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根切りと曲者

 「はっ……」


 信繁に促され、神妙な面持ちで頷いた虎繁は、静かな口調で話し始めた。


「――遠山勘太郎殿から離縁を言い渡された琴殿は、十数騎の護衛に守られて苗木城を出ました。それから数日後、尾張と美濃の国境付近の峠道で何者かに襲われ、護衛やお付きの侍女たち共々……」

「……生き残った者はいなかったのか?」

「根切り (皆殺し)だったようです」


 虎繁は、信繁の問いに、眉根に皺を寄せながら首を横に振る。


「……苗木まで流れてきた噂によると、その殺しぶりは徹底していて、どうやら襲われた直後にはまだ息があった者も、後で首を掻っ切られたり胸を槍で貫かれたりして、念入りにとどめを刺されていたようです。地元の杣人が彼らを見つけた時の有様は、まるで地獄のようだったと」

「惨いな……」


 その情景を想像した昌幸が、小さく唸った。

 一方の信繁は、難しい顔をしながら顎に指を当て、重ねて虎繁に尋ねる。


「……その中に、琴殿も?」

「はっ」


 信繁の問いかけに、虎繁は沈痛な表情を浮かべながら小さく頷くが、「……とはいえ」と続ける。


「どうやら、琴殿は曲者の手にかかる前に、自ら懐剣で喉をついて自害したようです」

「そうか……」


 虎繁の答えを聞いた信繁は、微かに瞑目し、小さく溜息を吐いた。


「……ならば、琴殿は辱めを受ける事なく、武家の女子(おなご)としての誇りを保ったまま死ねたのだな」

「はっ、恐らくは……」


 信繁の呟きに、虎繁も暗い顔で頷く。

 昌幸が、目を閉じて手を合わせ、口の中で経を唱えた。

 たとえ、奸計を以て武田家(じぶんたち)を陥れようとした女とはいえど、その身に訪れた哀れな末路には同情を禁じ得ない。


「……それで」


 信繁が、顎髭を指で撫でながら、虎繁の顔に目を向けた。


「琴殿一行を襲った者の正体は分かっているのか?」

「いえ……はっきりとは」


 彼の問いに、虎繁は(かぶり)を振った。


「ですが……一緒に運んでいた荷駄や宝物(ほうもつ)が根こそぎ持ち去られている事から考えて、恐らくあの辺りに棲んでいる山賊どもの仕業ではないかと……」

「山賊……」

「少なくとも、一行の亡骸を回収した織田家の者はそう結論づけたようです。無論、当初は武田家(とうけ)や斎藤家、或いは遠山家の仕業である可能性も考えたようですが……」

「……そうですね」


 虎繁の言葉に、昌幸が首肯する。


「確かに、当家には琴殿に害意を生じせしめる理由がありますが、そのつもりならば、わざわざ国境付近まで泳がせず、もっと前……それこそ苗木城内にいる間に処してます。……まあ、そのつもりもありませんでしたが」

「うむ。それは、遠山家も同じだ」


 昌幸に続いて、虎繁が口を開いた。


「それに、遠山家の領地から現場である三国山までは離れ過ぎておる。遠山家が、十数騎の護衛ごと根切りにできるほどの兵力を秘密裏に動かす事は不可能だ」

「……斎藤家も考えづらいな」


 そう言ったのは、信繁である。


「確かに、その頃の三国山あたりは、まだ斎藤家の領内ではあったが……琴殿を襲う理由が無い。織田信長の実妹である琴殿の身を攫って、ともに武田軍(われわれ)に当たるよう織田家を脅そうとした……とは考えられなくもないが、逆に織田家の怒りを買う可能性の方がずっと高いからな。現実的ではない」

「そうなると、やはり織田家の見立て通り、山賊の仕業……」

「……いや」


 昌幸の問いかけに、信繁は首を横に振った。


「そう決めつけるのは、早いかもしれぬ」

「――その根拠は?」


 尋ねる昌幸の目を見つめ、信繁は静かに答える。


「……金品目当ての山賊ならば、護衛の侍どもはともかく、侍女まで皆殺しにはせぬだろう」

「あ! 確かに……」


 信繁の答えを聞いた虎繁が、はたと膝を打った。


「武家の侍女であれば、器量良しも多かったはず。であれば、その場では殺さず、連れ帰って慰み者にするなり、人買いに売って金にするなりするでしょうな」

「ああ。……だが、此度の曲者どもは、そうしなかった」


 虎繁の言葉に同意しながら、信繁は腕組みをする。


「それは、つまり――」

「……曲者の目的は、金銭ではなく、一行の命だった――」

「というより、琴殿ひとりの命を奪う為に、他の者全てを手にかけたと言った方が正しいだろう。――口封じを兼ねて、な」


 昌幸の推測を補足した信繁は、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。


「非道な……」


 虎繁も、思わず絶句する。

 一方、考え込んでいた昌幸は、ハッとした顔をして信繁を見た。


「そうだとすれば……山賊の仕業に見せかけて琴様を殺させたのは、尾張の織田信長では……?」

「うむ……」

「やはり、先般の戦で琴様を裏で操っていたのは、実の兄である信長だったのでしょう。ですから、今後の外交に支障を来す事を恐れて口封じを――」

「……いや、それはどうだろうか」


 昌幸の説に異議を唱えたのは、虎繁だった。


「事の真相を知る琴殿が生きていると織田家にとって不都合なのは確かだろうが、ならば、彼女が尾張に帰った後の方が簡単で確実であろう。別に殺さずとも、病とでも称して城の中に押し籠めれば良いしな」

「確かに、伯耆の言う通りだ」


 信繁も、虎繁の言葉に同意する。


「それを、わざわざ斎藤家との国境で従者諸共根切りにするのは、色々と危うすぎる」


 そう言った信繁は、頻りに顎髭を指で触りながら、険しい表情で「もしかすると……」と続けた。


「先般の苗木の件……裏にいたのは織田ではないのかもしれぬ」

「「……!」」


 昌幸と虎繁が、ハッと息を呑む。

 そんなふたりの顔に目を配りながら、信繁は声を潜めた。


「琴殿が口封じされたのは間違いあるまい。……だが、口を封じたかったのが、武田家(われら)でも遠山家でもなく……」


 そこで一旦言葉を切った彼は、小さく息を吐いて胸の鼓動を抑えてから、再び言葉を継ぐ。


()()()()()()()()()()とは考えられぬか?」


 ――と。

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