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兵数と将質

 「『最小限の底を上げる』……だと?」


 半兵衛の言葉を聞いた守就は、怪訝な表情を浮かべながら首を傾げる。


「それはどういう意味だ? 儂にも分かるように説明せい。お前の言う事は難しゅうて、武骨者の儂には些か難しい」

「大変失礼いたしました」


 おどけた素振りで頭を掻いた守就に、半兵衛は思わず苦笑を浮かべながら頭を下げた。

 そして、地図の上の黒石に目を据えながら、涼やかな声で続ける。


「確かに、八王子山に置く兵の数は、僅か千五百ではありますが……戦は数のみで決まるものではございません。……西美濃三人衆のおひとりであらせられる安藤様には、今更言うまでもない事かと思いますが」

「ああ。もちろん、それは儂にも分かる」


 半兵衛の言葉に、守就は大きく頷き、同意を示した。


「初陣からもう五十年近くも経つが、その間、味方よりも敵が多い戦も数多あった。兵数の多寡だけが勝敗を決めるものではない事……骨身に沁みておる」


 そう言った守就は、蝋燭の光に照らし出された半兵衛の怜悧な顔立ちを真っ直ぐに見据えながら、ニヤリと微笑(わら)いかける。


「特に――昨年の稲葉山の件でな」

「……」


 守就の言葉に、半兵衛は無言のまま、僅かに口元を緩めた。その表情は、とても二十歳を過ぎたばかりの血気盛んな青年のものとは思えないほどに落ち着いている。

 そんな彼に穏やかな眼差しを向けながら、守就は言葉を継いだ。


「あの時――策に乗ったはいいものの、お前の言っておったように、本当にたった十余名であの稲葉山城(しろ)を落とせるかどうかは半信半疑であった。いざ蓋を開けてみれば、あまりにもお前の思惑通りに事が運ぶものだから、『儂の婿殿は妖か天狗か』と思うたのを覚えておるぞ」

「ははは……」


 冗談混じりの守就の言葉に、半兵衛は思わず苦笑を漏らす。

 だが、すぐに笑みを消すと、沈んだ声で続けた。


「……その後の事も、私の思い描いた通りになれば良かったのですが……」

「……そうじゃな」


 半兵衛の呟きに、守就も表情を曇らせて頷いた。


「結局……飛騨守らを排除した半年後に城をお返しした後も、殿の御行状は然程改まる事も無かった。相変わらず酒色を嗜まれ、(まつりごと)は二の次……」

「……」

「殿は……いや、斎藤家の先行きは暗いな。此度の武田の侵攻を我らが食い止めたとしても、もう長くは()たぬやもしれぬ……」


 守就が苦々しげに漏らした言葉には敢えて応えず、半兵衛は目を僅かに伏せる。

 そんな彼の反応を見た守就は、ハッとした顔をして、慌てて首を横に振った。


「いや……すまん、今のは失言であった。忘れてくれ」


 そう言った守就は、半兵衛が無言で頭を下げたのを見てから、気を取り直すように咳払いをひとつすると、「では――」と言葉を継ぐ。


「話を戻すとしよう。――兵の多寡が勝敗を決めるのでは無いのは分かる。では、お前は何を以て、僅か千五百の兵数で、久々利城に展開している武田勢全軍を引き付けるつもりだと言うのだ? 確かに、八王子山に陣取る事による地の利はあるだろうが、たかだか千五百では、武田の全軍を釘付けにする事は難しいと思うが……」

「御明察の通りにございます」


 半兵衛は、守就の言葉に小さく頷き、それから静かに答える。


「武田軍を引き付ける為に、“地の利”と――“名の利”を用います」

「“名の利”……なるほど、そういう事か」


 守就は、半兵衛の言葉に合点がいった表情を浮かべた。


「兵を率いる将の雷名を以て、武田勢の動きを牽制しようというのじゃな?」

「はい」


 半兵衛は、守就の言葉に短く応える。

 それを見た守就は、「ふーむ」と唸り、禿頭を撫でた。


「確かに……同じ数の兵でも、凡将が率いるのと、智略と武勇に優れた将が率いるのでは全く変わってくるからな。兵の量を将の質で補う……それならば、たかだか千五百の兵といえども、充分以上に“最小限の底”を引き上げ、武田勢に脅威を与える事が出来よう」

「はい」

「だが……」


 そう漏らした守就は、ふと表情を曇らせる。


「武田勢にそのような脅威を与えられるほどの高名を持つ将は……情けない事じゃが、今の我が軍には――」

「居りまする。――二人ほど」


 言い淀む守就の言葉を遮るように、半兵衛は声を上げると、ふっと口元に微笑みを湛え、目の前に座る守就の顔を見た。


「一人はもちろん――西美濃三人衆の一角である、安藤様です」

「儂か……」


 半兵衛に名指しされた守就は、思わず苦笑いを漏らす。


「確かに……自慢では無いが、儂の名であれば、武田勢に充分な脅威を与えられるであろうな」


 そう言って得意げに薄笑む守就だったが、すぐに表情を曇らせ、「だが――」と続けた。


「儂は、此度の援軍の総大将じゃ。武田信繁を迎え撃つ戦の指揮を放り出して、山の上に籠もる訳にはいかぬであろう?」

「ええ……もちろん。それは存じて居ります」


 守就の言葉に、半兵衛はあっさりと頷く。

 そして、その女子のように整った顔立ちに不敵な笑みを浮かべる。


「ですが……安藤様以外に、もう一人だけ居ります。名前のみで、武田勢の動きを磔にでもしたかのように止め置く事が出来る者が」

「そんな剛の者など、当方には……いや」


 途中まで呟きかけた守就はだったが、唐突に目を見開き、対面に座る半兵衛の顔を見直した。


「半兵衛……もう一人とは、よもや――?」

「はい」


 守就の問いかけに、半兵衛は口元に穏やかな笑みを湛えながら、恭しく首を垂れる。


「八王子山に向かう千五百を率いる役目は、昨年の稲葉山城奪取で大いに名を上げた、この私――竹中半兵衛重治が務めさせて頂きとうございます」

 竹中半兵衛重治は、天文十三年 (西暦1544年)、斎藤家の臣で大御堂城 (現在の岐阜県揖斐郡大野町)城主だった竹中重元の子として生まれました。

 彼の初陣は、弘治二年 (西暦1556年)に起こった長良川の戦いでした。

 長良川の戦いは、斎藤家の当主であった斎藤道三と、その嫡子である義龍の戦いです。竹中重元は斎藤道三に味方し、半兵衛も父に従いました。

 戦いは義龍の勝利に終わり、その後、道三に味方した事を咎められ、竹中氏の居城である大御堂城に義龍の軍が攻め寄せてきました。

 その時、ちょうど重元が不在だった為、半兵衛が総大将として義龍軍を迎え撃ち、奮戦の末に見事撃退したと言われています。

 永禄五年 (西暦1562年)に病死した後に竹中の家督を継いだ半兵衛は、斎藤家の家臣として美濃に侵攻してきた織田軍と度々戦い、その優れた戦略でいずれも勝利を納めました。


 このように、華々しい戦歴を持つ半兵衛でしたが、斎藤家家中では軽んじられていました。

 病死した義龍の跡を継いだ当主・龍興は酒色に溺れ、半兵衛や西美濃三人衆といった武功に優れた家臣を疎んじ、その代わりに斎藤飛騨守らの佞臣を重用したのです。

 斎藤飛騨守らは、龍興の寵愛を笠に着て政を恣にしました。

 半兵衛も、斎藤飛騨守らに目を付けられ、「その容貌、婦人の如し」と伝わるほどに端正な顔をしていた事を揶揄されていたと言われています。

 龍興の寵臣たちの半兵衛への横暴は続き、遂に永禄七年 (西暦1564年)の正月、登城した半兵衛に城壁の上から小便をかけるまでエスカレートし、その場は涼しい顔でやり過ごした半兵衛は寵臣らを排除する事を心に決めたと言われています――が、さすがにこの件は創作である可能性が高いと考えられています。


 この頃から、飛騨守らの専横を憂う半兵衛と彼の舅である安藤守就は、龍興の目を覚まさせる為に策を練っていたと思われます。

 彼らが行動を起こしたのは、永禄七年二月の事。

 半兵衛は、人質として稲葉山城内に入っていた弟の重矩の見舞と称し、安藤守就ら十余人を伴って登城しました。

 まんまと城門を潜り抜けた半兵衛たちは、城内の一室に入ると、「見舞品」として持参した長持の中に隠していた武器を携え、突如として本丸に攻め込みました。

 最初に宿直番のトップであった斎藤飛騨守を討ち取られた事で城内の指揮系統は統制を失い、龍興を含めた城兵たちは碌な迎撃も出来ないまま、這う這うの体で城から逃げ出したと言われています。


 半兵衛と守就は、それから半年余りも城を占拠し続けました。当然、その間、他国から誘降の使者が何度か送られ、尾張の織田信長は美濃半国を褒美として与えるとまで言ってきたとされています。

 ですが、その申し出に対して、半兵衛は「あくまで龍興に反省を促す為の行動で、一時的に城を預かっているだけ」と返答して断り、八月になって龍興に稲葉山城を返還し、自身は乗っ取りの件の責任を取る形で隠棲しました。

 ――というのが有名な話ですが、これは『甫庵太閤記』などに見える記述であり、実際のところは「他国との交渉が上手くいかないうちに龍興方の反撃が強まり、城を手放さざるを得なくなった」というのが実情のようです。

 でも、歴史IF戦記である本作では、敢えて「甫庵太閤記」の説を採った次第です。


 それから数年、隠居生活を送っていた半兵衛の元を訪れ、スカウトしたのが木下藤吉郎秀吉で、その後の半兵衛は秀吉の参謀として知謀を振るい、黒田官兵衛と並んで「両兵衛」と称えられたのは皆さんご承知の通りです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] 後書きの 「他国との交渉が不調…」 というのは初めて知りました。 まぁ、そちらの方が自然な気もします。
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