この中で現在地が知られるモノはないとしか思えなかった。
だが、咲茉の様子を見れば、始めから彼女達が来ると信じているようにしか見えなかった。
一体、どんな方法で彼女達は咲茉の居場所を掴めたのか?
「ありがと……みんな、本当にありがとう」
その疑問の答えを拓真が考えていると、気づくと心底安心してしまったのか咲茉が泣いていた。
もう自分は助かる。そう思い込んでいる彼女に、自然と拓真の目が鋭くなった。
「勝手に助かるとか思ってんじゃねぇよッ!」
「ひっ……!」
咄嗟に拓真がベッドを蹴り飛ばせば、身震いした咲茉から悲鳴が漏れる。
そして無意識に拓真が舌打ちを鳴らしていると――
「拓真さんッ! ヤバいっす‼」
「なんか滅茶苦茶強い化物女が暴れてヤベェっす‼」
突然、彼のいる部屋に2人の少年が慌ただしく入って来た。
「なに逃げて俺のところに来てんだよッ‼ そんなの見れば分かるに決まってんだろッ‼ 良いからテメェ等でさっさとあの女共をなんとかして来いッ‼」
現れた2人の少年に、拓真の怒声が響く。
しかし少年達は、頬を引き攣らせて首を何度も横に振っていた。
「無理っすよ‼ あんな女、人間じゃない‼」
「戦っても負けるに決まってるじゃないですか⁉︎」
「やっぱりテメェ等は使えねぇな‼︎ クソがッ‼︎」
彼等の叫びに、脊髄反射で拓真が罵声をあげる。
その声に少年達が震えるが、それでも彼等は拓真を頼るしかなかった。
自分達では絶対に暴れている雪菜達を相手にできない。今まで自分達を従えてきた拓真なら、どうにかできるのではと。
「拓真さん! 俺達、どうすれば……!」
その思いで2人の少年が目で訴えるが、その視線に拓真は舌打ちを鳴らすだけだった。
「……ったく、雑魚どもが」
そう呟く拓真だったが、この状況で使える手は限られていた。
この場で拘束している咲茉を使って脅せば、あの女達も従うしかない。
わざわざ咲茉を外に連れ出す手間が掛かるが、それであの女共が大人しくなるなら我慢するしかない。
そう拓真が考えると、面倒だと溜息を吐きながら少年達を睨みつけた。
「おい、テメェ等。そこの女を外に連れてけ。外で暴れてる女も、コイツを見せれば大人しくなるだろ」
「……拓真さんっ!」
「分かりましたっ!」
拓真に指示されて、少年達が咲茉を連れ出そうと迫る。
「いやっ! 私に触らないでッ!」
しかし素直に咲茉が従うはずもなかった。
動かせる両足で暴れて、必死に抵抗する。
「暴れんなよっ!」
「そんな汚い手で触らないでッ!」
「舐めた口聞いてんじゃねぇよ!」
そして暴れる咲茉に苛立った少年の1人が叫ぶと、その場で彼女の頬にビンタを放っていた。
「ッ――!」
手加減もない渾身のビンタに、咲茉の意識が飛び掛ける。
気絶だけは絶対にしない。その意思で彼女が意識を保っていると、今のビンタで口の中が切れてしまったらしい。
ポタポタと、彼女の口から血が漏れていた。
「なに勝手に俺の女殴ってんだぁ? 誰が殴って良いって言ったんだよッ!」
咲茉から血が出たことに、怒りを露わにした拓真がビンタした少年を躊躇いなく蹴り飛ばしていた。
「す、すいません……でも、暴れて」
地面に転がって痛みに悶える少年が謝罪する。
しかしそんなことは、拓真に関係なかった。
「次勝手に殴ったら、殺すぞ?」
「は、はい……すいません」
冷たい視線で、淡々と告げる拓真に少年達が怯えながら頷く。
そして拓真の指示通りに彼等が咲茉を連れ出そうとするが、
「いやっ! 私に触らないでっ!」
「この女っ! 良いから暴れんなっ!」
必死に暴れて抵抗する彼女に、少年達が手こずってしまう。
「ガキは本当に馬鹿だなぁ……」
その光景に、呆れた拓真が溜息を吐いていた。
このまま彼等に任せてると、時間が無駄に過ぎていく。
そう思った拓真が渋々と自ら動こうとした時だった。
「――お前の仲間が本当に馬鹿で助かった」
ふと彼等のいる部屋に、聞き覚えのある男の声が聞こえた。
この声を、拓真が聞き間違えるはずもない。
突然聞こえた声に拓真達が視線を向けると、そこに居た少年に、彼等は怪訝に眉を寄せていた。
「なんでテメェがここにいるんだよ……?」
「さぁ? そんなことくらい、その馬鹿な頭で考えてみろよ?」
なぜか部屋の入口に、あの悠也が立っていた。
「このクソガキが……!」
「ちゃんと時間内に見つけた。約束通り、咲茉は返してもらうぞ」
怒りを露わにする拓真に、淡々と悠也が告げる。
冷たい声で告げる悠也だったが――その表情は抑え切れない激怒に歪んでいた。
読了、お疲れ様です。
ここで悠也の登場です。
クライマックスに近づいてます。
今回で100話目の投稿でした。ちょっとした記念ですね。
皆様のおかげで、ここまで書き続けられてます。
最後まで、どうかこの物語の行く末を見守ってください。
拙い文章で申し訳ないです。
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