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第10話 やり直そう


「えっ……」


 告げられた咲茉えまの言葉に、意図せず悠也の口から出たのは困惑の声だった。


 突然、彼女は何を言っているのか?


 そう思って困惑する悠也だったが、咲茉の目を見ていると――自然と息を呑んでいた。


 向けられる咲茉の目を見ているだけで、分かってしまった。


 嘘や冗談ではないと、まっすぐに自分を見つめる彼女の瞳が告げていた。


 本当に人生をやり直そうとしていると。


 本気で、咲茉がそう言ってるのだと理解してしまった。


「人生を……やり直す?」


 咲茉から告げられた言葉を、無意識に悠也が繰り返す。


 呆然とする悠也に、咲茉はゆっくりと頷いていた。


「うん。二人で、こうして一緒に過去に戻ってるなら……やり直しても良いんじゃない?」


 咲茉が不安そうな目を悠也に向ける。


 そして恐る恐ると、もう一度、彼女は自身の願望を告げていた。


「折角なら……私達で青春とか恋とか、一緒にやり直してみない?」


 そう言って咲茉がそっと手を伸ばすと、悠也の手を両手で握っていた。


 強く握り締めるわけでもなく、まるで壊れそうなものに触れているような手つきで、咲茉の両手が悠也の手を包み込む。


「ねぇ、悠也? 私の手……冷たい?」


 ひんやりとした彼女の手の感触を、忘れるはずがない。


 突然の質問に困惑しながらも悠也が頷けば、咲茉は嬉しそうに頬を緩めた。


「私、冷え性だったから……手、冷たいんだよ。やっぱり悠也の手は温かいね、触ってると温かくて好きだったんだ」


 そう呟いて、咲茉が握っている悠也の手を見つめる。


「こうやって悠也の手が温かいって分かるのは、きっと私が生きてるから。私と同じで、悠也も生きてるから私の手が冷たいって分かるんだよ」


 決して夢ではない。今、ここにいるのは現実であることを咲茉が告げる。


 そんなことは、もう悠也も分かっていた。


 今こうして彼女と触れ合えているのが夢であるはずがない。感じる彼女の体温も、手の感触も、全てが現実であることを証明している。


「だから……もう私も、ここが天国じゃなくて現実だって分かるよ」


 なぜ急に彼女が分かりきっていることを口にしているのか。

 

 そう思って怪訝に眉を寄せる悠也だったが、咲茉は悠也の手を見つめたまま口を動かした。


「あの時、死んじゃった私達が生きてる。なんで10年前の時間に戻ったか分からないままだけど、私達は生きてるの」


 ぎゅっと悠也の手を握る咲茉の両手に、力が込められた。


「もう、これが夢か現実かなんてどうでも良い。また私の人生をやり直せるなら、私はやり直したいの」


 もう離さないと、そう言いたげに咲茉が悠也の手を握り締めると、気づけば彼女の目が悠也を見つめていた。


「悠也は、戻りたいの?」

「え……」

「私達が生きてた時間に、私達が死んじゃったあの時間に、悠也は戻りたい?」

「お、おれは――」

「私は、戻りたくない。あの辛いだけだった人生をやり直せるなら、私は悠也とやり直したい」


 不安そうに見つめる咲茉の目を見ながら、悠也は思い出していた。


 突然、咲茉が消えてから10年も辛い日々を過ごしていた。


 だけど、ようやく10年振りに咲茉と再会できて。


 彼女と、自分が同じ気持ちだったと知ることができて。


 だけど、二人揃って死んでしまったことを。


 あの時間に戻りたいかと訊かれれば、悠也の答えは決まっていた。


「戻りたくない……咲茉と、一緒に居たい」


 そう答えると、悠也も彼女の手を両手で握り締めていた。


 今こうして手に触れている彼女を、もう失いたくない。


 悠也が強く握れば、咲茉もまた強く握り返してくれる彼女を手を、もう離したくない。


「じゃあ、一緒にやり直そうよ」


 悠也に手を握り締められて、咲茉は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「だって今まで悠也と一緒にできなかったこと、たくさんあるもん」

「……昔から、ずっと一緒に色々と遊んでただろ?」

「それは家族みたいな感じで、だよ」

「今と何か変わるか?」


 咲茉とは家族のような関係だった。


 改めて人生をやり直すと言っても、その親しい関係が変わることはないだろう。


「変わるよっ!」

「……なにが変わるんだよ?」


 悠也がそう思っていると、咲茉は恥ずかしそうにほんのりと頬を赤らめていた。


「だって昔の私は悠也のこと好きだって気づいてなかったんだもん。それに私と悠也が両想いだとも思わなかったし……今までの遊びだってデートとかじゃなかったから」

「そう言われれば、確かに」


 悠也が思い返せば、咲茉の言う通りだった。


 昔の自分は、咲茉を異性として見ていなかった。


 だが昔と今では、全く違う。今は、どうしようもなく彼女のことが愛おしくて堪らなかった。


「だからもう一回、悠也と色々なことするの!」

「……なにするんだ?」

「いっぱいあるよ!」


 そう言うと、咲茉は嬉しそうに肩を揺らしながら楽しげに話し始めた。


「悠也と色んな場所にデートだって行きたいし、お家デートとかもしたい! それに10年前ならきっと学生だから勉強だって一緒にしたい! 悠也と一緒に学生生活やり直したいもん!」


 咲茉の願望を聞いて、何気なく悠也が頭の中で思い浮かべた。


 両想いだと分かり合った彼女と色々な場所に行く光景は、とてつもなく楽しいに決まっている。


 そしてもう一度、二人でやり直せる学生時代が楽しくないはずがない。


「良いな……それ、めっちゃ良い」


 失ってしまった10年を、咲茉と一緒にもう一度やり直せる。


 そう考えるだけで、悠也の頬がだらしなく緩んでいた。


「でしょ! なら私達で、もう一度やり直そうよ!」


 これから始まる未来を想像した悠也に、咲茉も嬉しそうに笑っていた。


 なぜ死んでしまった自分達が10年前にタイムリープしてしまったのか分からないままだが、それも考えてみれば、悠也にはどうでもことだった。


 後悔しかなかった元の時間に帰りたいわけでもない。それに殺されて死んでしまったのだから戻っても死ぬだけだろう。


 ならば、今の状況は悠也にとって都合が良かった。


 二度と会えないと思っていた咲茉と、もう一度人生をやり直せるなら……それだけで十分だった。


 そう思いながら、悠也が咲茉を見つめてる時だった。


「悠ー! 咲茉ちゃーん! お昼ご飯できたから降りて来なさーい!」


 とても懐かしく、聞き慣れた声が部屋の外から聞こえた。


 反射的に悠也が扉の方に視線を向けると、勝手に彼の口から声が出た。


「……この声って」

「悠也のお母さんの声だね」


 なにげなく悠也が部屋の時計を見れば、時刻は昼過ぎだった。


 悠也と咲茉が顔を見合わせると、しばらくして二人は笑っていた。


「めっちゃ若い声だったぞ?」

「うん。悠也のお母さんの声、久しぶりに聞いたよ」


 思いもしない声に、互いにおかしくて笑ってしまう。


「悠ー! 早くしなさい!」

「まずい。待たせると母さんに怒られる」


 しかしまた母親から催促されると、悠也は慌ただしくベッドから降りた。


「ほら、咲茉。早く行くぞ」

「わっ! ちょっと引っ張らないでよ!」


 そして強引に咲茉の手を取ると、急いで悠也は彼女を連れて部屋から出て行った。

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